余話:アークの部屋探し(第十九話の後)


○アークの部屋探し(第十九話の後)


 “月の迷宮”にて結界として機能するまで修復をし、余分な機能も付けた(それでも無いよりはマシである)キソラはアークを連れて、現在は貸し部屋を物色中である。

 ケガが完治したのに、いつまでも寮にいるわけにはいかないが行き場所――こちらでの拠点が無いので部屋探し、ということになったのだ。

 なお、重要な話をする際に用いられる盗聴防止、外部への音声遮断などの結界は、第一幕としてキソラが薄い結界を張り、第二幕は結界専用の魔道具で対処する、というのは部屋を選ぶ前に話してある。


「……高い」


 ――のだが、その部屋が決まらない。

 良さそうな場所がいくつかあったのだが、どれも金額が高い。予算はアークが冒険者として稼いだ分とキソラが稼いだ分がある。

 念のため、その出所でどころについてだが、アークはキソラが学院に行っている間に依頼を少しずつこなしており、キソラはランクアップ試験での駄賃(割と高め)と依頼達成時の報酬でかなりの金額が貯まっていた。決して、悪いことをして手に入れた金ではない。

 余談だが、キソラの生活費も報酬などで貯めた貯金などから出ていることをアークは知らない(キソラが言っていないということもあるが)。

 それなのに、部屋が高いとはどういうことか。


「維持費とか見積もっても合わないんだけど」

「下手したら一軒家より高いんじゃねーのか?」


 部屋を見る前に、家全体を見てきていた二人。その際、二人がよく見ていたのは金額だった。

 二人の言い分に、部屋の案内役兼説明役をしていた青年は困った顔をする。青年も青年で、予算金額は聞いていたのだが、仕事なので上限ギリギリまでいい部屋を薦めるのだ。

 だが、アークとしてはそんなに高い部屋じゃなくていいし、キソラとしても生活費を無くすわけにも行かない。

 最終手段で、迷宮に住まわせるという手もあるが、明らかにこの町までは遠い。


「安い部屋はないの?」

「あの……」

「本当に?」

「その……」

「本音は?」

「あります……」


 ぐいぐいと青年に詰め寄り、尋ねるキソラに対し、青年の方が折れた。

 そして、向かったのは――


「おお……」

「いいじゃん」


 日が射し込み、部屋の中を照らす。


「え、でも、ここは……」

「曰く付きとか?」


 言いにくそうな青年に、キソラが首を傾げる。


「いえ、部屋の条件に対して安すぎるというか、何といいますか」

「別に良いじゃないですか」


 そう言いながら、扉を開閉したり、キッチンの確認をしたりするキソラ。

 これでは誰が借りて住むのか分からない。


「ここにする?」

「そうだなぁ……」


 キソラの問いに、アークは窓から外へと目を向ける。


「ここなら、ギルバートの隠れ家にも出来そうだよね」

「は? ……ああ、そういえば、あいつも似たようなものだったな」


 キソラの言葉に一瞬疑問を持つも、すぐに納得した。

 アリシアの契約者であるギルバートも、アークと同じように寮に隠れ住んでいる。

 アークはキソラを通して、ケガが治るまでという滞在許可を寮長から得ているが、アリシアとギルバートはどのように誤魔化しているのだろうか。もし、寮長に知られそうになれば、一時的な避難先として、使わせてもいいだろう。


「それで、ここにするの? しないの?」

「……ここにしようかなぁ」


 間ができたものの、アークは頷いた。

 そして、その数分後、部屋の代金を払い終わると、二~三日ぐらいかけて必要最低限の物を少しずつ寮から移動させ、結界専用の魔道具や転移石などをアークはキソラから受け取った。

 寮長やアリシアたちにはキソラが報告をした。寮長には「彼のケガが治ったので、自宅に帰らせます」と、アリシアたちには「アークが部屋借りたから、寮長にバレそうになったら避難しに来い」と。


 途中、いろんないざこざがあり、アークがこの貸し部屋に何とか慣れたのは、一週間以上後のことだった。

 ただ、そんな中で、アークが驚いたこともあった。


「これでよし、と」

「何、してんだ?」


 何か怪しい行動をしていたキソラに、アークは尋ねる。


「ん? ここと私の寮部屋間を繋ぐ転移陣を設置しただけだよ」


 ぬいぐるみで実験済みだと告げるキソラに、アークは頭を抱えた。


「そういうのはなぁ、ちゃんと話してくれないと困るんだが」

「そこは悪いかなぁ、って思った。ごめんなさい」


 謝るキソラに、アークは溜め息を吐いた。

 そして、次からはちゃんと言うように、と釘を刺すと、あっさり頷くキソラ。


「本当に分かってるのか?」

「分かってるよ。次からはちゃんと言う」


 復唱するキソラに、アークは肩を竦める。


(でもまあ、これでもいいか)


 『ゲーム』が終わったわけではない。学院側でバトルが起きれば、すぐに駆けつけられるという利点がある。


(それに、あの守護者たちに何を言われるか、分かったもんじゃない)


 キソラ大好きな守護者たちである。

 彼女に何かあれば集中砲火される可能性が高くなる。下手をすれば、相手がいると分かった瞬間、武力行使で反撃しに行くかもしれない。


「……」


 ありそうで怖い。

 アークはシルフィードやウンディーネ、神楽夜ぐらいしか守護者を見たことがない。

 他の守護者に会ったことがあるか尋ねられれば、無いとは言えないが、キソラの管理下にいる守護者かどうか尋ねられれば、アークにはそこまで判断することはできない。


 それでも二人はパートナーである。

 『ゲーム』が終わるまで、それは変わらない。


(『ゲーム』が終わったら、もう会うこともなくなるのか?)


 アークはキソラに目を向ける。


 一緒にいられるのなら、一緒にいたい。

 友人や仲間でいられるのなら、そのまま友人や仲間でいたい。


「アーク? どうしたの?」


 黙ったままのアークにキソラは首を傾げる。


「あ、もしかして、陣が本当にいらなかった!?」

「……いや、違う」


 おろおろするキソラに、アークは違うと首を横に振る。


「ならいいけど……」


 安心したように言うキソラに、今度は苦笑した。


「じゃあ、そろそろ帰るよ。明日学院あるし」

「ああ、そうだな。送るか?」


 その言葉に驚いたキソラだが、必要ない、と返すとアークに玄関から見送られながら寮の部屋まで戻るのだった。






 その帰り道。


「満月が近いなぁ」


 空を見上げて呟かれたその一言は宵闇の中に消えていった。

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