私をみつけて 4

(しかしよく失敗した私に任命したなあ……)

 心当たりはある。アルフリードの圧力だろう。

 だがいよいよ失敗できない。果たせなければ聖務官生命が絶たれる。

(いいよ、やってやろうじゃないか)

 そこには、首脳陣によって決定された塔再活性化事業の初期段階である儀式の内訳の詳細も記されている。

 現在魔気が濃く魔物が多数確認されているクロティア地方への移動は王宮騎士団からも騎士を派遣されることが決定された。また現地では魔気の浸食速度を考慮し、十二時間連続の儀式の遂行が望ましいという学者と聖職者の意見が出た。十二時間という長時間の儀式は例がないが、現時点で奏官の入れ替えは必須と考えられ、他都市所属の典礼官が増援として呼ばれることとなった。聖務官の増員も検討されたが他都市の承諾が得られず、首都勤務の三名で行われることとされている。

 儀式は正午十二時より開始。祈祷、斉唱など通常行われているものを省略せず全編行うものとする。

 聖務官の祈りは奏官の休息を得る意味合いもあり、祈祷の合間に挟み込む形で三名がそれぞれ三回ずつ行う。

 人員調整や必要な道具類、楽器の準備など、公署はにわかに慌ただしくなっていた。エルセリスたちも公署の準備室や王宮の図書室、あるいは師の元へ出掛けていったりと忙しなく出入りしていた。

 聖務官に与えられた仕事は、三回の祈祷、その内容を各自で考えるというものだった。

 エルセリスは先人が残した剣舞の演目をまとめた舞書や集積書を確認しながら、三回分の剣舞を組み立てようとしていた。しかも最後の祈祷は言うなれば「オオトリ」なので簡単な内容にするわけにはいかない。

 アトリーナとネビンも自分の祈祷を組み立てるために外出していることが多いが、禁帯出の資料を検討していると時間がかかるので夜遅くまで誰かしらが残っているという状態が続いていた。エルセリスが夕方になっても戻ってこないふたりのことをちらりと考えたとき、疲れた息を吐くネビンとアトリーナが入ってきた。

「だから言ったでしょう、それだと短くて内容が薄いと」

「で、でも! あんまり長くやると僕らの体力が保たないじゃないですか。時間が経つにつれて条件はますます厳しくなっていくんですし、だったら短いのをひとつ挟まないと」

(ああ、何をするか決めたから許可をもらいにいったのか)

 儀式の内容については上層部に許可を得なければならないことが通達されていた。だがその様子だと却下を受けたらしい。

 壮麗な儀式を期待している上層部は、難易度が高ければ高いほど時間が長ければ長いほど良い、という考えを持っているようで、実際に行う聖務官の体力を度外視して無茶を要求してくる。そのため書類を作るのも時間がかかり、残業が続いていた。

(一回目はともかく、二回目三回目がなあ)

 儀式が進行するにつれて体力が保たなくなってくる。これをどのように工夫するのかが問題だった。

「アトリーナさんもエルセリスさんも、僕とは違って綺麗だし、派手だし。才能あるし。きっとすぐ内容も決められるんですよね」

 うじうじとネビンがぼやいた。エルセリスはアトリーナの眉がぴんと跳ね上がる瞬間を見た。

「なに、その言い方。まるで私たちが努力していないみたいではないの!」

「アトリーナ、声が大きいよ。ネビンは不安になってるだけだよね?」

 すぐさま間に入るがネビンは後ろ向きの発言を止めない。

「三人で聖務を行うと僕の地味さや才能のなさが浮き彫りになるんです……エルセリスさんがこの前失敗するくらいなんだから、僕もそこで失敗するに決まってます。僕なんか……」

(ああ、始まったか……)

 大きな式典があると三人が同時に儀式を行うのだが、ネビンはその度にこうして後ろ向きの思考を爆発させる。それを当日までなんとかなだめて本番に臨むのだが、今回はずいぶん過敏になっているようだった。

「どうして私が失敗するとネビンが失敗することになるの? ネビンは私よりも経験があるし、立派な、」

「経験と才能は違うんです!」

 大声をあげてエルセリスを遮ったネビンは追い詰められたものの怒りを表す形相だったが、自分でもそのことに気付いたのかくしゃくしゃに顔を歪めてしまう。

「経験があっても才能には敵わないんです。僕には才能がない……でもふたりは違う。結果を出さなければならないとき、経験がなくても必ず決めることができる……それって才能なんです。どう足掻いても手に入れることができない、才能なんですよ」

 泣きそうな顔にエルセリスは悲しくなりながらも怒りを覚えた。

 ネビンの指す『才能』は万能のことだ。だが万能であれば悩んだり失敗したりしない、そんな当たり前のことをわかっていないのかと思うと悔しかった。

「ネビンは勘違いしてる。私には才能があるんじゃない。悩んでもくじけても足を止めない、諦めないっていう気持ちが、ネビンのそれよりも強いってだけだよ」

「っ……」

「おいお前ら、何騒いでるんだ?」

 そこへ顔を覗かせたエドリックが、三人の険悪な雰囲気に気付きながらあえて空気を読まずずかずかとやってきた。

「かりかりしてるなあ、声が外まで響いてたぞ。差し入れあるから、とりあえず食え。ほら」

 持っていた紙袋から取り出したドーナツを押し付けられてしまい、食べたくはなかったが仕方なく口に運ぶ。鬱陶しいくらいの甘さと脂っこさだ。

「お前ら、例の言葉は?」

「……ありがとうございます、ローダー長官」

 代表してエルセリスは言ったが「俺は隣から運んできただけだけどな」と返された。どうやら奏官事務室に置いてあったものを勝手に持ってきただけらしい。

「それで? 苛々してるのは仕事に詰まったからか」

 本当は違うのだがそういうことにしようと、エルセリスは祈祷の内容に悩んでいることを説明した。他のふたりも訂正しなかった。

「やっぱり無茶だと思います。それぞれ三回ずつでしょう。後になればなるほど辛いですよ、これ」

「あまり時間を置かずに三人続けてやるのが平等ですけれども、平等にする意味はないと思いますわ。わたくしとウォリース聖務官の三回目は早い時間に行うのがいいと思います。ガーディラン聖務官には悪いですけれども」

「そうですね、エルセリスさんには二回目の後しばらく休んでもらって、ある程度回復してから遅い時間に最後に臨んでもらうのがいいかもしれません」

 ドーナツをかじりながら各々考えていることをエドリックはふんふんと聞いて、油で汚れた指をぺろりと舐めた。

「いろいろ大変だなあ」

「他人事ですね」

「俺は今回留守番だからな。管理職なんてそんなもんだ」

 エルセリスたちは揃って息を吐き出した。現場の気持ちはわかってもらえないという思いが強くなるが、心外だという顔をされた。

「なんだなんだ、あからさまにがっかりするなよ。俺は典礼騎士だぞ、聖務官が期待するような助言ができるわけないだろうが」

 その通りなのだがやっぱり残念だ。もっと親身に聞いて欲しかった。そんな思いが伝わったのか、やれやれと言いながらエドリックは腕を組んだ。

「俺は門外漢だから無責任に適当なことを言うぞ。その祈祷な、ひとつにまとめちゃいかんのか?」

 目を瞬かせる。

「ひとつにまとめる……ですか?」

「儀式が進行するほど体力が保たなくなるから内容は短くしたい、でもひとりの持ち時間が短いと却下されるんだろう。全部そうすると許可が出ないから、三回のうちの一回、三人で一度に祈ればいいんじゃないか」

 たとえば二回目の祈祷を三人で行う。するとその回は一度に三人分の時間を使う長大なものになる。ひとりが祈っている間にふたりが待機することもできれば、通常ひとりでやっていることをふたりで行うという幅もできる。難易度は高くなるが、上からの承認は得やすくなるだろう。

「それだ!」

 三人の声が重なってエドリックが「おお?」と仰け反るが、エルセリスたちはお互いの顔を突き合わせてもう彼を見ていない。

「二回目の祈りを三人でやろう! そうすれば内容が派手になる!」

「全員でやるならこれまでの礼典で作った内容が使えますね。それだと奏官さんたちも勝手がわかってますし」

「そうね、そうすれば一回分内容を考えずに済むわね」

「おいおい、内容を作るのが大変なのはわかるが、上司の前で赤裸々にしゃべりすぎじゃないか?」

 はっとなって口を閉ざす。

 だが突破口は開けた。にやにやとこちらを見守っているエドリックに、エルセリスは頭を下げる。

「ありがとうございます、助かりました」

「お飾りの聖務官長官だが、たまには役に立つだろう?」

 そうですねと肯定してほしがっているようだが、彼がエルセリスたちに割いている労力はこんなものではないだろう。

「いつも助かっています。自由にさせてもらえるのは、ローダー長官がいるおかげです」

 するとエドリックは唇をすぼめた。

「エルセリス。お前のそういう素直さ、美徳だけど受けるこっちがなんか辛いわ」

「……感謝しているのに、ですか?」

「わからないならそのままでいい」

 なあ、とエドリックはふたりに振ったが、彼女たちは上手にそれを無視した。否定されないところに答えが見えて、エルセリスは戸惑った。

 その意味がわかったのは別の日。夕刻になって仕事がひと段落し、休憩がてら公署を散歩していて、練習室の近くを通りかかったときだった。

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