第59話 帰趨

「弓隊放てぇ!」


 響き渡る帝国軍指揮官の号令。

 それと同時、槍衾の後方から一斉に放たれる矢。

 それらは雨となって光神国軍騎兵の上空から降り注ぎ、鎧や馬を射抜き、一騎、また一騎と、騎兵を打倒し、脱落させていく。

 だが騎兵の速度をもってすれば、弓兵が1、2回矢を放つ間に弓の射程を駆け抜け、距離を詰めることが可能。

 加えて五百騎近い騎兵が一塊になった集団に対し、兵力を薄く広範囲に展開している帝国軍弓隊では、火力を集中させることができず、突撃を食い止めるには至らない。

 さらに接近した時点で、今度は帝国軍投石隊が攻撃を開始するが、これも散発的に打撃を与えるにとどまる。

 そうして速度と兵力の集中により、損害を許容したうえで矢と投石の雨を駆け抜けた光神国軍騎兵隊は、いよいよ帝国軍長槍隊の構える剣山の様な槍衾に肉薄する。


 突入の直前、各騎兵の横の間隔を縮め、一層密集し、突破力を高める光神国軍騎兵隊。

 対する帝国軍側は、事前に受けた指揮官の指示に従い、敵騎兵一騎に対し3名で対処するように、槍の穂先を向ける。

 激突は一瞬。

 瞬間、帝国軍長槍兵の突き出す槍の穂先を、持ち槍で払いのけようとする光神国軍騎兵。

 だが馬上のため片手で槍を扱わなければならない騎兵側に対し、長槍兵は両手でしっかり槍を支えることができる分、圧倒的に有利。

 このためうまく長槍の穂先を払いのけ、攻撃をかわすことに成功した者はごく少数。

 それに成功した者に関しても、払いのけられるのは自身に向けられた一本のみで、馬に向けられた2本にまで対処することはできない。

 そうして馬と騎士に次々と突き刺さる帝国軍の槍の穂先。

 だが光神国軍側は最初から損害を許容したうえでの突撃。

 騎士たちは槍に刺し貫かれてなお、騎馬の突進力で押し切ろうと圧力をかける。

 その圧力を前に大きくしなっていく帝国軍兵の槍の柄。

 圧力に押し切られるようなことでもあれば、後列の騎兵の突破をゆるし、蹂躙じゅうりんされるのは帝国側だ。

 今やこの決戦の勝敗そのものを、この一瞬の攻防が握っている。


 そして次の一瞬、柄が大きくしなったことで生じた長槍の穂先の隙間に、後列の光神国軍騎兵が突入しようとするのと、何かが弾ける様な音が戦場に響き渡るのは同時だった。

 

 直後、戦場に響き渡る轟音と悲鳴、立ち上る砂煙。

 それらは遠方から激突の様子を望んでいた者達の視界を遮り、勝敗を包み隠す。

 勝ったのはどちらか?

 丘の麓で刃を交えていた多くの将兵の視線が、この一瞬、砂煙の先へと向けられる。

 直後、戦場を吹き抜ける一陣の風。

 それはじれったいほどゆっくりと、だが着実に砂煙を晴らしていく。

 そうして程なく明らかとなる勝敗。


 先ず現れるのは、戦闘開始前と変わらない整然とした隊列を保ったまま、弓と投石による攻撃を続ける、帝国軍弓隊と投石隊の隊列。

 続いては、騎馬の突撃の圧力によってか、所々隊列が乱れ、当初の位置よりやや後退しながらも、一か所の切れ目も無く剣山のような槍衾を維持し続ける帝国軍長槍隊の隊列。

 そしてその先に浮かび上がる光景を見、誰もが息を呑んだ。

 そこにあったのは、帝国軍の槍衾を前に、地面に折り重なるように倒れ山を作る、光神国軍の馬と騎士。

 地面に打ち倒された彼らは、全く身動きしない者もいる中で、それでも必死にもがき、山からはい出そうとする。

 その後方では、後列の光神国軍の騎士たちが、倒れた味方の山に突っ込まないよう、必死に手綱を捌き、馬をとどめ、方向転換しようとする。

 だがそこにも帝国軍の矢と投石が降り注ぎ、さらに多くの光神国軍の騎士を打倒していく。

 そんな中で何とか馬をとどめ、方向転換に成功した騎士たちは、馬首を北東に向け、帝国軍の攻撃から逃れるように馬を走らせる。

 激突から約1分、勝敗は誰の目にも明らかだった。


 1分ほど前まで威容を誇っていた光神国軍騎兵隊。

 それが一瞬のうちに、見るも無残に敗れ去った。

 戦場を砂煙が包んだ一瞬、何が起こったのか?

 

 騎馬の突撃の圧力によって槍の柄が大きくしなり、そこに生じた槍の穂先の隙間に、光神国軍の後列の騎兵が突入しようとした。

 だが次の一瞬、槍の穂先の隙間に後列の騎兵が突入するより先、大きくしなった長槍の柄がばねのように元に戻り、光神国軍の騎兵を、馬上の騎士ごと弾き飛ばしたのだ。

 そうして弾き飛ばされた騎兵は、穂先の隙間に突入しようとしていた後列の騎兵をも巻き込み、地面に打ち倒される。

 そうして人馬が折り重なって生じた山に、さらに後列の騎士たちが、馬を止めきれずに突入してしまう。

 そんな光神国軍にとって地獄絵図ともいうべき光景が展開されてしまった。

 

 長槍には、騎馬の突進を食い止め、柄のしなりがばねのように元に戻る力で、騎兵を馬上の騎士ごと弾き飛ばせるだけの力がある。

 長槍兵の展開する槍衾には、騎兵の正面からの突撃を撃退するだけの力が、元々あったのだ。

 そしてそれはこれまでの戦いでもすでに証明されていた。

 にもかかわらず光神国軍騎兵隊は、帝国軍の槍衾相手に正面からの突撃を敢行した。

 先にスオママウ城を打って出た帝国軍の一隊を打ち破ったことで、自信がついてしまった、というのもあるだろう。

 だがそれ以上に、帝国軍優位で推移する現在の戦況を早急に打破する事が、光神国軍騎兵隊には求められていた。

 そのためには、帝国軍の槍衾を迂回する余裕はなく、正面から迅速に突破する必要があった。

 騎兵側に勝機がなかったわけではない。

 実際、槍衾が最前列の騎兵を弾きかえす前に、後列の騎兵が槍の穂先の隙間に突入できていたなら、結果は全く違ったものになっていたかもしれない。

 その一瞬の攻防、紙一重の差が、結果にこれほどの差を生んでしまった。

 犠牲を覚悟したうえで帝国軍の槍衾に正面からの突撃を敢行した、光神国軍の精鋭の騎士達の勇気ある行動が招いた悲劇であった。


「――敵ながら見事」


 打倒された光神国軍騎兵を望み、帝国軍総帥ティアは静かに呟き、ほんの一瞬瞳を閉じ、黙とうをささげる。

 だがここは戦場、感傷に浸っている暇はない。

 やがてティアは再び目蓋を開くと、視線を正面の敵に向け、采配を振るう。


「敵の騎兵は敗れた。この戦、我々がもらった。いざ、押し出せ!」

  

 戦場を一閃する帝国軍総帥、ティアの叫び。

 直後巻き起こる、帝国軍側の大歓声。

 それは光神国側の悲鳴を押し潰し、戦意を砕く。

 果たして次の一瞬、先ほどまで敵を攻めあぐねていたのが嘘のように、一気に前に出る帝国軍長槍隊。

 逆に光神国軍長槍隊は、先ほどまでの互角の攻防が嘘のように、一気に崩れ、後退する。

 

「ええぃ引くな、押し返せ!」


 必死に絶叫し采配を振り回す光神国軍指揮官。

 だがその声も、帝国軍の大歓声と光神国軍の悲鳴にのまれてしまう。

 さらにこの時、矢の補充を済ませた帝国軍弓隊もまた、両翼から光神国軍に矢を射掛け始める。

 前進する帝国軍長槍兵は光神国軍の長槍を打ちすえ、地面に落とし崩す。

 さらに光神国軍の隊列が乱れた所で槍を捨て、短剣を抜き放ち、光神国兵に肉薄し、組み付き、鎧の隙間に刃を突き立てる。

 それまでなら光神国兵も、隊列を整え、飛び込んできた帝国兵は集団で取り囲み、冷静に対処していたことだろう。

 だがこの時、すでに戦意を砕かれ、敗勢に呑まれていた光神国軍兵は、部隊の立て直しよりも自身の命を最優先とし、後退してしまう。  

 加えて両翼から射掛けられる帝国軍弓隊の矢を前に、光神国軍長槍隊は三方から崩されてしまう。

 こうなっては反撃や防御どころか、統率を保ったままの後退すらままならない。

 

「くっ、何が退却する部隊の支援だ。このままでは支援するこの長槍隊、それどころか全軍が敗退しかねんぞ!」

 

 戦況をみてとり、光神国軍指揮官が歯を食いしばり呟く。

 騎兵と槍衾の激突から数分、今だ兵力の上では光神国軍が勝っているにもかかわらず、戦の帰趨きすうは、すでに決したも同然だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る