【短編】ド変態かっぷる!

エノコモモ

第1話 江藤冬樹の悩み事


江藤冬樹えとうふゆきは完璧だ。

容姿もよければ頭も良い。

センスはバッチリ、スポーツ万能。

街を歩けばみんなが振り向き、生まれてこのかた女に困ったことはない。

そんな彼には、たったひとつだけ欠点があった。


「あっ!江藤くんよ!」


1人のクラスメイトが彼を見つければ、黄色い悲鳴があちこちで上がる。

(やれやれ…登校ぐらいゆっくりさせてほしいもんだ)

ふぅとため息をついても絵になってしまうから恐ろしい。

例え迷惑なほど女性に好意を寄せられても、それでも彼はフェミニスト。

決して女性を軽々しく扱わない。

(なぜなら俺は完璧だから)


「!」


そんな完璧な冬樹は、彼を一目見ようと集まって来る女子の中に1人、むしろ離れていこうとひた走る女生徒の後ろ姿を見つけた。

あの小ささは、彼女だ。






鈴本春菜すずもとはるなは凡人だ。

顔も学業の成績もスポーツだってとにかく中の中。

友達は決して多くはなく、心を許せる幼馴染がいる程度。

でも彼女はそんな日常が好きだった。

生まれた時からとにかく小さく、高校生の現在でも145センチほどしか身長がない。

その背の低さにより幼少の頃よりいじめられがちだった彼女は平和を愛していた。

たとえ平凡な日常だって、平和なことがいちばんなのだ。

そんな彼女は、今ある悩みを抱えていた。


「よお」

「わーっ!!」


必死で学校まで走る彼女の前に、その悩みの種が姿を現した。

彼女とは違う、長い足と抜群の運動神経を持ってしてここまで追いついてきたのだ。

慌てて逃げ切ろうと急角度で曲がろうとするが、首根っこを掴まれ壁に叩きつけられる。


「ひっ!」


そのまま頭の両側に手をつかれ、逃げられない状態にされた。

いわゆる流行りの壁ドンの状態だが、いかんせん相手が180センチと春菜との身長差がありすぎる。

春菜の心臓が、ときめきではなくただの恐怖で鼓動を早めた。


「俺を見て挨拶しねえとはいい度胸だなあ?」

「ご、ごめんなさい…江藤さん…」


春菜が必死に逃げていた理由は、あの完璧超人の、フェミニストのはずの江藤冬樹だった。


「来月は俺の誕生日なんだが」

「さ、さようでございますか…おめでとうございます」

「お前はなにをしてくれるんだろうなあ。楽しみだなあ」

「えっ!?いやそんな私が祝わなくともたくさんの女性がいるじゃないですか」


冗談だと思った春菜がハハハと笑う。

つられて笑った冬樹だったが、悪魔のような微笑みで春菜を見下ろした。


「楽しみにしてるからな」

「!?!?」


初めて冬樹と出会った時、たまたま2人きりになってしまったのだが、正直春菜は早く離れたいなと思った。

平凡を愛する彼女にとって、目立つ冬樹は天敵だと感じたのだ。

その感情は思わず顔に出てしまっていたらしい。

それは悪かったと今でも思っているが、根に持ったのかそれから冬樹は事あるごとに絡んでくるようになった。

(あれがなければこんなことにならなかったのに…!)

解放された瞬間、春菜は猛スピードで逃げて行った。


「どうして…」


そんな春菜の後ろ姿を見ながら、冬樹の口から声が漏れる。

次の瞬間、彼が崩れ落ちるように膝をついた。


「どうして俺は、春菜にあんな態度をとってしまうんだ…!」


完璧超人、江藤冬樹のたったひとつの欠点は、なぜか好きな女性に冷たい態度をとってしまうことにあった。






「なあ、どうして俺は春菜と付き合えないんだと思う?」


如月光きさらぎひかるは、その言葉に飲んでいた牛乳を吹き出しそうになった。


「……あれでなんで付き合えると思ってたの?」


あきれ顔で冬樹を見れば、死んだように地面にうつ伏せになっている。

(うわあ…)

2人は昼休みの現在、屋上で昼飯を食べていた。

光は冬樹のクラスメイトだ。

真っ白な肌に大きな瞳で、自他共に認める美少年。

背があまり高くないところも可愛らしいと評判だ。

2人が揃えばそのファンによって屋上が聖域と化し誰も入れなくなるほどの人気がある。

そんな光は冬樹に臆さずものを言える数少ない友人でもあった。

が、最近友達をやめようかとも思っている。


「いやおかしいだろ…だって俺はモテるイケメンで、数々の女をモノにしてきたのに、春菜だけなんで無理なの?」


理由は、そこでブツブツ言っている友人が気持ち悪いからだ。

過剰なほどの自信家であった彼は、1ヶ月前に1人の女生徒が好きになってから様子がおかしい。

どうも他の女と同じように接することができないようだった。


「初対面で俺に嫌そうな顔をしてきた春菜に、俺はあの時から夢中なのに…」

「じゃあもっと優しくすればいいんじゃないの?あんな絡み方するからどんどん逃げられるんじゃん」

「それができれば苦労しねえよ!」


そう吠えてまたすぐうつ伏せになってしまった。

1ヶ月前、冬樹は春菜のことが気になった後、すぐにアプローチをしに行った。

ひとつ下の学年の教室に行き、春菜を見つけ優しく声をかけようとしたその時、


『ようチビ』


冬樹の口からは思ってもみなかった言葉が飛び出した。

その後は最悪で、映画に誘おうと思っていた計画とは裏腹に、口は180度方向を変え脅迫を始めたのだ。

当然春菜は全力でこの酷い先輩を避けるようになり、しかしどうしても接点を持ちたい冬樹はどんどん近づき、どんどん春菜を怯えさせた。


「今日だって本当は来月の誕生日を祝って欲しかっただけなんだよ…朝から会えて嬉しかっただけなんだよ…」


それでも冬樹の口からは脅迫の言葉が飛び出し、まるで妖怪のように彼女を追いかけてしまった。


「でも1ヶ月見続けてきたが、春菜に男はいないことが発覚したぜ…!」

「ああ、そうなんだ」

「クラスでも特別仲の良い男はいなさそうだし、春菜をいやらしい目で見る教師もいない。粘り強くいってやる…!高校生活はまだまだあんだ…!」


(鈴本春菜かわいそ…)

光は何度かみたことのあるあの後輩を思い、同情の念を寄せた。






春菜が男性と歩いている。

学校帰りにその事実を確認して、疲れからくる幻覚かと思い一度目頭を揉んで、再度目線を春菜に戻す。

春菜は男性と歩いていた。


「えっ?」

「あちゃー…」


後ろを歩いていた光も同じものを見て、思わず声を漏らす。

(制服着てるし相手の男は違う学校の高校生かあ。あっ意外と格好い、)


「いや、俺の方がイケメンだよな?な?そうだよな?」

「あ、ああ…そうだね…」


冬樹から泣きそうになりながら問いかけられ、思わずお世辞を言った。

少なくとも今の姿は情けなさすぎて涙がでそうだ。


「春菜!俺というものがありながらどうして…!」


そうギリギリする冬樹だが、光としてはあちらの男の方が春菜は幸せになれそうだと思ってしまう。

春菜は普段冬樹には絶対に見せない笑顔をしながら、それはもう楽しそうに彼と話している。

2人はそのまま商店街に入っていこうとしており、冬樹もそれにコソコソついていく気だ。


「ちょ、やめなよ!傷が広がるだけだって!」

「いや無理だ。あれが本当に春菜の男か確かめる必要がある」

「いやいやいや…え〜…」


先に帰ろうかとも思った光だったが、ふと明日の朝刊が頭をかすめた。


〈男子高校生が高校生カップルを刺す!〜学校1番の人気だった彼になにが〜〉


(……ついていこう)

縁を切ろうかと考えているとは言え、まだ友人だ。

この件で物理的に切れるかもしれないけど。






春菜と男子高校生は商店街でゲームセンターに入った。


「ゲームセンターなんてガキかよ。俺の方が絶対お洒落なところに連れていけるわ」


子供たちが楽しそうに走り回る横で、冬樹と光はクレーンゲームの後ろで春菜たちを見ていた。

冬樹がそのままでいると背も高く目立つので、途中のブティックで適当に買ったマフラーをぐるぐると顔に巻いている。

声がくぐもり聞こえづらい。

明らかに頭のおかしいミイラ男に女性は一切近づかないが、違う意味では目立ってしまっているようで子供達が遠目に見ている。


「何見てんだガキ!」

「あっ2人でプリクラ撮ってる」

「!?!?」


慌てて冬樹が視線を戻すと、カーテンの下から2人の足が見えた。

それはとても楽しそうな声まで聞こえてくる。

(確実にデートコースだなあ…)

写真を回収しゲームセンターを出て行く2人を追いかけ、外を見れば2人は屋台でクレープを買っていた。


「あ〜冬樹、もうやめたら?」


友人の心を案じ後ろを振り返るが、いると思っていた冬樹がいない。

先程居たところに戻れば、子供達に慰められていた。





光と冬樹は公園のベンチに腰掛け、ぼーっと前を見ていた。


「冬樹…お前ならきっと他に女の子見つけられるって」

「……」


光の言葉にもなにも答えない。

冬樹の膝には、先程子供達から慰めにもらったお菓子が大量に積まれている。

(やっぱりどこからどう見てもカップルだもんなあ)

光と冬樹の目線の先には、同じようにベンチに座る春菜たちの姿。

お互いのクレープを交換したりとかなり親密な関係のようだ。

(落ち込んでるなあ…)

冬樹とは付き合いがそこそこ長いが、こんなに落ち込んでいる彼はみたことがなかった。

まあ原因は冬樹の自業自得に他ならないのだが。

いつ帰ろうかと悩む光の足に、何かがコツンと当たった。


「すみませ〜ん!」


(や、やばい!)

見ればペットボトルが転がってきているだけなのだが、それを追って春菜がこちらに走って来ている。

冬樹がぴくりと動き、光は110番の通報をするために携帯を手に持った。


「すみません。ペットボトル転がっちゃって…って、げ!江藤先輩!」


冬樹に気がついた春菜が心底嫌そうな顔をしたが、冬樹の様子がいつもと違う。


「……春菜」

「えっ…あ、はい…?」


突然名前で呼ばれ、警戒したように春菜が返事をする。

光は携帯で110番を押し、通話ボタンに手をかけた。


「お前のこと、俺は愛してたのに、お前は違ったんだな」

「……ん?話が見えないんですが…」

「俺を弄んでおきながらっ…あんなに仲良い恋人がいたんだなっ…!」


とんでもなく自分勝手な言い分すぎて光は静かに友人に引いた。

(証言するときは鈴本春菜に味方しよう)

春菜は意味がわからないながら、冬樹の言った「恋人」があちらで座って待つ男子高校生のことだとわかったようだった。

そして冬樹に一言、


「…?みどりちゃんは女の子ですよ?」

「……へっ?」

「え?」


光が勢いあまって通話ボタンを押しそうになる指を慌てて方向転換させる。

冬樹と言えば、未だ状況が飲み込めていないようだ。

するとしびれを切らしたのか、春菜と共にいた男子高校生あらため女子高校生がこちらに走って来た。


「春菜ー!どうしたー?」

「い、いや、先輩が居たんだけど…翠ちゃんのこと男の子って勘違いしてるみたいで…」

「あ〜この格好ならしょうがないよねえ」


平川翠ひらかわみどりは評判の美人である。

女子校に通う彼女の人気の秘密は、格好良い美人だから。

スッと通った鼻筋も、はっきりした二重まぶたも、175センチの背の高さも彼女の魅力のひとつ。

そして春菜の仲の良い幼馴染だ。

そんな彼女は長身を生かし、演劇部に所属していた。


「次の劇で男性役をやるんですよ。なので友人の兄から制服を借りて、男性としての振る舞いを練習してたんス」

「最初見たときびっくりしたよ。男の子が話しかけて来たのかと思った」


そう楽しげに会話をする2人をさし置き、光の脳はやっと現状を把握するに至った。

つまりはこちらの勘違いだったということ。

冬樹を見れば、彼も全てを理解したようだった。

ここで春菜が冬樹に向き直る。

気まずそうに話を切り出した。


「あの、さっき言ってたのって、」

「フハハ、どうりでな!お前みたいなクソチビに彼氏なんかいるわけなかったな!」


通常営業が始まり、光が頭を抱える。

相変わらず冬樹の悪い癖は治っていないようだ。

だがしかし、春菜の顔にいつもと違う表情が宿ったのを光は見逃さなかった。


「あっそんなこと言う江藤さんはもう無理です。一生話しかけないでください」

「大変申し訳ありませんでした!」


そっぽを向いた春菜に、冬樹がありえない速度で土下座した。


「えっ…何?」

「……」


翠も光もドン引きだ。

光としては、友人のその情けない姿にも衝撃を受けたが、なにより驚いたことは、俯いた冬樹の顔がとても嬉しそうに笑っているように見えたことである。






翌日から、春菜と冬樹の2人の関係は変わった。

周囲の目も変わったと思う。


「春菜!春菜!今日俺の誕生日なんだけど」

「江藤先輩うるさいです。誰が話して良い許可出したんですか」

「は、はい!」


朝の登校中、先輩に対して非常に冷たい仕打ちをする後輩と、その言葉に恍惚とした表情を浮かべる先輩。

あれから冬樹は一切の遠慮なく、自分の欲望をぶつけるようになった。

そうすると、あれだけキャーキャー言っていた女性たちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなり、春菜に対し憐憫の目を向ける者が多くなった。

かく言う光もその1人。

(鈴本春菜は結局冬樹に苦労させられるんだなあ)

ずっとチヤホヤされ続け、冬樹は新しい扉を開けてしまっていたようだ。

今思えば、初対面で嫌な顔をしてきた春菜に冬樹が夢中になったのは、この性癖が顔を出したからだろう。

そのあと冬樹が春菜をいじめ続けたのも、また拒絶される顔が見たいと無意識に期待してのことだったのかもしれない。

(は〜、いつ縁切ろう)

この気持ちの悪い友人と。


江藤冬樹えとうふゆきは完璧だ。

容姿もよければ頭も良い。

センスはバッチリ、スポーツ万能。

街を歩けばみんなが振り向き、生まれてこのかた女に困ったことはない。

だがその正体は、とんでもない変態だったのだ。


「……ん?」


春菜と冬樹の2人を見ていて、光がある事に気がつく。

春菜の鞄からチラリと顔を出したのは可愛らしい包装紙に包まれた何か。

(……)

よくよく春菜の顔を見れば、冬樹にひどいことを言った後、頰が赤くなっている。


「ど変態カップルじゃん…」


気がつかなければよかったと、光は急激な後悔に襲われた。

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