第6章

ここにいて 1

 儀式の式次は典礼官長官オルヴェインから国王へと奏上された。

 典礼官が総力を挙げて作り上げたそれに裁決が下り、塔再活性化事業の初期段階がついに始動することとなった。


 クロティア地方への移動は仰々しい隊列で進んだ。調査隊がなんども派遣され、最も安全だと考えられた往路を、首都の典礼官と騎士団から派遣されてきた騎士たちが粛々と進む。諸官は目下、体力の温存が優先されるため、道行きに口数は少ない。森の中にざくりざくりと足音がこだまする。

 一度調査隊に加わっていたエルセリスは比較的気を楽にして馬車から見える風景を眺めていたが、伯爵令嬢であるアトリーナは長時間封印塔の影響外に出ることが滅多にないせいか顔色がよくなかった。

「アトリーナさん、お水飲みますか?」

 普段気弱でいるはずのネビンは、商人一族の出身で旅慣れているからかまったく緊張しておらず、逆に周囲の世話を焼いていた。アトリーナは「無駄に元気ね」と言いながらも助言に従って水を飲み、飴を口に入れて喉を守るために口布を巻き直している。

「ネビン、あんまり張り切ってると後でつぶれちゃうよ」

「ありがとうございます、エルセリスさん。でも大丈夫です、僕は魔気耐性も高いし、外には慣れてますから」

 わあっと後ろで声が上がり、周囲の騎士たちが剣を抜く。

 魔物の襲撃かと思われて隊列が止まったが、後列の奏官が魔気に当てられて倒れたという知らせがきた。

「そろそろ倒れる人がでてきましたね。ここから増えると思います。僕、気付薬を持ってるんでちょっと行ってきます」

(ネビンはこういうときに強い人だったのか)

 馬車を飛び出していく彼を見送りながら、まだ知らないところがたくさんあるなと思う。

 ネビンの予想通り、進むにつれて倒れる人間が多くなってきた。精神的な重圧と魔気に当てられた結果、都市の外に出ることのない奏官たちは気分を悪くしてしまうらしい。調査が進んでいない段階と比べて、簡易だが迷わないよう目標を設置した道、騎士たちの守りもあるけれど、それが逆に「絶対に失敗できない」と圧力をかけているようだ。

(多分私が失敗したからだな……)

 謹慎処分になったエルセリスという悪い見本が近くにいるせいか、上手くいかない想像の方が強くなっているのだろう。儀式の最初の剣舞をやるようにしたのは、それを払拭する意味でもよかったのかもしれない。上手くやれればみんなを勇気付けることができる。

 手を何度か握って感触を確かめる。

(うん、いける)

 実感がちゃんとあった。もう見失うことはないだろう。

 体調不良を訴える者が続出したが予定通りに行程を進み、魔物に襲われることなく遺棄された塔に到着することができた。

 調査隊が草を刈って瓦礫をどけ、さらに舞台と奏官の演壇を作ったらしい。暗い森を照らすためにあちこちに篝火が燃やされ、一見すれば祭りが行われるかのようだが、いやな感じのする空気は払拭できておらず、「打ち捨てられた」とか「呪われた」などという呼び方がされる雰囲気が残っている。

 運搬されてきた楽器が広げられ、しかるべき場所に配置されていく。その間が最後の休憩だ。時間が来れば十二時間にも及ぶ儀式が始まる。

 アトリーナは体力回復に専念することにしたらしく天幕に入っていき、ネビンは熱心に柔軟を始めた。エルセリスも身体をほぐすつもりだったが、まずはオルヴェインを探すことにした。

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