【悲報】異世界へダイブした先で私を待っていたのは還暦を迎えた王子様だった件

星彼方

プロローグ

 昔々、遥か遠い世界の花の王国に九人の王子様がいました。王子様たちは見目麗しく、年頃になると次々とお妃様を娶っていきます。

 一番上の王太子様は大恋愛の末に辺境の貴族の娘を。二番目の王子様と三番目の双子の王子様は隣国の双子の姫君を。四番目の王子様は魔法術師の塔に篭る風変わりな魔女を。五番目の王子様は同盟国の勇ましき女将軍に見初められ、六番目、七番目の王子様もそれぞれ愛する人を手に入れました。そして八番目の王子様が戦場で出逢った治癒術師と紆余曲折の末に婚姻を結び、とうとう最後は九番目の王子様一人だけになってしまいました。

 竜騎士となった九番目の王子様は、国の英雄とまで謳われた美丈夫でしたが、何故かずっと一人です。それには理由がありました。

 実は九番目の王子様には、神様がお決めになった運命のお相手がおられました。そしてその運命のお相手は、王子様が幼い頃にどこか遠くに隠されてしまっていたのです。

 九番目王子様はとても長い間、ずっとずっと運命のお相手を探していました ––––––




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 不況の波に流され、やっと就職できた会社は倒産。食いつなぐために派遣社員としてがむしゃらに働き、気がつけばただのくたびれたアラサー干物女と成り果ててしまった田中華子三十歳独身に、その日、転機が訪れた。



 派遣だけでは食べてはいけないのでアルバイトにも勤しみ、疲れ切った身体を引きずって、月5万6千円の古臭い1DKにただ寝るためだけに帰る日々。部屋にはベッドなんてなく、あるのは昭和の異物のような14インチのテレビと小さな折りたたみ式のちゃぶ台に、煎餅座布団のみ。

 華子は、暗い部屋にポツンと置かれている青い寝袋に身体を滑り込ませながら盛大に溜め息をついた。


 ああ、今日も疲れた。


 いつものようにスーパーのタイムサービス品のお惣菜で腹を満たし、最近映りが悪くなってきたテレビを見るともなしに見ていると、急に身体がだるくなってきて頭もズキズキと痛くなってきた。


 疲れ過ぎているのかしら……夢見も悪いし。


 心機一転と、ヒラヒラとしたレースがふんだんに使われたベビーピンクの裾の長いネグリジェを着ても、一向に気分が晴れやかになることはない。むしろ、見せる相手もいないという虚しさに襲われ、余計に暗い気持ちになった。テレビでは『目指せ幸せな結婚!お見合い大作戦』という番組が放送されており、華子と同じくらいの年齢の女性たちがお相手を物色している真っ最中である。


 私もお見合いでもしたら、結婚できるのかな……素敵な出逢いもないし、いいかも。


 そう考えて、痛むこめかみをぐりぐりと揉み解す。決して派遣先の若い社員(女性)達が立て続けに結婚する、という現実を受け入れたくない訳ではなく、結婚に焦っている訳でもない。しかしここ最近の華子は、その手の話に敏感に反応してしまい、幸せなカップルを見るとイライラしてしまうのだ。

 これまでも、いいなと思える人が何人かおり、付き合った人もいるにはいるが、何故か長続きすることはなかった。華子自身も付き合っている最中に、必ず「この人じゃない」と思うようになってしまい、中々結婚まで漕ぎ着けないのだ。


 男運がないのかなぁ。


 丁度カップルが成立したところで、華子はテレビの電源を落とす。告白を受けて頬を染める幸せそうな姿に、またもやむかっとしたのだ。見なければ気持ちがざわつくこともないため、ほっと息をついたのもつかの間、テレビを消したことで静まり返った部屋に、今度は別のイライラの要因が

 

 嘘、また来てるの?


 隣の部屋の大学生(女性)に彼氏ができたらしく、毎晩のように男がやって来ていて、本日もお泊りらしい。この部屋の壁は薄く、夜ともなれば向こう側の音が結構鮮明に聞こえたりする。


 少しは気を使っていただきたいんですけど。


 若い二人は盛り上がるのも早い。何が悲しくて他人の、あはんうふんな声をBGMに眠らなくてはならないのか。華子は益々苛立ち、そして虚しさがピークに達した。

 不本意にも目が冴えてしまった華子は、寝袋ごとむくりと起き上がる。隣の部屋では、クライマックスを迎えたと思われる声の後に、なにやらイチャイチャとしたピロートークまで始まった。まさかの第二ラウンドまでいきそうな雰囲気に、華子は隣を隔てる薄い壁を半眼で見つめる。


 私、明日も朝早いんですけど!


 派遣先には片道一時間半かかるため、毎朝五時には起きている華子にとって、睡眠時間を削られることは非常に辛い。そんな華子の事情を知らない隣の部屋からは、さらに盛り上がった声が漏れ聞こえてくる。頭痛と共にフツフツと沸き上がる怒りにも似た感情をもてあまし、華子は枕代わりに使っていた座布団を取り上げた。


 これくらいなら、許されるよね。


 壁に向かって煎餅座布団を構える。別に、羨ましくて邪魔をするわけではない。ただ、ちょっとは気を使って欲しいだけなのだ。直接壁を叩くのは流石に気が引けたので、恨めしさ半分、申し訳なさ半分な気持ちで座布団を叩きつける。


 ドスン!


 座り固めて煎餅のようになった座布団は、鈍い音を立てて壁にぶつかりズルズルと落ちていく。そして華子はおもむろに、大きくこれ見よがしにゴホンと一つ咳払いをした。


 どうか気付いてちょうだい。


 思いのほか大きな音がしたためか、一瞬、隣が静かになった。どうやら隣人はこちらの部屋に人が住んでいることを思い出したようだ。が、それも束の間、どこか小馬鹿にしたような笑い声が聴こえてきた。それと共に、挑発するような男のくぐもった声も。


 やべぇやべぇ、オバサンの嫉妬かよ。

 バカっ、オバサンに聴こえちゃうよ。

 そうだな、寂しい独身様に気を遣わないとな!

 何それ、ウケるんですけど!


 ええ、はっきりと聴こえましたとも。

 むしろ、ワザと聴こえるように言っていることもわかっておりますが。


 たかが大学生の戯言、といつもの華子なら我慢していただろう。いつもなら、オバサンと言われても何も思わなかっただろう。だが、今日の華子は沸点が低かった。何故なのかは華子にもわからないが、とにかく「オバサン」と言われたことに猛烈に腹が立った。今も壁の向こうから聴こえてくる大学生たちの笑い声も癪に障る。

 華子は後先考えず行動するタイプではなく、むしろ思慮深い方である。今まで生きてきてケンカは口論だけ。暴力なんてもってのほかだった。


 だから、分からなかった。

 感情にまかせて、壁を蹴り飛ばすなどという行為は、人生で初めての行動だったから。


 だから、気がつかなかった。

 そんなことをしたら、どうなるかなんて。初めての衝動故に、自分の今の格好や力加減など、まったく頭に入っていなかったのである。



 田中華子三十歳独身。

 寝袋に入ったまま力の限り壁を蹴り飛ばそうとして、勢いよく背中から転倒。フローリングの床に後頭部をしこたま打ち付け、そのまま意識を失った。

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