【季節ネタ】ハロウィンネタ⑥兄と妹と収穫祭(ハロウィン)(その一)


「Trick or Treat!」


 友人たちにも言われた、というのもあるが、それを合言葉に大人たちからお菓子を貰おうとしていた子供たちの声に、キソラは微笑ましそうな笑みを向ける。

 学院を出て数分。

 イフリートとノームに材料を取りに行かせて作った、ノークたち用のお菓子を手に、キソラは城へと向かっていた。

 ただ、さすがに兄相手に空間魔導師装束は面白味に欠けるので、キソラは久々に箪笥たんすやし――もとい、亜空間の肥やしになりかけていた、黒いマントとオレンジと緑の飾りが付いた三角帽子を取り出し、かぶる。


「うん、大丈夫」


 服屋のショーウィンドウのガラスを鏡代わりに、三角帽子の角度などを軽く調節して、再び城に向かって歩き出す。

 ちなみに、ギルドに寄る予定は無かったりする。もし仮に寄ったとすれば、せっかくノークたちへのサポート用と差し入れ用が一瞬にして無くなるのが、簡単に予想できるからだ。

 なので、今のキソラにギルドへ寄り道するつもりもなければ、予定すら無かった。


 いつもより人が多く、道も混雑はしているが、通れないほどではないし、普段よりも五分遅れて城に着けたぐらいである。


「それじゃ、場所を確認して……よし」


 変に気合いを入れる必要はないのだが、一応、合言葉となっている言葉がすぐに言えるように、噛まないようにと少しだけ意識しつつ、キソラは目的地へと向かう。

 そして――


「あ、兄さん。Trick or Tre――」


 こちらへ向かってくる兄に、片手を上げて本日限定の合言葉を口にしようとするのだが、当の兄――ノークはキソラの横を猛スピードで通り抜けていく。

 しかも、その表情は「逃げないと死ぬ」を体現しているかのように厳しげなもの……だったはずだ。

 そんな彼の後を、何人かの女性たちと子供たち、守護者たちが追い掛けていった。


「うわぁ、あれはもういたずらレベルじゃないわぁ……」


 もうドン引きのレベルである。

 あれはいたずらではない。最早いじめかと思えるレベルである。


「助けるべきか、見捨てるべきか」


 はっきり言って、巻き込まれたくはないのだが、このままだとせっかく持ってきたお菓子たちが駄目になってしまう。


「問題はやっぱり、あの追っ手な訳だけど……」


 本日の主役とも言える子供たちはともかく、女性陣はどうするべきか。

 そして、もう一つの問題の方も対策を考えなくてはならない。


「それに守護者連中あいつら、私に気づいてなかったみたいだしねぇ」


 全員が全員、ノーク管理下の守護者なら仕方がないで済ませるつもりだったのに、何でここにお菓子を持った管理者あるじが居るのに、無視したのだろうか。ノークのことが滅茶苦茶めちゃくちゃ好きというわけでも無かっただろうに。


「私の分を受け取れなかったから、兄さんの方に流れたパターンなのかなぁ」


 お菓子が欲しければ、直接来ればいいのに、何でノークの方に行ったのかが、キソラには分からない。

 セクハラで無ければ、多少のいたずらも仕方がないとは思いつつも受け入れるというのに。


「とりあえず、気付かなかった言い訳は後で聞くとして、まずは兄さんを助けますかね」


 かなり大量に作って持ってきたとはいえ、すぐに無くなりそうな気もするが、本当にこれだけで足りるのかどうか疑問に思えてくる。

 とりあえず、キソラはノークたちが向かっていった方に歩き出すのだった。


   ☆★☆  


 何でこんなことになっているのか、ノークは誰かに教えてほしい心境だった。

 いや、何故と問われれば、だって行事イベントだから、と返ってきそうだが、それだけでは納得できないレベルである。


「うわぁぁぁぁっ!!」


 もうやだ、と内心泣きそうになりながら、一気に女性恐怖症になりそうだとも頭のどこかで思う。


「つか、おい守護者ども! 何でお前らまでこっちにいるんだよ! キソラの方に行けよ!」


 そして、当然のことながら、ノークもキソラの管理下の守護者たちが居ることには気づいていた。

 ただ、叫ぶようにして吐き出された疑問に、守護者たちが不思議そうに答える。


「え? だって、キソラちゃんにいたずらとか、殺されるレベルだし」


 誰に、とは言わないが、どうやら自分が妹よりも甘く見られているということを、ノークは理解した。

 ただし、そういうことは本人が聞いてないところで言うべきだった。


「――へぇ、そう思われてたんだ」


 低い声と、周辺の気温がガクッと下がったような気が、この場の誰もが感じていた。


「私はさ、多少のことなら仕方がないから受け入れるつもりだったし、お菓子もちゃんと用意していたんだよね。それなのに、何で兄さんの方に来てるのかな? 君たちは」

「痛い痛い痛い!」

「き、きききキソラちゃん、落ち着こう? ね?」

「私は落ち着いてるよ? というか、私が居たことに、誰一人気づいてないってどういうことかな? ねぇ、どういうことかな?」


 守護者の一人にアイアンクローを決めながら、残りの守護者たちに笑顔で聞いているために、なおさら怖い。


「ああ、兄さん。無事そうだね」

「お前が寸前で結界を張ってくれたからな」


 マジで疲れたと言いたげなノークに、キソラは守護者にアイアンクローしたまま、器用に肩を竦める。

 その様子を見ながら、ノークは「こいつ、こういうところがあるから、多分俺の方に流れてきたんだろうなぁ」と思う。

 というか、余計なことをしたり、言ったりしなければ、キソラにそういうことをされずに済むというのに、何で守護者たちが学ばないのかも疑問ではある。


「はい、お菓子。私の方が無くなったのなら、兄さんの方も無くなってるんじゃないかと思ってさ。持ってきたよ」

「悪い。そして、ありがとう。あいにく女性不信になるとこだった。やっぱり、持つべきものは妹だな」


 アイアンクローをしていた手を離し、キソラは持ってきた菓子類が入った亜空間バッグごと手渡す。

 その事に一安心とでも言いたげなノークがそう告げるが、呆れたようにキソラは言う。


「無くなったら無くなったで、ちゃんと連絡寄越よこしてよね? こういう行事のときは授業潰れること、兄さんもよく知ってるでしょ」

「そういや、そうだったな」


 ははは、と空笑いをするノークに、忘れてたのか、とキソラは指摘したいところではあったが、彼のことなので授業中だと思って連絡を控えたか、それとも単に連絡が取れる状況に無かったのか。


(まあ、後者だろうけど)


 先程の様子を見る限り、そっちの方が正解な様にも思える。


「つか、亜空間バッグごとって、どれだけ作ってきたんだよ」

「どれだけだろうねぇ。もし、余ったら、騎士団のみんなに分けてもいいよ」


 余らないだろうけど、と内心付け加えたキソラに対し、絶対に余らないだろうな、とノークは内心でそう思う。

 そもそも、キソラの守護者まで来ている時点で、ほとんど無くなると予想しておいた方が、まだいい。


「まあその前に、そこで待たされてるお姉様方に先に渡すことをおすすめするけどね」


 キソラの目が向けられた方には、不服そうな表情を隠そうとしない女性たちと、見慣れないのか結界を不思議そうにペタペタと触る子供たちが居る。


「そうだな」


 お菓子を渡せていないから追い掛け回された訳なので、一人ずつ渡していくために、ノークは亜空間バッグからお菓子を取り出していく。


「ちょっと遅れちゃったけど、お菓子ね」

「わーい!」

「でも……『いたずら』しちゃったよ?」


 素直に喜ぶ子も居れば、お菓子を受け取りながらも、いたずらした後に貰っていいのか悩んでいる子も居る。


「気にしなくていいよ。ただ、ちょっと用意してた分が足りなくて、このお姉ちゃんが今こうして届けてくれたからね。だから、貰ってくれると嬉しいかな」


 気にする子を安心させるようにそう言うノークを見ながら、キソラはキソラで呆れの眼差しを向けるが、「そうなの?」と言いたげな子供たちの視線に、兄の言い分が間違ってないことを示すために笑みを返す。


「もっと早く連絡くれれば、もう少し早く来られたんだけどね。まあ、受け取ってくれると、私としても有りがたいかな」

「じゃあ、貰う!」

「うん、ありがとうね」


 ふふ、と二人して微笑み合っていれば、少しだけ離れた場所から聞き慣れた声が聞こえてくる。


「あ、やっと追い付いた!」

「というか、どこまで逃げてるんだ。お前は……」

「イアン。レオンまで……」


 二人一緒かよ、とでも言いたげなノークに対し、キソラの存在に気づいたイアンが先に声を掛ける。


「あ、キソラちゃん。Trick or Treat!」

「どうも。はい、お菓子です」


 特に何事も無かったかのようにキソラはイアンにお菓子を差し出すのだが、それをイアンはどこか微妙そうな顔をしながら受けとる。


「あれ? 甘いものって、駄目でしたっけ? それなら……」

「いや、大丈夫だよ。それに、そう言う問題じゃないから」


 イアンの表情で勘違いしたのか、キソラが別のお菓子を取り出そうとしたので、慌てて止める。


「そうですか……?」

「キソラ。あんまり気にしてやるな。ただ単に合言葉を言って、を置くことなくすぐに菓子が出てきたから、いたずらのいの字も無いことに落胆してるだけだしな」


 レオンの解説に、ああ、とキソラは納得の意を示しながらも、レオンにもお菓子を渡す。


「そうだったんですね」

「……レオン、そういうのは解説されると恥ずかしいんだからな?」


 そんな二人のやり取りに、不服の意を示すイアン。


「そうか。だが、何を期待したところで、キソラにいたずらなんてしようものなら、本人が止める前にノークに殺されるぞ?」

「それは洒落になってないから、冗談でも止めてくれませんかね……」


 守護者たちはキソラが怖いから、いたずら関係はノークにすると言ってはいるが、イアンにしてみれば、ノークもノークで十分じゅうぶん怖い。


「何か、キソラにいたずらとか聞こえてきたんだが?」

「お前、本当にそう言うことに関しては耳聡いよな」


 お菓子を配り終えたのか、話す面々の方へとやってきたノークの反応に、レオンが呆れを含んだ眼差しを返す。


「妹が困ってるなら、助けてやりたいのが兄というものだろ」

「うちに妹はいないから何とも言えんが、まあ頼られたら力になってやりたいという気持ちは分からんでもない」


 レオンはそう、ノークの意見を否定しつつも、肯定する。


「だから、お前はキソラから助けを求められたときに動け。じゃなきゃ、騒動が余計に大きくなりかねないから」

「それ、俺じゃなくて、キソラが大半じゃね?」

「なら聞くが、学生時代を筆頭に、お前たちをよく知る連中を前にそんなこと言えるのか」


 そこで、ノークはそっと目を逸らす。

 大人たちに聞けば、「お前、何言ってんの?」「今のキソラといい勝負だろ」と返ってくるのは想像しやすい。

 そんな彼の反応に、ほら見ろ、と言わんばかりの目を友人たちは向ける。


「まあ、ノークのトラブルメーカー気質も収まってるし、キソラちゃんの方もそのうち収まるんじゃね?」

「お前ら、こいつのトラブルメーカーっぷり、舐めすぎじゃないか?」


 楽天的とも言えるイアンの言葉に、ノークはそう言わずにはいられない。いられないのだが――


「そうだね。私って、兄さん以上のトラブルメーカー気質っぽいから、この先も平穏な学校生活は期待しない方がいいのか……」

「え、何お前。平穏な学校生活を期待してたの? 今までの出来事やあいつらとのやり取りがあって、平穏な学校生活って言えてたのか?」


 遠い目をするキソラに、ノークが容赦なく告げる。


「ちょ、ノーク……」

「うわー、兄さん。酷いわー」


 キソラが落ち込むんじゃないかと、それは言い過ぎだと言おうとしたイアンだが、肝心のキソラに落ち込んだ様子はない。


「でも、兄さんに問題持ってくれば、問題ないか」

「やめろ」


 俺をストレスで殺す気か、とノークが訴えるが、おそらくキソラの今の言い分はちょっとした仕返しなのではないかと、イアンとレオンは思う。

 そして、二人で目配せして肩を竦めると、目の前の兄妹に告げる。


「ノーク」

「何だよ」

「お前、もう今日は帰れ」

「は?」


 何言ってんだと言いたげなノークに、友人たちは続ける。


「俺たちが団長に掛け合っておくから、今日はもうキソラちゃんと街を見に行くなりなんなりしろ」

「せっかくのお祭りだしな」


 どうやら、気を使われたらしい。


「こう言ってくれてるけど、どうするの?」


 キソラとしては、ノークの返答次第で、この後の行動が変わるため、彼の意見を聞いておかなければならない。


「そうだな。じゃあ、後日埋め合わせしますから、とも伝えておいてくれると助かる」

「了解」


 完全に出掛ける気配のノークに、キソラが不安そうな顔をする。


「本当に大丈夫? クビにはならない?」

「お前は俺を、何だと思ってるんだ」


 少しばかり話した方が良さそうだな、とノークはそんな雰囲気を纏うが、キソラの心配そうな表情は変わらない。

 つまり、冗談とかではなく、純粋に心配しているということだ。


「大丈夫だよ。お前は心配すんな」


 ノークはキソラの頭を撫でるが、それが気に入らなかったのか、その手をバシッとける。


「大丈夫ならいいよ」


 それじゃ行こうか、と少しだけ前に出て、キソラが告げれば、ノークも「ああ」と短く返して、歩き出す。

 来年はキソラが受験生ということもあって、一緒に過ごせるかどうかなんて分からないから。


「さて、そういうことなら楽しむか」


 兄妹一緒だから、きっとお菓子をねだられはするだろうが、まだまだたくさん在庫は残っているから、大丈夫だろう。


「それじゃ、そっちは任せた」

「ああ」

「任されました」


 街へと向かって、歩いていくエターナル兄妹を見送りつつ、イアンとレオンもそれじゃあ、と行動を開始するべく、歩き出す。


「あーあ、絶対に俺たちの負担が増えるじゃん」

「だったら、あんなこと言わなきゃ良かっただろ」


 レオンの正論に、一瞬唸るも、イアンは返す。


「だって、あいつ。ああでも言わないと、こういうとき休まないだろ。もし休めたとしても、キソラちゃんと休みがかぶるとか滅多に無いし」

「まあ、だからこそ俺たちに任せてくれて良かった。あそこで反対なんかされてたと思うとな」

「もし、反対してたら、無理にでも休ませるさ。キソラちゃんを口実にしてもな」


 いくら新人扱いから脱したとはいえ、在籍年数が長い先輩たちと比べると、やはり自分たちはまだまだひよっ子同然なのだ。

 だが、だからといって、無理をしていい理由にはならない。

 もし、ノークが倒れたりなんかすれば、真っ先に心配するのは、間違いなく妹であるキソラなのだから。


「俺だって、あいつに倒れられたら困るんだよ」


 友人故に、心配する。


「だからって、お前が倒れたら、元も子もないんだからな?」

「わーってるよ」


 自分たちで引き受けておきながら倒れるなど、そんな格好の悪いこと、出来るわけがない。


「とりあえず、まずは怒られる覚悟で事後報告だな」

「……そうだな」


 ある程度の実績を収めた先輩方ならともかく、入団二年目の自分たちは確実に怒られるだろう。それも、事後報告となれば尚更。

 そのことを思うと何だか気が重くなった二人ではあるが、これも友人のためといえば、友人のためである。


「あいつが戻ってきたら、話を聞かしてもらわないとな」

「だな」


 二人の意見は一致し、それじゃ、とばかりに、一つの扉の前に立つと、軽く深呼吸して、その扉をノックするのであった。

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