第23話 『竜《ドラゴン》の魔素』(執筆者:かーや・ぱっせ)
「……寒っ」
冷たい風が、トウラの寝ぼけ眼に吹き付けてくる。
「……うわっ! 何で俺、椅子に縛られて――!」
辺りを見回せば、雲が流れるばかり。眼下では町が小さく見えていた。
「そうか。いつの間に俺、ボロい方の飛行機に……」
「ようやくお目覚めか。トウラ、と言ったな」
シェロが借りてくれた単葉機に乗って空を飛んでいるのだと気付いた瞬間、目の前の人物――ノアに声をかけられた。彼は切り揃えられた白髪をなびかせながら、操縦桿を握り、進行先を見据えている。
「お前、どこで
「
「これから、お前が飲み込んだ魔素をあるべき場所に返す。ただ俺は、その魔素がどこにあったのかを知らん。
こいつの操縦に慣れる間に、場所を知っているお前が起きると踏んでいたが……全く、いつまで寝ていれば気が済むんだ」
確かに、シャールの町にいた頃と比べると、日は傾き、空に夜の帳が下りてこようとしていた。
「そいつは悪いことをしたな! なら、さっさと行こうぜ!」
「あのな……人の話を聞いていたのか――」
「うおおお――! やっと俺の命が助かる! ホント、救世主様々だな!」
「さっさと
「いえ! 助かりたいです! 場所教えますから――!」
こいつここから落としたろかな、と思いながらノアは、トウラの絡みを何とか払いのけるのだった……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なるほど。聖獣は身近にいた訳か」
トウラ達は、シャールの町で信仰されていた“レッド・マウンテンズ”にやって来た。
ふもとから少し離れた場所に飛行機を止め、二人は山脈の間を縫ってゆく。
「まさかもう一度この山の中を歩くとは思ってもみなかったぜ」
「俺も同じだ。この山には修行の為に登りに来たきりだったが――まさか、こんな馬鹿のお守りの為に来るとは」
「相変わらず救世主様は辛口だなあ……っと。この岩、見覚えがあるぞ――」
トウラの足が速くなる。
彼が行く先には、鳥居のような、岩で出来た門がいくつも待ち構えている。
「救世主様ーっ! この洞窟です!」
いくつもの門を抜けたトウラが指差した先に、門と同じ岩で補強された穴が、大きく口を開けて待っていた。
洞窟に入った二人は、緩やかに、弧を描くように下ってゆく。そして、下れば下るほど、蒸すような熱気が二人を包み込む。
一時間弱もすれば、始めは勇み足だったトウラも、すっかり頭を垂れているのであった。
「くっそお。拭っても拭っても汗が止まらねぇ!」
「……いい加減、黙って歩けないのか」
「こんなところ、黙って歩いてちゃあ死んじまうって!」
現在、二人は溶岩の川が流れる道中。うだうだと文句を言いながら歩くトウラの前を、ノアが淡々と歩いている形だ。
「なあ、救世主様は暑くないのか? そんな重そうなローブ引っかけてさあ――」
声をかけられたノアが突き刺すような視線を送る。それにぴくりと反応したトウラが口を結ぶと、ノアは再び歩き出した。
確かに、初対面の時と全く変わらずの冷めた表情は、汗だくのトウラとは対照的だ。
そんな二人が歩くこと、更に十数分。
「おっと、ここは――」
「どうした」
「懐かしいなあ。ここで俺が魔素を飲み込んだんだ」
途中、現れた広い空間で足を止めた二人。
「魔素があった場所はきっとこの先ですよ! 行きましょう救世主様!」
トウラが歓喜の声をあげながら先を急ぐ。
ふう、と息を吐いたノアも、トウラの後に続いた。
奥へ行けば行くほど、熱気は治まり、空気が澄み渡ってゆく……。
たどり着いた場所は、周りを褐色に覆われた一角。なのだが、所々で、磨かれたエメラルドのような発光体が顔を出していた。
「この光る岩肌、俺が飲み込んだ魔素とそっくりだ――ここでケイキが魔素を手に入れたんだ! 間違いねぇ!」
「なるほど。聖獣はここに眠っていたというわけか……」
おもむろに奥へ進んだノア。
「始めるぞ。用意は良いな」
トウラに振り返り、こう告げたノアだったが、聞く耳を持っていないらしいトウラは、瞳を輝かせながらこの一角を見回していた。
そんなトウラを横目に、ノアは発光体に触れる。
「うっ!」
ノアが触れた場所を中心に光がなびいた瞬間、トウラが膝から崩れ落ちた!
「ぐうっ! っぁ! うああああああ――!」
「あるべき場所に還るまでの間だ。神を飲み込んだ愚か者の罰だと思え」
冷たく告げたノアは、トウラの叫びを背中で一身に受ける。
その間、地面でのたうち回るトウラの頭上に、発光体と似た色の粒子達が登り、形を作ってゆく。
「聖獣の宿主に導かれ、たどり着いた場所で魔素に触れた時、俺の下に聖獣が現れる――何もかも、ジジイの言う通りだな」
叫び声が止むと同時に響いた乾いた音に、ノアは振り返った。
うつ伏せで力なく息をするトウラの横で、掌に納まる程の、エメラルド色の塊が転がっていた。
「現れたな、
透けて見えるその塊に近付くノア。手に取ってみると、僅かに霧をまとっていることが分かった。
「これほど濃密な魔素は、初めて見たな。……だからこそだ。確信できる」
ノアが、魔素の塊を口に近付ける。
「これで俺は、強くなる……!」
ノアは
その光景を、トウラはしかと目に焼き付けたのだった。
「俺の命は……助かったんだ!」
感極まり飛び起きたトウラが、勢いそのまま、ノアに抱き付いた! トウラはノアのさらりとした白髪をぐしゃぐしゃに撫で回す。
ところが、ノアはされるがままだった。
「おっと、やり過ぎたか?」
彼に違和感を覚えたトウラは手を離し、ノアから距離を置いてみる。
ノアは、見えない空を仰ぎ見るように立ち尽くしていた。
「ノアさーん? 一体どうしたんですか――」
トウラが改めて近付こうとした瞬間、ノアがこちらを睨み付けてきた。そうして足早に近付いてくる彼が、トウラの目には怒りを撒き散らしているように見えた。
「やっぱり怒ってますよね!? いやホンっト申し訳ない! 俺つい癖で――」
これまでの行き過ぎた言動を弁明しようと早口になるトウラ。しかし、ノアはそんな彼の横を通り過ぎ、出口へと向かっていった。
「あれ、ノアさん?! どこ行くんですか?!」
つかつかと来た道を戻るノアを、トウラが慌てて追いかける。
「なあ、悪かったって! あんなに髪を揺さぶられたらそりゃあ、救世主様だって怒るのも当然――」
「黙って歩け! 俺は一刻も早くシャールへ帰りたいんだ」
ノアの怒声に一瞬尻込みしたトウラだったが、彼の言葉にはっとし、もう一度後を追う。
「帰るんだったら、わざわざ長い時間歩く必要ないですよ!」
この言葉に、ぴたりと止まったノア。
「どういうことだ?」
「とにかく、俺に任せて下さい!」
そうしてトウラがノアに手をかざす。すると、ノアの視界が急に夜空の下へと変わったのだ。
「……何が起きたんだ?」
「俺の異能で転移させました! 飛行機を停めた場所まで!」
後ろから、満面の笑みでトウラに言われたノア。辺りを見回してみると、確かに、ここへ来る為に使った単葉機が二人の側にあった。
「さ、シャールへ帰りましょう! ――って、ノアさん! そういえばこの飛行機、どうやって飛ばしたんですか? 確かこの飛行機エンジンがなかったはずじゃ……」
「お前の魔素を借りた」
「俺の魔素?」
「ああ。お前は今まで無上に魔素を持っていたからな。それを媒体に風を起こし、この飛行機をその風に乗せた訳だ」
「俺の体内魔素を使って……ってことは……」
不意に、トウラの頭が重くなる。
「そうだ。お前らが探しているダビデの鍵と同じ原理だ。あれも人の魔素を借りて発動させるだろう――」
トウラの視界は霞み、ノアの声が次第に遠くなってゆく……。
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