第58話 回転する風見鶏
「押し出せ!」
響き渡る、光神国軍指揮官の号令。
同時に光神国兵の背中に押し付けられる、将校、下士官たちの剣。
血路は前方のみ。
光神国兵はそれぞれに思いを胸に秘め、唇を噛み、得物を握る指に力を籠め、額に汗を伝わせる。
そして次の一瞬、喉を焼き、心を裂くような雄たけびを上げ、長槍を水平に構え、先頭の兵の一人が、帝国軍に向かって走り始める。
そしてそれを見、他の光神国兵もまた同じように雄たけびを上げ、槍を水平に構えると、先頭の一人に続き、全兵が堰を切ったように一気に前進を開始する。
そんな光神国軍長槍隊に向かい、容赦なく降り注ぐ帝国軍の矢の嵐。
合成弓から放たれた細い矢は、空中で弧を描いて速度を増し、光神国兵の優れたスケールメイルや板金鎧をも貫く。
そうして一人、また一人と仲間が射倒される姿を見、光神国兵の前進の速度は見る間に鈍り、士気も目に見えて落ち込んでいく。
だがもはや後には引けない。
「止む終えぬ。怖気づいて足を止める者も、容赦なく斬れ」
光神国軍指揮官が冷静な表情で、
その言葉に従い将校の一人が、足を止めた仲間の光神国兵の背中に、実際に剣を振り下ろす。
立ち止まる事すら許されない。
光神国兵は唇をかみしめると、帝国軍に向け再度前進を開始する。
そうして程なく両軍の間合いが詰まると、帝国軍は弓隊を二手に分けて両脇に後退させ、入れ替わるように長槍隊を前進させる。
遂に正面から向かい合う、両軍の長槍隊。
帝国軍の長槍隊は、平均身長2メートルというオークの兵で構成され、装備する槍の長さは5、6メートルに達する。
一方光神国兵の装備する槍の長さは、人間の体格に合わせ4メートル程。
兵の体格と槍のリーチでは帝国軍に劣るが、知能と鎧の性能では光神国軍が勝っている。
「いざ叩け!」
戦場に響き渡る、帝国軍総帥、ティアの一声。
それと同時、鳴り響く太鼓の音に合わせ、リーチに勝る帝国軍長槍隊が先に槍を低く振り上げる。
そして次の一瞬、光神国軍兵の頭部めがけ、半ば突くような動作で、一斉に振り下ろされる帝国軍兵の長槍。
鳴り響く鈍い金属音、それに入り混じる悲鳴。
帝国軍兵の長槍の穂先が光神国軍兵の兜を打ち、あるいは肉体を叩き、打倒す。
「ひるむな、打ち返せ!」
直後放たれる、光神国軍指揮官の叫び。
それと同時、鳴り響く鐘の合図。
今度は光神国軍兵が槍を振り上げ、帝国軍兵に向け一気にこれを叩き下ろす。
そうして両軍は合図に合わせて激しく槍を叩き合い、軍は前進し、ぶつかり合う。
攻撃力では兵の体格で勝り、槍のリーチ故に遠くから攻撃でき、さらに遠心力を発揮できる帝国軍が有利。
光神国側は鎧の性能では勝るが、それだけでは攻撃力の差を補いきれず、徐々に崩されていく。
そうして光神国側の槍先が乱れ、隊列が崩れるのを見てとり、帝国軍兵の勇ある者は槍を捨て、剣、あるいは短剣を抜き放つ。
長槍はリーチと遠心力を活かす武器のため、一旦穂先の内側に入り込まれてしまうと、威力を発揮するのは難しくなる。
帝国兵は光神国兵の槍先が乱れた所で、敵の槍の穂先の内側に飛び込み、敵兵に組み付き、これを剣あるいは短剣で仕留めようというのだ。
だがそれは果敢であると同時、危険を伴う戦法。
光神国側の槍先の乱れを捉え損ねた兵は、光神国兵の長槍に叩き伏せられる。
内側に飛び込むことに成功した兵も、敵に組み付く内に周りが見えなくなり、光神国兵の集団に囲まれ、敵兵一人と相打ちになる。
このように敵の隙を突く、あるいは敵の攻撃に対処する判断、対応力は、知能で勝る人間の兵の方が勝る。
このため帝国軍長槍隊は全体として戦闘を有利に進めながらも、光神国軍を攻めきれずに推移する。
帝国軍弓隊の矢が尽き、補給待ちを強いられたことも、この一因となっていた。
そうして帝国軍が攻めきれないでいるうち、戦況に変化が訪れる。
「総帥に緊急報告! スオママウ城を打って出た味方部隊、
伝令の帝国兵が玉のような汗を流し叫ぶ。
槍衾とは、槍兵の集団が密集し、隙間なく槍をそろえて並べた状態や構えを指す。
歩兵同士のぶつかり合いでも用いられるが、騎兵の突撃を防ぐ際にも高い威力を発揮する。
だが展開、構築にはそれなりに時間を要するため、今回は騎兵の速度に対応できなかったのだ。
その報告に、多くの帝国軍将兵が不吉な流れを感じ、冷や汗を流す。
それまで勢いに乗っていた自軍が初めて敗退し、弓隊は矢が尽き、槍隊は敵を攻めきれないでいる。
戦の流れが光神国側に移ろうとしているのではないか?
将兵がそんな不安に駆られる中で、しかし総帥、ティアだけは表情を微塵もゆるがせない。
「皆動じないで! 戦の流れはまだ我が軍が握っている。ここで手放せば二度と戻って来ない。敵の騎兵はクワネガスキの隊が封じる。我が隊は正面の敵に集中して!」
響き渡る総帥、ティアの声。
それを聞き帝国軍将兵は、不安に駆られたその表情のまま、それでも視線を前方の敵へと向ける。
不死鳥のように甦り帰ってきた、絶対のリーダー。
今はその言葉を信じ、前に進むのみ。
程なく、光神国軍陣地を攻撃する帝国軍の側面に出現する、光神国軍騎兵隊。
短槍ときらびやかな装飾の施された板金鎧で武装した彼らは、帝国軍を前にして一旦進軍を停止し、乱れた隊列を整え、三角形の突撃隊形を形成し始める。
そんな光神国軍騎兵隊の前に立ちはだかる、帝国軍長槍隊。
彼らは地面にしゃがみ、槍の石突を地面に突き刺した対騎兵用の槍衾を構築、陣地に攻撃を仕掛けるティアとゲウツニーの部隊の側、後方を守るように隙間なく壁を形成する。
加えて槍衾の後方には弓隊、投石隊が並び、槍隊を後方から支援する体勢をとる。
このような槍衾を構築するにはそれなりの時間を要するが、今回は光神国軍の騎兵がスオママウ城の隊を先に攻撃したため、その間に万全の態勢を整えることができたのだ。
程なく、隊列を整え突撃隊形を形成した光神国軍騎兵隊は、帝国軍の槍衾に部隊の正面を向け、前進を開始する。
「帝国軍騎兵隊、我が軍の槍衾に対し、正面から突撃を仕掛ける構えです!」
新たな伝令が総帥、ティアに向かって叫ぶ。
もし側、後方を守る槍衾が破られるような事でもあれば、帝国軍の敗退は確実。
そんな状況に、将兵の表情は一層不安に曇り、視線は自然と光神国軍騎兵隊が出現した方向に向かう。
だがティアはなお、その表情を変えないまま、
「我が軍の槍衾は簡単には崩せない。皆、正面の敵に集中して!」
敵騎兵の出現した方向に
だが今回ばかりは総帥たる彼女の声をもってしても、将兵の視線を完全に正面に戻すことはできない。
そしてそれは光神国軍長槍隊も同じ。
光神国軍騎兵隊の突撃が成功するか否か。
今や戦局の全てが、その一点にかかっていた。
帝国軍に向け真っ直ぐ突撃を仕掛ける光神国軍騎兵隊。
騎兵の集団の突撃が生み出す圧倒的威圧感に、迎え撃つ帝国兵の表情は見る間に蒼くなっていく。
「よいかっ、槍2名で馬に、1名で馬上の騎士に、計3名で敵一騎に対処。槍の穂先が流されないよう、しっかり支えよ。槍の穂先が流され隙間ができれば、そこを後列の騎兵に突かれ、乗り崩されるぞ!」
恐竜に騎乗した帝国軍指揮官が、指揮下の長槍兵に向かって叫ぶ。
だがその言葉は、数百の騎兵の集団の突進が生み出す圧倒的威圧感を、一層増幅させてしまう。
そして他ならぬ叫んだ帝国軍指揮官自身が、頬に冷や汗を伝わせ、唾を呑み込む。
だが彼らは退かない。
最大の要因は、勝利の実績。
そう、帝国軍はこれまでにもこの戦法で、光神国軍の騎兵の突撃を撃退してきたのだ。
「案ずるな。我々はこれまでにも幾度も、敵の騎兵の突撃を退けてきた。かつてのように敵の騎兵に恐れをなす必要はない。万全の体勢の槍衾を前には、騎兵の突撃も、飛んで火にいる夏の虫も同然。加えてこちらには弓隊も投石隊もいる。慌てず、冷静に、訓練通り対処するのだ!」
帝国軍指揮官があらためて、指揮下の兵のみならず、自分自身にも言い聞かせるように叫ぶ。
その言葉に、帝国軍将兵は本格的に敵とぶつかりあう前の段階にもかかわらず、玉のような汗を流しながら、それでも槍を握る指に力を込める。
戦の流れを示す風見鶏は、今この時、戦場の中心を回転し続けていた。
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