勇気を持つ話
星永静流@ホシ
第1話勇気が出ない話
勇気を持つ話
the134340th(ホシ)
その春、僕は告白が出来なかった。春と言っても、それは入学式ではない。入学早々、一目惚れをしたもんだから真っ先に告白をしに行ったというわけではないのだ。
でもそれになぞって例えるならそれは、
『真逆』
だと思う。
春、
三月、
卒業式、
まだ桜の花びらが舞う中学校で、僕は卒業式に好きな女の子――
咲は今時にしては珍しい、小説が好きな女の子だった。
そして僕も、小説が好きでよく読んでいた。
咲は特に海外ファンタジーを好んでいて、僕はどちらかというと現代をモチーフにした日常ものを好んでいた。
でも、僕が全く海外ファンタジーを読まないかというと、それもまた違った。
咲がハマった作品、面白いと思った作品は、それを共有して読んだ。咲も、もしかしたら好きじゃなかったかもしれなかったけれど、僕が勧めた小説を読んでくれた。
この展開がたまんねぇんだ、とか、ここの心情が綺麗で好きっ、だとか、そういうことを、洗いざらい全部話した。
そして僕も咲も、同時に小説を書くことが、まちまちあった。
咲が書くものはやっぱりファンタジーチックなものが多くて、僕はやっぱり現代をモチーフにした日常系の話が多かった。
小説を見せ合うときは学校ではなく、必ず図書館だった。
やっぱりプロが書くとなんでも面白いよなっ、なんてバカっぽいやり取りをしたら、咲は「でも善治君の作品も面白い、もっと見せて」と、言ってくれた。そう言われたとき、僕は頬から耳までが急にカーっと熱くなった。もう顔が真っ赤になっているんだろうな、なんて思ったぐらいだ。
三月十日、
少し早すぎる卒業式。
もうこの日を境に、僕と咲は学校で顔を合わせることがなくなる。
そう、僕と咲は違う学校に行くことになったのだ。
そりゃ僕だってなるべく同じ高校に行きたかったさ。でもその夢は偏差値という壁の向こうで、あっけなく崩れ去った。
でも東京の街から離れるわけじゃない。家は近所だし、それは今までと変わらない。きっと、会いたいといえば会えるはずだ、きっと……。
この気持ち――好き――をどう表していいか、それはもうどんな小説をたくさん読んでいても、全くわからなかった。
それに、心に、その気持ちに、触れていいものなのか、それともダメなのか僕には判断が付かなかった。
でも咲と話すとき、必ず心臓がトクンと跳ねた。
『
担任の先生が自信満々に僕の名前を呼びあげ、僕は舞台ホールを歩かされる。
成長期が来なくて伸びなかった身長。それに反するかのように低い声。合唱祭では必ずテノールには採用されず、体育の成績もいまいち。声帯だけ大人びたって仕方ないじゃん、と思ってしまうのは、僕のひねくれた考え方だろうか?
少し伸び切った癖のある髪の毛。目の下にある、小さい黒子。これが泣きぼくろだったら、どれだけ嬉しかっただろうか。ついでにいうと僕は眼鏡をしている。
そしてこの学校は世間から取り残されたように学ランで、この三年間ずっと首が痛かった。それでたって女子だけブレザーである。
『はい』
小さい声で呟いたのを、今でも思い出す。
慣れないんだ、こういうの。でもみんなもこんなもんだと思う。
卒園式は覚えてないから忘れたことにして、これで二回目。小学生の頃と、今。
きっとこれから高校、大学と進んでいくけれど、それを合わせたって四回だ。慣れない方が普通なのだ。
クラスのはしゃいでいる奴ら、まぁ、悪い奴らじゃないんだけれど、そいつらは時々ユニークな声を上げていた。
でも僕と圧倒的に違うところは、堂々としていることだ。僕は落ち着かないまま卒業証書を受け取り、音を立てないように階段を降りた。
『
咲もまた先生に自信満々に名前を呼びあげられ、僕とほとんど同じ性格のはずなのに、胸を張っているように舞台ホールを、歩いているようにみえた。
なんのしがらみもないような、すとんと落ちた真っ黒な髪の毛は、胸のあたりまで伸びていて、紺を基調とした制服はこのあたりの中学の中では評判がいい方だ。
中学生を卒業するというのに、まだ顔は全然小学生と間違われるぐらいだし、身長だって僕と比べてもさらに低い。きっと、140cmぐらいだろうと、僕は勝手に決めつけているが、咲が身長に関わる話をすると不機嫌になり脛を蹴ってくるので、正確なことはわからない。
まだとても寒い日だったから、咲は中に一枚、ピンク色のカーディガンを着ていて、普段はリボンのはずが他の女子生徒も含め(全員ではないが)ネクタイをしてる。
きっと、男にはわからない女子なりのファッションがそこにあるのだろう。
『はい』
咲もまた、小さい声で呟いたのを思い出す。
咲は誰かに話しかけられると、すぐに顔をリンゴのように真っ赤にする。僕が話しかけても、仲のいい女子と話していても必ず、顔を真っ赤にした。
今日もとりわけ緊張するシーンだったもんだから、咲の顔は余計リンゴのように真っ赤にして『はい』と言ったのだ。
それはきっと、この中学生活を濃厚につまった体育館から漏れる一杯の光からも”赤”と判断されただろう。
咲が階段を降りるとき、僕の方を見て手を振った。でも僕は、ずっとずっと後ろの方にいる咲のご両親に向かって手を振ったのだと、その時は思った。
僕たちは体育館での行事を一通り終え、外に出る。この中学では、先に一、二年生が外に出て、卒業生を祝うのが恒例となっている。部活の後輩からは改めて花束を渡されたり、またクラッカーを上げる音も、どこかで聞こえた。まだあまり慣れない、「主役」というものに、僕はまた困った。
「南先輩、改めて卒業おめでとうございます」
囲碁部の後輩が僕に寄ってくる。
「あ、ありがとう」
もう後輩からは色紙やら花束やらをもらったから、これ以上は受け取れないと思っていたのだが、後輩は、
「あ、あの。これ」
後輩はポケットからひとつの飴を取り出して、僕に渡した。
「ありがとう」
そろそろだろうと仕切っていた先頭に立った先生が、
「もう自由にしていいぞー」
と、声を掛けると、同時に帰りだす生徒も見かけ、そいつらを虚しい奴らだな、と、思った。そして後輩は体育館での片づけがあったから、名残惜しく去って行く。
「南先輩、また、部活に顔を出してくださいね。待ってます」
おう、と僕は左手を挙げ手を振った。
適当に仲のいい野郎どもと絡み、でも必ず目の端には咲が映るように僕は歩きまわった。
野郎どもからは、
「このあとカラオケ行こうぜ」
だとか、
「いや、メシだろ」
だとか、
「じゃあ全部行こうぜ」
なんて声も聞こえる。
「善治も来るだろ?」
「あぁ、適当についてく」
とぶっきらぼうに答え、そんなことより咲が早く帰ってしまうのではないか、という不安が頭をよぎった。
段々卒業生が減っていき、次第に後輩も教室を出て合流してくるが、校庭にいる生徒はそこまで増えなかった。むしろ、その波にさらわれて人が減ったように見える。誰かと待ち合わせでもしてたんだろうか?
目の端では、まだ咲はいる。ずっとずっと、クラスの仲のいい女子と話している。まだふたりっきりには、なれない。
「じゃああとでカラオケな~。みんな絶対来いよ~。ラインすっから」
「あいよ、絶対行く」
と、僕のグループはこれで解散みたいだ。
でも僕にはまだ、やり残したことがある。
トクンと心臓が跳ねることの、周りがみれなくなることの、まだ触れられないこの気持ちの答え。
そう、告白だ。僕は告白をするんだ。もっと咲のことが知りたいんだ。もっと咲と一緒に居たいんだ。それが、この気持ちの答えなんだ。
まだかな、という自分を急かす声が聴こえる。
まず自分を落ち着かせるために、校門に腰かけた瞬間、
「じゃあまたね~」
と、タイミングは最悪そのもので、咲をそのまま帰させてしまいそうになった。おいおい、待てって。
「さ、さき」
すると咲は、まるで当然僕が話しかけてくるのを待っていたかのように、
「なに?」
と聞いてきた。
「あぁ、いやぁ」
僕はなんだか困ってしまって、言いたいことはあるのに、なぜか咲に話しかけたことで、急に言いたい言葉を忘れたみたいになった。
「あ、あのさ。このあと
「んー」
咲は人差し指をぷっくりとした真っ赤な唇に持っていき迷った素振りをみせた。
「実はおばあちゃんに卒業祝いしてもらう予定なんだ。おじいちゃんの時は、何もしてあげられなかったから、おばあちゃんにはちょっとでも孝行したいの。だから、今日は行けないかも」
咲は本当に残念そうに言う。そうなると僕もしょぼんとしてしまう。
「あぁ、そっか……」
「でも、行けたら行くよ。
咲はえへへと笑った。
じゃあこれから先は、もしかしたら告白するチャンスは無くなるのかもしれないのか。
明日からは、もう顔を合わせないし、だから、じゃあ、今日言わなくちゃいけないんだ。
僕は体中に余計な力が入って行くのを、確かに感じた。
「で、でさ」
急に風が強く吹き桜の花びらが空を舞った。そしてそれと同時に咲の髪の毛が大きく揺れ、でも何事もなかったかのように、左手で髪の毛を耳にかけ一瞬で落ち着かせた。僕にはそれが、魔法のようにみえた。
「咲に……そのっ、言いたい、ことが、あって……」
咲は黙って僕の方を見る。
「お、おれ」
俺ってなんだよ俺って。何カッコつけているんだ。いつもは僕だろ。いつも通りいけよ。
「ぼ、ぼく」
そう、それでいいんだ。あとは何度も心の中で唱えた言葉だ。言えるはず。(咲のことが好きだ)(咲のことが好きだ)(咲のことが好きだ)
僕はまた、心の中で何度も唱える。
体のずっとずっと奥の方がカーっと熱くなる。
無理だ。やっぱり言えない。僕には、そんな勇気はない。
視線を下に向け、僕は完全に沈黙をする。
「どう、したの?」
咲が心配気な声で話しかけているけれど、僕はずっと下を向いていたから、咲の顔はわからない。
僕は段々それが恥ずかしくなってきて、走り出した。
「ちょ、ちょっと、善治君!」
気付かないうちに僕は走り出し、公園に転がり込んでいた。何度か車のクラクションが聴こえていたが、それすら僕は気にしなかった。
ただひたすら、下を見て走って走って走って走った。
そのあと僕は何も考えないことにした。
本当は考えなければいけないことが、たくさんあったのに。
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