第76話 邀撃戦
「戦闘機隊、攻撃を開始しました」
無線員の報告に、僕は視線を遠く北方の空へと向け、目を凝らす。
だがここからでは上空を飛ぶ翔空機など、かすかな黒い点のようにしか見えず、とても戦況など分らない。
だが程なく、
――敵機撃墜、敵機撃墜!
――敵中型機に命中弾、撃破1確実。
――敵戦闘機1機が煙を吐き離脱するのを確認。
無線から次々ともたらされる、景気のいい報告。
瞬間、将校達は戦の際中にもかかわらず、そろって小さな歓声を上げる。
「皆静かに、戦いは始まったばかりよ」
ティアさんのたしなめる声に、将校達は再び己の仕事に集中する。
だが滑り出しは前回邀撃した時と比べて、明らかに好調。
それは図上の駒の動きを見ても明らかだ。
「報告をまとめるに、現時点ですでにかなりの損害を与えたことは確実かと」
冷静な表情を保ちながらも呟くゲウツニー。
ティアさんもまた、その言葉に頷きつつも、冷静な表情を保ったまま、
「ええ、でも高度の有利を得た状況での一撃目が威力を発揮するのは当たり前。むしろこの一撃で十分な打撃を与えられていなければ、この決戦における勝利はおぼつかない。そして高度の有利を失ったここからが、本当の正念場よ」
そう場を引き締める。
そんな中でも、戦況はめまぐるしく変化していく。
「戦闘機隊第一班は現在、約半数が敵戦闘機隊の追跡を受けこれと交戦、残り半数はそのまま降下を続け、中空の敵編隊に突撃。第二班も攻撃後約半数が敵戦闘機と交戦、残り半数が敵爆撃機への再攻撃を行っている模様」
無線員の報告に、僕は再び上空を見上げる。
そこでは小さな黒い点が激しく交錯し入り乱れながらも、その戦場は短時間の内にこちらの方向へと近づきつつあった。
その間、味方は損害を出しつつも敵爆撃機に猛攻を加え、これに打撃を与えていく。
「敵爆撃機隊、我が方の攻撃により一部が爆弾を投棄し離脱しつつあるものの、大部分はなおも前進中。間もなく地上の対空部隊の射程に入ります」
無線員の報告に、本部要員の視線は空に向かう。
果たして5秒ほどの後、丘の城周辺から連続した爆音が響き渡ったかと思うと、空は対空攻撃による弾幕と煙で包まれる。
最初に攻撃を開始したのは魔道高射砲と呼ばれる兵器だ。
これは鉛の砲弾を火薬で打ち出す通常の大砲に対し、魔力で形成された砲弾を魔術で打ち出す魔道砲という兵器に、対空戦闘に使用するための改造を施したもの。
通常、敵機までの距離、敵機の速度、侵攻方向等の情報から敵機の未来位置を予測し、自動的に照準を合わせ、砲弾の炸裂タイミングを調整してくれる高射照準魔術、またはこの魔術を効率的に行ってくれる高射照準装置という魔法道具と併用される。
この魔術または装置を使用する事により、放たれた砲弾は敵機の周辺で炸裂し、仮に直撃しなくても、飛び散った破片が敵機に打撃を与える。
また通常の多くの魔道砲と異なり、90度近い仰角をとった上での装填、発砲が可能な上、弾速も早く敵機まで短時間で到達するため高空の敵機にも対処可能だ。
続いて攻撃を開始するのが遠距離での攻撃手段を持つ魔道士。
魔道士の最大の利点は、習得している魔術に関しては専用の魔法道具を持たずとも、杖や魔道書などの簡易な道具だけで臨機応変に行使できる万能性にある。
たとえば今回の場合、遠距離の敵機を攻撃できる魔術と、攻撃を命中させるための高射照準魔術、あるいは誘導追尾の魔術が使用できれば、その魔道士一人で魔道高射砲と同等の働きが可能となる。
勿論、専用の魔法道具を使用する場合と比べ魔力消費量や射撃精度、威力などで劣る点はある。
だがそのデメリットを打ち消して余りある万能性のメリットから、その養成コストの高さにもかかわらず、魔道士は世界各国で重用され、兵科の王として君臨しているのだ。
そして最後に攻撃を開始するのが弓隊だ。
と言っても、魔術の補助一切なしの弓の性能では、翔空機を撃墜することは難しい。
そこで射程延長、威力強化、誘導追尾等の魔術による補助を最大限に使用し攻撃を行う。
このような魔術による大規模な補助は魔力消費が激しく、魔法石や疑似魔法石などの魔力回復手段を多く必要とする。
また魔術による射程延長を行ったとしても、射程は魔道高射砲や多くの魔道士に劣るのが実情だ。
だが連射速度の高さから近距離では魔道高射砲に勝ることや、翔空機という極めて高コストな兵器を撃破できることを考えれば、十分お釣りがくる。
また高出力の魔法道具の塊ともいえる翔空機は、魔力の反応が強いため逆探知を利用した誘導追尾がしやすいことも、弓による攻撃を容易にしている。
そして今回、帝国軍は敵翔空機の予想飛行ルート上に、弓隊、魔道士隊、魔道高射砲隊をあらかじめ多数伏せさせていた。
それらの部隊は無線で得た情報をもとに、あらかじめ照準と砲弾の炸裂タイミングをある程度調整し、万全の態勢で待ち受ける。
そして敵機が射程に入ると、巧妙な偽装で身を隠し待ち受けていた各隊は、丘の城のみならず各方面から敵機に対し不意打ちを仕掛ける。
――魔道高射砲により敵1機が火を噴くのを確認。
――敵1機、弓隊の攻撃により撃破確実。
――敵機、魔道士隊の攻撃により爆弾を捨て反転するのを確認。
間もなく、地上部隊からも次々もたらされる戦果報告。
だがそれでも大部分の敵爆撃機は、機体を横滑りさせ巧みに弾幕をかわしつつ進撃を続ける。
そうしてついに敵機はクワネガスキの目前に達する。
「戦闘機隊第三班に攻撃を指示して。それと、私も出る。ゲウツニー、ここは任せたわ」
その言葉と共に、ティアさんはゲウツニーが止めるのを待たず、杖を手に黒いマントを翻し本部を飛び出していく。
そんなティアさんの背中を見、ゲウツニーは諦めと呆れの溜息をつくが、その表情には、あの人らしいという笑みが浮かぶ。
そんな中、
「戦闘機隊第三班、攻撃配置完了しました」
もたらされる無線員の報告に、この場のトップとなったゲウツニーが頷く。
無線員はそれを見、
「攻撃を開始せよ」
そう装置に向かって淡々と呟く。
――三班了解、攻撃を開始する。
程なく返される返答に、僕はまた視線を北方の空へと向ける。
果たして5秒ほど後、クワネガスキまで大きく接近し大きくなった黒い点に向かい、味方のものと思われる小さな影が上空から次々と急降下を仕掛ける。
そして数秒の内、急降下を受けた黒い点は次々と煙を吹き、あるいはオレンジの炎を出して戦列を離れていく。
だが敵は大、中型爆撃機を含む大編隊、この戦闘機隊の攻撃をもってしても壊滅させることは出来ない。
そして攻撃を切り抜けた敵機はなお前進を続け、その影は見る間に大きくなっていく。
そんな中、無線から放たれる音声。
――こちらクワネガスキ対空部隊、敵機間もなく射程内、攻撃を開始する。
その音声に、無線員は無言でゲウツニーに視線を向け確認。
ゲウツニーが頷くと、無線員もまた頷き、
「攻撃を開始せよ」
淡々と装置に向かって呟く。
――高射砲隊了解、射撃を開始する。撃ち方始め。
――魔道士隊了解、射程に入り次第攻撃を開始。
――弓隊了解、攻撃に備える。
程なく、無線からもたらされる報告。
その後数秒の内、クワネガスキ城内の要所に配備された高射砲は、その照準をわずかに修正し、砲口を正確に敵機に向けると、次々と爆音を響かせ砲撃を始める。
さらにその数秒後、今度は魔道士達が魔術で形成された弾を空に打ち上げ攻撃を始め、最後には弓隊が一斉に矢を射掛ける。
そうして空を矢弾の弾幕が包む中を、敵機はなおこちらへと前進し、小さかった黒い影はどんどんと大きくなり、数秒の内視界を覆う程となる。
そうしてクワネガスキの山の上空をゆうゆうと越えていく、いくつもの巨影。
一機で機関を4基積んだ大型爆撃機や、2基積んだ中型機爆撃機が一斉に空を飛ぶ景色に、僕は声も出せず、ただ唾を呑み込む。
味方は機関1基を搭載した小型機ばかりで、それも50機がせいぜい。
対する敵はこんな大、中型爆撃機を、これほどの数一斉に飛ばしてくる。
こんな相手に、本当に勝てるのか?
そんな疑問が脳裏をよぎるのと、その大型爆撃機の巨大な翼を、地上から放たれた見覚えのある蒼い熱線が切り裂くのは同時だった。
ティアさんの熱線が、爆撃機の一機を撃ち落としたのだ。
とはいえ敵機は多数、ティアさんが1機を落としただけでは戦局は変わらない。
そうして弾幕を突破した敵大型爆撃機は、爆弾をクワネガスキ周辺の施設や滑走路に落とし始める。
山の麓で次々と巻き起こる猛烈な爆発。
それらは地上の施設や陣地、航空機を、偽装されたものも含め次々と吹き飛ばしていく。
だがおかしい、敵の攻撃目標はこちらの輸送船ではなかったのか?
同じ疑問を持った者は将校達の中にもいたようで、本部要員の約半数が怪訝な表情を浮かべる。
だがそんな僕たちに対し、敵の無線の解析を担当していた兵が、
「傍受した敵の無線情報を解析したところ、どうやら敵は、大型爆撃機は対艦攻撃に向かないとして、最初から目標を手前のクワネガスキの基地に設定していたようです」
そう答えを出す。
なるほど、確かに大型爆撃機は図体が大きく鈍重で、海上を航行する艦船への攻撃は苦手としている。
それに攻撃を妨害してくる戦闘機の基地を先に叩くというのも、戦術的には十分考えられる。
だとすれば、輸送船を狙っているのは中、小型の爆撃機。
それを証明するように、クワネガスキ上空を越えた敵機の内、中、小型のものはそのまま南の洋上に向かう。
「味方戦闘機隊へ連絡、輸送船団を狙っているのは中、小型の爆撃機だ。大型爆撃機は無視し、中、小型の爆撃機だけを狙え」
ゲウツニーの指示に、無線員は即座に味方戦闘機隊に連絡を行う。
果たしてしばらくの後、慌てて敵機を追い南の洋上に向かう味方戦闘機隊。
まだギリギリ間に合うはず。
そんな思いと共に味方戦闘機を見送る僕の頬を、いくつもの汗の粒が流れ落ちた。
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