エピローグ

 マジック・キングダムは壊滅した……そう言っても過言ではなかった。

 魔法管理局並びに魔法生物保護局は跡形もなくなり、関連施設も再起不能……竜の姿になったリューネには、何人たりとも抗うことはできなかったのである。

 ただ、僕の声が少しは耳に届いたのか、市街地への影響は最小限に抑えられた。ただし、全員無事……というわけにはいかなかった。マジック・キングダムの兵士達にも、多数の死者が出たことだろう。敢えて言うことではないのかもしれないけれど、僕はこの事実をちゃんと胸に刻んでおきたいと、強く思った。

 ……そうそう、レイモンドさんに撃墜されたと言われていた黒猫号は、無事に囮の役目を完遂していたことが判明した。レイモンドさんが嘘をついたのは、僕達を絶望させるためではないかというのがミケの考えで、僕もそうだと思う。……ただ、黒猫号はリューネの攻撃に巻き込まれた結果、本当に撃墜された。幸い、クロとタマは無事だったけれど、黒猫号は……見るも無残な姿になってしまった。

 魔法管理局と魔法生物保護局で管理や保護……捕まっていた幻獣達は解放され、それぞれの故郷へと帰っていった。中にはここでの暮らしが気に入ったのか、離れることなく復興を手伝っている幻獣もいて、それを今や幻獣達の指導者となっていたリューネはとがめることもなく、幻獣達が好きなようにさせるのだった。

 僕とリューネは旅を再開。旅の目的はリューネを封印することから、リューネと世界を見て回ることへと変わった。それを姉さんに電話で伝えたら、「新婚旅行ね!」とからかわれる始末……故郷に帰った時、どんな話になって伝わっているか、考えるだけでも恐ろしい。でも、そんな旅になるはずもなかったのだ。なぜなら……。

「空賊が馬車だなんて……さっさと黒猫号を復活させるわよ!」と、クロ。

「僕はしばらく、このままでもいいと思いますけどね!」と、タマ。

「同感です」と、ミケ。

 旅の仲間が一気に増えて、道中は賑やかになった。馬車をいているのは、飾りで角を隠しているユニコーン。……すっかり、リューネに心酔してしまったようだ。

「ソーマよ、一体いつまでこいつらと一緒に行くつもりじゃ?」

「色々助けて貰ったし、リューネが黒猫号を壊したのは事実だからなぁ……」

「とはいえ、こいつらは空賊じゃ。役所に突き出せば、賞金が貰えるじゃろう?」

「旅費も減る一方だしねぇ……」

 僕とリューネは揃って振り向いた。クロ、タマ、ミケの三人は、馬車の隅で身を寄せ合い、ふるふると首を振っている。僕は「もう、冗談だよ!」と笑った。

「いざとなったら、皆で働こうよ!」

「そうじゃな。空賊なんぞから足を洗うには、良い機会じゃろう」

「お金のことでしたら心配無用です! いざという時の隠し財宝が……ムグッ!」

「このスカタン! 何を言っちゃてるのさ!」

 クロは慌ててタマの口を塞いだけれど、僕はしっかり聞いてしまった。それはリューネも同じことで……僕とリューネは顔を見合わせ、にやりと笑う。

「隠し財宝か……これは良いことを聞いたのぉ、ソーマ?」

「そうだね! 早速、案内してもらおうかな!」

「うんうん、楽しい旅になりそうじゃのぉ」

 ――そう、その通りだ。僕の隣にはリュ―ネがいる。それなら、どんな大冒険だった乗り越えていける。僕の胸は、期待で大きく膨らむのだった。



「……今回も安定のハッピーエンドだな」

 ――いつもの屋上。冬馬はパソコンから顔を上げ、うんうんと頷いた。

「途中のうつ展開からどうなることかと思ったけど、良かった、良かった」

 私はほっと胸を撫で下ろす……本当に、皆が無事で良かった。

「空子、一つだけ突っ込んで良いか?」

「ん、何? どっかおかしかった? 誤字とか?」

「いや……その、お前さ、どこでどう使ったら、こんなにボロボロになるんだ?」

 冬馬は外面が凸凹になっているノートパソコンをめつすがめつ、深く刻まれた傷跡を指先でなぞった。その一直線に伸びた傷跡は……あの時のものに違いない。

「それは冬馬が……」

「俺?」

「ううん、何でもない」

 ……冬馬。世の中にはね、知らぬが仏ってこともあるんだよ。

「後は部長さんがどう評価するかってところだな」

「大丈夫だよ!」

「お、凄い自信だな?」

「だって、今回は凄く苦労したんだから……」


 ――本当に、苦労した。ベッドで目を覚ました私には、約束通り記憶が残っていた。私の記憶とノートパソコンに残された傷跡、完成した小説の原稿以外に、あれが本当の出来事だったと示す痕跡は、何一つ残されていなかった。……そう、一学期の終業式まであと一週間と迫ったあの日に、私は戻って来たのである。

 ここには黒埼先輩もいるし、冬馬もいる。そして空の向こうは、私の小説を楽しみにしてくれている読者と、志を共にした仲間がいる。私は一人ぼっちじゃない……そう思えることが、何よりも大きな収穫だった。

 それから一週間。一学期の終業式を迎えた今日、黒埼先輩に小説を提出すると、先輩は私に原稿データを手渡した。それはどこにも発表していない作品で、私が最初の読者だという。思いがけないご褒美に、私はすっかり舞い上がってしまった。二人だけの秘密だからね……照れ笑いを浮かべる先輩は、とても可愛かった。


「……空子。さっきからニヤニヤして、何か良いことでもあったのか?」

「ん~? べっつにぃ~!」

 冬馬は不思議そうにしているけれど、教えてあげるわけにはいかない。だって、二人だけの秘密なのだから。スキップスキップ……っと、私は立ち止まった。

 ――見覚えのある帽子の形。私に手を振りながら、その人影は姿を消した。

「おい空子、ノートパソコンを忘れてるぞ?」

「……忘れないよ、絶対」

 私は冬馬からノートパソコンを受け取ると、空に向かって高々と掲げた。

 ――麻耶さん。私の力作、どうですか?



「うん、バッチリ!」

 私はスマホの画面越しに、空子ちゃんへ頷いて見せた。

 空子ちゃんはオールド・ネスト……自分の世界に戻った。オールドもニューも、ネストは何事もなかったかのように運営されている。ただ、真の強者を決める……というイベントが開催されると聞いて、気になっていた。なぜなら、トッププレイヤーには「七福神」の称号が与えられるというのだから。ただ、それが智久に関係あるのか、単なる偶然なのか……それを確かめる術はなかった。

 ……気になる事と言えば、もう一つ。これは消えてしまったかなと思っていたエミュレーター・サーバーが、今でもしっかり運営されていたのだ。これも智久が運営しているとは思えなかったけれど、少し思うところがあってログインし、加奈子という名前の高校生作家のデビューを知って、私は満足した。

 記憶を残したまま、真実を知ったまま生きていくのはどうなのだろうかと思ったけれど、別にどうということもなかった。私一人が真実を知っていても、それだけでは世界をどうこうする力にはなりようもなかったのである。別にどうこうしたいと思っていたわけじゃないけれど……ちょっとだけ、寂しくもある。

 室井君には今でも気軽に話しかけてしまうけれど、何も覚えていない室井君は戸惑うばかり……まぁ、同じ職場にいる以上、一緒に仕事をする機会は少なくない。いずれ、落ち着いた後にどうしたかったのか、聞き出せる日が来るかもしれない。

 美樹本主任は相変わらずのエセ関西弁で、元の部署に戻ろうと画策しているようだ。小言も相変わらずだけれど、本音を聞いてしまった今となっては、腹も立たない。そんな私の反応を、当の主任は気味悪く思っているみたいだ。

 ……私はこれからも、ネストを続けていくだろう。そして、空子ちゃんの小説と人生を、ずっと見守っていくのだ。実際に会ってお話しできないのは寂しいけれど、言葉を使わないコミュニケーションだって、きっとある……なんて、強がってみたり。正直、空子ちゃんにはまた会いたいし、それぐらいのことはお願いしても、罰は当たらないと思うんだけど……ねぇ、そこんとこ、どうなの?

 私はファーストフード店の窓際席から、窓越しに妙な帽子を被った男性を見つめていた。男性は困ったように肩をすくめると、その姿を消した。



「見事なり、マトリョーシカ」

 初老の男性が椅子に座っている。手には地球を抱えて。

「さすがは最高の世界調律師。その腕、確かであったぞ」

「私の腕を試そうと、このようなことをしたのですか?」

「……何の事かな?」

「あのAIには、逸脱した介入の痕跡がありましたので」

「多少強引なことをしたことは認めよう。だが、それがこのような事態になるとは、思いも寄らなかったのだ。ましてや、君の手を借りることになるとは……」

「後はこのまま見守るのがいいでしょう。新たな世界が欲しければ、新規作成を」

「……君はこの世界に随分と執着しているようだな。情が移ることもあるのか?」

「住む世界は違っても、同じ人間ですから」

「何をバカな――」

 マトリョーシカの青い瞳に見つめられ、男は首を振った。

「まさか、そんなはず……」

「失礼します」

 マトリョーシカは立ち去った。その後ろ姿を、男は舐めるように見つめる。

 ――いい女だ。いくら金を積めば……いや、無理だろう。国家元首の私を前にしても、ぴくりとも表情を変えないのだから。鉄仮面の女……なるほど、評判通りだ。

 ……この地球を叩き壊してやったら、あの女はどんな顔をするのだろう? それを知らせてやったら……男は欲望にかられて立ち上がり、地球を持ち上げた。

 その瞬間、男は誰かに見られているような気がして、周囲を見渡した。誰もいない。だが、黒い影が見えたような気がする。それは丁度、帽子を被った……。

 男は身震いすると、地球を台座へと戻した。そっと、割れ物を扱うように。

 

 官邸から外に出たマトリョーシカは、溜息をついた。仕事はたまっている。次も今回のようにうまくいくとは限らない。今までも、そうやって多くの世界を救い、また失ってきた。それでも私はこの仕事を続けていくだろう。世界を、守るために。

 マトリョーシカは空を仰いだ。この世界を覗く「あなた」と、視線が交差する。

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