第二章、戦争

第三十六話:やってきた転入生は


「転入生?」


 ダンジョン『暖かき氷原』から寮を経由して登校し、席に着いたキソラは首を傾げる。


「そ。うちのクラスじゃないけどね」


 それを聞き、キソラは外を見る。

 木々のほとんどが緑の葉に変わり、気がつけば蝉の鳴き声も聞こえ始めていた。


(フリードも起きたことだし、簡単に整理して説明しに行かないと)


 ダンジョン『暖かき氷原』に行き、ダンジョン内の気温上昇の理由など、調査結果を守護者であるフリードに伝えなくてはいけない。

 ただ、ウンディーネやサンドリアには、その場にいればそのまま言うつもりだが、いなければその後にでも言えばいいか、とキソラは思う。

 と、他のことを思いつつ、意識を友人たちの会話へと引き戻す。


(それにしても、転入生か)


 忘れがちだが、現在は試験週間真っ只中である。

 この時期に転入生なんて、と思わないでもないのだが、この時期となった理由は相手にもあるのだろう。


「で、男? 女?」


 キソラは目を情報を持ってきたボーイッシュな見た目の友人――ノエルに戻す。


「男だって。銀髪の」


 銀髪? とキソラは再び首を傾げる。

 知り合いの可能性もあったため、『最近』『この国に来た者』『銀髪の男』という三つのキーワードで、とりあえず脳内検索の掛けてみるがヒットせず、今度は『最近』『銀髪の男』で検索を掛けてみるが、これまたヒットしない。

 つまり、知り合いにいる銀髪の男ではない可能性の方が高い、とキソラは予想する。


「それにしても、早いよね。だって、転入生の姿がもう噂になってるんだもん」


 それにキソラは同意した。はっきり言って、噂が広まるのは早い。


「まあ、学院にいる以上、卒業するまでには一度ぐらい話せるでしょ」

「そりゃそうだけど、顔だけでも後で見に行かない?」


 キソラの言葉を肯定しつつ、ノエルは一緒に行こう、と誘う。


「じゃあ、顔を見に行くだけだよ?」


 他学年に来たわけではないので、見に行くだけなら、とそう返せば、頷くノエル。


(さて、噂の転入生はどんな人なのか)


 そう思いつつ、一限目の用意を始めるキソラだった。


   ☆★☆   


 朝のホームルームを終え、転入生が来たであろうクラス――アリシアのいるB組に行こうとすれば、そこにはすでに野次馬が出来ていた。


「うわー、凄い人。しかも、B組の人たちが囲んでるみたいだから、ほとんど見えないや」


 ノエルの言葉に、キソラは呆れてしまった。


「野次馬が出来るとは思っていたけど、さすがにこの人数は予想外ね」


 何せB組の教室前を野次馬で埋めている状態だ。一限目の教科担当であろう教師が教室に入るのに四苦八苦している。

 それを見て、思わず、頑張れと言いたくなってしまうが、そのうち学年主任が解散させに来るだろう。


「あら、貴女たちも来たの?」


 聞き覚えのある声に振り返れば、赤髪をツインテールにした少女ことアリシアがいた。

 珍しそうな言い方をするアリシアに、キソラは肩を竦ませる。


「まあね。でも、この様子じゃ、二~三日は無理そうね」


 肯定すれば、その言葉を聞いたアリシアは頷く。

 基本初等部からエスカレーター式であるミルキアフォーク学院では、彼のような外部からの転入生は珍しい。なので、外部から誰か入ってくれば、一目見ようと転入生がいる教室へ野次馬たちが押し掛けるのだ。

 この状況が起きるのは中等部以降なので、慣れてしまえばそんなに気にならないのだが、そう何度も外部生が来られても困る(それでも、いろんな科があるため、入ってこない外部生がいないこともないのだが)。

 学院にある部活動の一つである新聞部も、今頃情報収集に学院中を奔走しているのではないだろうか。


「それにほら、何人か子息令嬢がいるのよ? 全く、仮にも貴族なら、身の振り方を考えてほしいわ」

「大変ねぇ、同じクラスの人は」


 溜め息混じりなアリシアの言う通り、何人か貴族の子息令嬢が野次馬の中におり、転入生を一目見ようとしているのか、必死に中を覗き込もうとしている。


「あっ、少し見えた」

「うわ、かっこいい……」

「きゃっ、目が合っちゃった」


 そんな声が聞こえてくる。

 別に見るなとは言わないが、貴族に対するイメージぐらいは守ってほしいものだ。

 そして、最後のものに関しては、気のせいだと突っ込んでやりたいが、美形なら何でも良いのかというのも言わない方が良いのか定かではない。というか、言わない方が無難だろう。


(平和に過ごしたいしね)


 そこでふと『平和』というキーワードで思い出す。


『戦争が起こるかもしれない』


 兄、ノークと騎士団長の話、第二王子殿下のカーマインから聞いた話を思い出す(前者に関しては本人を目の前に嘘を吐いていたわけだが)。

 いやいや、今は関係ないでしょ、と思うキソラだが、果たして、この場にいる貴族の子息令嬢たちはどうするのだろうか? と思ってしまう。


 実家に帰るのか、学院に残るのか。


 下手な要塞よりは防御力を持つこの学院である。時と場合では、その力を遺憾なく発揮するだろう。


(せめて、私の手の届く範囲内なら――)


 守護者たちの力も借りれば、守りきれるだろう。

 それでも目先の一番の願いは、戦争が起こらないことなのだが。


 キソラがそんなことを思っているなどつゆ知らず、彼女の言葉に「全くよ」、と返しながらも、アリシアはアリシアでどうやって教室に入ろうかしら、と思案する。

 出るときもそうだったのだが、入るときも入るときで大変そうだ。

 そんなアリシアを見て、別方向に目を向けるキソラ。


「良かったね、アリシア。本命登場」

「え、まさか――」


 たったそれだけで理解したらしいアリシアは、顔を引きつらせる。


「じゃあ、私はそろそろ一限目の準備しないといけないから……」


 と、ノエルはそそくさと自分の教室に戻っていった。


「……」

「……」


 そんなノエルを何とも言えない目で送り、二人は顔を見合わせる。

 怒られるのは目に見えているが、ここには一名、実際に教室に入れずに困っている者がいるのだから、怒られる方は自業自得のようなものではないのだろうか。


「私も付き合うよ。見に来たのは否定できないし」

「はぁ、どうせ付き合わされてこの場にいるのは分かってるから、嘘つかなくていいわよ」


 キソラの言葉を何度目になるのか、溜め息混じりにアリシアは返す。

 アリシアもノエルとはそれなりに話したりしていたため、彼女の性格は分かっていた。だから、彼女にキソラが付き合わされていたということも、アリシアは予想していた。


「まあ、間違ってはないけど……アリシアがどうしても、っていうのなら、戻るけど」

「なら、どうしても・・・・・教室に戻ってくれないの?」


 ニヤリと笑みを浮かべるアリシアに、こいつ、とキソラは顔を引きつらせる。


「嫌み?」

「嫌みじゃないならなんなのよ」


 その言葉に、キソラが参りました、と表情に浮かべ、


「じゃあ戻るから」

「最初からそうしておきなさいよ」


 そして、キソラを見送ったアリシアは、キソラの言う本命こと学年主任に気づいて逃げ出した野次馬たちの合間を縫って、自分の教室に入っていった。


   ☆★☆   


 昼休み。


「で、怒られたの?」

「そんなわけないでしょ。先生だって、私がB組の生徒だって分かってたみたいだし」


 何故か笑顔で聞いてくるキソラに、顔を引きつらせながらアリシアは答える。

 なお、アリシアが言う先生とは学年主任のことである。


「テレスたちは、転入生を見てどう思った?」


 キソラは珍しく取り巻きとともにいるテレスに尋ねる。

 テレスはアリシアと同じBクラスなので、必然的に転入生の顔を見ていることになるのだが。


「私、彼は何だか苦手みたい」


 本当に苦手なのか、やや表情に出ている。


「俺、授業で一回一緒になったが、あれはキソラ、お前みたいなタイプだな」

「あ、分かる。私も思った」

「は……?」


 アキトにどういう意味だ、と視線を向ければ、うーんと唸られる。


「何て言えばいいのかな?」

「実践モードのキソラ、ってところじゃない?」

「「それだ!」」


 だから、何なんだ、と思えば、アキトとアリシアが説明する。


「だから、雰囲気だよ。お前の実践モードの雰囲気を、あいつは常時放ってるような奴なんだよ」

「え、何。ということは、彼は人を寄せ付けたくなくて放ってたオーラが逆効果だった、と?」

「野次馬根性、恐るべし」


 友人二人はあっさりと理解したらしい。


「え、つまり、敵意や殺気を放ってるの?」

「そこまでは無いと思うけど、強いとは思うよ?」


 何たって、あの雰囲気を放つのだから、いくつかの修羅場は潜り抜けてきたのではないのか、とアキトとアリシアは言う。

 キソラやノークほどの修羅場ではないのだろうが。


「何だかなぁ」


 面々の話を聞く度に、キソラの中にある転入生の人物像が歪められていく。

 実践モードの自分がどういうのか、分からないわけではないが、どうにも納得ができない。


「まあ、この後は私たちと合同だし、分かるでしょ」


 アリシアの言う通り、次の授業は合同授業である。運が良ければ、友人たちの言う彼の雰囲気オーラを感じ取れるかもしれない。


   ☆★☆   


 さて、昼休みは終わり、午後の授業の始まりである。始まりであるのだが……


「はぁ、やっぱりイケメンだわぁ」


 というセリフから分かる通り、キソラたち女子の方はまともに授業を受けれていない。

 そして――


「んだと!? もう一回、言ってみろ!」

「だから、何度も言わせるな。僕が君たちと組む必要はない」


 仮にも合同授業なのに、この険悪さである。しかも、後者に至っては、合同授業の意味がない。

 他の男子たちも同じようにいきり立つか、止めようとするかのどちらかである。


「キソラ、止めないの?」

「あれはあちらさんが起こしたことでしょ? それに、今やってる男子と女子の授業内容は違う。不用意に止めたら、こっち側が何を言われるか分からないわよ」


 アリシアの言葉に、キソラはそう返す。


「でも、様子を見ながら止めに入らないと、暴力沙汰になりかねないわよ?」


 テレスの台詞に頷くキソラ。

 彼女としても、それは理解している。見て見ぬ振りもするつもりはない。


「分かってる。まあ私と似てるって言われた時点で、何か起こるんじゃないかな、とは思っていたんだけどね」


 だが、見てみてどうだ。

 あちらさんは自分の予想以上である。


(私、あそこまで冷たそうに見えるか?)


 キソラの場合、自身ではなく雰囲気がそう感じるだけであり、転入生である彼の場合は自身と雰囲気の双方から冷たい印象を受けるのだ。

 しばし様子を見ていれば、拳を振り被る男子に、息を呑んだような音や声が聞こえてきたが、キソラはキソラで向こう側にいたアキトに目配せすれば頷かれたので、コインを弾く要領で、小さく圧縮した空気を二人へ向けて弾く。

 そして、それは綺麗に二人の元へと向かっていく。


「痛っ!」

「――ッツ!」


 やはりというべきか痛かったらしい。


「ほらほら、そこまでにしてちゃんと授業受けよーぜ? 二人とも単位落とすわけにも行かないだろ?」

「あ、ああ……」

「……、」


 転入生の彼に素直じゃないねぇ、と思いつつ、キソラに目を向ければ『後は任せる』と口パクで言われたので、了解の意をこめて頷くアキト。


「あと、合同授業についてだが、これから何度もあるんだ。その度に一人でやるのは無理があるぞ」

「何が言いたい」

「一人の場合だと、教師がペアになるってことだ。それが嫌なら、俺と組まないか?」

「……チッ」


 アキトの申し出に、小さく舌打ちする転入生だが、合同授業に関しては、アキトの意見を飲んだらしい。

 状況を見守っていた担当教師も、「授業再開するぞー」と声を掛け、アキトたちも授業へと戻る。


「……の」

「ん?」

「……さっきのは、一体何だったんだ」


 さっきの、というのはキソラが飛ばした空気の固まりだろう。


「あっちを見てみろ」


 不安そうに女子たちが見ていたが、アキトはキソラに目を向ける。


「向こうに俺の幼馴染がいるんだが、さっきお前に当たったものはあいつがやった」

「幼馴染……?」


 怪訝な顔をする転入生に、アキトは頷く。


「別に紹介してやってもいいが、少しの間、身動きできんかもしれんから、かなり後になるぞ?」


 転入生が来たというだけで、あの野次馬である。身動きが取れそうにないのは予想がつくし、仕方がない。

 勝手な約束をし、キソラに睨まれそうだが、彼女に睨まれただけでアキトが応えるほど長いこと幼馴染なんてやっていない。


「そうか」


 どうやら彼も、状況は理解していたらしい。

 その数分後、授業終了のチャイムが鳴り響き、男女共に解散となった。

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