序章 紅蘭、運命に邂逅す

「さあ、紅蘭、兄だと思って仲良くしなさい」

 そう言って父が紹介した少年は、無表情のまま跪拝した。

「兄なのでしょう、跪くのはおかしいわ。立って」

と、紅蘭が言うと、少年は何も言わずに立ち上がる。

「年は、一四歳。紅蘭の七つ上だ」

 その瞳は美しいけれど、ただの黒曜石のように、何の感情も映し出さない。

「あの方は、どこからいらしたの?」

「聞かないであげておくれ。とても、辛い思いをしたのだ」

 父の言に紅蘭はこくりと頷く。

──まるで綺麗な人形のよう。

と、紅蘭は思った。



 華安城の中庭。少年は、どんなに美しい梅の花を見ても桃の花を見ても、にこりともしない。ただ、一人静かに虚空を睨んでいる。

 紅蘭は少年に近付くと、その手にひとつの球根を握らせた。

「その球根、そこの土に埋めるのよ。ここはね、私がお父様からいただいた花畑なの」

 少年は虚ろな瞳で、ただ紅蘭に言われるがまま、球根を埋めた。



「咲いたわ! ねぇ、来て、来て!」

 紅蘭は、少年の腕を摑んで花畑へと連れて行く。

 庭のあちこちに雪が残る中、昨年、少年が球根を植えたところに、大ぶりの黄色い花が咲いていた。

「水仙よ、去年植えた水仙が咲いたの。ねぇ、綺麗でしょ?」

 紅蘭は、少年の顔を下から覗き込む。

「これが……僕が植えた球根から育ったの?」

「そうよ」

「知らなかった……。僕でも、まだ何かできることがあるのかな」

「もちろん、いくらでもあるわ。これから一緒にいろんなこと、やっていきましょうね」

 少年の瞳に、人としての輝きが戻った瞬間。少年の初めて見せた笑顔。

 黒曜石のような瞳は、潤んでいて、笑みと共に涙もこぼれ落ちそうだった。

(光の宿った彼の目は何て綺麗なんだろう……)

 初めて世界に向けて開かれた少年の瞳を見た紅蘭は、なぜかそこから目を離すことができなくなっていた。

 そしてその日の思い出は、紅蘭の大切な宝物になった。

 


そして、十年。

 かの少年を紹介した父は、既にこの世になく、少年だけがいまも紅蘭の傍らにいる。

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