メイドの休息

かつて空も雰囲気も明るく、人と魔族が仲良く手を取り合って遊んでいた魔王城があった。

しかし今は、見渡す限り常に夕暮れ時のような空に、人っ子一人おらず。暗い雰囲気の漆黒が基調の魔王城。

そんな魔王城の王座がある部屋に1人悲しみに暮れる者がいた。

「魔王様が居なくなった魔王城とはなんと虚しいものでしょうか・・・」

魔王軍穏健派の唯一の生き残りにして魔王のお世話係のメイドがそう呟いた。

「魔王様・・・」

いくら嘆いても変わらないであろうが、嘆き悲しみが押し寄せてきた。悲しくて思わず握り拳を作った手から血が流れる事に気がつかなく、怒りさえ覚えるほどに強いものであった。

そんな時間を繰り返してるうちに、ふっと魔王様の言葉を思い出して1枚の紙を取り出した。


まおーとのやくそく

1.にんげんがしなないようにみまもって、なるべくてをださないこと

2.つぎのゆうしゃをうみださないこと

3.さんじにはおちゃをたしなむこと

4.わたしのぼうけんにはかかわらないこと

5.みんななかよく


拙い字でそう書かれていた。

魔王が自ら書いた字なのだろうか、誰が見ても汚い字であったが、メイドにはとても美しく愛おしい字に見えた。

読んでいて思わず握りしめて血も付いてしまった紙を綺麗に伸ばして血を落とし、腐らないように魔力を込めて保存した。

「魔王様が帰ってきたら寂しくないように従業員を募集しましょう」

独り言で返事が返ってくる訳ではないが、明るく喋って元気を出そうと考えを声に出してみた。

「魔族は・・・ダメですね。人間族にしましょう」

昔に魔族の従業員を雇っていたが、その従業員が帰ってくるとは思えなかった。

「そうと決まればさっそく行ってみましょう」

思い立ったが吉日、人間が住む場所に歩みを進めた。


人間側には魔族側からの進行に備えるために巨大な壁が張り巡らされている。上を見上げれば倒れてしまいそうになるくらい高い。

昔のいざこざが原因で建築されたものである。

その巨大な壁から1番近い人間側の村のはずれに辿り着いたメイドは愚痴を漏らした。

「相変わらず行き来が面倒ですね」

巨大な壁は通行の手続きが必要であり、滅多に通行用の扉が開くことがない。確認から確認が何重にもあり、厳重の手続きをしなければ通れないために数時間必要とされる。運が悪ければ1日以上かかる。そんな面倒だから稀に希少な素材を回収する商人が護衛と通るくらいである。

メイドは魔法で転移すれば一瞬であるが、これも人を見守る約束のためにわざわざ通ったのである。

かなり時間がかかったので時間を確認するために昔から愛用していた懐中時計をチラリと見た。時計の針はちょうど3時を指していた。

「時間ですか・・・」

そう言うと時空の魔法を使い、別空間からテーブルと椅子を取り出した。テーブルは花の形をしていて白色で塗られており、内側に青い丸い線が描いてある。椅子も同じデザインだと見ればわかる。

周りには木が点在するだけの何もない森に何故テーブルと椅子を転移させたのか。

誰が見ても疑問しか残らないが、メイドは作業を続けた。

テーブルには何処からか取り出したテーブルクロスを掛け、続いて指を鳴らす。すると、テーブルにはカップ、ソーサー、ティーポット、ティースタンド、いわゆるアフタヌーンティーセットを別空間から出現させる。

ケーキと軽食とお茶をセットすると椅子に腰を落ち着かせた。

メイドはこんな何もない場所で急にお茶を始め出したのだ。

まおーとの約束のためであろう。

しかし、町はずれは盗賊や追い剥ぎ、モンスターなどさまざまな者に出くわす可能性が高いため、普通の人なら休息はとらない。

だが、このメイドは約束を律儀に守るため、決まった時間が来ると休息に入るようだ。

「おっと、忘れるところでしたね」

そう言って1枚の紙を取り出して、テーブルの横に貼り付けた。

その紙には

   ーーーーーーーーー

    [従業員募集中]

   アットホームな職場

   給料は応相談

   託児所も完備

   どんな人間でも身体は丈夫になります

   簡単な機械操作と素早く人を捌くお仕事

   魔王城で働いてみませんか?

   ーーーーーーーーー


っと書いてあった。

従業員募集の張り紙である。本来なら然るべき場所に出す物だが、早く1人でも多く雇いたいために張り出したのだ。

誰も通らないであろう町はずれでなければなおよかっただろうが、時間厳守である。

お茶の時間は暇なのか、本を1冊を別空間から取り出して読み出した。


そんなのほほんとお茶を楽しんで、暇つぶしの為の本を読んでいる最中の事であった。

ーーーーー

足音が一つ。

町の方から1人の少女が必死に走ってきた。衣服はボロボロで、追い剥ぎにでもあったような感じに見受けられた。

「助けて下さい!お願いします」

少女がメイドを見つけて懇願した。見た目がさほど変わらない相手だろうが、少女にはなりふり構って居られない状況にあった。

しかし、懇願する少女にメイドは一瞥もくれずに本の虫になっていた。

必死にメイドのスカートにしがみつきながら懇願するが、無視を貫いていた。

そんなやりとりをしていると遠くから足音が3つ。

3人組がこちらに近づいてきた。

「ぐへへへ、鬼ごっこはおしまいかぁ〜?」

「やはり田舎の女の子はたまらんなぁー!」

「新しい獲物もいるじゃーん」

3人は綺麗とも言えない服を着ていて、手にはマチェーテ、まさにならずものにふさわしい装い。

ならずものを目にした瞬間「ひっ!?」っと少女は短く声をあげた。

「おっ、美味そうな食い物あるじゃあねぇか〜」

1人はメイドが自分用に用意したお菓子を無遠慮に手を出す。

「俺にもくれよなぁー」

1人は軽食を鷲掴みにして食べる。

それはとても食事とは思えない汚さで食す。

「俺は楽しんでおくじゃーん!ヒャッハー」

1人は得物をぎらつかせながら少女に向かって行った。

当然少女は逃げようとするが、恐怖心で尻餅をついて足が思うよう動かず、逃げられなかった。

足が、指が、見えない第三者に強く押さえつけられたように動かない。ガタガタ震える身体とガチガチ音を鳴らせる歯が警告を鳴らす。

死にそうな状況で思った。

この3人組に両親は殺され、必死に逃がせてくれた両親に申し訳なかった。そしてこの巻き込んでしまった少女にも申し訳がなかったと言う気持ちが溢れてきた。

せめて少しでも抵抗して少女だけでも逃したかったけど、身体が言うことを聞かなかった。

「まずは足から〜っと見せかけて、頭からじゃーん!」

そう言うとすぐにマチェーテを頭に振り下ろしてきた。

目を瞑り、頭に届く寸前に咄嗟に言葉が出た。

「何でもしますから許して下さい!!」

最後の言葉が命乞いであった。

最後の言葉から数秒が走馬灯のように長く感じた。

あぁ・・・自分は苦しんで死ぬんだと思った。痛いだろうなぁ・・・とも思った。

しかし、いつまで考えていてもならずものの得物が当たらないのを不思議に思って目を開けると・・・

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