第九十三話:ノークの空間魔法


「っ、」

「おい、ノークっ。チッ……!」


 剣と剣、魔法と魔法がぶつかり合う。


「ふふっ。その程度の人数で、わたくしたちに勝とうだなんて、百年早いわ」

「キキッ、そうだそうだ。レオナ様には誰も勝てない。たとえ空間魔導師だとしてもな。キキキッ」


 レオナと呼ばれた赤いドレスを身に纏った女と白い猿が笑みを浮かべる。

 タイミングを見て突入したのに、まるで待ちかまえていたかのように、ノークたちへと先制攻撃してきたのだ。


「っ、イアン。ノークを連れて、先に外に出ろ」

「けど!」

「安心しろ。ちゃんと追いつく」


 レオンにしては珍しく、レオナを睨みつける。


「わたくしが、そう易々と逃がすとお思いで?」

『悪いが、それはこちらの台詞だ』


 ノークとイアンの前、レオンの隣に現れた存在に、彼らは目を見開き、レオナたちは冷たい目を向ける。


『これ以上、見過ごすとなると、我が主が悲しむのでな』

「我が主ぃ?」


 怪訝な顔をするレオナに、ノークは何とか体を起こす。


「……ノーム」

『今、話すべきことだとは思いませんが、今回の件について、主殿はお気づきのようですので、貴方のやるべき事は、無事な姿を見せるべきだと思いますぞ』

「やっぱり、そうか」


 通り魔の被害者が目を覚ましたと聞いて駆けつけたとき、残留魔力粒子からキソラが何かしたのは分かっていた。


「キキッ、何の話かは分からないが、精霊如きが我から逃げられるとは思わないことだ」

『精霊如き、と来たか』


 我も嘗められたものだ、とノームは息を吐く。


『中級精霊如きが大精霊に対し、随分な口を利くようになったものだな』

「――何だと?」


 癪に障ったのか、白い猿はノームに噛みつく。


「貴様こそ、何を言っている。まさか、我に勝てると錯覚しているのか? キキッ」

『全く――従えとまでは言わないが、貴様ほど無礼な奴が居るとはな』


 だが、逆にノームは冷静だった。

 何せ、自分の主は、白い猿が仕えているであろう女よりも、状況次第ではたちが悪いのだから。


「調子に乗るなよ。精霊如きが! レオナ様にひざまずいて許しをうが良い!」

『――ほぉ? ならば、我ら全員を殺した時、お主は我が主に許しを乞えるのか?』


 答えは『否』だ。

 あの時、空間魔法を暴走させた彼女に対し、初めて恐怖した。

 大精霊であるノームですら恐怖したのに、中級精霊である白い猿が恐怖しないはずがないのだ。


 ――そのことを知らないという事は、ある意味、幸せなのだろうが。


「許しだと? 我が許しを乞うのは、後にも先にもレオナ様ただ一人!」

『お主――』

「お前、俺たちを殺した後に、あいつの前で今と同じ事を言って見ろ。死ぬぞ」


 白い猿の言葉に、口を開こうとしたノームを遮り、ノークが口を開く。


「――あ?」

「む……傷を治したんですのね」

「いや? 治したのは間違いないけど――俺のは『直した』だ」


 イライラしているらしい白い猿に対し、レオナはダメージが無かったかのように振る舞うノークに、自分たちが少しばかり不利になったことを察知する。


「まあ、どうでも良いんですけど……魔力が最後まで持つと良いですわね」

「ご心配なく。こっちは嫌って程、魔力が有り余ってるからな!」


 ノークの魔法がレオナに向けて放たれる。


「アッハハハ! 面白い! 面白いですわ、騎士様!」


 あっさり防いだレオナに、ノークは剣にいくつかの属性を付与させる。


「うふふふ。ねぇ、騎士様。わたくしのお相手になってくれません? 苦労はさせませんわよ?」

「戦闘の、なら受けるが、婚約者とかの意味でならお断りだ」

「あら、残念」


 ノークの剣に対応しながら、口ではそう言いながらも、全然残念そうではないレオナに、見ているイアンたちは内心、戸惑っていた。


「イアン、あの女……」

「ああ。まるで、キソラちゃんみたいだ」


 ノークの剣についていけない人物が居ないわけではないが、何というか、今のレオナは、ノークと模擬戦をしている時のキソラみたいな動きをしているのだ。


「まあ、俺たちも余裕振ってる場合じゃねーけどなぁ」


 互いの背後で振り被っていた存在に、二人は交差するかのように斬り伏せる。


「どうする?」

「どうするよ?」


 互いに交わした視線は一瞬。


「何もしないで」

「こんな所で死ぬのは御免だよな!」


 そして、イアンはノークの方に、レオンはノームの方に向かって、同時に駆け出す。


「あらぁ。わたくし一人に殿方二人とは、少々酷くありません?」

「酷くねーよ。こっちが勝つためなんだからな」

「まあ、よろしいですわ。わたくし、手加減なんてしませんわよ?」


 そう言ったレオナから、魔力が溢れ出る。


「イアン。お前、ノームたちの方に行け。そして、そのままこの建物から出ろ」

「は?」

「下敷きには、なりたくないだろ」


 それだけで、分からないほど、付き合いは浅くない。


「……分かった。但し、お前まで下敷きになったとして、いつまで経っても目覚めなかったら、キソラちゃん呼ぶからな」


 それを聞いたノークの顔が歪むのを確認すると、イアンはノームたちの方へと向かう。


「あら。あの方は加わらないのですね」


 どこか残念そうなレオナに、彼女から目を逸らすことなく、ノークは言う。


「その方が良いと判断した。お前が手加減しないっつーのなら、こっちも手加減するわけには行かないしな」


 それが嬉しいのか、レオナの口の端が限界まで上がる。


「そぉお? じゃあ、お互いに全力というわけね」

「死なないと良いな」


 ノークが使える空間魔法の能力上、相手を意図的に殺すことも出来るが、彼の性格上、暴走とかしない限り、今まではそういう風に使ったことは無かった。

 それが今、殺す気で戦わないといけない奴らが居る。


「心配はいらないわよ? けど、そうね……ただ戦うのはつまらないから、わたくしが勝ったら、貴方を好きに出来るっていうのはどうかしら? もちろん、貴方が勝ったら、わたくしを好きにしてくれて構わないわ」


 レオナの言い分が一部性的な意味で言っているように聞こえるのは、何故だろうか。


「却下で」

「もぅ、照れなくてもいいのに。あーんなことやこーんなこと、貴方にならしても構わないわよ?」

「却下で」


 まさかの聞き間違いではなかったが、ノークはやや引きながらも断り続ける。

 そもそも、レオナみたいなタイプは、ノークの好みではない。


「レオナ様! そんな奴に騙されてはいけません!」

「黙りなさい。ようやく理想の人が現れたのです。どんな手を使ってでも、手に入れます!」

『……ノーク殿の意見もそうですが、主殿が反対なさると、貴方様が好意を抱いた相手でない限り、彼女を説得しようとも思わないでしょう?』

「まあ、そうだな」


 レオナと白い猿の言い合いを聞きながら、側に寄ってきたノームと話すノーク。


『いっそのこと、シルフィードかウンディーネ辺りとくっついても良いと思いますよ? あの二人なら良く知っていますから、主殿は反対なさらないでしょう』

「ちょっと待て」


 四聖精霊の女性陣を薦めだしたノームに、ノークが慌ててストップを掛ける。


『では、あの二人が駄目なら、フィオラナとかですか?』

「守護者縛りはめろよ」


 それに、守護者ではなく、学生時代の友人たちの名前が上がらないのは何故だ。

 女子の誰とも接しなかった覚えはないのだが。


「つか、キソラから一発は絶対に殴られるぞ」

『でしょうね。バレたらの話ですが』

「バレんわけがないだろ。お前は、あいつを何だと思ってるんだ」

『主殿ですが?』


 間違ってはないが、その返しを予想しなかったわけでもない。

 その場のノリや勢いも大好きな守護者たちを、適当に対処したり、あしらったり出来ない限り、無数に存在する迷宮やダンジョンの管理者なんて務まらない。

 だから、今のノームに対しても、特に返したりはしない。

 したとすれば、扱う武器を属性付与した剣から双剣姿のホーリーロードに変えたぐらいだ。


「あらぁ、双剣も扱えるのね」


 楽しそうに白い猿を肩に乗せたレオナが舞う。


「ライフ」

「はい、レオナ様!」


 ライフと呼ばれた白い猿が、レオナの持つ剣に複数の属性を付与していく。


「天地に轟け――“クリムゾン・インパクト”!」

「っ、」


 上下に展開された紅い魔法陣に警戒するノークたちに、重力が襲い掛かる。


(ヤバいな……)


 舌打ちしたくなったノークは、ノームに目配せする。


「“マジック・ブレイカー”!」


 バリンという音を響かせて、紅い魔法陣が砕け散る。

 『破壊』と『再生』の空間魔法を得意とするノークにとって、それに類する魔法を扱うのは造作もない。


「あら、壊されちゃった」

「キキキッ、破壊系の魔法か。だが、タネが分かれば、それだけのこと。キキッ」

「……」


 冷静に告げるレオナに、ライフがその程度か、とでも言いたげに言ったのをノークは表情を変えることなく見つめる。


『ノーク殿』

「ああ、分かってるよ。あの白猿しろざるについては、任せる」

『承知』


 ノームの返事に、ノークは双剣姿のホーリーロードを握り直す。


「一つ、良いこと教えてやる」

「良いこと……?」

「キ?」

「お前たちは、俺たちが相手だったことを、後で感謝することになる」

『但し、我らを全滅させた場合、待っているのは後悔と絶望だがな』


 ノークの言葉に、ノームがそう付け加える。


「感謝に、後悔と絶望? それは確定なのかしら?」

『全ては、そちら次第だな』


 確認してくるレオナに、ノームはそう返す。


「……そう」

「レオナ様?」


 しばらく黙考したレオナが小さく呟くと、ライフは怪訝な顔をする。


「退くわよ、ライフ」

「キ!? どうしてですか!? 我らの勝利まで、あとわずかだというのに!」

「良いから、行くわよ」


 どのような判断をしたのか、退くと告げたレオナに納得できないと告げるライフだが、彼女は聞く耳を持たない。


「こっちは、そう簡単に逃がすつもりはないんだが?」

「ええ、分かってますわ。ですから、そのための悪足掻わるあがきをさせてもらうわ」


 レオナが持っていた剣を振り上げる。

 彼女をよく見ていれば、分かったはずだ。「退く」と味方であるはずのライフにも言っていたのに、剣は鞘に収めないし、魔力は放出したままなのだから。


「――クソっ!」


 ノームの襟を引っ張り、ノークは距離を取る。


『……ノーク殿』

「お前が今、言いたいことは後でまとめて聞くから、今は目の前の奴に集中してくれないか。それと――」


 ノークが最後まで言うことは出来なかった。彼に向かって、レオナが無言で魔法を放ったからだ。


『ノーク殿!』

「っ、」

「ふふっ、残念。せっかく距離を取ってたのに、当たっちゃったわね」


 珍しく悲鳴じみた声を上げるノームに、ノークは何とか立ち上がるが、対するレオナは楽しそうである。


がらにもないことをするなよ、ノーム。歴代の奴らだって、そういう時・・・・・があっただろ」

『っ、れは……』


 だが、ノームの戸惑いの意味が分からないノークでもない。

 あんな殺傷能力の高い魔法を受けたのだ。空間魔導師で無かったら、今こうして立つことすら出来てなかっただろう。


(イアンたちを、この部屋から出しといて良かった。同じ建物内に居たとしても、直撃は避けられるはずだ。問題は、この後のことだが――)


 そこから先は考えないことにした。

 それに、キソライアン友人たちからの説教など、後でいくらでも受けるつもりでいる。


「それに、あいつらに大怪我して目が覚めなかったら、キソラを呼ぶって言われてんだ。『心配させたくない』っていう兄としてのプライドもあるが、いくら何でも、さすがにそんな姿は見せられないだろ」

『そう、ですね……』


 ノームも、自分たちが傷ついたときのキソラの反応を知っているからか、なるべく見せないようにはしていたのに、隠されていたと知ったときの彼女の反応は泣きそうな表情であり、その場に居合わせた一部の男性陣と女性陣全員からの責めるような視線が怖かったのを、彼は今でも覚えている。


「だから、ケガは最低限に、勝利をもぎ取って、さっさと目的達成と行くぞ。ノーム」

『はい――我が主殿』


 ぶわり、と二人の魔力が膨れ上がる。


「『迷宮管理者兼空間魔導師、ノーク・エターナルの名において命じる』――」

「キキッ、どうします? レオナ様」


 詠唱を続けるノークを余所に、ライフはレオナに意見を求める。


「そうね。待っていても、魔法が発動されたら面倒だし、りましょうか?」


 その判断を待っていたかのように、ライフはレオナの前に飛び出すと、その姿を大猿へと変化させる。


『どうやら、それが本来の姿のようだな』


 それでも、ノームにしてみれば中級精霊なのだが。

 そんな大猿となったライフの魔法とレオナの放った魔法が重なり合い、ノークたちに向かっていくが、ノームは冷静だった。


『だが――と、遅かったの』

「――空間魔法、“マジカル・フォース・ブレイク”」


 二人に向かっていた魔法が、時間が止まったかのように、その場で止まる。

 今、ノークが使ったのは、発現し与える効果と威力が違うだけで、簡単に言ってしまえば、先程使っていた“マジック・ブレイカー”の空間魔法版である。

 破壊系の空間魔法とはいえ、他の空間魔導師たちも使えなくはないが、『破壊』と『再生』の空間魔導師であるノーク程ではない。

 さて、動きを止めたレオナたちの魔法だが、いつまでもそのままなはずもなく――


「っ、“マジカル・フォース・ブレイク”の効果は、どこまで届くかね」


 空間魔法を使った反動で、それなりのダメージを受けるノークだが、その影響で血を吐いても、レオナたちを見据える。

 二つの魔法が干渉し合ったことで、建物自体が重力を受けているかのように、空気が震える。

 もちろん、他の空間魔導師たちが気付かないはずもなく――


「この振動……ノークの奴か?」


 オーキンスが窓の外へと目を向ける。


「リリ?」

「不用意に空間魔法をます奴じゃないけど、発動しないといけない何かがあったんでしょ。とはいえ、理由は何であれ、あいつの魔法が魔法だからね。周辺に防壁を張ってくるよ」


 すっと立ち上がったリリゼールの言葉に、オーキンスも一緒に行くと言わんばかりに立ち上がる。


「オーキンス?」

「もし仮に暴走してたら、リリだけじゃ無理だろ」

「まあねぇ」


 確かに暴走してたら、リリゼールだけではどうにも出来ない。


「よし、じゃあ行くか」


 タイミングが良いのか悪いのか、少し遅めの夕飯を食べ終わったばかりである。


「食事後すぐの運動は、あまり良くないって聞いたんだけど……まあ、いっか」


 とにもかくにも、部屋を飛び出していく『攻撃』と『防御』コンビである。


「……あの野郎、制御を俺に押し付けるつもりか」

「はいはい、文句言ってないで、さっさと行くよー☆ ノークに何かあったら、キャラベルちゃんたち以外に助けられないんだから☆」


 珍しい、リックスとキャラベルのペアも、ノークの気を感じ取っていた。


「お前、何か知らないのか」

「キャラベルちゃんにも、知ってることと知らないことがありまーす☆」

「今回の件は?」

「半々だね」


 時間などをショートカットするために、屋根を飛び越えて、目的地に向かう。


「けどまぁ。今回は、ちょぉーっと厄介なことになるんじゃないかなぁ」

「そうか。とりあえず、急ぐぞ」


 そのまま、二人は闇の中を駆けていく。


「……」

「……」

「……ん」

「どうだ?」


 別名『空撃の魔導師』と『海撃の魔導師』こと、エルシェフォードとアクアライトの二人は、宿としている部屋の中に居た。

 窓を開け、風から情報を集めていたエルシェフォードは、アクアライトの方を振り向く。


「リリたちとリックス、キャラベルが今、向かってるみたい」

「ん? キソラはどうした。ノークのピンチには大体、飛び出していくだろ」

「まだ、向かってないみたい」

「珍しいこともあるもんだな」

「そうだね」


 アクアライトの言葉に、エルシェフォードも同意する。


「僕たちはどうする?」

「行かなくていいんじゃない? 能力的にも、私たちが行ったとしても何も出来ないし」


 確かに、エルシェフォードたちの能力は、誰かを制止目的だったり、助けたりするのには、あまり向かない。


「それに、能力とかも含め、一番必要なのは――」


 エルシェフォードが外に目を向ける。


「キソラ?」


 ガチャンと何かが割れる音がしたから、アークが振り向いてみれば、何かに驚いたかのような、有り得ないと言いたげに、どこか呆然とした様子のキソラが、そこに居た。


「大丈夫か? 怪我してないか?」


 確認してみるが、返事はない。


「……あ、ああ、大丈夫……」


 数秒遅れで呼ばれたことに気づいたキソラに、アークは眉間に皺を作る。


「残りはやっておくから、見てきたらどうだ?」

「え?」

「何を感じ取ったのかは知らないが、気になってるんだろ?」

「あー……」


 アークの言葉に、キソラは目を逸らす。


「さっさと、行ってくれば済むことだろうが。戸惑う必要がどこにあるんだ?」

「けど……」

『キソラちゃん!』


 口を開いて何か言おうとしたキソラだが、それはいきなり飛び込んできた人物により遮られる。


『気づいていたことを知りながら、言わなくても大丈夫だと思って、黙ってたのは謝るからっ。だからっ、ノーク君を助けて!』

「……シルフィ」

『空間魔法を使った影響で、治癒魔法を含め、どの魔法も効果が無いの!』


 ぼろぼろと泣き出してしまったシルフィードに、キソラの目が泳ぐ。


『このままだと、ノーク君だけじゃない。同じ建物内に居るノームやイアン君たちまで巻き込みかねない』

「っ、」

『キソラちゃんが、ノーク君にバレないように、こっそり動いていたことも知ってる。それをノーク君に知られたくないことも』


 けどね、とシルフィードは笑みを浮かべる。


『――たった一人の肉親なんでしょ?』

「だぁーっ、もう!」


 がしがしと、キソラは頭を掻く。


「そこかれると弱いんだよなぁ。こうなったら、さっさと現在の状況を教えなさい。シルフィード」

『うん!』


 どうやら、いつもの調子に戻ったらしいキソラの言葉に、シルフィードは指で涙を拭うと、大きく頷く。

 そして、彼女から事情を聞いたキソラも、部屋から出て向かうのだが――





 現在進行形で、ノークの発動した空間魔法の影響により、建物ごとの空間が震え続けていた。


「ノークの奴。ここが意外と広いこと、忘れてねぇか?」

「忘れてないにしても、空間魔法使わないと勝てないと判断したんだろ」


 ぱらぱらと落ちてくる埃や木片を見て、先に脱出するように言われていたイアンとレオンは、出来る限りの無事だった者や負傷者たちに外に出るように誘導しながら、そう話す。


「そろそろ俺たちも出ないと危なさそうだが……」

「もし、潰れたら潰れたときだろ」


 言いながら、ほぼ同時に駆け出している辺り、考えていることは一緒らしい。


「分かってるよ。あーあ、死ぬときは好きな子に看取みとられながら死にたかったのになぁ」

「あの子は、お前が死ぬのは許さないと思うぞ」

「ちょっ、何でレオンがそれ言うかなぁ!? しかも、誰なのかを特定しているような言い方は止めて!?」


 理想を口にするイアンだが、レオンからの言葉に、思わず噛みついてしまう。

 けど、それが分かっているから、死のうにも死ねないし、もし仮に、ノークやレオンが望んだとしても、イアンには彼らを死なせることは出来ない。

 そして、それはノークやレオンも同じだ。


「……」

『ノーク殿』

「分かってる」


 レオナとライフの放った、途中で合わさった魔法がノークの空間魔法により、押し止められている状態だが、その限界ももう少しで来ようとしていた。

 もちろん、限界が来てしまえば、ノークたちもレオナたちも、無事では済まない。


(ったく、あいつ程でないにしても、相変わらず、空間魔法とは治癒力との勝負だな)


 空間魔法の代償により負傷した部分が自動的に治っては行くが、空間魔法の方も現在進行形で展開中なので、結局魔力の無駄になるのだが。

 でも、ノークにしてみれば、包帯ぐるぐる巻きの状態でキソラと会うことは避けたかった。

 しかも、空間魔法の影響で気付いたのか、建物の周辺からは、リリゼールが来て防壁を張ったのか、その気はかすかにノークにも感じ取れていた。


 ――良かった。これで、周辺も巻き込まずに済む。


「ノーム。お前も退避しろ」

『なっ……!』

「俺の能力、知ってるだろ。このままだと、迷宮の方にも帰れなくもなるぞ」

『っ、だが!』


 仮にも守護者であるノームが、迷宮の方に帰れなくなるのも問題だが、主であるノークを見捨てることも、彼には出来なかった。

 だが、そんなことはノークにも分かっていた。


管理者あるじ命令だ。戻るか、建物の外に行け。ノーム」

『っ、分かった。だが、無理はするなよ』


 ノームが姿を消したのを確認すると、ノークは息を吐く。

 それと同時に、空間魔法使用後からノークの目に宿っていた藤色の光が揺れる。


「――“散れ”」


 それが最終命令かのように、レオナたちの魔法は、その場で爆散した。


「っ、」

「キャァァァァアアアア!!」

「レオナ様ぁぁぁぁ!!」


 もちろん、ノーク、レオナ、ライフにも被害は行った。

 ノークは最終命令を下す前に、空間魔導師であることを示す藤色のローブを羽織ったが、ダメージは減らし切れず、吹き飛ばされて壁に激突する。

 レオナも、ライフが精一杯手を伸ばすものの、彼女に届くことはなく、ノークと同じように吹き飛ばされて壁に激突する。


「……うぅ、ライ、フ……」

「レオナ様!」


 大猿のまま、レオナを抱くライフだが、その毛並みは彼女の流す血によって赤く染まるが、彼にとってはどうでも良かった。


「話しては駄目です」

「けど……」


 そんな二人を見ながら、ノークは近寄るが、そのことに気付いたライフが睨みつける。


「っ、これ以上、何をするつもりだ」

「言っただろ。お前たちを逃がすつもりはないと。もちろん――死に逃げも許すつもりはない」


 傷だらけのレオナを治癒の光が包む。


「うちの妹なら、その傷を全て治せたかもしれんが、俺にはこれが限界だ」

「情けのつもりか」

「まさか。お前たちがこの場にいた理由も含め、通り魔の件など、こっちはいろいろと聞きたいことが山積みだからな。団所の方まで一緒に来て貰うぞ」

「誰が行くか!」


 レオナやライフにしてみれば、敵地にも等しい場所だ。やっぱり、そう簡単に了承するわけもないか、とノークは予想していたので、どうするべきかと考え始める。


「その女を助けたいのなら、一緒に団所に来た方が、確実に助かるぞ?」


 団所ならキソラも来るだろうから、一時的だが、医療班のレベルは一気に上がるし、レオナも死なずに済む。

 まあ、彼女たちのデメリットとしては、回復した後に騎士団に捕らえられることだが。


「貴様らには、メリットしか無いじゃないか」

「否定はしない。だが、そっちにも、その女が治るっていうメリットがあるだろ?」


 ライフは舌打ちしたかった。

 確かにレオナは助けたいが――


「っ、誰が貴様らの世話になんか、なるものか」

「そうかよ。それじゃ、こっちは職務を全うさせて貰う」


 そもそも、ノークは偶然見かけた不審者を見つけるために、この街に来ていたのに、情報を掴んでこの場所に来てみれば、実際に居たのはレオナたち。


「キキッ。こっちこそ、レオナ様に大怪我を負わせておきながら、貴様だけ無事とは済まさないぞ」


 そっとレオナを壁に寄り掛からせ、ライフはノークと対峙するのだが、それは唐突に終わることになった。


「はい、ここでストップ」

「いくら、あの子でも、下敷きになったりすれば、そこの彼女は助けられなくなっちゃうからね」

「誰だ!」

「……何故、二人が居るんです?」


 いきなり現れた男女に問い詰めるライフだが、二人の正体を知るノークは、この場にいる理由を問う。

 だが、その問いが間違っていることに、二人がにっこりと笑みを浮かべたことでさとる。


「君が、空間魔法を、使ったからでしょ?」

「しかも、この建物の崩壊を、誰が、止めてるか、分かってるか?」


 わざと言葉を区切りながら告げる二人――キャラベルとリックスに、ノークは目を逸らす。

 普通なら、すでに壊れている建物が、未だに倒れずに済んでいるのは、リックスの能力のお陰である。建物の崩壊を防ぐ程度なら、空間魔法を使う必要もなかったのだが。


「それで、そっちの大猿君はどうするのかな?」


 キャラベルはライフに目を向ける。

 キャラベルたちがノークの仲間であり、援軍だと判断したらしいライフは、レオナをかかえ、距離を取る。


「ありゃりゃ。やっぱ警戒されちゃったか」


 そう言いながらも、キャラベルはちらりとリックスに目を向け、リックスも同じように目を向けることで了解の意を示す。


「使う魔法が大幅に限定されるのはあれだけど、使えないよりはマシだよね」


 特に何かしたような様子もないのに、動物姿だからか、ライフは警戒してしまう。


「でも、君がその子を抱えてくれて良かったよ」


 にっこりと笑みを浮かべたキャラベルに対し、レオナを抱えていたライフに大きな鎖が巻き付く。


「なっ……!」

「キャラベルさん?」


 いろんな意味で驚愕するライフに、ノークはキャラベルに目を向ける。


「あの子もこっちへ向かってる。でも、バレてるとはいえ、見つかりたくないんでしょ? だったら、さっさと終わらせるに限るでしょ」

「……」

「しかも、あんたたち二人揃って、瀕死の相手見ると放っておけないとか、油断しすぎ。もし、演技だったら、最悪のパターンになっていたかもしれないんだから」

「だから、早く捕まえてくれないか? 俺、上限ギリギリなんだけど」


 リックスが、目線はライフたちに向けながら言う。


「あ、はい」


 戸惑いながら、ライフたちを捕まえようとするノークだったが、一歩だけライフの行動の方が早かった。


「調子に乗るのもいい加減にしろよ、人間ども!」

「――ッツ!?」


 ぶわりとライフから、気が広がる。


「この程度で捕まる我ではないわ!」

「これは……」

たちの悪い……!」


 鎖を引きちぎらんとするライフに対し、ぽつりと呟くキャラベルに、リックスが強度と長さを追加する。


「邪魔だ、人間!」

「がっ!」


 鎖を放っていたのがリックスだと分かったからか、ライフが体当たりを食らわせる。

 その反動で、ライフに巻き付いていた鎖の拘束が緩む。


「鎖が!」


 このまま外に出せば、確実に被害は出るし、大騒ぎにもなる。


「チッ」


 舌打ちしながらも、ノークはホーリーロードを銃の姿へと変えると、ライフの足下を狙い、発砲する。


「くっ」


 弾が当たったのか、ライフの動きが止まる。


(今度こそ――)


 もう、これ以上は長引かせられない。


「お前が彼女を想うなら、もう終わりにしよう。お前のためにも、彼女のためにも」

「っ、」


 ノークの言葉に、ライフの顔が歪む。


「何も知らない癖に……分かったような口を!」

「ああ、確かに分からないし、分かりたくもない。けどな――どんな理由があれど、人が人を殺しても良いことにはならないし、人が精霊を、精霊が人を殺しても良いことにはならないだろ。こっちも『精霊殺し』にはなりたくねーしな」


 ノークの言葉と同時に、ライフは微動だにしない。


「……ふん。だが、もう遅い」

「何を言って――」


 本来なら、続くはずの言葉は続かなかった。


「ノーク!」

「ふふっ、残念だったわね」

「なん、で、いつ、から……」


 悲鳴じみた声を上げるキャラベルを余所に、レオナは微笑み、ノークは短剣で刺された部分を必死に押さえる。

 それにしても、レオナは回復しきっていない上に、ライフと一緒に居たはずだ。

 それなのに――


「甘い、甘すぎるわよ。騎士様。敵に情けなんて掛けるから、こういう目に遭うのよ」

「っ、」


 抜剣して、切っ先を向けるレオナに、ノークは銃身を彼女に向ける。


「悪いが、こっちには情けを掛けたつもりは無いし、死に逃げされても困るから、事情聴取のついでに団所で延命処置してやろうかと思っていただけだ」

「アハハっ! それで、このザマ?」

『ボクたちの主を馬鹿にしてるところ悪いけど――』


 高笑いするレオナを遮るように、バキバキと音を立て、薄緑色の髪の少女がとん、と軽い音を立てて降り立つ。


『そっちこそ、いきなりやってきて他者の領域を侵すのは、どういう了見?』

「……シルフィード?」


 彼女らしからぬ冷たい光を眼に宿すシルフィードに、ノークが戸惑いながら、声を掛ける。


『あ、ノー君。まだ無事そうだね』

「あ、ああ……」

『あと、ごめんね。キソラちゃん、ちょっとだけ準備中で、まだ来れないんだ』


 だから、ここからはボクが加勢するよ――ノークの方に歩きながら、シルフィードがそう告げる。


「やれやれ。我も妙な言い掛かりを付けられたものだな」

『あと、さっきのは我が主からの君たちに対する伝言であって、ボクの本意じゃないから。それと、うちの主をブチギレさせるのだけは、止めてくれないかな。あんまり犯罪は起こされたくないからさ』

「けど、その主が居ないのなら、何の意味も無いわね」

『準備中だって、さっき言ったじゃん。ちゃんと後で来てくれるから、安心してればいいよ』


 レオナの言葉に、シルフィードは何が面白いのか、笑みを浮かべて返すと、


『だから、それまでは何とか意識っててね。ノーク君』


 ノークだけに聞こえるように、そう付け加えた。


 ――彼らの夜は、まだまだ終わらない。

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