第四十二話:ギルド会議Ⅲ(会議再開)


「あ? 何で無理なんだよ! 何のための会議だよ!」

「何でうちのを、貴方たちのような野蛮な所に行かせなければならないのですか!」


 レグルスとノーブルが互いに噛みつき合う。

 議長をしていたキソラが抜けたことにより、少しばかりの休憩時間を挟んだギルド会議後半、誰のギルドから誰のギルドへ向かわせるかで話し合っていたのだが、レグルスとノーブルの二名が揉め出したのだ。


「大体、ドワーフの所に送らないと行けないということにも、納得できません!」

「何言ってんだ。そいつらの武器があるから、自分たちが狩りとか出来んだろうが! それに、戦えないわけじゃねえよな!?」


 レグルスの気迫に圧されながらも、ガルシアは「あ、ああ……」と頷く。

 そんな面々に、フィアーレはおろおろし、ラグナは暇そうに欠伸をする。


「あ、精霊長様。シルフィードたち四聖精霊、お借りしますね」

「ああ。俺んとこにいるよりは、嬢ちゃんとこにいた方がいいだろ」


 思い出したかのように言うキソラに、ライトニングは了承する。

 断れば、キソラよりも四聖精霊たちの方が怖い。


「さて、と」


 会議が会議として成り立っていないため、怒気を放ち掛けているやや隣を一瞥し、仮にも議長だからと、キソラは気持ちを切り替える。

 そして、軽く深呼吸し――


 バン!!


 と音を響かせ、机に叩きつけた拳をそっと離す。

 ぎょっとする面々に、キソラはにっこりと笑みを浮かべながら尋ねる。


「さて、今回は何故、皆さんが集まったのでしょうか」

「て、帝国との戦争が起きた際の対策、だよな?」


 無言でキソラから回答者に指名されたレグルスが、目を逸らしながら答える。


「その通りです。しかも、それぞれが得意としているものの多くは魔法で、魔導師ギルドも大半です。そのため、戦力を分散し、接近戦にも対応できる私たちやレグルスさんたちのギルドと協力する必要があります」

「とはいえ、獣人やドワーフの所に行かせるなんて言われれば、内部で暴動が起きます!」

「それを止めんのが、ギルド長やギルドマスターである俺たちの仕事だろうが!」

「そもそも、僕としても認められません!」

「接近戦になったら、魔法なんて意味ねーだろ! それぐらい妥協しろよ! 国と仲間、どっちが大事なんだよ!」


 ぎゃあぎゃあと再び騒ぎ始めたレグルスとノーブルに、キソラは溜め息を吐く。


「ああもう! 一々喧嘩しないでください。面倒くさい!」

「……キソラさん。実は、それが本音ですよね?」

「ギルド長は少し黙っててください」

「あ、はい」


 ギルド長が引いたのは、けしてキソラの気迫に圧されたわけではない。


「そんなに嫌なら、人間族に行かせればいいでしょ!? 魔導師ギルドなら精霊も妖精もいるんですから、そこは話し合って誰がどこに行くか決めてください!」


 そして、キソラはギルド長に目を向ける。


「ギルド長はレグルスさんとガルシアさんとで、誰がどの魔導師ギルドへ送るかを決めてください」

「あ、うん」

「フィアーレさんと精霊長様、ラグナさんには、ノーブルさんの我が儘を視野に入れて、誰がうちとレグルスさん、ガルシアさんのところへ向かわせるのか、話し合いをお願いします」

「は、はいっ!」

「分かった」

「りょーかい。つか、我が儘って……」


 キソラに指示され、ギルド長やギルドマスターの面々が、それぞれ返事をする。


「わ、我が儘って、なんですか!」

「我が儘は我が儘です。私だって、全部が全部に手が届くわけじゃないんですから。それに、こういうときぐらい協調性を見せてください。じゃないと、本当に孤立しかねませんよ?」


 キソラの正論にも聞こえる意見に、ぐっ、とノーブルは黙り込む。


「じゃあ、ちゃんと会議しましょうか。私、空いてるの今日だけなんで」


 戦争なんて、いつ起きるか分からないのだ。ただでさえ滅多に会えないのだから、この面々で集まれるのが今日だけだと思って話し合った方がいいに決まっている。

 それに、キソラは試験だって控えている学生なのだ。ギルドからのランクアップ試験などもあるかもしれないが、平日を学院で過ごすキソラからしてみれば、この場である程度決めてもらわなくては、作戦などを立てようにも内容次第ではギルド長やギルドマスターたち側で立てられた作戦などを阻害しかねない。

 キソラは窓の外に目を向ける。

 その視線の先には、自身が張った結界。


(どこまで通用するのかな)


 そもそも、リリゼールのような完全防御系の結界ではないし、帝国の魔導師相手にどこまで保つのか、さすがにキソラは知らない。

 空間魔導師だから、とは通用しない。


(一応、覚悟しておくか)


 使わないのなら問題はないが、もし使うのなら、守護者たちや四聖精霊たちに話しておく必要がある。


「なあ、嬢ちゃん」

「何ですか?」

「嬢ちゃんが本気出した時のこと、話さなくていいのか?」


 キソラが覚悟していたことの一つが、『本気を出すこと』である。

 下手に本気を出せば、周辺に危害を加えてしまう可能性がある。

 それを知っているからなのか、ライトニングは尋ねてきたのだ。


「あれは私に限った事ではないので、言う必要は無いと思っていたんですけど……」

「だが、そこのは・・・・嬢ちゃんを知らないみたいだからなぁ」

「会ってるんですけどねぇ」


 二人して、ノーブルに目を向ける。


「ですから、いつ会ったのか、と聞いているではないですか!」


 話さない貴女方が悪い、とノーブルは返す。


「面倒くさい人ですね。髪型や服装が変わっても、顔ぐらい覚えておいてくださいよ」


 仕方ない、と一度部屋を出て、数分後に再度入る。


「遅くなりました」

「あ……!」


 入ってきたキソラの姿を見たノーブルが声を上げる。

 一方で、ノーブルの反応を見た面々もやっと気づいたのか、と溜め息を吐く。


「一応、これが正装なので、着替えてきたんですが……」


 キソラの視線を受けて、ノーブルは気まずそうに目を逸らす。


「あの、キソラさん? 髪は……」

「ああ、実際に切ったわけではないので、心配しないでください」


 幻影で変化させただけです、とキソラが術を解けば、いつも見慣れた彼女の姿に、安堵するギルド長。


「にしても、やっぱり嬢ちゃんは母親譲りだよなぁ」

「そう、ですか?」

「私もお会いしたことありますが、確かに似てますよね」


 しみじみと言うライトニングに、フィアーレが同意する。


「間違えんなよ? そこにいるのは娘の方だからな?」

「何で私に言うんですか。分かってますし、間違えませんよ」


 ニヤリとしながら注意してくるレグルスに、ギルド長が冗談でも言うな、と返す。


「いつか、『娘さんを僕にください』って来たとき、面白そうだよねー」

「『お前に娘はやらん!』ってか?」


 何故か未来について話すラグナとレグルスを無視し、いつの間にかこの場に来たときの姿に戻っていたキソラに、ギルド長は苦笑いする。


「ギルド長だけではなく、学院長と王弟殿下も騒ぎそうなのが心配ですがね」

「そういや、他に二人もいたんだっけか」


 キソラたちエターナル兄妹を、ギルド長に学院長、王弟の三人がサポートしていることは、ノーブルを除く面々は覚えているし、知っていた。


「基本的には、どなたにお世話になられてるんですか?」

「基本的な衣食住はギルド長で、中等部までの金銭面は学院長と王弟殿下の折半ですね。高等部にいる今は兄さんからの仕送りと自費ですが」


 フィアーレの問いに、キソラはそう返す。


「まあ、空間魔導師というのが大きすぎて、陛下たちに物凄く気を使われましたが」

「まあ、空間魔導師なんてもんを、ぞんざい扱うわけにも行かないからね。後が怖いし」

「そう言うラグナさんも、微妙に雑ですよね?」

「でも、仰々ぎょうぎょうしく丁寧に接してこられても、困るでしょ?」


 確かに、キソラからしてみれば、崇拝するような接し方よりも、ラグナが言った通り、少しばかり雑な扱いをされた方が気は楽である。


「で、結局、誰が誰のギルドに向かわせるんだ?」


 逸れていたのを軌道修正するためのライトニングの問いに、面々は何とも言えない目をノーブルに向ける。


「よくよく考えれば、誰かさんが我が儘言わなければ、話はスムーズに進んでいるはずなんだよねぇ」


 面々の気持ちを代弁したかのように告げたラグナに、ノーブルは文句を言いたそうにするが、無言で面々の前に国内地図を展開したキソラに遮られ、言えなくなってしまう。


「とりあえず、各ギルドがある位置の確認からですね」

「何というか、改めて見ると、ラグナくんたち対魔族のギルドは仕方ないとしても、私たちは微妙に王都から遠いですからね」


 はぁ、とフィアーレが息を吐く。

 王都から一番遠いのはラグナ率いる魔導師兼対魔族ギルドであり、その次にノーブル、ライトニング、フィアーレのギルドが王都に対して近い場所に位置している。

 逆に、ギルド長とガルシアのギルドは王都に近く、レグルス率いる獣人ギルドはガルシアのギルドとほぼ同距離に位置している。


「把握していたとはいえ、エルフが北東大森林を拠点にしていたとはね」

「仮にも『森の民』だからでは? ま、守護者たちうちの仲間を勝手に狩られても困るんですが」

「え、何。まだ他にも何かされたの!?」


 何の前振りも無く、棘のある言い方をするキソラに、ギルド長が恐る恐る確認する。


「私の結界を勝手に解除してはダンジョン内を荒らしていくんですよ。どこの山賊や盗賊ですか。エルフならエルフらしくしていてくださいよ。あの辺の迷宮やダンジョンには私の管理下のものもあるんです。守護者たちから一斉に泣きつかれたら、いくら私でも身が持ちません」

「あ、うん……気持ちは分かったから」


 これでもかとぶつぶつ告げるキソラに、ギルド長は宥めにかかる。


「おかげで、結界系の熟練度だけが、ぐんぐん上昇していきます」


 今でも結界系魔法の熟練度が上がっていくのが、キソラは感じていた。

 確かに国全体を覆う結界を張るキソラからしてみれば、結界系魔法の熟練度上昇はありがたい。

 だが、何度も結界を破壊されては直すを繰り返してるため、魔力の回復・減少も繰り返されていた。


「さて、今のについて、何か言い分はあるか?」

「そんなことがあったというのは今知りましたが、さすがに個人的行動まで責任は持てません」

「そんなの分かってます。単にストレスが溜まってる八つ当たりしたかっただけです」


 ライトニングに促され、答えたノーブルに、淡々とそう返すキソラ。


「それにしても、だ。これだけ距離の差があるなら、ノーブルんとことラグナんとこは向かわせる必要、無いんじゃねぇか?」

「逆にこっちまで出向けって、言いたいですよねぇ」

「……キソラさん、あまりしつこいのも見苦しいですよ?」


 そう告げるギルド長に、「しつこいぐらい言っても、気にしない奴もいますから」とキソラは返す。


「今気づいたが、王都から遠いギルドのほとんどは、魔導師ギルドの所ばかりだな」

「あ、言われてみれば……」


 ガルシアに言われ、フィアーレが確かに、と頷く。


「上空からの襲撃の対処は私がするとして、やっぱり皆さんがどこまでその範囲を広げるかも決める必要があると思うんですが……」

「嬢ちゃんが上空を担当するのか?」

「相手の数次第ですが、仮に多ければ『天空迷宮』の天空騎士団を動かそうかと」


 それを聞いて、黙り込むライトニングと目を逸らすフィアーレ。


天空騎士団それって、キソラさんと『空撃の魔導師』至上主義な?」

「多分、それで間違ってないと思います。……まあ、総轄官であるシルフィードや管理者である私より、エルさん優先にしている辺り、彼らがどう思ってるのかは大体予想がつきますが。でもエルさんいないから、私に渋々従ってる空気も出してるくらいだし」


 どうやら珍しいパターンらしい、というのは面々にも通じた。

 なお、キソラの言うエルさんというのは、『空撃の魔導師』エルシェフォード・ウェンベルグのことである。


「でも、渋々なのは空気なんだろ? 本当に嫌なら反発されてるだろうし、それが無いって事は、認められてるって事じゃないのか?」

「そうならいいんですけど…………あ、精霊長様。上空討伐にも四聖、借りますので」


 レグルスの言葉に返しつつ、ふと思い出したかのように、ライトニングへ告げるキソラ。


「マイペースだなぁ、嬢ちゃんは」


 苦笑いするライトニングに、キソラは肩を竦める。


「まあ、空間魔法にも四聖から力を借りると言っても限界はありますし、皆さんにはやっぱり手を限界まで伸ばしてもらう必要があるかもしれません」

「結局はそこに戻るんですね……」


 フィアーレが、がっくりと肩を落とす。


「とりあえずさぁ、それぞれの派遣先だけでも決めようよ。他にも決めることは、山ほどあるんだし」

「だな」


 ラグナの言葉にレグルスが同意し、逸れに逸れまくった会議は三度目の再開を迎えたのだった。

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