第三十八話:同族嫌悪と調査依頼


「キソラキソラ、呼び出し」

「は……?」


 転入生、ジャスパー・ギーゼヴァルトによる騒動も一段落ついた頃。

 例の如く、クラスメイトに呼ばれるが、どうやら今回は呼び出しらしい。

 誰が来たのかと席を立ち、相手の姿を認識した途端、キソラは回れ右をして、元の席に戻ろうとする。


「いやいやいや、人の顔を見てUターンとか、あんたは私たち・・を生贄にするつもりか」


 が、そう言うアリシアにがっちり肩を掴まれ、戻ることはできなかった。

 物凄い嫌そうな顔をするキソラに目を向けられ、廊下でジャスパーの隣に立っていたアキトは目を逸らす。

 というか、本人の目の前で生贄とは酷い言いようである。


「テレスは……逃げたのか」

「そうよ」


 アリシアが不機嫌そうに肯定する。

 自分たちへ声が掛かる前に、テレスは取り巻きと共に逃亡したらしい。


「私、行きたくないんだけど」

「本当に、生贄にするつもり?」

「悪いけど、なってくれ」


 アリシアの肩に、笑顔で手を乗せて告げる。


「友達を売った!?」


 アリシアの驚愕した声に、ノエルが声を掛ける。


「キソラ。冗談はそこまでにして、早く行ってあげなさいよ。時間無くなるわよ?」


 それを聞いて、アリシアがまさか、とキソラに目を向ける。


「時間稼ぎ?」

「マジで行きたくない。拒否する。行くなら迷宮かダンジョンの方がマシ」


 指摘され、図星だったために、思いっきり拒むキソラに、やれやれと言いたげなノエルたち。


「つか、アキト。何で連れてきた!」

「何で、って言われてもなぁ」


 キソラに尋ねられ、アキトは苦笑いする。

 アキトとしては、状況が落ち着いた上に、単にジャスパーの付き添いで来ただけなのだが。


「とりあえず、GO!」


 とりあえず行け、というノエルたちに、嫌そうな顔をするキソラ。


「キソラ。言っておくけど、今ものすごく失礼なこと、してるからね?」

「分かってる。気持ちだけなら向こうに行ってるから」

「うん、意味ないから。行動に移そうか」


 そろそろ本気でキレそうなノエルたちに、キソラは顔を引きつらせる。


「……僕、何もしてないよな?」

「ああ。あいつの場合は、単なる同族嫌悪だろ」


 ジャスパーの確認に、アキトはそう返す。

 キソラのことだから、極端に嫌っているわけではないのだろうが――


(確か、二人を会わせたときも微妙な顔をしていたよな)


 ふと思い出す。


「同族嫌悪?」

「お前が来たときに人を寄せ付けようとしなかっただろ。その雰囲気がキソラと似てたんだよ」


 ジャスパーの疑問にそう答えながらも、だから、あまり近づきたくないんだろ、とアキトは言う。

 それでも、キソラはいくら嫌がったり、嫌いだったりしても無視だけはしないはずだ。


「……?」


 ジャスパーは不思議そうな顔をするが、初対面だとキソラがどんな性格かなんて分からないだろう。アキトだって、ある程度付き合うようになってから知ったぐらいだ。

 そう話していれば、キソラが教室から出てくる。


「……で?」


 ほぼ単刀直入なキソラに、やや距離を置きながらも、少し間を開けて立つアキトとノエルたちに、これまた少し間を開けて聞こうとする野次馬たち。


「キソラ・エターナル。単刀直入に言う。僕と少し付き合え」

「断る」


 ぴくりと反応を示しつつ、考える時間も間も置かずの即答である。


「ちょっ……」


 小さい声で誰かがありえないと呟くが、キソラとしては、彼に付き合う方がありえない。


「たとえそれが勝負に付き合え、っていう誘いであっても、私は嫌よ」


 少なくとも、好意的な告白ではなく、場所を移動するから一緒に来いという意味の方が正解なのだろう。

 表情が変化しないせいで分かりにくいが。


「それに、私の能力は、そういうことに使うための能力じゃないし、見せ物でもない。でも、こうなることを見越して連れてきたわけじゃないでしょ?」


 キソラが拒否を示しつつ、アキトに目を向けて尋ねれば、アキトは頷く。

 はっきり言って、知らない者たちには悪いが、知っている者たちにとっては、キソラの言い分も理解できる上に口出しできるわけもないため、文句は言えない。


「だから、私は模擬戦だろうと受けるつもりはないよ」


 キソラとしては戦争勃発時のために、体力や魔力はなるべく温存しておきたいので、そのため、授業以外での戦闘行為は避けたいのだ。

 そのまま教室内に戻るキソラに、あーあ、とノエルたちは思う。


「無理やりすぎたかしら?」

「かなり嫌がってたからね」

「でも、キソラが授業以外で力を使いたがらないのはいつものこと。下手をすれば私たちも危ない」


 そこはノエルたちも同意だったし、不機嫌な状態で使わせれば、“以前のような事件”を再び起こしかねない。

 初等部から一緒だった同級生たちは、それを聞いて目を逸らしたり、青ざめたりするだけだが、事件後に来た外部生たちは不思議そうにするだけだった。

 使いたがらない力というのは、空間魔導師としての力であり、迷宮管理者としての力とは別である。


(いや、それだけじゃない)


 キソラはジャスパーが内容を告げる前に、断りを入れていた。

 聞いてから・・・・・断るのではなく、聞く前から・・・・・断っていたのだ。


(つまり、あいつはジスの言うことを予想してたか、知っていたことになる)


「感知しちゃったのかなぁ」


 もしそうなら、大体の理由には説明がつく。

 特に、悪意や興味本位、比べられることには、キソラは強く反応する。


(おそらく、ジスの“俺の幼馴染”に“興味”を持った)


 でも、それは――……


「悪い、ジス。あいつの性格、甘く見ていた」

「いや、お前のせいではないわけだし……」


 謝るアキトに、ジャスパーは気にするな、と返す。


「多分、変なところで誤解が生じたんだろうから、それさえ解ければ大丈夫だと思うんだけど……」


 ノエルたちもフォローしておく。


「でも、あの子って話せば分かるタイプだけど、変なところで頑固でしょ。どうするの?」


 アリシアの質問に唸る三人。


「とりあえず、『この前は悪かった』って、今回の件を謝りつつ、友人になってほしい、って言ってみる?」

「さすが経験者。説得力あるね」

「言ってる場合か。しかも、あの時は喧嘩であって、今回とは違うでしょ」


 いつの間にか、趣旨が少しずつ『キソラとジャスパーを友人にしよう作戦』になりつつあるが、本人たちは気づかない。

 うーんと唸る面々。


「まあ、今のところは行動するしかない、か」

「だね。キソラの方もずるずると引き延ばしたくないだろうし」


 ノエルたちが心配そうにキソラを見る。


「とりあえず、イースティア。あんたが何とかしなさい」

「はぁっ!?」


 何で俺!? と声を上げるアキトに、ノエルたちが同意する。


「そーよ。私たちよりも長い付き合いでしょうが」

「私たちよりも、って、俺とお前らがキソラと知り合った時期なんて、ほとんど変わらないだろうが!」


 少しばかり時期が早かっただけで、何故自分が行かなきゃならないのだ。


「え、まさか気づいてない……?」

「……はぁ……」


 片やショックを受けたように、片や溜め息を吐く。

 明らかに分かりやすい時があったというのに、何故この男は気づいてないのだろうか、とノエルたちは疑いの眼差しを向ける。


「……あ、もしかして、そういうこと?」

「気づいた?」


 アリシアでも気づいたのに、と目を向けられ、アキトはますます訳が分からなそうな顔をする。


「ま、とにかく、第一声さえやってくれれば、後は私たちがどうにかするわよ」


 だから、最初の声掛けはお願い、と言うノエルたちに、溜め息を吐いて「分かったよ」とアキトは言う。

 そして、教室に入ろうとしたノエルは足を止め、首だけ振り返る。


「あとさ、何でも引き受けるのだけは止めなよ?」


 そう言って、彼女は教室に戻っていった。


「何なんだ、一体……?」


   ☆★☆   


「キソラ、いるか?」

「エターナルさんなら、授業終了早々にどっか行ったよー?」


 声を掛ければ、教室内にいた女子にそう返される。


(まさか、避けられてる……!?)


 だが、まだ一回目だし、とか、そう決めつけるのは早い、とか、微妙にショックを受けつつ、礼を言おうとしたアキトだが、教室内にいた生徒全員がニヤニヤと笑みを浮かべていることに気づく。


「へぇ……まさかエターナルさんに無視されて、ショック受けた?」

「……何でそうなる」


 声の低くなったアキトに、これ以上言うと厄介なことになりかねないので、ニヤニヤとした笑みを引っ込める面々。


「おー、怖い怖い」


 そう言いながら、近寄ってきた男子から肩に腕を乗せられ、けどな、と付け加えられ、告げられる。


「早く仲直りしねぇと、横から掻っ攫われても知らねぇぞ?」


 そのことにアキトはぴくりと反応した。

 どちらかといえばキソラは目立つ部類だ。

 だからこそ、中には好意を持つ者がいても不思議ではない。不思議ではないのだが……


「つまり、何か? 俺という壁がいないから、チャンスだと思う輩がいると?」

「だから、そう言ってんだろ」

「……」


 何を言ってるんだ、と言いたげな男子に、思わず無言になるアキト。


「で? 本音は?」

「早く仲直りしろ。はっきり言って、教室内の空気が悪い」


 親指で指されたノエルたちに、アキトはあー、と言いたくなった。

 そして、溜め息を吐く。


「まあ、何とかしてみるよ」


 そう言って、キソラを捜しに行くアキトだった。


   ☆★☆   


 ピッピッ、と電子音を鳴らしながら、目的の人物数人に対し、小型通信機(携帯電話のようなもの、またはもどき)の画面に表示された【通話】のボタンを押す。


「こちら、キソラです。少しばかり尋ねたいことがあるので、よろしいでしょうか。もし、お忙しかったのならすみません」


 そう告げるキソラの前には、七つの画面に映されたそれぞれの通話相手。


『いやいや、俺は大丈夫。にしても、お前が【通話】してくるとか、めっずらしーこともあるもんだな』


 そう告げるのは、リックス・オルガー。

 以前話した身長を気にする空間魔導師の一人である。


『それにしても、どうしたん? キャラベルちゃんに出来ることがあるなら、なーんでも言ってね☆』


 語尾に星が付くような話し方をするのは、キャラベルと自ら名乗った少女――キャラベル・クラフェニー。

 見た目は魔法少女のような姿をしている彼女は、リリゼールに引けを取らない幼女である(なお、年はリリゼールよりは下、キソラよりは上である)。


『およ? 何かあった?』

『あ? 別の声も聞こえるってことは、もしかして“一斉通話”か?』


 この二人はもちろん、オーキンスとリリゼールのペアであり、


『お、キソラ。久しぶりー』

『あまり長電話はできないけど、どうしたの?』


 この二人は、『空撃の魔導師』ことエルシェフォード・ウェンベルグ(愛称:エル)と、『海撃の魔導師』ことアクアライト・マリンフィールド(愛称:アクア)のペアである。

 そして――


『どうした? いきなり』


 ノーク・エターナル。

 キソラの兄である。

 それぞれの返答に、苦笑しながらも小さく笑みを浮かべつつ、キソラは用件を伝えるために、口を開く。


「まずは、それぞれの現在地を教えてもらってもいいですか?」


 その問いに、まず口を開いたのは、キソラ同様に国内にいる面々。


『王城。まだ仕事中で、今抜けさせてもらってる』


 本当に仕事中なのか、ノークは声を潜めている。


『俺はリリとギルドだ』

『あ、オーキンス。後ろ!』


 二人の後ろから騒がしい声が聞こえたと思ったら、オーキンスが後ろから水を掛けられ、リリゼールが上手いこと避ける。


『……』

『お、俺は隣の王国にいる。あと、近いうちにそっち行くから』


 気を利かせたのか、無言のオーキンスに対し、リックスがそう告げる。


『キャラベルちゃんもねー、そっちに行くことになると思うのー』


 どうやら、キャラベルも来るらしい。


『僕たちは前にも言ったと思うけど、大会に間に合うように行くから』

『っていうか、オーキンスたちも一緒なんやね』

「……後半三人、今、どこに行ます?」


 早く居場所言え、と暗に言いながら、キソラは尋ねるが、思わぬ答えが返ってくる。


『キャラベルちゃんはねー、帝国☆にいるよ☆』

『僕たちも帝国☆だよ』

「そうですか……」


 アクアライトの真似をスルーし、キソラは少しばかり思案する。


『もっと詳しく言うなら、旧ギーゼヴァルト鉱国だった場所ね』


 ぴくりとキソラは反応する。


『ギーゼヴァルト鉱国? 帝国の軍門にくだった?』

『あ、キャラベルはそのお隣の町にいるよ?』


 まさかの、三人の居場所が同じである。


『もしかして、何か関係あるのか?』


 キソラの反応に、ノークが尋ねる。

 そのことに微妙な顔をしながらも、どうせ話す必要があるから、とキソラは口を開く。


「今、学院にギーゼヴァルトの王族だったであろう者が来てる」

『なっ……』


 最初に反応したのはノーク。


『亡命、って奴か?』

「その辺は分かりません。上が――国王たちが認めていれば問題ないんですが、認めてない場合、帝国に対し、戦争の火種を増やすことになりかねません」

『その辺りはどーなのよ。ノーク』


 キソラの説明を受けて、リリゼールがノークに尋ねる。


『俺は空間魔導師であることを抜きにすれば下っ端だぞ? 戦争があることを知っていても、他国の王族が来てるなんて知らないし、今初めて聞いたぞ』


 ノークの言葉に、面々は思案する。


『でも、何で隠す必要があるんだ? お前ら兄妹の性格とか、知ってるんだろ?』


 リックスの疑問は尤もだった。

 何故、空間魔導師である二人だけでも話さなかったのか。


『俺たちが知るか。向こうにしてみれば、警戒心を抱かせないためのものだろ』

『……もしかしたらー、もしかするとだけどさ』


 何かしら口を挟むキャラベルが、珍しく黙っていたと思えば、真面目な顔をして言う。


『キソラに内緒にして、側にいさせた方が安全だと思ったんじゃない?』


 下手に演技をさせてバレては意味もないし、真面目さが原因でボロが出ても意味がない。


『確かに一理あるわよね。学生ならあんたの側より安全な場所は無いから』

「私の負担を増やして楽しいのか、あいつらは」

『キソラ。一応、あれでもお偉いさんだからな?』


 何気に酷い兄妹である。


『とりあえず、様子見だな』


 それに頷きつつ、


『じゃ、私は一応調べてみるね?』

「ギーゼヴァルト関係でお願いします。私のストレスが増える前に」

『りょーかい☆』


 にっこりと笑顔で返してくるキャラベルに、キソラはお願いします、と告げる。


『キャラベルだけだと不安だから、僕たちも同行するよ』

『信用無いなぁ』

「それでも、一人よりはマシだと思いますよ?」


 やれやれと言いたそうなキャラベルに、キソラは苦笑する。

 その後、授業開始五分前のチャイムを耳に入れたキソラは、それでは、と空間魔導師同僚たちに断りを入れて通信を切ると、教室に戻るために歩き出すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る