第10話 十四歳 1

 十四歳になった私はこの国の貴族の多くが通っているマンチェス学院の試験を受けた。その学院で家庭教師からでは得られない様々なことや魔法を学ぶことになっている。この学院は平民にも門戸を開いていて優秀な者は学費免除の特待生として学ぶことができる。

合格発表の日は朝からざわざわと騒がしかった。

 合格発表を見に行くだけなのに両親や兄までもが忙しいのに朝食を一緒に食べてくれた。そしてなぜか一緒に合格発表を見に行ってくれるというのだ。私は嬉しくて舞い上がった。クリューは朝からどこかに出かけていていなかったけど、両親や兄が一緒だったので遠慮しているのかなくらいに思っていた。

その時に何かがおかしいと思うべきだったのかもしれない。私は知っていたのだから。自分が彼らと家族ではないことを。

 でもまだ時間はあると勝手に思っていた。少しでも今の家族と長く一緒に暮らしたかった。

 それはわがままだってわかっていたのに。もう一人の自分のことを考えれば、家族じゃないとわかった時に名乗るべきだったのだ。

 合格発表を見にくる人たちはあまりいないようだった。貴族は使用人が見に来るようで私たち家族はとても浮いていた。


「兄様の時も合格発表を見に来たのですか?」

「いや、使用人の誰かに頼んだはずだ」

「それならどうして今日は家族で見に来たのでしょうか?」

「それが不思議な話だが両親も私も同じ夢を見たんだ。青い頭をした妖精が出てきてね、合格発表を見にいくとおもしろいことがあるって言うんだ。夢の話だが妙に気になってね。それで家族で見に行くことにしたんだ」


 青い頭をした妖精? クリューではない妖精。

 頭がガンガンする。

これはきっと罰だ。今まで黙っていた罰が下る。どうしてもっと前に言わなかったんだろう。それは家族と離れたくなかったから。でも一番の理由はそれではない。

 セネット侯爵家が血統を大事にしていることを知っていた。十四年育てた娘でも血がつながっていないとわかればあっさりと捨てることができる人たちだった。私は家族の反応が怖かった。どんな顔で私を見るのか。

 私の容姿が違うだけで養子に出そうとする人たちだ。どうなるかはわかっていた。

 両親の視線が怖かった。他人を見るような目で見られたくなかった。でもそれは私のわがままで、アネットには迷惑な話だ。

クリューがアネットの居場所を知っていると聞いた時に彼女に会いに行くべきだった。そうすればアネットがこの学院の試験を受けることを知ることができた。それに彼女がどう思っているのかも聞くことができたのに、私は自分可愛さで何もしなかったから天罰が下った。

 私たちは合格発表を見るために歩いていた。その道は馬車が通れないため家族そろって歩くしかなかった。今さら家に戻りたいなんて言えない。 でも仮病を使えば…駄目だわ。嘘の病気なんてすぐにばれてしまう。両親も兄も治癒魔法関係ではスペシャリストなんだから。使用人も何人もいるのに逃げ出すこともできない。

 ドキドキとする胸を押さえながらとぼとぼと歩いていると急に両親が立ち止まったためぶつかりそうになる。

 何があるのか見ようと隙間から目を凝らすと母にそっくりの私と同じくらいの娘が立っていた。粗末な身なりなのに何故かそれを感じさせないオーラがある。


(ああ、彼女がアネットなんだわ。母様にとても似ている)


「…アネット」


 思わず呟いていた。

 一番初めに動いたのは母だった。


「ああ、私の娘。やっぱり間違いだったのね。ずっと探していたのよ」


 母は戸惑っているアネットを泣きながら抱きしめている。私は母に抱きしめてもらったことなんて一度もない。それは私の容姿のせいではなく、私が彼女の娘ではなかったからなのか。母親の本能でわかっていたのかもしれない。

 その後のことはよく覚えていない。両親も兄も戸惑っているアネットを連れて屋敷に帰ってしまった。私のことなど誰も気にしなかった。そして私もこの場所に根が生えたかのようについていくことができなかった。


『どうするつもりなんだ?』


 どのくらい経ったのか。クリューの声にハッとする。


『クリュー! 見ていたの?』


クリューは用事があるからといなかったはずなのに、いつの間にかそばに来てくれていたようだ。


『ここに立っていてもどうにもならないだろ。本当に家族の所にでも行くか?』


私の問いかけには答えず、これからどうするのかをクリューは聞いてくる。クリューは今まで通り育ててもらえる可能性もあると言い続けていたけど、両親の態度で無理だと悟ったようだ。


『兄様を待っているの』

『迎えに来てくれると思っているのか? そのつもりなら置いて帰ったりはしないと思うぞ』


 クリューに言われなくてもわかっている。兄は何ひとつ声をかけることなく去って行った。私は拒否されていることを感じて兄に声をかけることができなかった。


『わかっている。でももう少しだけ待っていたいの。だって兄様はいつだって私のヒーローだった。十四年も妹だった私を見捨てたりなんてしないと信じたいの。だって私だったら兄様が血のつながっていない平民だってわかっても絶対に見捨てたりしないもの。だから…』


 私は泣かなかった。人前では泣かないって決めているから。泣き顔は嫌いだと兄が言ったから泣くときは誰にも見られないところで泣いていた。だから今は泣かない。兄が迎えに来た時に泣いていたらきっと嫌がるだろうから。私の部屋のベッドに横になるまでは泣けないのだ。

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