第四十一話:ギルド会議Ⅱ(調査結果)


「相変わらず、そういうとこは、おっかねぇなぁ」

「貴女に言われると、冗談に聞こえません……」


 ライトニングとフィアーレに言われ、キソラは苦笑する。


「かなり本気なんですが?」

「分かってるよ。でも、国を壊すなよ?」

「それは帝国側に言ってください」


 冗談でも言い合うかのように話すキソラとライトニングに、ギルド長やギルドマスターたちは呆れたり、ぽかんとしていた。


「で、上層部はどのくらい把握してるんだ?」

「さあ? 少なくとも、私たちよりはやや情報が足りないぐらいじゃないんですか? うちのギルド長が紙数枚に有り得ない情報量を投下してたぐらいですから」


 レグルスの問いに、そう返すキソラだが、ギルド長やギルドマスターの面々は何とも言えない目をギルド長に向ける。


「吐け! 貴様、本当は人間じゃないんだろ!」

「失礼なことを言わないでください。私は人間です」


 レグルスの言葉に、ぎょっとしながらも、人聞きの悪い、とギルド長は返す。


「他種族とのハーフだと言っても、私たちは責めませんから、本当のことを仰ってくれませんか?」

「フィアーレ殿まで!?」


 慈愛に満ちた、穏やかな眼差しを向けるフィアーレに、何ですかその目は、と言いたげにギルド長が声を上げる。


「ん? みんな何を言っているんだ。こいつはすでに人間を辞めとるだろうが」

「ライトニング殿! 辞めてません! 私は人間を辞めてませんから!」


 ライトニングにまで言われ、微妙に涙目になり始めたギルド長に、苦笑いするキソラ。

 それに、ライトニングの場合は、完全に面白半分でからかっているのだろう。

 とはいえ、話が進まないので、キソラはギルド長を宥め始める。


「落ち着いてください。精霊長様はからかっているだけです。それも分からなくなりましたか?」

「キソラさん……!」

「そう言いながら、ちゃっかり紙を配っている嬢ちゃんに言われたくないんだが?」


 キソラへ嬉しそうな眼差しを向けるギルド長に対し、器用に手だけ動かしていた彼女を見て、ライトニングがそう突っ込む。


「抜け目ねぇなぁ」

「でも確かに、この量は……」

「諜報部隊も真っ青な情報ばかりだねぇ」


 感心するかのように告げるレグルスを余所に、紙を見てそう洩らすフィアーレとラグナの言葉に、え、とギルド長が固まる。


「あの、キソラさん?」

「何ですか?」

「いつの間に配ったの?」

「目の前で配っていたのに、気づかなかったんですか?」


 ギルド長は目を逸らすが、キソラは面々に告げる。


「まあ、その紙に書いてあることが、うちのギルド長が集めた情報です」

「これ、上層部は知ってるのか?」

「だから、分かりませんって」


 顔を顰めながら聞いてくるガルシアに、さっきも言ったじゃないですか、とキソラは返す。


「……ギーゼヴァルト?」


 目聡くフィアーレが見つけたらしい。


「ギーゼヴァルトって、帝国傘下に入ったっていう小国か?」

「まあ、しょうがないんじゃない? 普通に考えれば、小国が大国に勝てるわけないんだし」


 それを聞いていたキソラは、内心溜め息を吐いた。

 ジャスパーのことは言うべきだろうか、とも思うが、彼に関する情報はまだ少ないのだ。


(まだ、言わなくていいよね……?)


 そう思えば、小型通信機が小刻みに震えてることに気づく。

 相手の確認をしてみれば――……


「キソラさん? どうかしましたか?」

「あ、その、すみません。少し出てきます」


 目を見開いていたことが珍しかったのか、尋ねてきたギルド長にそう告げ、一度その場から離脱した。


   ☆★☆   


「はいはいはい、っと」


 掛けてきた相手はキャラベルであり、名前の下に表示されていた【通話】を押す。


「はい、キソラです」

『おっひさ~☆』


 浮かび上がる画面に現れた魔法少女の姿をした幼女(年上)に苦笑いしながらも、キソラは尋ねる。


「それで、何か分かりました?」

『うん、いくつかね。で、キソラちゃんからの頼まれごとだけどー……』


 珍しく歯切れの悪いキャラベルに、キソラは首を傾げる。

 まさか、珍しくミスでもしたのだろうか。


「何かありました?」

『いんや、全部じゃないけど、途中報告だけでも、と思ってね』

「そう、ですか?」


 『ほらほら、気にしないのー』と画面の向こう側で告げる彼女だが、キソラの心配そうな表情は戻らない。

 だが、キャラベルは気にせず、真面目な表情になると情報を口にする。


『確かに、キソラちゃんの言う通り、ギーゼヴァルトの王族が一人、数ヶ月前から不在だったみたい。帝国側はそんなに気にしてないみたいなんだけど、旧ギーゼヴァルト組はいつ処罰されるか心配で溜まらないみたい』

「……」

『不在している王族の名前はジャスパー・ネフライト・ギーゼヴァルト。多分、キソラちゃんが言ってた子が彼なんだよね?』


 確認するような口調で言うキャラベルだが、彼女がその名を告げた時点で、やっぱりそうなんだ、とキソラは思った。


(単なる血縁者だけなら良かったのに……!)


 当たってしまった自身の予感に、よりによって、とキソラは歯を食いしばる。


「他に、何かありますか?」

『いや、ここからは確認だけど、彼、そっちに亡命とかしてないよね? まあ、しててもしてなくても、私は口出しできないけど――帝国の奴らに狙われる覚悟はしておいた方がいいと思うよ』


 画面の向こう側に見える悲しそうな顔をする妹分に、キャラベルも悲しそうな顔をする。


(本当に偉いよ、キソラちゃん)


 自分で言っておいて何だが、仮にも友人が狙われるかもしれないと聞き、表情でとどめているキソラに、キャラベルはそう思ってしまう。


『ねぇ、キソラちゃん』

「……何でしょう?」

『一人で守ろうとしないで、ちゃんと私たちにも頼ってね。近くにはオーキンスたちがまだいるんでしょ?』

「……」

『君たち兄妹のダメなところは、他人に頼らず自分たちで片づけようとするところだよ。以前よりはマシになったとはいえ、もっと頼ってくれていいんだから』


 『それじゃ、もう少し情報集めてくるからね』と告げると、キャラベルは通信を切った。


「はぁ~~っ」


 キソラにしては長い溜め息を吐いた。


(本っ当、最悪な展開だ……)


 アキトにいつか話す的なことを言った手前、どう説明するべきか考える必要が出てきたのだ。

 ジャスパーを責めるわけではないが、本当にややこしい問題を持ってきてくれたものである。


「どうしようかなぁ……」

「あれ?」

「キソラさん?」


 うーんと唸っていれば、ラグナとフィアーレという、珍しい組み合わせが姿を見せる。


「どうしたんですか? 珍しい組み合わせですね」

「ん? 君が抜けたし、ちょうどいいから休憩時間にしようってなって」

「私はみなへの連絡です。長くなりそうなら連絡を入れるように、とうるさく言われましたので」


 もう子供じゃないのに、と呟くフィアーレに、そうなんですか、と苦笑いして、キソラは返す。


「それで、もういいの?」

「あ、はい」


 ラグナに確認され、頷けば、三人揃って戻ることになった。






「……で、私たちがいない間に何があったんですか」


 休憩時間に何かあったことは分かるのだが、この険悪な空気は何なのだろうか。

 ラグナもフィアーレも困ったような顔をしながら、面々を見ている。


「いえ、何もありませんよ?」

「ああ、嬢ちゃんは気にするな」


 ギルド長とライトニングの言葉で、少なくとも、自分に関することだというのをキソラは理解した。


「ねぇ、まさか誰か空間魔導師を参戦させるって、馬鹿げた案を出したなんて言わないよね?」

「いくらなんでも、それはっ……」


 やや苛立っているかのように尋ねるラグナに、さすがにそれは、とフィアーレも思いつつ、戸惑いながら面々に目を向ける。


「……私は出ろと言われても、出れませんから」


 とにかく、この空気を変えようと、キソラはそう告げる。


「だよな」

「ですよね」


 安堵したかのようなライトニングとギルド長に、わけが分からないと言いたそうな三人。

 空間魔法を使えば、見えなくもないのだが、何となく恐怖心を刺激されそうな気がしたので、使うのだけは止めた。


「実はね、さっき連絡があって、うちのギルドに空間魔導師――つまり、キソラさんを出せって言う貴族の男が来たらしいんだ」

「はい……? というかその人、私がよく空間魔導師だって分かりましたね」

「そこはほら、貴族間の情報網とかじゃない? ……で、マーサが最初対応していたらしいんだけど、それが冒険者たちの逆鱗に触れたみたいでね。来ていた貴族の私兵とやり合ったらしいよ」


 ギルド長の説明に、うわぁ、と言いたそうな顔をするキソラ。


「それで、どうなさったのですか?」


 いつの間にか席に着いていたフィアーレとラグナが先を促す。


「オーキンスさんたちが止めたみたい。あ、オーキンスさんたちっていうのは、キソラさんの同僚ね」

「……空間魔導師が国内にいるんですか?」


 フィアーレは気づいたらしい。


「国主催の大会に出るのが目的らしいですよ? 空間魔法を使わずにどこまで出来るのか知りたいんだそうです」


 キソラから告げられたその目的に、今度は面々がうわぁ、と言いたそうな顔をする番だった。


「それで、マーサによると、貴族の男はキソラさんに自分を守ってもらうために捜してたみたいでね」

「国を守れ、ではなく自分を守れ、ですか。馬鹿ですか。上手く行けば自分の株を上げられたかもしれないのに」

「だよねぇ。そこまで頭が回んなかったってだけで、どんな奴か分かってきたよ」


 キソラの言い分に、ラグナも同意する。


「そもそも嬢ちゃんに自分だけ守ってもらっても、助かる保証なんて無いのにな」

「だな。結局、力を使うのは、そこのお嬢さんだし」


 ライトニングとレグルスに言われ、キソラは苦笑する。

 今のキソラに失うものは無いに等しいため、仮にも友人関係で脅されたとしても、その貴族よりも位が上である王弟に相談に行けばいいだけである(または、その貴族の私邸を無くすという物騒な方法もあるわけだが)。


「まあ、何を言われても、私は自分のやるべきことをやるまでです」

「ひゅー、かっこいいー」

「冷やかさないでください」


 ラグナをきっちり抑えつつ――


「それで、キソラさん。電話の内容は何だったの?」

「はい?」

「会議中に出て行くぐらいだからさ。重要だったのかなって」

「ああ……友人の件で少しばかり」


 ギルド長に尋ねられ、キソラはそう返す。

 キャラベルたちに頼んだのは、ジャスパーの件なので、友人の件というのはあながち間違ってはいないはずだ。


「ふーん。じゃあ、会議後半戦。始めますか」


 ギルド長にそう言われ、未だに決められてないことを決めるために、再び話し始める面々だった。

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