第45話 ライバル

「バームがっ、城内に敵がいる!」


 エイミーに続いてティアさんが気づき、杖を手に付近の味方に叫ぶ。

 そうして先ずエイミーが、続いてティアさんの近くに待機していた緑さんが、さらに将校の周囲に控えていた腕の立ちそうな魔物数人が、慌てて僕の付近へと駆けつけてくる。

 

「いいのか? こちらは最悪、この男の命を奪ってしまっても構わんのだぞ?」


 背後から放たれる、低く凛々しい、女性の声。

 それと同時、僕の首にいっそう強く刃が押し当てられ、痛みが強くなると同時、さらに多くの液体が首を流れ下る感触が伝わってくる。

 そんな状況を見、駆けつけてきた味方は慌てて足を止め、ある程度の距離を保って僕を見守る。

 付け入る隙があれば、人質の首に刃を突き付けられている状況でも動けるだけの腕を持つ彼ら。

 それが動けない理由、それは背後の女性が僕に対し、明確な殺意を持っているため。

 何かの目的を達成する手段として人質をとる場合、その者は人質を殺すことができないという矛盾した状況に陥る事が多い。 

 人質を失うことはそのまま、目的を達成する手段を失うことを意味するからだ。

 だがこの女性の場合、人質である僕の命を奪ってしまっても構わないと、本気で思っているようだ。

 こうなると、人質を何としても失いたくない者達は、容易に動けなくなってしまう。

 

 だがこれほどの殺意を持ちながらすぐさま僕を殺さないということは、何か目的があるのではないか?

 この状況下で不用意に動けば、本当にとどめを刺される恐れもある。

 だがこの戦闘中に僕の事に人手がさかれ続ければ、城そのものが陥落する危険性もある。

 僕一人のために、皆をそんな危険にさらすわけにはいかない。

 僕は恐る々る息を吸い込むと、

 

「よっ、要件は?」


 そう背後の女性に問いかける。

 その一瞬、首に押し当てられた刃がわずかに動き、首の痛みがさらに強まる。


「バーム、しゃべっちゃダメ!」 


 エイミーが悲痛な声で叫ぶ。

 本気で心配してくれていることも、危険なことをしているのも分っている。

 だがこのまま何もしないという訳にはいかない。


「僕を、殺さない、ってことは、何か目的が、あるんだろ?」


 僕はさらに踏み込んで言う。

 背後の女性は、沈黙を守ったまま答えない。

 その間にも北側の城壁では、登ってくる敵とそれを阻止しようとする味方との間で、激しい攻防が繰り広げられる。

 このままではいけない。


「どうなんだ? 違うのか?」


 僕はさらに一言、踏み込んで言う。

 

「……強がるのだけは得意なようだな?」


 皮肉の籠った声で、ようやく女性が答える。

 それと同時、また首に押し当てられた刃の圧力が強まる。

 いよいよ息をするのも苦しくなってきた。

 だがここで言葉を止めれば、きっと僕の負けだ。


「僕の事、知ってるんだろ? なぜ僕にそんな、怒りを向ける?」 


 さらに踏み込んで問いかける。

 その言葉に、女性は数拍の間の後、


「――ふっ、ようやく張り合いが出て来たか」


 そう、口調をほんの少しだけ愉悦の混じったものに変化させると、


「それでこそ、わが自慢の聖剣を上回る武器を鍛えた者にふさわしい」


 そう呟くのだ。

 その言葉に、僕を含めた周囲の者達は一斉に驚愕の表情を浮かべる。  


「ということは、あなたは、」


 僕が呟くと、背後の女性は僕の言葉を遮り、


「いかにも、我こそは鍛冶の神ブルゴス、その4代目」


 そう高らかに答えて見せる。

 鍛冶の神ブルゴス。

 代々人間の神や、勇者達の振るう武器を鍛えてきた、武器造りの神。

 その鍛えた武器は聖剣、あるいは神剣等と呼ばれ、鉄を泥のように裂き、どれほど酷使しても折れないとされた。

 僕の鍛えた槍が、その聖剣のうちの一振りを圧し折るまでは……

 

「それにしても、こんな甘ちゃんに我が聖剣を折るような武器が鍛えられようとは……あの槍がそうか」


 ブルゴスが呟く。

 僕の視界の先で、エイミーがいっそう強く槍を握り締める。


「……なるほど、確かに優れた槍の様だ。しかし分らぬ。ミスリルの輝きは分るが、それだけではあるまい。オリハルコンとも、アダマンタイトとも違う。当然ダークマターなど、手に入れられようはずもない。我が聖剣を圧し折る程のあの刀身、一体いかなる素材をもって……?」


 ブルゴスはそう、心底興味深げに言う。

 灌鋼かんこうは父の秘伝だ、例え鍛冶の神だろうと知るはずがない。


「企業秘密だよ」


 僕はそう言って、笑顔を浮かべる。

 すると一拍の後、背後から歯ぎしりが聞こえたかと思うと、首に押し当てられた刃の圧力がさらに強まる。

 さすがにこれ以上は危険だ。

 僕が口を閉ざすと、ブルゴスは一度舌打ちした後、


「まあいい、我が今日わざわざここまで出向いた目的は一つ、それは貴様に勝負を挑むためだ」


 そう言い放つ。 


「勝負?」

 

 問いかけると、背後から伝わる、ブルゴスが頷く気配。


「そうだ。確かに我が聖剣は一度、貴様の槍に敗れた。それは認めよう。だがその上で、我はもう一度、貴様に勝負を挑む。我は鍛冶の神、あらゆる武器職人の頂点に立つ存在。我が全力を持って鍛えた武器は世界最強、最高。二度と敗れることはない。例え貴様の槍が相手であろうと!」


 言い放つブルゴス。

 その言葉は強く、誇り高い。

 同じ武器職人だからわかる。

 彼女は本当に、僕にもう一度勝負を挑むためだけに、こんな場所まで足を運んだのだ。

 

「でも、どうやって?」


 僕は問いかける。

 するとその時、視界の先の北側の城壁の上に、一人の戦士が姿を現す。

 城壁付近の味方の兵は戦士に向かって槍を突きだす。

 だが戦士は盾を掲げその攻撃を退けると、膝を大きく曲げた後、僕たちのいる方向に向け、魔法の力で天高く飛びあがる。


「エイミー、後ろ!」


 とっさに叫ぶ。

 気づいたエイミーが背後を振り返り、槍を掲げる。

 それより先、ティアさんが放った蒼い熱線が、戦士を襲う。

 対する戦士は再び盾を掲げ、表面に紫色の光を放つ巨大な7重の障壁を展開する。

 次の一瞬、空中でぶつかりあう蒼い熱線と紫の障壁。

 熱線は障壁の2枚目までをたやすく貫通するが、3枚目で勢いを落とし、4枚目で弾かれる。

 そうして戦士はティアさんの熱線を退けると、そのままエイミーが槍を掲げ待ち受けるところへと飛び降りる。

 

 次の一瞬、交錯するエイミーと戦士の槍。

 ほぼ同時に繰り出されたその槍は、お互いの穂先を弾き合い、それぞれ目標を外れる。

 直後、二人は互いに間合いを詰めると、今度は同時に盾を突き出す。

 ぶつかり合う両者の盾。

 だがこの時はエイミーの方が押され、数歩退く。

 そこにすかさず槍を突きだす戦士。

 だがエイミーはこれを槍を用いて打ち払うと、魔術の青白い光を槍の穂先にまとい、逆に突きを放つ。

 だが対する戦士もまた動じず、盾を構えると、再び先ほどの7重の障壁を展開し、これを迎え撃つ。

 青白い光をまとったエイミーの槍は、障壁の3枚目までを瞬時に貫くが、4枚目で勢いを落とし、5枚目で防がれる。

 戦士は槍を受け止めた衝撃に逆らわず、逆にこれを利用して大きく飛び退ると、僕の目の前に測ったように着地する。


「遅い、ガウギヌス!」


 ブルゴスが戦士に向かって叫ぶ。

 対してガウギヌスと呼ばれた戦士はやれやれとばかり肩をすくめ、


「全く、武器職人殿は人使いが荒い。あの堀を突破するのがどれほど困難か、自分で語っていたくせに……」


 そう愚痴をこぼす。

 ガウギヌスの年齢は外見からエイミーと同じくらい。

 身長は僕と同じくらい、筋骨隆々のがっしりとした体格。

 短く切りそろえられた茶髪に、茶色の瞳、日焼けした茶色の肌。

 顔の彫りは深く、顔立ちは整った、ハンサムなもの。

 右手にはオレンジ色の穂先を持つ片手用の短槍。

 左手にはアイリスの花の描かれた円盾。

 体には鱗状の金属片と金獅子の毛皮を組み合わせた鎧を身にまとう。 


「あんな堀楽勝だと、我が忠告も聞かず飛び出していったのは貴様であろう! それに我は鍛冶の神ブルゴス、武器職人などという呼び方は許さぬ」


 そう、声を荒げるブルゴス。  


「何と呼ばれようが、武器職人であることには違いないと思うんですがね……ま、そんな事より、」


 ガウギヌスはそう、神と呼ばれる人物の怒りに対しても軽い態度を崩さない。

 

「そんな事とはなんだ!」


 ブルゴスはさらに噛みつくが、ガウギヌスはそれを無視すると、視線をエイミーに向け、


「久しぶりだねエイミー、今日も凛々しい表情が素敵だね」


 そう、さわやかな笑顔を浮かべて言う。 

 その言葉を聞き、エイミーはその一瞬、心底うんざりした表情を浮かべ、だが直ぐにそれを元の精悍な武人としてのものに戻すと、


「ガウギヌス、今はあなたに構っている場合じゃないの」


 そう、そっけなく答える。

 そんなエイミーの反応に、しかしガウギヌスは一層笑顔を強くして、

 

「そんなつれないこと言うなよ。あちらの世界、親父たちの代からの因縁のライバルじゃないか。さあ、今日こそは因縁に決着をつけて、プロポーズの答えを聞かせてもらうぜ」


 そうキザに、聞き逃せないことを言ってのける。

 敵の猛攻を受け、危機的状況にある城。

 首元に刃を突き付けられている現状。

 親父たちの代からの因縁のライバルという言葉。 

 気にすべき事はいくらでもある。 

 それが分っていながら、しかし僕の脳裏を渦巻く思いは、たった一つだった。

 

 プロポーズ? どういうことだ?

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