第14話 十四歳5
クリューに起こされて目覚めた私は、タンスの中にあるアネットの服から一着選び着替える。今まで着ていた服とは違い肌にあたる部分がごわごわする。
でもこれからはこれが当たり前なのだわ。今まで着ていた服はどうしよう。もう着ることもないわよね。だって誘拐されたら困るもの。
『その服に合っているよ』
クリューが私の周りを飛びながら褒めてくれる。
『そう? ゴテゴテした感じがないから動きやすそうよね。これなら手伝いもできるわね』
『うんうん、きっと大丈夫。アンナの料理は美味しいからきっと気にいってくれるよ』
クリューの声援を受けた私は覚悟を決めて部屋から出た。
まだ誰も起きていないのか静かだった。
これなら私が朝ご飯を用意できるわ。
台所は昨日お茶を用意してくれた部屋でもあり、外とつながるドアがある部屋でもある。
貴族の家に住んでいた私には台所と食べるところが一緒で、そこに外に出るドアまであるなんて驚きだった。そのせいか埃っぽい気がする。
こんな場所で食事をするなんて健康に悪い気がするわ。食事を作る前に掃除をしなければ。クリーン魔法を使って一瞬で部屋を奇麗にする。
「さてと、じゃあ料理を…ってどこに何があるのかわからないわ」
それに昨日から思っていたけど、ここの台所は何かが違う。何が違うのか今わかった。
魔石がないわ。魔石で温度の調整をしていたのにあれがないと困るわ。
ウロウロと魔石を探す。でもどこにもない。どうやって火をつけるのかしら。
「おい何をしている?」
突然声をかけられた私はビクッとして振り返る。
弟のマルが腕を組んで私を睨んでいる。
「ご、ごめんなさい。朝の食事を用意しようと思ったの。でも魔石が見つからなくて」
「魔石?」
「ええ、火をつけたり消したりする魔石よ」
私の言葉にマルは目を見開いた。なんだか驚いたみたい。そして大きなため息をつく。
「あのさぁ。ここはお貴族様の台所とは違うの。魔石オーブンなんてあるはずがないだろ」
「魔石オーブン?」
「魔石オーブンなんて話でしか聞いたことないよ。うちは薪オーブンだから。薪に火をつければいい」
薪オーブン? そう言えばサラが「ここは火をおこすのが楽ですよね」とか言っていた気がする。あれってそう意味だったのね。もっと詳しく尋ねていればよかった。
「もしかして…火のつけ方がわからないとか?」
マルの呆れたような目が怖い。
「うっ…、ごめんなさい」
「マル、アンナをいじめては駄目よ。最初は誰だってできないものなんだから」
母がどこからか現れてマルをたしなめてくれる。そして火のつけ方を教えてくれた。それはとても面倒なやり方だった。魔石オーブンなら一瞬なのに…。生活魔法の応用で何とかならないかしら。
火の調整も薪を動かすことでするらしく、経験がものをいう。
『火加減は魔法を使ったらどうだ?』
『そうね。その方が上手にできそうね』
クリューの言葉にホッとする。私には薪で火加減を調節するなんて無理だもの。
「今日の朝は昨日の残りのスープを温めて食べましょう」
昨日の夕食で食べたスープが残っていたようだ。でも昨日の残り物を食べるのは普通のことなのかしら。誰も何も言わないからいつものことなのかもしれないわね。
「パンはどこにあるのですか?」
パンを用意しようと思い尋ねると、
「パンは昨日の分が最後だったから今朝はこのスープだけなのよ」
申し訳なさそうに言われてしまった。もしかしたらいつも朝はパンを食べないのかもしれない。でもこのスープだけでお腹が空かないの? 庶民は一日二食だってクリューが言ってたから、このスープだけで夕飯まで何も食べないことになる。
「あの、ベラさん。このスープにうどんを入れてもいいですか?」
「うどん?」
「はい。このスープにも合うと思うのです」
「料理の材料かしら? 今持っているの?」
「はい。取ってきます」
部屋に入ってから、クリューに出してもらう。たくさん作り置きしておいて正解だった。
「これがうどん?」
「はい。スープの中にそのまま入れるだけでいいです」
母は不思議そうな顔でスープの中にうどんを落とす。
うどんが鍋の中で広がる。うん、これを食べれば少しは腹持ちがいいはず。
木の大きなスプーンだけではうどんを皿に入れるのは難しいので、スパゲッティを作るときに使う大きいフォークを使って入れた。
この家にこのフォークがあるってことはスパゲッティを食べているってことよね。それならうどんも気に入ってくれるかな。
マルとフリッツはフォークで上手に、でも恐る恐るうどんを口に入れた。ツルツルっと口の中に入ったそれを味わうかのようにもぐもぐと口を動かしている。
「うん、これは美味いな」
「そうだね。僕も気に入ったよ」
マルとフリッツはそう言うとガツガツとすごい勢いで食べる。
アニーはその横で二人とはまるで違うゆっくりとした速度でふうふうしながら食べている。
「本当ね。初めて食べるけどうどんっていいわね」
母にも気に入ってもらえた。初めて役に立つことができた気がした。
「朝早くから掃除もしてくれたのね。部屋がとても奇麗になっているわ」
母に褒められて頬が赤くなる。こんな風に褒められるのはとても嬉しいものだなと思った。
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