餞 ―はなむけ―

坂戸樹水

第1話

 高校時代の恩師が死んだと訃報が入ったのは一昨日の事だった。

ソレを知ったからと言って涙が込み上げるでも無いのだが、何だか…何だかなぁ。

言葉にしがたい思いがある。


「今日は遅くなるんでしょ? 帰り、気をつけてね?」

「なるべく早く帰るけど、戸締りしっかりしろよ?」

「お世話になった先生の お通夜でしょ?

 お友達も沢山 来るんだろうし、家の事は心配しないでごゆっくり」

「…まぁ。じゃ、行って来る」


 高校時代、俺は結構なヤンキーと言うバカ丸出しだったワケで、担任教師には随分 迷惑をかけた。

けれど、絵に描いたような教師であった担任は、出来の悪い生徒を見離す事なく熱血指導。

当時の俺は、担任の事を父親のようにも思い、親友のようにも思っていた。


「癌か…」


 俺は曇り空を見上げて恩師の死因を呟く。


「儚いもんだ」


 アレだけ世話になったと言うのに、高校を卒業して以来、俺は恩師を訪ねた事が無い。

こんな日を迎えると、何故 会いに行かずにいられたのか、自分の軽薄さを痛感させられる。


(結婚式ん時にゃ、電報うってくれたのにな…

 忙しいだの何だの理由を付けて、その礼すら言ってねぇし…)


 俺は25で結婚した。現在、妻の腹の中には待望の一子が宿っている。


(ガキが生まれたらハガキでも送ろうかって気ではいたんだけどな…)


 言い訳だ。


 電車を乗り継いで通夜の会場に到着。

薄暗い夕刻の空の下、入り口は花と提灯で飾られていて、あぁ着いちまった…ソレが感想。


「オイ、間宮マミヤか?」

「…早見?」

「そぉそぉ!お前、変わんねぇなぁ!」

「変わるだろ。10年ぶりだっつの」


 早速 声をかけて来たのは、俺と同じ悪ガキの1人だった男=早見ハヤミだ。

ダブルの喪服が自棄に似合っているから、時の流れを感じる。お前は激しく老けたな、早見。


「何か…あの人が死ぬとかマジ有り得ねぇよな…」

「あぁ」

「メッチャメチャ元気だったよな、あの頃。

 授業サボった俺らん事、猛ダッシュで追っ駆け来てさぁ」

「ああ、あったな。そうゆうの」

「俺、病気で入院してるって聞いて、1回 見舞いに行ったンだけどさぁ、」

「え?」

「お前、知らなかったのか?

 まぁ、俺も人伝に聞いて半信半疑で顔出したってノリだけど、

 痩せちゃっててショックだったわぁ。会いに行かなくて正解だったと思うぞ。うん」


 フォローしてくれてるんだろうけどさ、早見…俺の軽薄さ、レベルUPしたぞ。

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