第八十二話:彼女の知らない裏側でⅠ(学院方面へ)
さて、王都(というより学院方面寄りの位置にある場所)にまで、わざわざオーキンスら空間魔導師たちを呼び出した張本人であるノークは、何故か存在している、世界観を壊しそうな座敷席を出て一人、帰り道を歩いていた。
というのも、他のメンバーは、というと、オーキンスはまだ飲むつもりらしく、それに付き合おうとしたエルシェフォードをリリゼールとアクアライトが必死に彼女の手に酒が行かないように、店員も巻き込んで止めていた。
そんな様子を見つつ、キソラへの説得を条件に、リックスとキャラベルが事後処理のために残り、ノークは一人、解放されたというわけである。
(当分は出禁扱いだなぁ)
店主や店員に言われたわけではないが、彼らを集めたのは自分である。
迷惑を掛けた分、当分の間は近づかない方がいいのかもしれない。
「……ん?」
ふと、何かに気づく。
街灯のおかげで真っ暗というわけではないが、それでも暗い部分は存在し、ノークが気づいた『何か』は、その暗い部分で起こっていた。
「っ、」
どうやら、暗闇の中にいた者――いや、物か?――も、見ているノークに気づいたらしく、その身を翻すと、そのまま去ろうとする。
「――っ、待てっ!」
勇者とか正義のヒーローとかになるつもりはないが、これでも騎士である。怪しい人物を見逃すわけにはいかない。
数分前まで明るい場所に居たからか、夜目が働きにくいらしく、舌打ちしながら追い掛ける。
別に“視覚強化”を使ってもいいのだが、いきなり光を向けられると、通常時よりもダメージを受けやすくなり、目自体を駄目にする恐れもあった。
(つーか、あんな暗いところで何してたんだ?)
街灯が近くにあるからって、普通は街灯の下で何かをするものだ。
だが、ノークが実際に見たのは、暗闇の中で何かをしていた二人の人物。
(このままだと、少し面倒だな)
後のことを考えると、やはり“視覚強化”は出来ないが、
それに、ノークにとって、この場所は庭みたいなものだから、少しばかり暗くとも、行動できないわけじゃない。
尤も、夜目が利き始めてきた今、相手を追うのに苦労しなくなっているわけだが。
(こうなったら……あそこへ追い詰めてみるか)
脳内で周辺の地図を広げつつ、ノークは思案もしながら追い掛けるのだが――
「……って、あれ?」
角を曲がった瞬間だった。上手いこと追い込んでいたはずなのに、相手の姿はノークの目の前から消えていた。
念のため、気を引き締めたまま、気配を探ったりするのだが、どこにも気配は無く、駄目押しとばかりに空間魔法を使ってみるが、それでもやはり、捉えることは出来なかった。
これがキソラだったなら、とも思わなくもないが、空間魔法でも捉えられなかったのだから、いくら彼女の気配察知でも難しかったのかもしれない。
とりあえず、追っていた人物と会っていたであろう人物を捜すために、ノークはそのまま来た道を引き返す。
ノークが隣を通り過ぎたことで、あの場からすでに逃げているかもしれないが、何もしないよりはマシだった。
「何も起きなきゃ良いんだがな」
そんなノークの言葉を
☆★☆
「だぁぁっ! もう! やっぱさっき捕まえておくんだった!!」
後悔先に立たず。
ノークが叫びながら、城内の廊下を走っていく。
というのも、最悪なことに「何も起きなければ良い」と言った後に起きたのだから、文句の一つや二つ、出てしまうのも仕方がない。
「気持ちは分かるが……顔が暗くて分からなくても追ったんだろ?」
「それで逃がしてこんなザマだ。捕まえていたら、防げたかもしれないのに」
ノークの隣を走っていたイアンも気持ちは分かっていたが、何て言うべきか迷っているのか、微妙な表情をしながら走りつづける。
「だったら、そいつを捕まえて、解決するしかないだろ」
イアン同様、ノークの隣を走っていたレオンが言う。
「……そう、だな」
確かに、彼の言う通りである。
話しながらだったのだが、ようやく厩舎に着いたので、そのまま馬の用意を始める。
「しかも、犯人は学院方面に逃走ときた。なんで、逆方向に行かなかったのかね。王都に次いで防衛力が高い方に向かうとか、どうかしてる」
「逆に言えば、防衛力が高いから、街の外から攻撃されたとしても大丈夫だと考えたんじゃないか? それに、あそこには冒険者ギルドもあるから、冒険者だと言えば、見分けが付かなくなるしな」
確かに、ギルド所属の冒険者だと言ってしまえば、誤魔化せるかもしれないが、何らかの騒ぎを起こすのが目的なら、あそこ程不向きな場所はない。
「まあな。けど、キソラやギルド長だけじゃない。今は空間魔導師たちが居るから、犯罪者たちには悪いが、なるべくなら敵に回らないようにしてもらいたいものだよ」
「お。それは空間魔導師としての見解か?」
「結局、全ては相手次第なんだよ。空間魔法を使わなくて済むなら、その方がいい――良いに決まってる」
大きな力には、副作用や代償が存在しており、そして、それは――空間魔法を使う空間魔導師たちも例外ではない。
ノークたちより年上であるオーキンスたちも、目に見えてないだけで、何らかの副作用とかが出ていないわけでもないのだ。まあ、キソラたちよりも前の――同じ能力を持つ先代の中には、その副作用などが目に見えて分かった者も居たらしいが。
だから、空間魔導師たちは、空間魔法をあくまで保険としており、切り札にもしているのだ。
口だけではなく、きちんと手も動かしていたためか、用意が完了すると、三人は馬に乗って出発する。
三人がこれから向かうのは学院方面であり、常駐する自警団や騎士団員たちに協力要請するためである。
「キソラちゃんに連絡しなくていいのか?」
「いいよ。あいつも今の時期は忙しいしな」
「あー、そうか。夏休み明けると行事ラッシュだもんな」
学院に通ったことがある者なら分かる、自分たちも経験したことに、イアンだけではなく、レオンも遠い目をしている。
「それもあるが、そう何度も力を借りてたまるか」
「確かにな。あの子の力さえあれば、俺たち騎士が居る意味は無くなるわけだし」
「そもそも、こっちにはノークが居るのに、あの子の手まで借りるのは過剰戦力になる」
レオンの言う通り、エターナル兄妹の空間魔導師としての能力は、空間魔導師の中では強力と言っても過言ではない。
「まぁなぁ。けど、ギルド長の力を借りたとしても、過剰戦力には変わらないんじゃないか?」
「言うな」
言わなくとも分かっていることを言われ、思わず即答レベルで返してしまう。
そもそも、他種族の者たちから人外扱いされるような人なのである。イアンの言い分も否定は出来ない。
「で、だ。向こうに着いて、いきなり拒否られたら、どうするんだ?」
どちらかと言えば、ずっと居た街であり、顔見知りが多いので、会って早々ということはないのだろうが、全員が全員、あの街の出身者なはずもなく。
「それも問題だが、プライド高い奴や位の低い奴を見下す奴と会った場合も問題だろ。俺とレオンは爵位が無くとも平民たちに近い下級貴族だが、お前は空間魔導師とはいえ、貴族でもないだろ」
「それについて否定はしないが、もしそんなことになったら、空間魔導師として口を出すし、最終手段で王弟殿下の名前を出すから問題ない」
「……そういや、お前って、王族の威を借りられるんだよな」
「その言い方は止めろ。それに、王族の力も必要ないんだがな」
空間魔導師は王族と同等の権力有るし、とあっさり言うノークに、そうだったよなー、と棒読み状態でイアンは返す。
「言い出した俺が言っていい台詞ではないが、イラッとするよな。犯罪者かもしれない奴を逃がしたとか、騎士団にとってはミスのようなものだが、それこそプライド高い奴らに「これだから平民は」的なこと言われてみろ。キレる自信あるぞ、俺」
イアンにしてみれば、「平民だから」と貶されるということは、友人であるノークを貶されているという事と一緒なのだ。
そして、友人が貶されて冷静でいられるほど、出来る人間になった覚えもない。
「まあ、城で責められなかったのが奇跡だよな。普通なら怒られるところなのに」
「つーか、誰が犯罪者になるかなんて、分かるわけないのに、職質だけでもしようとしたノークは間違ってないだろ」
「それ、団長にも言われた」
向かう前の、団長――ウィルフォードとのやり取りを思い出す。
『お前は間違ったことはしてないだろ。だったら、堂々としておけ。……お前の妹ほど堂々としろとは言わんが』
『……ははっ』
言われたその時のノークは苦笑いしたが、確かにキソラは、無駄に堂々としながら挑発することもあった。
『それでも気になるって言うのなら、ちゃんと奴を捕まえてこい』
そこまで思い出して、ノークは意識を友人二人へと向ける。
「団長も分かってんだよ。お前は悪くないって」
にかっと笑みを見せてくるイアンに肩を竦めつつ、時折休憩を取りながら、三人は目的地を目指す。
――被害が大きくなる、その前に。
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