第6話 風邪でダウンしたら見舞いに来てくれた!

木曜日の朝、目が覚めると身体がだるくて熱っぽい。熱を測ると39℃もある。昨日の夕方から身体がだるくて、気分が悪かった。お風呂に入って早めに寝たけど、夜中に寒気がした。これじゃだめだ。8時半過ぎに会社へ電話を入れると岸辺さんが出た。


「おはようございます。岸辺さんですか?」


「横山さんか、どうした」


「昨晩から熱があって、今日1日休暇をお願いします」


「分かった、大丈夫か? ゆっくり休んで」


「大丈夫です。すみませんがよろしくお願いします」


電話を終えると、すぐにまた横になって眠った。気がつくと、もうお昼になっていた。まだ、熱っぽい。お腹が空いたので昨晩の残り物を冷蔵庫から出して電子レンジで温めて食べる。また、すぐに横になって眠る。


次に目が覚めたらもう6時になっていた。明日までに熱が下がるか少し心配になる。7時になったので、冷凍してある料理を取り出して電子レンジで温めて食事をする。冷凍庫に料理を保存してあるからこういう時には便利だ。それも一食分毎に小分けしてある。


結局、今日は丸一日寝ていた。仕事が変わったりしたので、疲れが出たのかもしれない。夜中に悪寒がしてまた熱が出た。アイスノンを冷凍庫から取り出す。使って一度解けたので、入れておいたけど、凍っていたのでよかった。頭を冷やす。ずっと熱が下がらないのでとても心細い。


金曜日の朝、気が付いたらもう明るくなっていた。時計は8時。8時半まで待って岸辺さんに熱が下がらないからもう一日休ませてもらうと電話を入れた。それから、母に電話する。


「熱が出て、下がらないから、会社を休んでいるけど、ごはんを作りにきてくれない?」


「3日前から野上さんの娘さんの家に来ているの。赤ちゃんが生まれて、そのお世話で手が離せないの。明日の土曜日にはご主人が休みになるから、顔を出せると思う。悪いけど、もう少し頑張って」


「分かった。私の方は何とかなるから、赤ちゃんと娘さんのお世話をしてあげて」


母は忙しくて手が離せないので明日まで自分でなんとかするしかない。まだ、冷凍庫には料理が数日分あるから何とかなる。けど、心細い。喉が渇いているので牛乳を温めて飲む。身体がだるいので、また、横になって眠る。


3時ころにお腹が空いたので食事をする。また、眠る。


6時に目が覚めた。随分寝たのでしばらくは眠れそうにない。辺りが薄暗くなっているので明かりをつける。明日も熱があったらどうしようと考えていると携帯が鳴った。


「横山さん、岸辺だけど、心配なのでアパートの前に来ているけど、お見舞いに行ってもいいかな」


「ええ・・・ご心配は無用です。大丈夫ですから」


「せっかく来たので、無事を確認したいから顔だけ見せてくれ。お弁当を買ってきたので渡したい」


「分かりました。2階の端の部屋です」


岸辺さんが見舞いに来てくれた。嬉しいけど、喜んでいる暇などない。着の身着のままのトレーナー姿で、2日も顔を洗っていないし、お風呂にも。どうしよう、どうしようと言っても、熱があって身体がだるい。


ドアがノックされたので、メガネをかけて玄関に向かいドアを半開きにした。岸辺さんが心配そうな顔をして覗き込んでいる。


こんなひどい恰好を見られてしまってどうしようと思ったらめまいがして倒れそうになった。岸辺さんの手が伸びて身体を支えてくれた。


「大丈夫? 入ってもいい?」


私は頷くしかなかった。岸辺さんは私を抱きかかえながら、部屋に入った。


1DKの部屋は古いけど、休みの日には必ずお掃除してすみずみまできれいにしている。6畳間に敷いてあった布団に寝かせてくれる。岸辺さんは額に手を当てたが、その手が冷たくて心地よい。


「熱は何度あるの?」


「朝、計ったら39℃ありました。夕方も同じでした」


「冷やしている?」


「アイスノンが融けてしまってそのままです」


「少し冷やした方がいい。氷はあるの? 冷蔵庫を開けるよ」


冷蔵庫を開けられた。でもいつも中はきちんと整理している。製氷器から氷を取り出して、氷水でタオルを冷やして、それを額に当ててくれる。


「冷たくて気持ちがいいです。ありがとうございます」


「医者へ行ったの? 薬は飲んでいる?」


「行っていないです」


「こんな高熱が出ているのに行かなきゃダメだ。今日はもう無理としても、明日の朝には行かないとだめだ。咳は出てないから肺炎ではないとは思うけど」


「すみません」


「いつも携帯している解熱鎮痛薬があるから、これを飲んでみて」


私はしぶしぶ薬を飲んだ。もともと薬は好きな方ではない。しばらくすると眠くなって眠ってしまったみたい。


目が覚めると、岸辺さんも壁に寄りかかって眠っていた。仕事で疲れているのにわざわざ来てくれたんだ。


「岸辺さん、すみません、眠ったみたいで、少し楽になりました」


「ごめん、僕も眠っていたみたいだ」


「熱を測ってみよう」


熱を測ると37℃まで下がっていた。時計を見るともう10時だった。


「買ってきた弁当を食べないか」


「いただきます。今日は少ししか食べてなくてお腹が空きました」


「お湯を沸かしてお茶を入れてあげる」


「すみません。お願いしていいですか」


岸辺さんは電子レンジでお弁当を温めてくれる。お茶を入れて二人でお弁当を食べた。二人共、お腹が空いていたので夢中で食べた。


岸辺さんは手を洗ってから、持ってきたリンゴとキュウイの皮を剥いてカットしてくれた。


「器用ですね」


「これくらいできるさ」


「ありがとうございます。男の人に果物を剥いてもらったのは初めてです。いただきます。・・・・おいしいです」


「よかった。早く元気になってくれ」


「あのーお願いがあるんですが、聞いてもらえますか」


「いいよ。何?」


「心細いので、どうか今晩泊まってもらえませんか? お布団はもう1組ありますので」


「ううん、心配だからそうしようか。部下の面倒を見るのも仕事のうち、室長にも訪問すると断ってきたから、いいだろう」


岸辺さんにそばにいてほしかった。聞き入れてもらえたので嬉しかった。それを聞くと、私は少しよろけながらトイレに立った。


部屋にもどると岸部さんがめずらしそうに部屋の中を見回している。私の部屋は家具も少なくてさっぱりしている。小さな机の上にラップトップのパソコン、また、本箱にパソコンの雑誌と単行本。


よろけながら押入れから布団を出してあげる。それを岸辺さんは私の横に少し離して敷いた。狭い部屋は布団でいっぱいになった。


「すみません。眠らせて下さい」


布団に横になるとメガネを外してすぐに眠ってしまった。


夜中に気が付くと、明かりが落としてあって、岸辺さんは布団で眠っていた。岸辺さんに寝顔を見られたに違いない。それに腕時計を外していたので、左手首の傷跡も見られたかもしれない。でもそばで寝てくれているのでとっても心強くて安心できる。ありがたい。


額に手を当てられたので目が覚めた。岸辺さんはもう起きていて、すでに布団は押入れの中にしまわれていた。はっきりみえないのですぐにメガネをかける。


「おはようございます。泊まっていただいてすみません。よく眠れてだいぶ良くなりました」


「まだ、熱があるみたいだから、9時になったら近くの医者に行こう」


「すみません。行って診てもらいます」


「もう少し横になって休んでいて、8時になったら冷蔵庫の中のもので簡単な朝食を作るから」


8時になったので、岸辺さんは牛乳を温めて、パンをトーストして、卵をゆでて、簡単な朝食を作ってくれた。男の人の作る朝食は本当に簡単なものだけど、私はすっかり食べた。食べないと風邪はよくならない。


それから岸辺さんが9時にタクシーを呼んでくれて、私が行ったことのある駅前の医院に連れていってくれた。診断は風邪だった。薬を貰って、コンビニによって昼食用にサンドイッチやおにぎりを買って、またタクシーを呼んで帰ってきた。


帰るとすぐに貰ってきた薬を飲ませて、布団に寝かせてくれた。私はしばらく眠った。


昼前になると、熱もほぼ平熱まで下がってきたので、岸辺さんは昼食を食べたら帰ると言う。申し訳なくて、もうこれ以上は引き留められない。


私がサンドイッチを、岸辺さんはおにぎりを食べていると、玄関の鍵を開ける音がする。母が入ってきた。岸辺さんは誰かと驚いている。


「母です」


「はじめまして、岸辺さんでしょ。美沙の母親の野上咲子です。娘がお世話になっております」


「はじめまして、岸辺です。横山さんが熱を出して会社を休んでいたのでお見舞いに来ています」


「美沙が話していたとおりの素敵な方ですね。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。娘が病気で休んでいることは知っていましたが、私もどうしても離れられない用事がありまして、ようやく来てやることができました」


「僕は何の役にも立っていません」


「そんなことはありません。娘は随分安心したと思いますよ」


「それではお母さまが来られたのでこれで失礼するよ。月曜日は無理して出勤することはないから、火曜日からでもいいからね。朝、連絡を入れてくれればいい」


「私のためにわざわざお見舞いにきていただいて、その上こんな汚いアパートに泊まってまでいただいて、本当にありがとうございました」


岸辺さんは母が訪ねて来るとは思っていなかった。母親が来たので安心して帰っていった。ありがとうございました。


ブログにはこう書き込んだ。


〖風邪で2日間休んだら、カッコいい上司がお見舞いに来てくれた。心細いから泊まってほしいといったら、泊まってくれた!〗


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