(短編)窓際の猫
こうえつ
窓際の猫
いつからだろう、私がエレベーターではなく外階段を使うようになったのは。
一緒に暮らす彼は「毎日大変だね」と。少し私が変わってると思っていた。
私が同棲する部屋は五階にある。今時、階段で昇るのは珍しいだろう。
「ダイエットよ」と私は言っていたが、本当の理由は違った。
エレベーターの点検時に、外階段を下りた。
螺旋を描く途中、三階で私は見つけてた。
私が住むマンションの窓際に佇む猫を。
部屋の中の猫は銀色の毛並みで金色の目。
眺めながら階段を下りていくと、猫もこちらを見ているようだった。
エレベーターを使わない以外、至ってあたりまえで幸せな日々が続いた。
彼は優しかった。私は猫が幸せをもたらしているように感じて、毎日、猫に会うのを楽しみにしていた。
春から夏になって秋、寒い冬がやってきた。
最近、彼の帰りが遅い。仕事だというが好きな人が出来たようだった。
私は追及する度胸も泣いて縋り付く根性もなかった。
彼が帰ってこない日が多くなり、私は精神内科で薬をもらいはじめる。
部屋にいる寂しさが私の心を蝕んでいく。
彼へ想いは憎悪となり、眠れない私は会社に行くこともできなくなった。
久しぶりに私の元に帰ってきた彼。やせ細った虚ろな心の私に小さな灯がともった。
しかし、彼からの言葉で私はその場に座り込み動けなくなった。
彼は去り、その瞬間から何にも感じなくなった。
映画、ショッピング、旅行。すべて彼がいたから楽しかったと思い知らされる。
部屋から出ることは少なくなり仕事も辞めた私は銀色の猫の事を思い出した。
私はもらった薬を一気に全部、強いお酒で飲みほした。
死のうと思ったわけではない。何も感じないなら痛みがない世界へ行きたかった。
ゆらぐ意識の中で思った。銀色の猫に会えればまた彼が戻ってくると。
階段を頼りない足取りで降りて三階の部屋の窓を見る。
でも猫はいなかった。
本当は最初からいなかったのかもしれない。
全てを本当に失った私は階段に座り込み自分の世界へと落ちていく。
全てを感じなくなった心。その時、窓際の猫は現れた。
金色の目は悲しそうに私を見ていた。
「そうか。あなたは分かっていたんだね。迎えに来たの。苦しみのない世界」
窓際の猫は私を見つめていた。私の意識が亡くなるまで。
(短編)窓際の猫 こうえつ @pancoo
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