第20話 二人の結婚を送別会で発表した!
【9月30日(金)】今日は朝から1日、岸辺さんは後任の笹島さんと仕事の引継ぎの打合せ。打合せには他に吉本さんと私と私の後任の業務室の同じ派遣の女子社員の神田さんも出ている。
笹島さんは有名大学卒で独身。岸辺さんの4年後輩にあたり、研究所では同じ部に所属していたとのこと。イケメンだけどとても感じのいい人だ。
神田さんは20歳になったばかりの気持ちの優しい女の子で、私と同じく地味にしているけど、変身すると私よりずっと可愛いと思う。
私が辞めることは内示の時に岸辺さんが吉本さんに話をしていた。「横山さんには随分助けられた。横山さんがいなくなると後任の笹島さんは困ると思います」といってくれたそうだ。
岸辺さんもそう思っていたので、大分前に室長に相談してくれていた。室長は「横山さんの後任は何とかするから、誰がいいか、横山さんに聞いて指名してくれ」と言われたそうで、私に相談があった。
「業務室に神田弥生という、同じ派遣会社から来た女子社員がいて、年は私より下で20歳位だけど、気が利いて仕事ができるので、彼女なら間違いありません」
と勧めた。彼女とはお昼ごはんを一緒に食べるようになって親しくなっていた。
何とか手続きが間に合ったみたいで、朝、神田さんが挨拶に来た。岸辺さんは業務室で扶養申請を受け付けてくれた女子社員だったと教えてくれた。私と同じ感じで、地味だけど、しっかりしていて私が推薦しただけのことはあると言っていた。
神田さんは嬉しそうでニコニコしていたが、私の指輪とブレスレットをジッと見ていた。
引継ぎの打合せは4時過ぎに終わった。それから、岸辺さんは関係部署に転勤の挨拶に行った。私は神田さんがもっと話を聞かせてほしいというので、会議室に残った。
6時からの送別会は会費制で行われる。同じビル内にある貸しホールにテーブルを準備して、お寿司、オードブル、つまみ、飲み物などを持ち込んで立食で行うのが通例になっているとか。参加が負担にならないように安価に済ませるみたい。時間も長くて1時間半くらいでお開きになるとのこと。
私は送別会などに出るのは初めて。普通だと派遣社員は送別会には出席しないし、やめるときも送別会はしない。今回は岸辺さんの送別会があるから一緒に私の送別会も兼ねるということになっていた。
5時になったので、私は「では会場で」と退席する。すでに私は室内と関係部門への挨拶は済ませていた。あとで岸辺さんに迷惑がかからないように丁寧に挨拶して回った。
6時丁度に、着替えをした私は会場のうしろの方にそっと入った。そっと入ったのと、プライベートスタイルになっているので、誰も私に気付いていない。
会場は20~30人位のパーティーに丁度良い大きさで、マイクも準備されている。岸辺さんは主賓だから前の中央に室長と司会者と並んで立っている。
司会者が「横山さんがまだみたいです」というと、岸辺さんが「もうきているよ」と言って「横山さん、前に来て」と手招きする。私は会場の隅をとおって中央に出て行った。みんな「あれ! 横山さん?」とあっけにとられて見ている。司会者が話始める。
「それでは、時間になりましたので、はじめます。岸辺さんが10月1日付で茨木研究所へご栄転、横山さんが今日付けて退職されますので、企画開発室の送別会を始めます。その前に岸辺さんからお話ししたいことがあるというので、お願いします」
「皆さん、本日は送別会をしていただいてありがとうございます。この場をお借りして私の方から皆様にご報告いたしたいことがあります。私、岸辺潤とここにいる横山美沙は9月18日に竹本室長にお立合いいただいて結婚式を挙げ19日に入籍しました」
会場からどっと驚きの声が上がる。
「業務に支障がないようにと今日まで内密にしてきました。ご理解いただきたいと思います。それから部下の横山と交際するにあたり、地位を利用したパワハラ、セクハラなどは一切ありませんでしたので、念のため申し上げておきます。今後ともよろしくお願い申し上げます」
私は思わず笑ってしまった。
「それでは横山さん、いや岸辺さん、一言お願いします」
会場が私に注目して静まり返る。
「皆さんの前で結婚のご報告をするとは、ここに配属になった時には思いもしませんでした。岸辺さんはこんな私に対等な立場で交際してほしいと言ってくれました。上司の立場を利用したことはありません。でも交際中にセクハラはありました。もちろん社外でのことですが。転勤の内々示のあった後にプロポーズされたときは大声で泣いてお受けしました。それからあっという間に今日ここにいます。主人共々今後ともよろしくお願いいたします」
会場から拍手とおめでとうの声が上がった。
「竹本室長、一言お願いします」
「ご結婚おめでとう。岸辺君がアシスタントに横山さんを取ってきてほしいと言ってきたけど、来てもらうと、皆も知ってのとおり、すごく地味な子でした。でも仕事はよくやってくれて、岸辺君もプロジェクトがスムースに進むようになったと喜んでいました。1か月前に岸辺君に転勤の内々示を出すとすぐに横山さんと結婚すると言ってきたので驚きました。内心、仕事はできるがあんな地味な子のどこがいいのかなと思っていました。結婚式の立ち合いを引き受けて式に出ましたが、今見てのとおり、別人かと思うほど、花嫁が可愛くて、とにかく驚きました。その時、岸辺君の人を見る目に感心しました。どうか二人赴任先でも仲良くやってほしい。終わり」
「ありがとうございます。それでは室長の音頭で乾杯します。室長よろしくお願いします」
「ご両人のご結婚を祝して乾杯」
乾杯後の雑談が始まった。事前にあまりしゃべり過ぎないようにしようと二人でしめし合わせていた。私も質問にはほどほどに答えているが、皆さんと改めてお話しできてとっても楽しかった。
私の左手首にはブレスレット、左手薬指には婚約指輪と結婚指輪が光っている。潤さんは結婚を内密にしておくため、私に断って結婚指輪を会社では送別会まで着けなかった。
二人への花束贈呈で送別会は終了した。私に名誉挽回の機会を作ってくれてとても嬉しかった。潤さんも人を見る目の良さが紹介出来て大成功だったと言っていた。
二人は花束を抱えて駅に向かう。このビルともこれでしばらくお別れと思うと少し寂しい。でも感慨に浸っている時間はない。明日は引越しの荷物を搬出して、高槻に向かわなければならない。これから、帰ってからそれぞれ最後の荷造りをすることにしている。
ブログにはこう書き込んだ。
〖送別会でカッコいいエリートの彼が可愛く変身した地味子の私と結婚したことを発表してくれた。皆、とても驚いていた〗
コメント欄
[地味子が見直されて本当に良かった]
[皆あなたを見直したと思う。良かったね!]
[嬉しかったでしょう。皆の前で結婚を発表してもらえて、彼はいい人ね!]
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