第3話:鳳凰騎士団

 城塞都市「ナラキア」に辿り着くためには、8体のエリアボスを打ち倒さなければならない。その数を初めて聞いた際には、夢にも思わなかった。まさか、出発して数日で、その過半を突破することになるなんて。


 どうも、戦闘に関しても僕と茜の相性は抜群らしい。遠隔系の能力者で、サポート役の面目躍如たる茜と、近接戦闘では無類の攻撃力を誇る僕のコンビは、立ちはだかる魔物を次々に灰燼へと変えていった。


「……んだよ、もう終わったのか」

「すいません、休憩する間もなく終わらせちゃって」

「あんまりイキッてると、足元すくわれんぜ」


 以前までなら心をささくれ立たせた豪の言葉も、もう子どものやせ我慢にしか聞こえない。


 何なら、こんな豆坊主より、もう僕の方が強いんじゃないか。


 そんな驕りまでが湧き上がるようになって初めて、僕は自分がひどく浮かれていることに気づいた。あれ程慢心しないよう自分を戒めていたにも関わらず、初めて味わう高揚感に溺れてしまっていた。


 そんな時、あの事件は起きたのだ。


******


 これで――


「しまいだっ」


 その寸胴の首に剣を捻じ込むと、拳大もある魔物の瞳がかっと見開かれた。数秒後に地の果てまで轟くほどの断末魔を残し、巨大な猪の魔物はがっくりと力尽きた。


「これで残すは、」

「あと2体ですね!」


 茜とハイタッチを交わすと、彼女は柔らかく口角を上げた。


「にしても、吉田さんどんどん動きが良くなってる!今日なんて、敵の攻撃ほぼ見切ってたんじゃないの」

「チートの方より、剣技が磨かれてきてる気がします。布施さんこそ、あんな大技が使えたなんて吃驚しました」


 今回闘ったエリアボスは体力が多く、僕の攻撃だけではなかなか致命傷まではもっていけなかった。その上図体の割に素早く、危うくその牙に身体を貫かれそうになることが何度かあった。

 これは長期戦になりそうだと覚悟した時、突如巨獣の身体が水流に巻き上げられた。丁度エリアボスとのバトルフィールドが森林だったこともあり、そこかしこに湖や沼が広がっていたのが幸いした。茜がエリア中の「水」を一点に集め、その水柱の中にエリアボスを閉じ込めたのだ。


「スタミナを奪える上、水性じゃない魔物なら窒息効果付与だなんて。ホントにリアル志向ですね、このゲームは」

「ま、現実とは違って、窒息状態になっても体力が徐々に削られていくだけだけどね。それから、あれ使うと比較的“酔い”やすいから、あんまりやりたくないんです。長くは維持できないし」


 確かに、よくよく見れば彼女の額には玉のような汗が浮いている。

 相当無理をさせたのかもしれない。自分の不甲斐なさに、歯噛みしそうになる。

流王からも、限界を超えた力の行使はやめるよう強く釘を刺されている。茜がリミットを超えてしまったのなら、それは――。


「私は大丈夫。さ、早く豪君に追いついちゃいましょう」


 僕が声をかける前に、茜は有無を言わさぬ口調でそう告げる。

 それが本音なのか、ただ気丈に振舞っているだけなのかは、敢えて考えないことにした。


 いよいよ「ナラキア」の城塞の巨大さが、実感を伴う距離になってきた。

 あと少しで、皆のもとに追いつける。そう思うと、疲れ切った身体の奥底から、俄然エネルギーが湧いてくる。


「ちょっとお腹空いたし、寄っていきましょうよ」


 街を通りがけ、茜はそう言って飲食店の立ち並ぶ辺りを指さした。


「駄目だ。まだ昼前だろうが」

「良いじゃないですか、少しくらい」

「そうだよ豪君。ホントはお腹ペコペコなんじゃないの?」


 豪は忌々しそうに店が立ち並ぶ辺りを一瞥したが、その中のある店で視線を止めた。目を細めて何やら考えこんでいる。


「……ったく、食ったらすぐ発つぞ」


 ダメもとの提案だったから、まさか許しが出るとは思わなかった。

 茜と僕が顔を見合わせていると、豪は眉を吊り上げたまま顎をしゃくった。


 店は質素な雰囲気だったが、調度品の類は、光沢が浮かび上がるほど磨き上げられている。昼時ということもあり、数多くのプレイヤーが数人で固まって食事を取っていた。幸い3人席が空いていたが、腰を下ろそうとしたところで、豪が突然首を振った。


「俺はちょっと野暮用がある。飯は2人で食ってろ」


 返答も待たず、そのまま店の奥へと消えていってしまった。


「どうしたんでしょう」

「知り合いでもいたのかもしれないですね。豪君、実は結構TCKに来て長いらしいから」

「知り合いって、一般プレイヤーの?」

「んー、どうだろ。でもありえる話じゃないですかね。向こうは“サンプル”の存在なんてそもそも知らないんだし」


 食事を取りながら2人で話していると、やがて豪が険しい顔つきで戻ってきた。眉間に皺を寄せてはいるものの、瞳の奥に熱気を漂わせている。


「どこ行ってたの、豪君」

「情報交換だ」

「え?一体誰としてたんです?」


 僕の質問が余程間抜けだったのか、豪はやれやれと天井を仰ぎ見た。


「一般プレイヤーとゲーム攻略の情報交換でもしてると思ってんのか」

「そんなわけないじゃないですか。ただちょっと聞いただけで」

「ま、まぁまぁ。2人ともカリカリしちゃ駄目ですよ」


 いつものように茜がとりなし、僕と豪の間の火花は一旦収まった。


「とりあえず、もう出発するぞ。エムワンの手がかりを見つけた。急いで次の街に――」


 その時、店の扉が勢いよく開けられた。

 いや、正確には、蹴り開けられた。


 品の悪い高笑いとともに、どかどかと鎧に身を包んだ男たちが入ってきた。人数は5人で、いずれも赤い鳥の紋章があしらわれたヘルムを被っている。

先頭にいる男が、じっくりと店内を見回したかと思うと、唐突に怒鳴り声を上げた。


「悪いんだけど、この店今から俺たちが貸切るからさぁ」


 ……いきなり入ってきて何を言い出すんだ、この男は。

 それに、妙に甲高い声が無性に鼻にさわる。


 突然のことに、他のプレイヤーも困惑しているようだった。ある者は興味深そうに、またある者は敵意剝き出しで、仁王立ちする男に視線を注いでいる。


 しかし、当の男はまるで動じない。肩を揉みながら欠伸をかみ殺すと、面倒そうに言い放つ。


「あのさ、聞こえてる?出てけって言ってるんだけど」

「……おい、あんた」


 椅子を引く音とともに、1人のプレイヤーが立ち上がる。


「何だ、お前」

「お前こそなんだよ。いきなり入ってきたかと思えば、店を貸切るとか無茶苦茶言いやがって」

「俺が誰だかわかんねぇのか?この紋章見りゃ分かるだろう」


 男はそう言って、被っているヘルムをこつこつと叩く。


それを見た途端、先ほどまで調子づいていた男の顔がみるみる青ざめた。


「……『鳳凰騎士団』!」

「分かったらとっとと失せろ。それとも、『決闘』でもするつもりかよ。その紙風船みてぇな貧弱装備で」


 店にいた客たちが我先にと店を出ていく。突っかかっていった男も、ばつが悪そうに俯いたまま外へと飛び出していった。

 瞬く間に店の中には、僕たち3人だけが取り残された。


「おい、何ボケっと突っ立ってんだ」


 先頭に立っていた男が、ずいと顔を近づけてくる。想像と違い、意外と線の細そうな顔をしている。だが、ぼってりとした一重目蓋の奥からは、一度咬みついたら放さない凶悪さが滲み出ていた。

 ……突然のこの絡み方、何だか、誰かさんに似てるな。


 突然の横暴な態度に、僕は柄にもなくもカチンときた。


「何ですか、急に」

「耳垢でもつまってんのか?言ったろ。とっとと俺の視界から失せろ」


 初対面の人間相手に、この口の利き方は何だ。人付き合いが上手くない僕でさえ、もっと周りには気を遣うぞ。

 怒りがそのまま罵詈雑言へと転化されそうになるが、茜の制するような視線に口を噤む。


「TCK開闢より続いているギルド『鳳凰騎士団』。高レベルプレイヤーが多く所属していて、魔王討伐に最も近いと噂される、雄騎士アルクトスも所属しています。あの『鬼の臍』と双璧をなす、超巨大ギルドです」


 茜が耳元でそう説明してくれたが、全く耳に入ってこない。頭に血が上り、眼前にいる男を思い切り殴ってやりたいという衝動が、身体の中で響いている。


「いや、全く知らないんですが」

「おいおい、お前TCKやってて、俺たちはおろか、アルクトスさんも知らんのか。笑えるな」


 男は僕を指差すと、さもおかしそうに腹を揺すった。後ろにいる連中も、皆一様に大声で囃し立ててくる。


 何が、アルクトスさん、だ。

 同じプレイヤーなのに、馬鹿じゃないのか。

 そもそも、ゲーム内で派閥作って何になるんだ。そんなことやってる暇あったら、現実戻って自立する方法でも考えろよ。


「んだと、てめぇ」


 男が更に顔を近づけてくる。ヘルムがこつんと額に当たった。


 しまった。口に出てたか。

 脇を見ると、茜は口を押さえている。その驚きの視線を真っ向から受け止められず、僕は顔を背けざるを得なかった。

 一方の豪は、何故だか先頭の男を注視している。その顔には、普段通りの苛立ちと、僅かながらの強張りが同居していた。


「目の前に便所蠅顔の野郎がいると食欲が失せるんだよ。つか、何だ、その貧相な木剣と木の盾は。武者修行でもしてんのかよ」


 先頭の男は執拗に煽ってくる。顔には下賤な笑みが貼りついていて、その裏側には醜悪な獣の顔が垣間見えた。背後に控える男たちも、皆楽しくて仕方がないといった様子だ。


『プレイヤーは千差万別。おかしな考えや嗜好をもった連中も多い。ゲームクリアなんて目もくれず、同じプレイヤーを狩ることに愉悦を感じる輩がいてもおかしくはない』


 安原の言葉が脳裏にまざまざと蘇る。


 そうか。こういう連中もいるのか。ゲームクリアなどどうでも良く、ただ派閥を作って、自分より力のないものを支配したがる下らないプレイヤーが。

 そんなこと、現実世界に戻ってやれば良いじゃないか。完全没入型とはいえ、電子計算機の演算結果が生み出したこの無味乾燥な世界で、他者を威圧して何が残るのか。


 ……下らない。


「我慢なりません」

「はぁ?」

「貴方のやり口です。いきなり喧嘩吹っ掛けてきて、何様ですか」

「テメェこそ、どの面さげて俺に口きいてんだよ」

「四の五の言っても仕方ない。決闘で、カタをつけましょうか」

「……冗談きついぜ、お前。そんな装備で何ができんだよ」

「もう一度だけ言います。この僕と、タイマン張るのかって聞いてるんです。負けたら、今すぐ目の前から消えて下さい」

「ちょっ、吉田さん!ダメです!」


 茜がローブの裾を引っ張ったが、その手を振り払う。そのまま戦闘用の鎖帷子チェインメイルに換装し、僕は立ち上がった。


 今思えば、やめておけば良かったのだ。あの時の僕は、興奮と驕りで周りが見えていなかった。能力と剣技があれば、多少腕が立つ相手でも何とかなると思っていた。それがただのプレイヤー相手なら、尚更。


 立ち上がった肩に、豪の手が置かれる。


「そこまでにしとけ、丈嗣。……おい、茜、行くぞ」

「何で邪魔するんですか」


 振り返った僕に、豪は頭突きせんばかりに頭を近づけた。


「ふざけてんのか。俺たちがやってんのは遊びじゃねぇんだ。一時の感情に身を任せて決闘なんて受けるんじゃねぇよ」

「豪……さんは、それで良いんですか」

「良いよ。こんな下らんこと、付き合ってられるか。それにな、決闘モードだって、体力がゼロになれば俺たちはお陀仏なんだぞ」

「……」

「おら、分かったら行く――」

「50%ルールでどうですか」

「おまっ……話聞いてたのか!」


 豪は振り返りざま、拳を僕の顔に打ち込もうとした。左手でそれを受け流し、体捌きで距離を詰める。口を彼の耳元に近づけ、僕は囁いた。


「そんな拳、例え当たったところで、掠り傷1つつきません。それに……いつまでも新参扱いはやめてもらいたい」

「待て、馬鹿野郎。こいつは――」


 豪が言い終わらない内に、眼前の男は目を吊り上げて叫んだ。


「良いぜ。そんなにやりたいならやってやる。50%ルールだと?呼吸する間もなく膝つかせてやるよ」


 メニューを開き、男から送られた決闘の申し込みを確認する。


 相手のハンドルは、ミルゲ。レベル45。標準的な騎士装備だから、動きを読むのは比較的容易だろう。散々一条さんに叩きこまれ、魔物と闘い抜いて磨き上げたこの戦技。通用しないわけがない。


 僕よりも数段高レベルだが、勝算はあった。

 そう、さえ決まれば。リスクは高いが、その分期待効果は高い。

 自分より格上の相手に挑むのだから、多少の危険は織り込み済みだ。


 決闘申し込みを受理すると、目前にベットフィールドが展開された。決闘モードに際しては、闘うプレイヤー同士で必ず持ち物か金銭を賭けなければならない。


「ベットはどうする」


 尋ねると、ミルゲは鼻で笑った。


「有り金全部出せ。ま、大して持ってはないだろうが」

「ちょっと!それは流王さんたちが、今回のために貯めてくれてたお金なのよ!それをベットだなんて……!」

「勝てば問題ないです。そうでしょ、布施さん」

「テメェ、我儘も大概にしとけよ!感情に流されんなって言ってんだろ!」


 豪の怒鳴り声が腹まで響く。

 ちくりと胸が痛んだが、僕はそれを無視した。


 大丈夫だ。負けなければ良い。僕は、勝つんだ。


 ベットフィールドで互いの入金が確認できたと同時に、視界が暗転する。

 数秒で視界が戻ったかと思うと、僕とミルゲは何もない真っ白な空間に2人立っていた。現実では存在しえない超空間を前に、遠近感が狂いそうになる。


「さ、かかってこいよ便所蠅。虐めてやる」

「タケツグだ」

「ああそう。俺は――鳳凰騎士団第13序次のミルゲだ」

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