第八十一話:空間魔導師たちの会合


 時間は少し巻き戻り、キソラたち三人が学院方面に帰った後。

 とある場所に、彼らは集まっていた。


「はぁぁぁぁ~、お前ら兄妹はぁぁぁぁ」


 盛大な溜め息を吐いたのは、空間魔導師が一人、リックス・オルガーである。


「あははっ、すっごい溜め息だねっ☆」

「だが、気持ちが分からない訳じゃない」

「まあね。けどさぁ、やっぱり向こうも、あの子の性格を分かってるよね。どうすれば引き受けさせられるのか、分かってるんだもん」


 けらけらと笑うキャラベルに、アクアライトとわずらわしい、と言いたげなリリゼールが返す。


「つか、ノーク。俺たちよりも、お前の方が反対するかと思ったんだが」

「ああ……本人に『行かずに後悔するより、行って後悔する方が良い』って言われたら、行かせてやるしかないと思っちゃったんですよ」


 酒を口にしながらのオーキンスの言葉に、ノークはグラスの中身(ウーロン茶的なもの)を揺らしながら返す。


「まあ、あの子。一度こうと決めたら、意外と頑固だからねぇ」


 うしし、と言いたげな笑みを浮かべながら、オーキンス同様、酒を口にしていたエルシェフォードが言う。


「だけど、本当に誰を行かせる気なんだろうね。あの国王陛下は」

「キソラが行く気になってるとなると……やっぱり、王弟殿下辺り?」

「あと、第二王子のカーマイン殿下ですね。アイゼン殿下を除くと、基本的にカーム殿下と接していることの方が多いですし」


 そう話し合いながら、うーんと唸る。


「ねぇ、ノーク。話の方向は変わるけど、キソラって好きな子とか居ないの?」


 何を思っての問いなのか、エルシェフォードの質問に、ノークは固まった。噴き出さないだけマシだが。


「どう、なんでしょう?」

「どうなんでしょう、じゃなくて。私が言えるようなことじゃないけど、私たち以上に勘違いも何も無いんでしょ?」


 それを聞いて、ノーク以外の男性陣は「ああ……」と遠い目をする。

 自覚しているのか、いないのか。この兄妹は互いに気を使いすぎている部分もあるためか、キソラには男の、ノークには女の影が友人や仲間ならともかく、恋愛面ではほとんど無い。


「ボクとオーキンスでも勘違いされたぐらいなのに、何で二人が無いわけ?」

「っ、げほっ、ごほっ」

「え、されたの?」

「オーキンス。お前、ロリコンのレッテル貼られたりしてないよな?」


 リリゼールの言葉にオーキンスがせ、キャラベルとリックスがぎょっとしながら、確認する。


「貼られては無いよ。それに勘違いされたのは、この姿の時じゃないし」

「そっか」

「けど、本当に良かったね。良くて兄妹、最悪、誘拐犯とかにされてたんじゃない?」


 リリゼールのフォローらしきものに面々が安堵するが、アクアライトの言葉に固まる。


「あー……オーキンス。まだ二十代なのに、それ以上に見えるもんね」

「兄妹っていうより、親子?」


 好き放題言う面々に、ずっと黙っていたオーキンスの様子に気づいたノークは、そっと目を逸らす。

 本人が地味に気にしていることを、冗談とはいえ、いじりすぎてはいけない。


「よし、お前ら。表へ出ろ。一回、俺への認識を確かめる必要がある」


 威圧感たっぷりで、オーキンスが告げる。


「あ……」

「悪い……」

「ごめん、言い過ぎた……」


 今更反省しても、もう遅い。


「……けどまあ、私とアクアよりはマシでしょぉ。初めて行く場所ごとに「恋人なの?」って言われるよりはさぁ」

「あの……エル? こっちは、もう付き合ってるのかと思ってたんだけど」


 エルシェフォードの呟きを聞いたキャラベルが、彼女に聞き返す。


「違うよぉ。私たちが一緒にいるのはぁ……」

「おい、エル。話す前に一旦グラスから手を離せ」


 口調も変わりつつあったためか、エルシェフォードが酔っていることに気づいたアクアライトがグラスから手を離すように促すのだが、彼女がグラスを離す様子はない。


「こうなったら、お茶とかを近づけて、酒類だけ遠ざけましょう」

「そうだね」


 そう言いながら、隣同士に座っていたエルシェフォード・アクアライト組から一番遠いキャラベルとリックスの方へと、手際良く酒類が全て移される。


「それで、最初の案件になるんですが……キソラに一任しても良いですよね?」

「駄目だろ」

「駄目だよ」

「それは駄目だって」

「ダメでしょ」

「あの子に一任したら、問題だけ持って帰ってくるんじゃない?」

「……みんなと同意見」


 ノークの問いに、オーキンス、リリゼール、リックス、キャラベル、アクアライト、エルシェフォードの順で答える。

 ただ、エルシェフォードに関しては、机に突っ伏しそうになっているが。


「挑発しておいて放置は、あいつの専売特許だぞ。まあ、今回の件に当てはめるなら、事後処理するのは国王になるわけだが」

「問題は、それ以外にもあるよな。――帝国の対応と反応。そこが一番の問題だ」


 もし、キソラの性格などの隙を付いてきて、彼女を得ようとすれば、世界の勢力図は変化することになる。


「つか、そもそも何について話し合うつもりなんだ? 謝罪は有り得なさそうだし」

「キャラベル?」

「さあね。さすがのキャラベルちゃんも、他人の心情や考えまでは捉えられませーん」


 情報収集を得意とするキャラベルに聞いてみても、分からないと返される。


「盗聴は?」

「再潜入する目処も無かったので、全部回収・処分済みでーす☆」


 そこまで聞いて、溜め息を吐く。


「打つ手無し、か」

「だな」


 キャラベルにしてみれば、他に方法が無いわけじゃないが、それを使うまでが面倒くさい。前回は運が良かっただけである。


「けどまあ、キソラちゃんが仕掛けてくれるってなら話は別。自動消滅させれば、こっちのことはバレないだろうし、仮にバレたとしても、まず空間魔導師に喧嘩売るような馬鹿はいないでしょ」

「キソラが侵入できればいいが、向こうに行けば、いやでも王族と顔合わせすることになるだろう。そうすると、同じ場に居合わせた連中に顔を覚えられて、侵入するのも難しくならないか?」

「むーー……」

「それに、だ」


 ここから先の意見は、見事に一致した。


「あいつに隠密は向いていない」

「あの子に隠密は向いていない」


 エルシェフォード以外の五人の声が見事に重なり、その後に笑い声が響く。


「あははっ。まあ、完全に、ってわけじゃ無いんだけどねー☆」

「あー、笑った。何でか知らんが、目立つんだよな。『夜』みたいな見た目なのに、いつの間にか前に立ってるっていうーの?」


 その意見に、「『夜』かぁ」とリリゼールが返す。


「確かにねぇ。けど今の、詩人っぽかったよ。才能あるんじゃない?」

「止めてくれ。それに、この程度で才能あるなら、今頃は詩人が街に溢れてるよ」


 それは確かに、と同意しながら頷く。


「で、えっと? あの子のことを纏めると……空間魔導師であり、迷宮管理者でもある。ずば抜けた気配察知能力に、後方支援の中でも治癒と援護射撃を得意とし、精霊たちの力も借りられる……うげっ、改めて上げてみると、これだけでも十分じゃない?」

「しかも、隠密より斥候せっこう、前衛も可能……笑えねぇ」

「天はあの子に二物も三物も与えたってこと?」

「もし仮に、その代償が『二人の死』だったっていうのなら、俺はりません。そんな能力」


 キソラだって望んで手に入れたわけではない。

 そんなこと、ノークも理解していた。


「ノーク……」

「けど、そのほとんどはあの子の努力によるもの。ボクたちがやらなかったことを、あの子がやっただけ」

「……そうだな」


 からん、とグラスの中の氷が揺れる。


「……仕掛ける云々の話に戻るけどさ。キソラにシルフィードとか四聖精霊の誰かを付けさせれば、問題ないんじゃない? 四聖の能力なら不法侵入しまくりでしょ?」


 アルコールを抜くためか、水を口にしていたエルシェフォードが頭を押さえながら言う。


「後者はともかく、前者については少し考える必要があるな」

「もういっそのこと、私たちの誰かが付いてく? キャラベルが裏で行動すれば、早いんじゃない?」

「だから、キャラベルが行こうが他の誰かが行こうが、それだとこっちにも後処理が必要になるって、言ってるでしょ」


 紛糾しそうな気がして、面々は溜め息を吐く。


「一応、言っておくと、師団長たちに顔がバレていないっていうより相手してないのは、エルとアクアと私の三人だねー☆」

「ボクとオーキンスは、堂々と戦ってたしね」

「俺も、キソラを助けて以降は相手していたからな」


 キャラベルに言われ、リリゼールとリックスの国内交戦組が返す。


「ちなみに、他の師団長たちは、四聖精霊たちに相手されて、迎撃されてましたとさ☆」

「うわぁ……」

「しかも、全員出撃で、四聖内最大火力であるイフリートの相手は、現代の『剣姫』って呼ばれているアイシャ・クレイソード」

「一応、聞くけど……他のは?」

「ノームは『黒雷』ことニール・ライオット。ウンディーネはキール・ディアンリード。兄の方だね。シルフィードは特に相手してなかったみたい」


 何というか、敵ではあるが、可哀想としか言えない。イフリートと当たったアイシャは特に。


「キャラベルからの情報を当てはめるに、俺とリリが相手したのは、エドワードとアレクロードのペアなんだろうな」

「で、主にユリウスの相手をしたのはノークでしょ?」

「ん? ってことは、キソラが当たったのって……」

「『戦闘狂』もどき・・・、アルヴィス・ブラストレイド。違う?」


 確認を取るキャラベルに、リックスは首を振る。


「多分、間違ってないと思うぞ。仲間から『アル』って呼ばれてるのを聞いたし。あと、付け加えるなら、俺も『黒雷』の相手はしてたからな。顔は知られてる」

「うーん……こうなると、やっぱり、キャラベルかエルかアクア辺りが妥当なのかなぁ」


 リックスからの情報に、リリゼールが唸る。


「いっそのこと、顔バレしてる方が行くっていう手もあるけど?」

「それはそれでやっぱりマズいでしょ。向かう予定の殿下たちの胃が行き来する前どころか、行く前にアウトだよ」


 挑発するだけしておいて放置のキソラに、意図せずに師団長たちと顔見知りとなった空間魔導師。

 問題が起きないのならいいが、互いに顔見知りだと、確実に問題は起きる。


「俺は行けません。仮にもこの国の軍に所属してますし、確実に問題ごとが増えます」

「だよね。まあ、キソラが行く以上、空間魔導師側こっちとしても、あんたを行かせるつもりもないよ」


 だから、候補者はノーク以外の空間魔導師――オーキンスたちである。


「というか、今気づいたんだけど、みんな誰かが行く前提で話してるけど、もし行くなら、国王たちに報告も兼ねて謁見しないといけなくならない?」

「……あっ!」


 はっ、とした表情でアクアライトを見る面々。


「うわぁ。新たな問題が……」

「それって、やらないと……駄目だよなぁ」

「……と、途中で出会でくわした振りをする、っていうのは? それなら事後報告になるけど、謁見しなくて良くない?」

「それだと、帰りはどうなる。途中離脱を含めたとして、行きは避けられても、帰りは避けられんぞ」

「それに、殿下たちから報告が行けば、ギルドやノーク経由で呼び出されて、それこそ回避不可能だろうし」


 どう考えても、回避できない。

 あーでもないこーでもないと話し合う大人組に、その様子を見ながら、ノークは思う。


 本当に、面倒と謁見が嫌なんだな、と。


「……謁見に関しては、キソラに任せれば良いじゃないですか。おそらく、一番慣れているのは、あいつでしょうし」

「途中で挑発に移行したら、意味ないじゃない」

「そんなことばかり気にしてるから、キリがなくなってくるんじゃないですか!」

「そりゃそうだけど……」


 ノークの言葉に、目を逸らす。


「……ったく、じゃあ俺が行ってくるよ」

「リックス?」

「バランスを考えれば、前衛一人抜けたところで問題ないだろ? それに、やっぱり敵陣にあいつだけ放り込むわけにも行かない。なら、前衛も出来る俺が行った方がマシだろ?」


 そもそも、それぞれが何の目的でこの国にいるのか。それを忘れたとは言わせない。


「それで良いんですか? リックスさん」

「構わねぇよ。その代わり、きちんと連れて帰ってくるからさ」


 ノークの確認に、信じろとばかりにリックスは頷く。


「分かった。じゃあ、後でいくつか道具を渡すから」

「キャラベル!?」

ただし、注意して。向こうには、私の幻影が効かなかった奴がいるから」


 キャラベルの情報収集のパターンはいくつか存在するのだが、その内の一つが、自身の姿を消して収集するというものである。

 以前、情報収集のために帝国に居たとき、消していて見えていないはずなのに、少年なのか青年なのかよく分からない彼には見えていたのか、キャラベルは追いかけられたことがあった。


「お前の姿が見えていたって事は、そういう眼の持ち主か、それなりの実力者って事か」

「多分ね」


 キャラベル自身、忘れていた部分もあったが、完全に忘れるほど、記憶力が低下した覚えはない。


「分かった。一応、気を付けておく。後は、キソラに同行を頷かせる方法だが……」

「あの子、絶対に頷かないだろうし、逆に理由聞いてきそうだから、その口実も考えないと」


 そこまで言って、まだまだ尽きない悩みと問題と面倒事に、頭を使うことになる空間魔導師たちであった。

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