第三十九話:キソラへの依頼


「なぁ」

「……」

「おいって」

「……」


 廊下をすたすたと歩くキソラに、同じ速度で歩きながらアキトは必死に声を掛ける。

 本当ならここまで追いかけ回す必要もないのだが、授業終了と同時に姿を消すキソラに、アキトが声を掛けるには終了と同時に教室を出て一秒でも早く彼女の姿を捉える必要があった。

 それでも、あの接触以降、すでに二日。この光景は続いていた。


(何か、いつも以上に無視されてねぇか?)


 あくまで喧嘩とかに限定されるが、それでも今回の場合、キソラの態度は酷かった。


(とはいえ……)


 それでも、アキトとて諦めるわけにはいかないのだ。

 キソラが少しでも自分と話さない限り、彼女がノエルたちと話すどころか、ジャスパーと仲直りするという目的自体がどんどん遠ざかっていく気がするのだ。

 そのうえ、今のキソラとジャスパーの場合、仲直りというほど顔見知り程度で特に親しくはないため、アキトたちとしては、今の二人が放つ空気には耐えられない。


「……おい、キソラ」

「……」


 やはりというべきか、キソラからの返事がない。


(こりゃ、今日はもう無理かもなぁ……)


 そう思っていれば――


「ねぇ、アキト」

「……ん?」


 少しばかり油断していたためか、キソラからいきなり話し掛けられ、間を空けながらもアキトは返す。


「……」

「何だよ」

「……いや、やっぱり何でもない」


 何か言いたそうな彼女に、首を傾げるアキトだが、やっぱりいいや、とばかりにキソラは首を左右に振る。


「気になるだろうが」

「……あんまりしつこいと嫌われるよ?」


 暗に聞くなと言われても、中途半端な言い方をされればアキトとしては気になってしまう。

 だが、無理に聞いてもキソラが答えることもないので、後で話してもらえるということを信じて、息を吐く。


「分かった。今は聞かない」


 けどな、とアキトは続ける。


「お前が何を知っていようが、ジスとはまた話してもらうつもりだし、」


 そこで一度切り、アキトは告げる。


「ただ、危険なことだけは絶対にするなよ? お前を心配する奴は大勢いるんだから」

「……分かってる」


 キソラとしても、周囲まわりから何度も言われ、聞いてきたことだし、理解している。


(それでも……)


 キソラは迷宮管理者であり、空間魔導師である以上、関わらないわけにはいかない。


「安心して。何かあっても必ず守るから」

「バカか、余計に不安になるわ」


 フラグ立てんな、と返すアキトに、キソラは困ったような笑みを浮かべた。


「立ったなら、徹底的にへし折るまでだよ」

「……」


 じゃあ、授業あるから、とキソラは歩いていく。


「……で、これで良かったのか?」


 後ろからニヤニヤとしながら見ていたノエルたちに、アキトは横目で尋ねる。


「二日以内っていうのはさすがね。ストーキング以外は良かったわよ」

「それは……言うな」


 地味に気にしてたんだから、と呟くアキトに、ノエルたちはキソラの去った方を見る。


「あと、キソラのことだから、私たちを巻き込まないため、とか言って、話そうとしてくれないだろうから……」

「そこまで俺に押しつけるつもりか?」

「私たちも事情は知っているとはいえ、あの子は私たちには話してくれないから」


 その点については疑問があった。

 ノエルたちはキソラを空間魔導師だと知っているのだから、何かあっても相談するなり話せばいい。

 だがそうせず、逆にアキトには話すことの方が多い。


「……」

「だから、お願い」


 ――キソラが無茶をしないように、見ていてあげて。


 自分でも感じていたことだから、アキトは了承することも拒否することもしなかった。


   ☆★☆   


 翌日。

 キソラは冒険者ギルドに来ていた。

 アークは、といえば、ギルバートと共に遠出の依頼を受けたらしく、不在である。


「……」


 そして思うのは、昨日の幼馴染アキトに対する自身の態度。


(やっぱり、あの転入生のことは言わなくて正解だったのかなぁ……)


 ジャスパーが旧ギーゼヴァルト鉱国の王族の可能性。

 今のところ、一番近くにいるべきアキトにいうべきだったのではないか、と今更ながらにキソラは思う。

 だが、不用意に話して、空間魔導師である自分ならともかく、一般人であるアキトが国家間の揉め事に巻き込まれては、目も当てられない。


「……、」


 今は耐えて、キャラベルたちの連絡を大人しく待つしかない。

 そうやって、うんうんと唸っていれば、やや顔を引きつらせ苦笑いしながら、ギルド長がやってきた。


「キソラさん、少しいいかな?」


 ギルド長にそう言われ、キソラは不思議そうにしながらも、二人は場所を移す。


「個人的に依頼として頼みたいんだけど」

「何でしょう?」


 ギルド長の言葉に、キソラは尋ねる。


「近いうちにギルド長やギルドマスターが集まる会議があるのですが、それに同行してほしいんです」

「私に、ですか?」


 何故だろうか、とキソラは内心首を傾げた。

 確かにギルド長ともなれば、護衛が必要となる場合もあるのだろう。

 だが、ギルド長この人に護衛が必要かと尋ねられれば、微妙な所である。


「うん、キソラさんに頼みたいんだ」

「……」


 キソラの顔が引きつる。


(……人類最強に、空間魔導師が付くの?)


 仮に迷宮管理者としての自分が付いたとしても、襲いかかってきた相手が可哀想だ。


「しつこいようですが、確認します。それが私への依頼、ですか?」

「うん。で、これがその内容」


 渡された数枚の紙に書かれた内容に、キソラは怪訝な顔をする。


(知っているだろうな、どころじゃなかったか)


 にこにこと笑みを浮かべるギルド長に疑いの眼差しを向けつつ、キソラは溜め息を吐く。


「確認しますが、他の方々も同じぐらい知っているんですか?」

「さぁ、そこまでは知らないけど、君ほどは知らないんじゃないのかな」


(知られていて溜まるか!)


 情報収集を得意とする諜報系の者たちや空間魔法を扱う自分たちならともかく、一ギルドのおさが知れる量以上の情報量が数枚の紙にあるのだ。


(何かもう、この人一人いれば十分な気がしてきた……)


 何をしても勝てる気がしない。


「……分かりました。引き受けます」

「え、いいの?」


 断られるのを前提で話していたギルド長は、驚きの表情を見せる。


「どうせ、休みですし」

「ありがとう。キソラさん」


 せっかくの休日を潰すことになるのに、面倒事であろう会議への同行を引き受けてくれたキソラに、ギルド長は満面の笑顔で礼をする。


「別に……構いませんよ」


 照れ臭いのか、頬を赤らめ顔を逸らすキソラを微笑ましく思うギルド長。


「うん。あと、君に何かあったら、全力で守るから」

「どちらかといえば、私が守る方では……?」


 依頼主はギルド長で、キソラは引受人だ。

 引受人が依頼主を守るというのならともかく、依頼主が引受人を守るというのは、少しばかり違和感がある。


「そうだね。じゃあ、大人しく守っててもらいます」


 そう告げるギルド長に、キソラは溜め息を吐くのだった。

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