第8話 『世界の影』(執筆者:金城暁大)
トウラの口から出たその台詞を、シオンは初めは良く理解出来ないでいた。
シェロを見ても、やはり同じような顔をしていた。
しかし、台詞の中にある一つの言葉が、二人の背中に言い知れない緊張感を感じさせた。
「……戦争? トウラさん、今戦争って言ったんですか?」
自分の聞いた事を確かめようとしながら尋ねるシオンに、トウラは静かに頷いた。
シュートはトウラの横で腕を組み、ただ黙ってシオンを見ていた。
シュートの茶色がかった瞳と、トウラの真紅の瞳が、シオンを見つめる。その視線に、シオンはやや恐怖にも似たような緊張感を覚えた。
「ああ。もうじきこの世界で、大きな戦争が起きる。それは今までにない程の大きな戦争だ。世界中を巻き込む程のな」
「世界中を……」
シオンの背中にのしかかる緊張感が高まる。
「そうだ。世界中だ。そして、その戦争の兵士として、神は俺達を利用しようとしている」
「“俺達”って、僕達、転生者の事ですか?」
「違う。この世界の全ての人間だ」
「そんな……そんな事が起きたら、この世界はどうなるんですか?」
「間違いなく、今の様な平和な世の中は無くなる。確かに、現状では多少の争いはあるが、それでも、これから起きる戦争に比べればまだ平和な方だ。こうして食事を摂る事も出来なくなるかも知れない」
シオンは息を飲んだ。
横に座るシェロを見ても、彼女も又同じ様に、言葉が見つからない様子だった。
「神様は、どうしてそんな事を?」
シオンの台詞に、トウラは一呼吸置き、シオンとシェロの二人を見た。
「神はこの世界を作り変えるつもりだ。
神の考えでは、この世界は不完全で、神の理想に叶わないそうだ。だから、戦争を起こし、このヒューマニーと、もう一つの世界、メルフェールの両方の人間を自滅させるつもりだ。
それはつまり――」
「ちょっと待って下さい!」
シオンはトウラの言葉を遮った。
「何なんですか? そのヒューマニーとメルフェールって。なんの事かさっぱりです」
すると、シオンの横に座るシェロが口を開いた。
「ヒューマニーとメルフェールは、私達の住むこの世界と、相反する二つの世界の事なのよ」
「二つの世界? さっきもトウラさんがそんな事を言っていたけど、一体……」
するとトウラが再び口を開いた。
「成る程。シオン君、君はまだ二つの世界について何も知らないんだね」
「ええ」
すると、トウラは横で腕を組むシュートをちらりと見た。
「説明してやれ。この子も俺達同様転生者だ。知る権利がある。
ここは、人も少ない。聞かれる心配も無い」
シュートの言う通り、店の中はシオン達以外に人は殆ど見当たらなかった。
シオンの元の世界でいう、バロック様式の喫茶店。
木の梁がむき出しになった天井や、磨き抜かれたメープル材の床は、この喫茶店の外観とよく調和していた。
天井や壁、梁には所々、金の蔦の装飾や、見た事があるような油彩画が飾られてあった。
天井からぶら下がるランプやシャンデリアも、花のようで美しい。
白いフリルが付いたテーブルクロスの敷かれたテーブルに、
窓際には色とりどりの花が咲き、季節の訪れを感じさせている。
あれはチューリップだろうか。
非常に可愛らしい花が、開け放たれたウッドデッキから吹き込む風に揺れている。
そのデッキと花壇には、暖かい日の日差しが降り注いでいた。
そして、店内はとても静か。聞こえるのは厨房での作業の音と、店内に流れる蓄音機の音だけだ。
蓄音機から流れる曲――これはクラシックだろうか。何処かで聴いたことのあるような、とても穏やかな旋律だ。
自分達が座る席の直ぐ隣の席には人はいない。居るとしても席は数メートル先で、大きな声で無ければ、自分達の話し声を聞かれる心配は無さそうだ。
トウラがそれを確認すると、長テーブルを挟んで座るシオンとシェロに、僅かに身を乗り出し語りだした。
「いいか。この世界には、二つの世界が相反して存在している。
俺達がいるこの世界は“ヒューマニー”、つまり、人間の世界……根源的な世界でもある“基本世界”だ」
「ヒューマニー……」
すると、トウラはシェロをちらと見、再びシオンに視線を戻した。
「ヒューマニーの世界は人間は、いや、人間だけでは無い。経済、産業、政治、化学、物質構成の殆どが、俺達転生者の元の世界と酷似している。
しかし、違う所もあるんだ」
「違う所?」
「もう気付いていると思うが、この世界には、まるで俺達の元の世界での想像上でしか無かったものが存在する。魔法、魔兵器、魔物などがそうだ」
「あなたがここに来る前に出会った、あの竜騎士の駆るドラゴンがそう。あれが“魔物”よ」
シェロはハンバーグと一緒に運ばれて来たホットコーヒーを一口すすると、トウラの横から口を挟んだ。
シオンは、複葉機の複座から見た、あのドラゴンを思い出した。
「シオンとシェロはドラゴンに会ったことがあるのか」
「ええ。ここに来る前に、私達と一戦交えた刺客が乗りこなしてたわ。竜騎士なんだけど、ちょっと私とは因縁があるのよ。それに、この子も巻き込んじゃって」
すると、シュートが僅かに顔を上げた。
「竜騎士だと?」
「あらシュート。貴方も彼を知ってるの?」
「もしかして、その竜騎士はマキナって名前じゃ無いのか?」
「あら、知ってるのね。こんな所で共通の話題がある人に出会えるなんて、意外だわ。
でも、どうして貴方はマキナを知ってるの?」
「……後で話す」
そういうと、シュートはトウラを見て頷いた。
トウラもシュートに頷くと、再び話し始めた。
「そして“魔法”だ。
魔法はこの世界の全てにおいて“力”となっている。言うなれば、生命の根源とも言っていい。その魔法の原動要素となっているのが、“魔素”だ」
「魔素……」
「その魔素を使いこなせれば、どんなことでも出来る」
「使いこなせれば、な」
シュートが呟いた。
「使いこなせれば?」
シオンの問いにシュートが答えた。
「魔法は、魔素があれば発動させられるが、魔素だけではダメだ。魔法の発動には“魔法式”と“
「何ですか、それは?」
「魔法式とは、魔法を発動する際に必要な魔素の流れの道筋と法則、言わば回路だ。
そして、詠唱文は、その魔法式を発動させる起因、つまり、スイッチだ。
魔素と魔法式と詠唱文。この3つがあって初めて魔法は発動する」
「あのマキナが魔法の矢を放つ際に唱えていた詠唱呪文なんかがそれよ」
シェロの言葉に、シオンはあの時の事を思い出す。
「あと、シュートが酒場であの男に使った魔法なんかもそうよ」
「そうだ」
シュートが頷いた。
「つまり、過程が無いと、結果はでない。俺達の現実世界の化学と同じってわけだ」
そのトウラの説明にシオンは納得した。
「成る程、分かりやすいです」
「さっき言った、俺が飲み込んだ、魔素なんかもそうだ。まぁ、あれは規格外なんだが……」
「?」
「まあいい。それも後で話す」
その時だった。
「失礼します。空いたお皿をお下げしてよろしいでしょうか?」
やって来たウェイターに、一同は頷く。
「ああ、頼む」
シュートが言うと、ウェイターは食器を盆に乗せると、一礼して去っていった。
ウェイターが去った事を確認すると、トウラが再び話し始めた。
「次に“魔兵器”だが、これは説明が難しいな。直接見た方が早いからな」
「それでも良いです。説明して下さい」
「うーん、そうだな。例えば、
機械巨人は、一見すると巨大な人型の機械だが、その動力源は魔素を注入した“魔鉱石”だ。あれだよ」
そう言ってトウラは、自分達の頭上を指差した。
そこには暖かい灯火の光るランプが天井の梁からぶら下がっていた。
「ランプ……ですか?」
「その中だよ」
シオンは立ち上がって、ランプの中を注視した。
よく見ると、ランプの中には小さな光る石が入っていた。
「石が入っていますね」
「それが魔鉱石だ。これは明光石という魔鉱石……といっても、捨てる予定のクズ鉱石に、魔素を注入しているだけだけどな。
ちなみに製品化されたもの――灯台や軍用、工事現場なんかで使われているのは、これの10倍は明るいんだ」
「へぇー、綺麗ですね」
「まぁな。だが、これが戦争に使われたりもするんだ。機械巨人なんかは、これを動力源にして動いているんだ」
シオンは席を座り直した。よく見れば、同じ様なランプが店内にあちこちにある。きっとこれはそんなに珍しいものではないのだろう。
「続けるぞ。
次に、“亜人”だ。このヒューマニーにはシェロの様な人間とは異なる経過で生まれた亜人が存在する」
「さっき酒場で見たあの二人がそうだ」
シュートが言った。
シオンは先刻の酒場で見た、獣耳族の子供と蛮族の男を思い出した。
「あの女の子は見たところ、猫族の“獣耳族”だったな。猫族は大人しい性格だが、とても賢い。中にはその智力を買って、研究職や軍師なんかに採用する国もある」
「へぇ……」
「だが、とても温厚故に、ああして他の種族に虐げられるのもしばしばなんだ。……あの子、可哀想にな」
シュートは、やや遠い目をして、痛烈な表情を見せた。
「でも、中には戦うことに向いている猫族もいるのよ。猫族の仲間である豹族や獅子族、虎族なんかは、とても戦闘向きなの。あの子みたいに虐げられる事もあまり無いわ」
シェロの言葉に、シュートも頷いた。
「そして、あの猫族を虐めていたのが、“蛮族”だ。あの蛮族はさしずめ北の国の蛮族“ノルディア族”だろう。とても気性が激しく、素行が悪い事で知られているんだ」
「本当にシュートがいて良かったわ。あの蛮族のたちが悪いのは、気性が激しいだけじゃなくて、あの時の見た目通り強い事なのよ。
私達でも、勝てたかどうか分からなかったわ」
「フッ、あんな雑魚豚、容易いさ」
「雑魚豚……」
シオンはシュートのその言葉に、彼の気概の良さと心強さを感じた。
確かに言われてみれば、あの男は豚に似ていたかもしれない。
シオンは、同じ転生者として、シュートに尊敬の様な念を覚えたのだった。
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