【季節ネタ】ハロウィンネタ⑦兄と妹と収穫祭(ハロウィン)(その二)


「ああ、そうだ。忘れるところだった。兄さん、Trick or Treat」

「お前が作った菓子だろうが。それと、言動が一致してないぞ」


 合言葉を口にしながら、キソラは配らせる用とは別の、ノーク用を手渡す。

 確かに、彼の指摘通り、言動は一致していないが、キソラが渡したかったのだから、仕方がない。


「いいの。私が個人的に渡したかったものだから」


 他のやつと一緒にするんじゃねーぞ、と雰囲気でも言われてしまえば、今貰った分は他の場所にしまうしかない。


「それじゃ……」


 キソラの反応に苦笑いしながら、ノークは服の内側に付いていた胸ポケットにしまう。

 妹が他とは別に作り、持ってきたということは、何らかの付与がされているということだろう。そして、おそらくそれは、先程イアンやレオンたちに渡していたものも同じなはず。


「今回の付与は?」

「今回の付与は『状態異常封じ』。効果は寝るまで」

「そうか」


 ノークの知る限り、イアンたちに説明してる素振りは無かったとは思うが、彼らのことである。以前もそうだったことから、きっと何か付与されてることには気づいていることだろう。

 効果範囲も今まで通りである。


「それじゃ、今のうちに食べとくか」

「惚れ薬の効果も打ち消すから、是非活用してくださいな」

「……そういうこと、言うんじゃねぇよ」


 不安を煽るような言い方をするキソラに、ノークは顔を引きつらせることしか出来ない。


「だって、私は兄さんに幸せになってもらいたいからね。未来の義姉あねとなるかもしれない人たちには、そんな方法に頼ってほしくもないし」

「そもそも、俺がそんなやつを選ばないという可能性は……」

「惚れ薬は文字通り、惚れ・・薬なんだよ? 見境なく不特定多数の誰かに惚れるに決まってるじゃん」


 何という、信頼の無さ。


「だから、ちゃんと自分の気持ちで選んでよ。兄さん」


 そう言って、先を歩くキソラに、何となくその背中が寂しそうに見えたノークは小さく笑みを浮かべる。


「大丈夫。まだそういうやつには会ってないからな」

「うわー、不安を煽るような言い方。独身を貫くのだけは止めてよね? 私、お義姉ねえちゃん欲しいから」


 暗にどころではなく、ノークに容赦なく釘を指してくるキソラ。


「まあ、良いやつが現れてくれれば、な」


 ノークとしても、キソラが楽しみにしている以上は、期待を裏切りたくはないが、肝心の相手がいない。

 しかも、ノークの相手ともなれば、飛び越えるべきハードルも、越えなければならない壁も、きっと高いことだろう。


(いるのか? そんなやつ)


 キソラの方は、あんまり心配はしていない。

 空間魔導師であることを抜きにしても、彼女を好きな者たちはたくさん居るのだから。

 だが、自分はどうであろうか?

 学生時代はキソラと同じように、空間魔導師抜きでも好いてくれていた女子たちは居たはずだが、今となっては話は別である。女子たちと知り合うきっかけなど、格段に減ったと言える。

 一人、同性よりも異性の知り合いが多い奴を知ってはいるが、ノークとしては頼りたくない。


(それに、良いと思えるやつを一人でも見つけておかないと、見合いさせられかねん)


 特にアイゼン辺りから話が出かねない。


「はぁ……」

「そこまで、思い詰めなくてもいいと思うけど」


 溜め息が聞こえたのだろう、キソラが苦笑する。

 身内の色眼鏡もあるのだろうが、ノークも十分じゅうぶん格好いい部類に入るのでは、とキソラは思っている。

 そして、空間魔導師であることを抜きにしても、この兄には好かれる要因があるのだとも。


(だから、兄さんの行動一つで変わるとは思うけど……やっぱり、壁もハードルも高いんだよなぁ)


 キソラとて、兄妹や空間魔導師とかでなければ、きっと友人やクラスメート止まりで、その付き合いを止めていたはずだ。


「はぁ……」

「はぁ……」


 兄妹仲良く、溜め息を吐く。

 そんなキソラの鼻に、甘い匂いが届く。

 そして、その匂いの正体に目を向ければ、瞬時に輝く。


「兄さん兄さん兄さん」

「何度も呼ばなくてもいい。あとバシバシ叩くな。痛い」


 ノークが不満を漏らすが、キソラの視線は一ヶ所に固定され、気づいた様子はない。


「お前、一体――って、ああ……」


 彼女の視線を追えば、ノークは理解した。


「……入るか?」

「いいの!?」


 勢いよく振り返られるも、思ってた以上に「行こう! 今すぐ行こう!」という視線が強かった。

 とりあえず、目的の店に向かうことにしたのである。


   ☆★☆   


「満足満足~」

「嬉しそうで何よりだよ」


 若干、持ち合わせと値段に不安はあったノークではあるが、キソラが「私も出す」とばかりに少しばかり出したために、金銭面では助かったものの、矜持プライドからすると大丈夫の一言も言えなかった自分に、肩を落とすしかない。


「私はさぁ、兄さんに男の甲斐性とかを見せられるより、一緒に何か出来る方が嬉しいんだよ。それが一緒にお金を出すことだとしても」

「……」

「今じゃないと出来ないことが出来るって、良いと思わない? 兄さんだって、いつか結婚とかしちゃうだろうしさ」


 数歩先を歩いて、くるりと振り返ってそう告げるキソラに、ノークは一瞬だけ驚いた表情を見せた後、笑みを浮かべる。


「バーカ、俺が結婚するにしたって、お前が学院を卒業してからだわ」

「あー、言ったなー? お相手の一人もいないくせに、言ったなー?」


 ノークの言葉に、キソラは笑って返す――が、ノークはノークでにんまり・・・・と笑みを浮かべ、キソラはキソラで顔を引きつらせる。

 そして、次の瞬間、キソラは駆け出した。


「あ、おいこら。待ちやがれ!」

「いーやーでーすー」


 人混みの中、よく走れるなとは思うが、逆に人混みの中だからこそ捕まえられることの方が減るというもので――……


「ぜーぜー」

「はーはー」


 十分じゅっぷん近く走り回っていたが、何せ人混みの中である。体力の消耗が先に来てしまったし、何より命が懸かっているわけでもない。

 なので、追いかけっこも強制終了である。


「あー、久しぶりに何も気にせず走ったなぁ」

「確かに、騎士団でもこんな走り方はしない……」


 あはは、と笑うキソラに対し、ノークは息を整え終わりながらも、呆れた表情をする。

 訓練のおかげで体力はまだあるから良かったものの、もし文官などの内勤だったりしたらと思うと、ちょっとばかり落ち込んでいたのかもしれない。


「……」

「わっ」


 そこで何を思ったのか、ノークが無言でキソラの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でててやれば、彼女は彼女で変な声を出す。


「お前はそのままでいいよ」

「は?」


 唐突なノークの言葉に、キソラは怪訝な顔をするが、彼は特に何か付け加えるようなことを言おうともしない。


「たとえ『変わりたい』と思っても、無理して変わろうとしなくていい。お前の良いところが消えてもらっても困るからな」

「……?」


 微笑みながら言うノークに、キソラは不思議そうな顔をしながら彼を見上げる。

 けれど、もしこの兄が表情に出さないながらも、内心不安がっていると言うのなら――


「私は変わらないよ」


 キソラは安心できる言葉を告げるのみだ。


「小さい時ならまだ知らず、私の在り方は私が決めるものだけど、兄さんが居なくなったり、幸せになれないような時は……まあ、少しは変わるだろうけど」


 ただでさえ、二人きりの兄妹なのだ。

 だからこそ、それが無くなるとなれば、少し変わってしまうのは仕方がないのだろう。


「だから、兄さんには幸せになってもらわないと困るのですよ」

「なんだそりゃ」


 人差し指を立てて告げるキソラに、口調や仕種など色々突っ込みたいことも含めて、ノークはそう返す。


「でも、そうだな。俺の立場でも同じだから、お前も幸せにならなきゃ怒るぞ?」


 そんなノークに、キソラは微笑む。


「そうだねぇ」


 そして、そのまま歩き出すこと数分。


「暗くなってきたねぇ」

「そうだな。そろそろ帰るか?」

「んー、送ってくれるの?」

「ああ」


 別にキソラを一人で返したところで大丈夫だとは思うが、暗くはなり始めているし、こんな日だとたとえ何かあったとしても、相手が誰なのか特定するのは難しいことだろう。

 なので、用心しておくことに越したことはないのだ。


「じゃあ、ギリギリまで兄さんと一緒に居られる訳だ」

「まあ……そうなるか」


 確かにそう言われれば、そうなのだろう。


「でも、夕飯はそれでいいのか? 買い出しなら、ついでだから付き合うぞ」

「今日は大丈夫かなぁ。この前買い溜めもしたし、今買っていたところで余りそうだし」

「そうか」


 アークも居るとはいえ、買い過ぎても管理できなければ、結局は無駄になってしまう。

 ノークとしても、キソラが必要ないと言うのであれば、これ以上何か言うつもりは無いので、そのまま黙って歩いていく。


「……あら?」

「ん?」

「ん?」


 一つは顔見知りを見つけたような声を。

 一つは声を掛けられて、そちらを振り向きざまに。

 一つは、何事かとでも言いたげな声を。


 ――意図は違えど、それぞれが声を発した。


「わぁ、そっくりさんかと思ったけど、本人だったねぇ。久しぶり、エターナル君」

「もしかして……フェルナールか?」

だなぁ。そのフェルナールですよ」


 仮装しているとはいえ、見た目だけではなく、声や呼び方から声の主が誰なのかを理解したノークが声を上げる。

 キソラとしては見覚えがない女性だったので、黙って見守るしかない。


「いやー。でも、まさかこうして会うとは思わなかったよ」

「俺もだ。けど、いつ振りだ? 卒業式の後は……一回会ったはずだから、それ以降か」

「うん、それは合ってるけど、去年も実は会ってるからね?」


 どうやら共通の話題があるのか、二人が盛り上がっているのを見て、「ふーん……」とキソラは内心で相手の女性に目を向ける。


(兄さんの同級生か)


 卒業式云々言っていたのを聞く限り、その認識で間違いないはずだ。


「それで、そっちの子は……」

「ああ、妹だ」

「あ、やっぱり?」


 ノークの紹介に、フェルナールと呼ばれた女性がそう返すが、それを聞いたキソラは「ん?」と反応を示す。


「やっぱり、というのは?」

「貴女のお兄さんたちがよく話していたからね」


 その言葉に、キソラはノークにジト目を向ける。


「何を話していたのか、非常に気になるところですが……兄がお世話になっております。妹のキソラ・エターナルと申します」

「これはご丁寧に。私はユリシラ・フェルナールと言います。お兄さんとは同級生でした」


 二人して名乗り、頭を下げ合う。

 ユリシラの言葉に、やっぱりと思うと同時に、今のところは厄介そうな女性じゃないな、とキソラは思う。

 時折、兄妹と言っても信じないやからがいたり、初対面でキソラを邪魔者扱いする者も居るので、キソラが警戒するのは無理もないのだが、ユリシラが演技をしていない限り、とりあえず邪険にしてくる様子も無いので、キソラとしても初対面の印象は及第点である。


「あの、ユリシラさん」

「何かな?」

「初対面で申し訳ないのですが、連絡先を交換させてもらえないでしょうか」


 キソラの言葉に、ユリシラは数回まばたきをする。


「えっと……」


 意図が分からないために、ノークに視線で尋ねるユリシラに、彼は妹を見た後に「ああ」と納得する。


「キソラに気に入られたみたいで良かったな」

「……うん?」

「自慢みたいになるから、あんまりこういう言い方は好きじゃないんだか、俺に言い寄ってくる奴らがキソラを邪魔者扱いするのが多くてな。それも大体こいつと一緒に行動しているときだし、狙っているのかいないのか、引き剥がそうとするもんだから、キソラが自分から連絡先の交換を言い出すってことは、少なくともそいつらよりは良いやつだと判断したんだろうよ」


 少なくとも、キソラの人を見る目が悪いとは、ノークも思っていない。

 だからこそ、ユリシラに自分から連絡先の交換を申し入れたキソラを見て、『彼女はそこまで心配するタイプではない』と彼女が判断したことを理解したのだ。

 もしこれで、逆に警戒して交換を申し入れたのだとすれば――


(多分、俺の結婚は難しいだろうなぁ)


 何より、願うのは互いの幸せである。

 それ故に、今のキソラの反応が後者であった場合、そう思えてしまう。

 とりあえず、目の前で連絡先を交換するキソラユリシラ同級生に、ノークはどうしたものかと言いたげに息を吐く。


「あ、ユリシラさん。誰かと一緒だったりしますか?」

「うん? 一人だけど、それがどうかした?」

「それじゃ――」


 先程、帰る話をしていたのだ。

 そこからどうなるかなど、言わなくても分かることだろう。

 ユリシラを巻き込んでの、帰宅(の提案)である。


「フェルナールまで巻き込むなよ」

「じゃあ、ユリシラさんを一人で帰せと? だったら、私を学院に送るよりも、そっちを優先にするべきでしょ」

「あのな、そういう問題じゃ……」

「私は一人でも大丈夫。でも、ユリシラさんは違うでしょ? 何か遭ったら、兄さん責任持てんの?」


 エターナル兄妹の喧嘩勃発。


「ぶはっ、仕事終わりに少し様子見に来てみれば、何か面白いことになってるし!」


 しかも、そこにイアンたちまで来るのだから、状況はどんどん混沌カオスと化していく。

 人を指差して大笑いするイアンの手を、ノークが折る前にとばかりに、レオンがそっと下げる――ものの、笑うのだけは止まらない。


「イアン君、もうそこまでにした方が……」


 だが、ユリシラの制止も間に合わず、ノークのアイアンクローがイアンに決まる。


「イアン、ウゼェ……」

「……ハイ、スミマセン……」


 どうやら、ノークの怒りは伝わったのか、片言で謝罪するイアンに、「どうしてこいつはりないんだ」と目を向ける関係者たち。


「つか、ノーク。どうすれば良いのかなんて、お前が一番よく分かってるだろ」

「……」

「無言は肯定と受けとるぞ」


 レオンの言葉に、イアンを解放したノークはそっと目を逸らす。

 彼に指摘されるまでもなく、どうすれば良いのかなんて、分かっている。

 門限が決まっているキソラを送っていってから、ユリシラを送っていけばいい。

 けど今は、イアンたちも居る。つまり、二手に別れることも出来るのだが、何故かキソラがそれだけは認めないとでも言いたげな視線を送ってくるのだから、ノークとしては悩むしかないわけで。


「どうしても誰かに送ってもらうって言うのなら、私はイアン君たちで良いかな」

「え、フェルナール。その言い方だと、俺傷つく……」


 何かグサッと来たと告げるイアンに、誰も特に返すことなくその場は続く。


「じゃあ、私がイアンさんたちに送ってもらうから、兄さんはユリシラさんを送っていきなよ」

「え? 俺モテ期?」


 先程に続き、まるで空気を読まないような発言に、誰も何も返さない。

 けれど、一人だけポツリと呟く。


「言い方変えれば、俺の押しつけ合いだよな」


 どこか落ち込んだ様子のノークに、レオンは「また面倒くさい状況になったな」と内心思う。


「よし、もう全員で行動しよう! それなら面倒な言い合いしなくて良いしな」

「まあ、それが妥当だろ」


 イアンの案にレオンが乗っかったことで、結局その流れとなっていく。

 そして――


「キソラ。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて死ぬと言うが、恋愛関係にも至ってない二人に対して、下手に手出しすると、引っ付かなくなる可能性もあるんだから、今は慌てず騒がず気づかせるかその気にさせないと無理だ」

「な、なるほど……!」

「おいこら、レオン。うちの妹に何教えてんだ!」


 こそこそと話し合うキソラとレオンに、ノークが噛みついたのは言うまでもないし、


「……あいつ、キソラが恋人の紹介でもしたら、倒れるんじゃないのか?」

「あはは……」


 今のノークの反応に、そうなりそうな気が無くもないような気がしたキソラであった。

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