第43話 空襲と叫び

「弓隊構え! 魔道士は障壁の展開を準備!」


 魔術により拡張されたティアさんの一声が城内に響き渡る。

 味方の兵士はその指示を聞き、だが上空から迫る敵の放つ圧倒的恐怖と威圧感を前に、ほとんどの兵士はとっさに構えをとることができない。

 その間にも、敵の飛竜は先頭に続いて次々と霧を突き破ってその姿を現す。

 そのまま急降下していれば、部隊としての統率はとれずとも、こちらの隙をつく事ができただろう。

 だが上空を覆う霧のためにこの城を視認できていない敵は、霧を突き破ったその場所で一旦滞空し、霧を抜ける間に崩れた隊形を整えつつ、こちらを情勢を伺う。

 その間に味方はようやく態勢を整えると、将校たちの指示のもと、弓兵は構えをとり、魔道士は障壁の展開に備え、他の兵も得物の切っ先を敵に向ける等それぞれ攻撃に備える。

 そうして味方の迎撃体勢が整う頃、敵の20頭余りの飛竜もまた、上空で三角形の突撃隊形を形成すると、先頭の一頭に乗る騎士が剣を高く掲げる。

 そして次の一瞬、


「放て!」


 ティアさんの一声が響き渡るのと、


「突撃!」


 先頭の飛竜を繰る騎士が、剣を振り下ろし叫ぶのは同時だった。

 直後、城に向け一斉に急降下を始める敵の飛竜に対し、放たれる無数の矢。

 地上から決して避けようのない死の雨となって吹き上げるそれに対し、敵の飛竜は魔術で障壁を展開し、自らを弾丸と化して正面からの突破を図る。 

 次の一瞬、矢の雨と、急降下する敵の飛竜が空中で交錯し、矢が飛竜のまとう障壁にぶつかり、次々と弾かれ、硬い金属音を響かせる。

 だが矢の集中した数頭に関しては、やがて矢が障壁を貫き、その鱗、あるいは背に乗る騎士に容赦なく食らいつく。

 そうして3頭が空中でバランスを崩し、城に到達するはるか手前で地上に堕ちていき、他に5、6頭が矢を受け、城への攻撃を諦め上空に逃れていく。

 だが残りの半数ほどは矢の雨を突破し、そのまま急降下して味方に迫る。


「投石隊、攻撃開始! 弓隊、二の矢を備えよ!」


 響き渡るティアさんの指示。

 だがそれと同時、迫る敵の飛竜の顎から漏れ出る赤い炎、不気味な黒煙。

 目前に迫る死を前に、味方の兵の多くが蒼白な表情を浮かべ、声にならない悲鳴を上げると、ある者は腰を抜かし、ある者は地を這い、ティアさんの指示など聞く余裕も無く必死に迫る死から逃れようとする。

 だがそれでも、踏みとどまった一部の勇敢な兵は投石などで反撃を試みる。

 しかし敵の飛竜はそれらの散発的抵抗をものともせず突破すると、顎を大きく開き、急降下しながら城に向かって次々と火球を放つ。

 炎が城壁を舐め、地面を焼き、黒煙と砂煙が視界を閉ざし、悲鳴が世界を包み込む。

 降り注ぐ火の雨を前に、味方兵は逃げ場を求めて必死に地面を這い、あるいは倒れた仲間に手を貸し、救護兵を呼ぶ。

  

 火球を放った敵の飛竜は、攻撃を終えると上昇を始め、そのまま霧の上へと次々と離脱していく。 

 だがそんな中、火球を放ち上昇しようとした敵の飛竜の内の一頭に、味方の放った矢が命中する。

 矢を受けた飛竜は空中でバランスを崩すと、僕のいる方に向かって羽ばたきながら下りてくる。

 まずい。

 僕は心の中で呟くが、ケガ人に肩を貸している現状では、ろくに身動きが取れない。

 だがそれでも、見捨てるわけにはいかない。 

 降りてくる飛竜の巻き起こす猛烈な風に巻き上げられた砂煙が、視界を閉ざす。

 左手で目をかばいながら、やむなくその場に伏せると、程なく地面から伝わる、飛竜が着地する衝撃。

 

 伏せているだけではダメだ、どこか安全なところに逃れないと。

 目の前に佇む視界からはみ出すほどの巨影を前に、必死に足に力を込める。

 だがケガ人は重く、容易に動く事ができない。

 そんな中で佇む巨影を見上げれば、そこには鎌首をもたげ、巨大な顎を開き、顎から黒い煙を出す竜の姿。

 死ぬ! 

 心の中でとっさに叫ぶ。

 だがなぜだか、肩を貸したその人を手を、僕は最後まで離すことができなかった。

 そして全て集めても大した量の無い魔力を、僕は必死に振り絞って、障壁の展開を試みる。

 専門知識のない僕の形成する障壁など、全力を振り絞った所で大したものではない。

 それを理解しながら、僕はその一瞬、己の全てを、その障壁にかけた。

 

 次の一瞬、視界を覆う目がくらむほどの赤い炎。

 だが直後、視界の横から炎を遮るように、一つの人影が飛び出してくる。

 

「エイミー!」


 僕が思わず叫ぶ中、彼女の手にした魔術による蒼い障壁をまとった盾が、打ち寄せる炎を巨大な岩壁のように両断する。

 飛龍の背に乗った敵の騎士が、彼女を見下ろし、驚愕のあまり目を丸くする。

 一方炎をしのぎ切った彼女は、逆に飛竜に向かって鋭く右足を踏み込むと、その鱗に包まれていない喉に向かって、容赦なく右手の槍を突きだす。

 槍の穂先が竜の喉を捉え、突きあげる。

 怯んだ竜がバランスを崩して後退し、その背に乗る騎士もまたバランスを崩し、慌てて手綱を引く。

 

 彼女はその隙を逃さない。 

 次の一瞬、今度は左足を大きく踏み込むと、盾を握った左手を竜の顎に向かって突き出す。

 瞬間鳴り響く、くぐもった金属音。

 彼女の盾が竜の顎を斜め下から突き上げ、竜は今度こそ目を剥き、さらに数歩後退したのち、横倒しに地面に倒れ込む。

 竜に乗っていた騎士はとっさに竜から飛び降りようとし、しかし間に合わず、竜と共に地面に倒れ、足を地面と竜の間に挟まれ動けなくなる。

 そこにオークの兵数人が走り寄って槍を突き付け、さらに縄を持った兵がこれを捕縛しにかかる。


「ありがとう、エイミー」


 その背中に声をかけると、エイミーは蒼白な表情を浮かべ、僕の方に振り返る。

 そして走り寄って来たかと思うと、槍を地面に突き立て、僕の体をあちこちさわりながら、


「大丈夫? 怪我はない?」


 そう心底心配そうに問いかけくる。

 

「僕は大丈夫。それより、エイミーは大丈夫?」

 

 僕はそう答え、逆に問いかける。

 だがエイミーは僕の声が聞こえていないかのように、その後もしばらく僕の体を見回し、目立った外傷がないのを確認して、ようやく一度息をつく。

 だが一拍の後、彼女は厳しい表情を浮かべ僕を正面から睨みつけると、右手を振り上げる。

 次の一瞬、僕の左頬を打つ彼女の手。

 走る痛み、鳴り響く鈍い音。

 何が起こっているのか、僕は直ぐに理解した。

 目を背けてはいけない。

 僕は直ぐ彼女の方に向き直る。

 そんな僕を、彼女は潤んだ瞳で見上げ、


「バカ。死んだら何もかも終わりなのよ。もうちょっと気づくのが遅かったら、全部手遅れになってた」


 震える声で、言の葉を紡ぎだす。

 それでも、ケガ人を見捨てるような男にはなりたくない。

 そんな男は、君の隣にいるのにふさわしくないと思うから。

 そう思ったけど、今はそれは口にせず、代わりに、


「ごめん。でも、君を残して先に逝ったりはしないから」


 そう、あえて笑顔を浮かべて答えて見せる。

 その言葉に、彼女はその表情を皺くちゃにし、だが腕で目元をこすると、唇をかみしめ、無理やりその表情を武人としてのものに戻す。


「話は戦いが終わってから。でも、もう無茶はやめて」


 そう言って、エイミーは地面に突き立てた槍を再びその手に握り締める。

 だがその時、


「エイルミナ姫!」


 エイミーの後方から放たれる叫び。

 そこにいたのは、先ほど彼女が打倒した飛竜に乗っていた騎士。

 かけられた声に、エイミーは振り返って捕縛されたその騎士を見る。

 一方の騎士は、エイミーを見上げ数度瞬きすると、


「まさか、本当に? でもどうして、どうしてなのですか?」


 そう信じられないものを目の当たりにした様子で、言葉を紡ぐ。

 エイミーはそんな騎士を数拍の間見据え、だが直ぐに視線を逸らすと、麓からの敵が迫っているであろう北側の城壁に向け駆けだす。

 騎士はそんな彼女の背中を見据えると、


「信じていたのに、どうして我々を裏切ったのですか!」


 震える声で、目を潤ませながら叫ぶ。

 その心を直接かきむしるような悲痛な声に、しかし彼女は一瞥いちべつをくれる事さえしないのだった。

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