いざ北のロウランへ  

「参った……」


 湯浴みをしたいくらいであったが、頼むのも気が引けて、「ナル」は部屋の鍵をしっかりかけると、胸に巻きつけている布を取り、シャツとズボンを着替えると、ベッドに横になった。

 あの戦いから半年後に「ナル」は目覚めた。場所は変わっていなかったが、白骨化したナルの遺体が目に入った。

 ナルを埋葬して、アイルは彼から剣と名を借りることに決めた。

 髪を切り、胸に布を巻き、旅を始めた。

 ナルから教えてもらった剣術だけでは足らず、危ない目にも何度かあった。毎日体を鍛え、剣を振るい、精霊の石を目指した。

 石は残り三つあり、一番近い場所にある土の精霊の石を目指して旅をしてきた。

 気が抜けない旅。

 もう誰も巻き込みたくなくて、一人で旅を続けてきた。

 それなのに、こうして「仲間」を持ってしまうと、甘えが出てきている自分を自覚する。

 気を抜くと、ナルとの旅を思い出して、今の旅に重ねてしまう。


 ――駄目だ。

 

 こんなことじゃ。

 俺は、二度と過ちを繰り返さない。

 誰も殺させない。


 自分の甘さのため、ナルは殺された。

 だから……。


 「ナル」は、唇を噛むと、ベッドの上で体を丸くした。


 ――早く土の精霊の石を貰う受け、精霊と契約する。そうすれば、俺が守れる。「仲間」は殺させない。


 彼女はそう決心すると、眠ろうと目を閉じる。

 葛藤は多く、悩みは睡魔を邪魔する。けれどもセンミン同様、体は疲れに正直だ。「ナル」はそれ以上深く考えこむこともなく、眠りに落ちていった。


 ☆

 

「すっごい荷物だな」

「当たり前だ。これでも足りないくらいだ」


 翌朝、朝食を食べ終わり、ウェルファは「ナル」達に、部屋一杯に集められた袋の山を見せた。


「これを運ぶのは無理じゃないか?」

 

 センミンは袋の多さに呆れながら、隣のチェリルに視線を投げかける。


「何度か往復できるんだろう?」


 そこに割り込んだのはウェルファで、センミンは苛立ちをあらわに彼を睨み付けた。


「ええ。契約主のセンミンが一緒であれば何度でも可能ですわ」

「じゃ、頼むな」

「は?」


 ウェルファはセンミンの意思を確認することもなく、決定事項とその肩を叩く。


「もしやってくれれば、お前を少し見直すことになるが」

「なに?」

「センミン。お願いします」


 不満そうなセンミンに、「ナル」が頼み込む。上目遣いでお願いされて、彼は多少赤くなりながらも素直に頷く。


「まあ。センミン。素直ですわね」

「煩いなあ。信用を勝ち取るためだ。別に、ナルに頼まれたからではないからな」


 語尾が小さく、「ナル」はよく聞こえなかったが取りあえず物事は順調に進んでいるようで胸を撫で下ろした。


 ――早く土の精霊の石を譲ってもらい、その精霊と契約をしたい。今度は迷わない。魔王を殺す。


 あれは兄ではない。あれは魔王だと、「ナル」は自分自身に言い聞かせる。


「ナル?」

 

 センミンが心配そうな視線を向けていた。


「えっと、すみません。もう移動ですよね?」

「あ、ああ。……大丈夫か?」

「はい。荷物はまとめてあるので、俺はすぐに行けます」


 彼は親切な男だった。

 けれども、「ナル」は自分の心の内を明かすつもりはない。

 センミンは彼女の返事に少しだけ傷ついた顔をしたが、すぐに表情を元に戻し、積まれている袋をいくつか持つ。


「さあて、移動するか」

「はい」


 「ナル」も自分の荷物以外に、袋を持って、移動に備える。

 精霊による移動は経験済みだ。契約主の近くにできるだけ寄り、精霊の負担を軽くしようとする。

 ウェルファは初体験になるので、どうするのだと、問いかけた。


「ワタクシが光になって、皆様を移動先まで連れてまいりますわ。ですので、できればセンミンの近くに寄ってくださるかしら?」

「ああ。わかった」

 

 ウェルファは頷き、持てるだけの袋を抱えると、センミンの隣に移動した。


「さあ、準備をよろしいですか?行きますわ」


 チェリルの言葉と同時に彼女の体の中心から光が溢れ出す。

 「ナル」は眩しさに反射的に目を閉じた。そうして、水の精霊の瞬間移動とは異なることに少し驚く。彼女は水のような液体に変化した後、球体になって自分たちを包み込んだ。濡れることもない不思議な水の空間。行き先には一瞬で辿り着く。

 金の精霊が作り出した光の空間も水の精霊のものと同様に暖かく、「ナル」はセフィーラであった時の彼女の顔を思い出していた。


 ナルとセフィーラ、三人の旅はとても楽しく、喜びに満ちていた。けれどもそれは所詮過去のこと。ナルは殺され、セフィーラは「アイル」と命じられ、魔王の元にいる。


 ――忘れなければ。俺の使命は魔王を殺すことだ。


 眩しさが消え、「ナル」はゆっくりと目を開ける。

 そこに広がっていたのは、焦がされた大地。破壊された街。嫌な臭いが広がっていた。


 煤汚れ、傷ついた人達は、恐怖と嫌悪感を隠そうともせず「ナル」達を見ていた。

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