第23話 投げられた賽

――しっ、試合終了!


 実況の絶叫と、それを霞ませるほどの観客の大歓声が辺りを包む。

 そんな中、敵チームはライトとラルルが魔力切れで倒れたためバルマのみ、こちらは三人そろってならび、互いに礼を交わし、それぞれベンチに戻る。

 

「勝ったよ!」


 一回戦同様、笑顔で飛びついてくるエイミーを、僕は今度こそ心の底から祝福し、受け止める。


「思ったより骨のある相手だった」


 ルイさんが満足げな表情を浮かべ呟き、


「危ない場面が何回かあったけど……勝てて良かった」


 リョクさんが心底安堵した様子で漏らす。

 だが一回戦の直後と比べれば、その表情にはかなりの余裕が見て取れた。

 敵チームのライトとラルルも、すでに魔力切れから回復したらしく、ベンチからこちらに礼をし、拍手を送ってくれているのが見える。

 そんな敵チームに、こちらも礼を返す。

 そうしてお互いに浮かべる満足げな表情が、戦いで生まれる友情というものを物語っていた。


 


 控室に戻ると、早速僕は三人の装備の点検と手入れに入り、三人は次の試合に備え戦術の相談にかかる。

 公平性の観点から大会参加者に他チームの試合結果は伝えられないことになっている。

 だが聞こえてくる歓声から、試合時間は大体わかるため、そこから予想を立てることは可能だ。 


「事前の情報から考えて、順当に進行した場合、決勝で私たちとぶつかるのは勇者サナータのチームか、黒の戦士か」


 ルイさんの言葉に、リョクさんは状況をイマイチ理解していないのかとりあえず神妙な表情を浮かべ、エイミーは反対に本物の深刻な表情を浮かべる。

 勇者サナータのチームはライトのチームと並ぶ、今大会の優勝候補筆頭。

 一人一人の実績はライトのチームにやや劣るが、実戦経験や連携では上回っているとされ、総合力では互角と予想される。

 このため順当にいけば決勝の相手はこのサナータのチームのはずなのだが……


「問題は全く情報の無いこの黒の戦士。もしこの試合が短時間のうちに終わったとして、決勝でぶつかる相手がこの黒の戦士だった場合――」


 ルイさんがそう深刻な表情で呟く。

 だがそれと、試合会場からこれまでで最大の歓声が聞こえてくるのは同時。

 そのあまりに大きな歓声に、何事が起ったのだろうと思っていると、程なく控室の扉が叩かれる。

 エイミーが扉を開くと、そこにいた大会の運営にあたっている兵が、二回戦が終了したことと、決勝戦が30分後であることを告げる。


「――早すぎる。あの歓声じゃ、試合開始から終了まで3分とかかっていない。これで相手がサナータのチームなら、まだ安心して戦える。でも相手が黒の戦士だった場合――」


 兵が扉を閉め、遠ざかるのを確認してからルイさんが呟く。

 その言葉に、エイミーは一層深刻な表情を浮かべる。

 こういう時、悪い予感というのはよく当たる。

 僕はそう思いながら、しかしそれを口に出すことはない。


「――大丈夫。誰が相手でも、必ず勝ってみせるから」


 エイミーが僕の方を見て告げる。

 だがその声と手がわずかに震えていることに、僕は気づく。

 弱い僕が何をしたところで、エイミーを勇気づける事なんて出来ないのかもしれない。

 でも、ほんのわずかでもいいから、彼女の力になりたい、勇気づけたい。

 その一心で、僕は震える彼女の手を自分から握り、伝えるのだ。


「武器の事は任せて、全力で戦って」


 僕のその言葉と握る手に、エイミーは少し安心した表情で頷く。

 握ったその手はまだ少し震えていたけれど、それでもその震えは先ほどまでより小さくなったように僕は感じることができた。

 そんな僕とエイミーを見て、ルイさんとリョクさんもまた互いに見つめ合い、拳を小さく突き合わせる。

 

 それから試合開始までの30分間、僕は全力で武器の手入れに取り組んだ。

 さすがに激戦で少し痛みが生じている部位はあったけど、30分でできる最高の調整を施せたと、僕は胸を張って思えた。

 そうして仕上がった武器を手に、いよいよ僕たちは決戦の舞台に向かう。

 どんな敵が相手だろうと、必ず勝利して見せる。

 そんな決意を胸に秘めて。





「――これは――まずいわ」


 現れた敵チームの人影を見、ルイさんが額を抑え、深刻な表情で呟く。

 

――さあいよいよ決勝戦。エイルミナ姫のチームと対するのは黒の戦士。今大会参加チーム中、唯一たった一人でのエントリーながら、これまで圧倒的強さで相手チームを寄せ付けず、優勝候補筆頭の勇者サナータのチームをわずか2分で下したこの実力者。その正体は一体、何者なのでしょうか? そしてこの実力者を前にエイルミナ姫のチームはどのように立ち向かうのでしょうか!? 


 実況の叫びに、会場は本日何度目かの割れんばかりの歓声に包まれる。

 敵チームのベンチにある人影はたった一つ。

 年齢は外見から40歳代前半といったところ。

 身長は190センチ前後、特別太くはないが、筋骨隆々の鋼の様な強靭な肉体。

 黒く短い髪に、漆黒の瞳、浅黒い肌。

 顔の彫りは深く、整っていると同時、刃のように鋭く、冷たい雰囲気を持つ。

 

 右手にはダークマターとオリハルコンを刃の素材に、黒龍骨を柄の素材に用いていると思しき、長さ2メートルほどの漆黒の素槍。

 左手にはダークマターとアダマンタイトを素材としていると思しき漆黒の円盾。

 全身を包む漆黒の板金鎧もまた、ダークマターやオリハルコン、アダマンタイトといった最高級素材を惜しげもなく使った品と見える。

 それは手に入れようと思っても手に入れることのできるはずのない、神様かその血族のみが身に着けることを許されるだろう装備。

 そして勇者サターナのチームを、三対一の状況で、わずか2分で下したという事実。

 

 ルイさん同様、その正体を全く予想できないまま、僕はエイミーの方を見る。

 そしてその一瞬、僕は思わず息をのむ。

 エイミーが黒の戦士に視線を向けたまま、氷漬けとなったかのように、固まっていた。

 目はこれ以上ないほど大きく見開かれ、表情から血の気が引いて蒼白となり、大量の冷や汗が頬を流れ落ちる。

 

「えっ、エイミー?」

   

 恐る々る声をかける。

 するとようやくエイミーははっとして我に返る。


「――だっ、大丈夫。何でもない」


 そう口にはするが、その表情は真っ青なままだ。

 そしてその一瞬、今度は黒の戦士の方が、エイミーに視線を送る。

 直後、再びエイミーは氷漬けとなったかのようにその場で動けなくなる。

 僕もまた、初対面のはずのその人の、あまりに圧倒的な眼光に、身がすくむのを感じる。

 蛇に睨まれた蛙、その表現が最も正しくあてはまる状況。

 しかも今回の蛙は、あの無双の勇者、エイルミナ・フェンテシーナである。

 

 無双の勇者たるエイミーを蛙同然にしてしまう相手。

 リョクさんは単に、眼光と雰囲気から只者ではないと認識しているだけの様だ。

 だがルイさんはその正体がわかっているようで、険しい表情を浮かべたまま、


「――どうする? あなたが決めて。どんな決断をしても恨まないと約束するから」


 そうエイミーに声をかける。

 その言葉にエイミーは、一瞬ビクリと身を震わせた後、しばらくの間思考し、沈黙する。

 その白い頬をまた流れ落ちる汗。

 だが数秒の後、エイミーは険しい表情を浮かべながら、口を一文字に食いしばると、意を決っしたように黒の戦士を睨みつけ、


「私だけで行く。何があっても手を出さないで」


 そう言って一人、会場の中心へと歩を進める。

 対する黒の戦士もまた、エイミーが進み出るのを見てゆらりと立ち上がり、会場の中心へと歩を進める。

 そうして会場の中心で対峙する二人。 

 人間の女性としては高い身長を持つエイミーも、こうして黒の戦士と並べば大人と子供だ。

 二人はそこで互いに見つめ合う。

 エイミーは緊張しきった様子で、全身に力を込めて。

 反対に黒の戦士は、全身から力を抜き、ただ冷たい目でエイミーを見下ろす。

 

 見つめ合っていたのは五秒ほどの間だった。

 やがて二人は何の合図も礼も無くきびすを返すと、それぞれ間合いを取り、四十メートルほど間隔を取ったところで、再び向かい合い対峙する。

 それまでの試合開始までの流れと異なる動きだが、審判がそれに口を挟む様子はない。

 それどころか審判全員が会場の外に下がってしまい、今や闘技スペースの中にいるのは、エイミーと黒の戦士を除けば、ベンチ近くにいる僕とリョクさん、ルイさんだけになっていた。

 そしてそれまでの試合ではあれほど口数の多かった実況と解説が、今や一言も言葉を発しない。

 

 その異常な雰囲気も含めて、あまりに状況が理解できない僕は、


「ルイさん、僕には状況が理解できないのですけど、教えてくれますか?」


 そう尋ねる。

 その言葉に、ルイさんはほんの一拍の間だけ思考したのち、口を開く。


「あの黒の戦士の正体はね……」


 その間、エイミーは盾を持った左手を前に、槍を持った右手を高く掲げ、投槍の構えを取る。

 そしてルイさんは一度つばを飲み込んだ後、やや緊張した様子で告げるのだ。


「大いなる光の神に次ぐ、この大国の実質的ナンバー2。同時にエイルミナの父。冥府の神ファルデウス、その人自身よ」


 その言葉と同時、会場に鳴り響く試合開始を告げるゴング。

 次の一瞬、僕がエイミーの方に視線を向けるのと、彼女が必殺の投槍を投げ放つのは同時。

 そしてその一撃が、彼女の決意と、さいが投げられたことを告げていた。    

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