第3話 十三歳 3
この家の子供ではないとわかったのにパーティーに出席しなければならない。私がこの家に住み続けるためには仕方のないことだ。
私ではない子供のための十三歳を祝うパーティー。
お母様もお父様もお兄様も私をとても可愛がっている。それは私が家族だからだ。
家族でないとわかったらきっと変わってしまう。
「どうした? 今日のアンはどこか変だな。何かあったのか?」
兄のヘンリーは心配そうな顔で私を見る。いつだってそうだ。両親よりも私を気にかけてくれる。
「ううん、少し緊張しているだけよ」
「そうだな。今日のパーティーはいつもより盛大だからな」
この国では十三歳になると成人として認められる。少し早いけれど結婚だってできるのだ。だから今日のパーティーは今までで一番大きなパーティーだった。
アンナ・ヂュ・セネット。侯爵家の令嬢として恥ずかしくないようにふるまわなければならない。家族の誰とも似ていない容姿の私のことはいつだって噂の対象になっている。今日もきっと陰でたくさん噂されることだろう。
でも卑屈な態度をすれば家族に迷惑をかけることになる。
侯爵令嬢として立派な態度で臨まなければならない。私にはそんなことしかできないのだから。
私の肩には妖精が座っている。本当に私にしか見えていなようだ。声も私にしか聞こえない。なんだか不思議。
妖精が名前を教えてくれないので、私が妖精につけてあげた名前は〈クリュー〉。初めは嫌そうだったけどクリューって呼ぶと返事をするから了承してくれたみたい。
『ねえ、クリュー。本当に誰にもあなたの姿は見えないの? 今日は沢山の人が来るのよ。もしかして一人くらいは見える人がいるんじゃない?』
念話を使えば口にしなくてもクリューと話ができる。とても便利だ。
『大丈夫だよ。一応姿消しを使っているんだよ。それなのに僕を見ることが出来たのはアンだけだ。それにもし見えても見えないふりをするはずだよ。自分だけおかしなものが見えてるって言ったら変な奴だと思われるからね』
少しだけ不安だけど、クリューが一緒だと緊張がほぐれる気がした。
「おい、ブス。今日はいつもよりは見られる格好だな」
失礼なことを言われたけどにっこりと笑いを返す。ここで怒ってはならない。
『なんだコイツは? 失礼な奴だな』
『私の婚約者よ』
『はぁ? 婚約者って…そっかぁ、貴族だったな』
そう貴族の婚約は早い。生まれた時には決まっていることも多い。
「おい、聞いてるのか?」
私が何も言わないのが気に食わないようだ。本当におこちゃまなんだから。
婚約者の名前はエドモンド・ルーカス辺境伯爵の息子だ。赤い髪に赤い瞳。初めて見た時は真っ赤な目に飲み込まれそうで、見惚れてしまったくらい美しい瞳。
一目ぼれしてもおかしくないくらいに美形なんだけど、何しろ口が悪い。初めて会った時の台詞は今でも覚えている。
「エドモンド・ルーカスだ。それにしても本当に全然似てないな。お前の兄は男なのにあんなに奇麗な顔しているのに。お前って本当にこの家の子供なのか?」
あの時もにっこり笑って「ええ、この家の子供ですよ」と答えた。でも心の中では罵詈雑言で喚いていた。こんなのが婚約者だなんて! でもどんなに嫌な相手でも私の方から婚約解消することは出来ない。親が決めたことに逆らうなんてあり得ないことだって教えられているのだから。
あの後も会うたびに傷つけられた。その度に帰った後はあの庭でこっそり泣いていた。でも今日からは泣かない。だって私はもうエドモンドと結婚することはないのだから。近い将来私はこの家の子供ではないと知られてしまう。そうしたら少なくとも彼と結婚しなくてはいいのだ。少しはいいこともあるなとエドモンドの顔を見ながら思う。
「聞こえていますわ。私は今日からまたエドモンド様より年が一つ上ですわ。敬っていただきたいものです」
「な、なんだと! たった三か月の違いではないか。次に会うときは同い年だ」
「ふふふ、でも私より年上になるのは一生無理ですね」
エドモンドが意外と年齢を気にしていることには気づいていた。今までは気づかないふりをしていたけどもう黙っていじめられたりしないわ。これからは言い返してやるんだから。
「な、な、な、な、生意気だぞ」
『赤い髪に赤い瞳、そして顔まで真っ赤に染まって茹でた蛸のようだな』
クリューの言葉にプッと噴き出してしまう。慌てて扇で口元を隠す。
「今、笑ったな」
「いえ、笑ってなどいませんわ」
「嘘だ。笑った。…いつもそうして笑っていればいいのだ。そうすれば少しはマシな顔になる」
いつもブスブス言われていたけど、容姿のことではなかったのか。そういえばエドモンドの前ではいつも不機嫌な顔をしていた。初対面での言葉でかたくなになっていた。
でも今さら仲良くなったところで、どうなると言うのか。私はこの家の娘だから彼に婚約者に選ばれた。庶民になれば確実に破談になる。そして彼とは二度と会うことはなくなるのだ。憎まれ口を聞かずにすむのはありがたいけど、二度と会えないと考えると胸がチクリと痛む気がした。
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