ボトムオブ社会 短編集

ボトムオブ社会

ワンカップの瓶とこころが砕ける音

 人通りの多い交差点。歳は高校生くらいだろうか。少女は、目を閉じて拳をぎゅっと握り締めた。

「好き……好き……確認、よしっ」

 つぶやくと、前から歩いてくる少年の元に駆け出す。

「よっ」

「お、おお、偶然だな……」

 少女が少年の肩をぽんっと叩いて挨拶する。彼は少し驚いた。くるっと回って彼の前に立ちふさがり、ぎゅっと目を瞑った。

「えっ、どうした?」

 少年が問うと、少女は意を決したように大きく目を開き、思い切り息を吸い込んで叫んだ。

「好きーーーーーー!!!」

 周りの人がみな立ち止まって何事かと注目する。当事者である少年は何が起きたのかわからないというようにきょとんとした顔をしていたかと思うと、次の瞬間、その顔は急沸騰するように真っ赤になった。

 心臓を押さえて返事を待つ少女は、切実さと、不安と、緊張と、いろんな感情がごちゃまぜになったような表情をしていた。

「……お、俺も、好き」

 少年がやっとのことで声を絞り出すと、少女は勢いよく少年に抱きついて、ワンワンと泣き出した。

「よかったぁ~! よかったよぉ~!」

 大泣きしながら少年の胸に顔をうずめる。少年は少女をぎゅっと抱きしめた。

「よくやったぞ!」「いいもの見せてもらった!」

 周りにいた人々は拍手をして彼女たちを讃えた。


 直後、何かが砕け散る音。音のした方には、ワンカップの瓶の破片がバラバラに散らばっていた。


 道端に座っていた小汚い中年男がすっくと立ち上がり、ふらりふらりと少年少女の元へ歩み寄った。ワンカップの瓶を投げつけた主だ。

「お前らが正しいんか……」

 中年の目は据わっている。少年も少女も、その場の誰もが、彼を不意に湧いた異物として見た。

「讃えられて拍手されてるということは、お前らが正しくて、ワシは間違ってるってことなんか! 聞いとるんじゃ! ああ!?」

 突如、男が怒声を飛ばす。少年少女の身体はビクッとして縮こまった。

「やめろよ! 誰もそんなこと言ってないだろう!」

 スーツを着た真っ当そうな男が少年少女と中年の間に割って入った。

「うるせえ!」

 中年はスーツの男を殴り飛ばした。殴られてしゃがみこみ呻く男の腹を、思いっきり蹴飛ばした。

「ぐえっ」

「きゃあ!」

 少女は悲鳴を上げる。中年はすぐに数人の男に取り押さえられ、地に伏せた。

「なんでじゃ! なんでワシはいかんのじゃ! お前らは正しくて真っ当な幸せをつかめて、なんでワシはいかんのじゃ!」

 近くにいた警官も事に気付いて彼を取り押さえる。

 世界の全ては男の敵だった。

「呪ったるぞ! お前らの幸福を呪ったる! ワシはお前らを一生許さん! 絶対にな! ずっとや!」

 中年は泣いていた。少年少女がその場を去っても、中年の絶叫が止むことはなかった。

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