第三十話:未知の迷宮、調査開始


「……」


 白い雲が青空をゆっくりと流れていく。

 その光景をぼんやりとしながらも、キソラは見ていた。


「キソラちゃん、大丈夫かしら?」


 マーサたちが心配そうにキソラへと目を向ける。


「それでも、出発するときは、ちゃんと切り替えてくれますよ。キソラさんは」


 同じようにマーサたちの隣でキソラを見ていたギルド長は、そう返す。

 だが、キソラにも『両親の迷宮での死』が不安要素として存在していることは間違いない。何せ両親の墓参りの後なのだ。意識しないはずがない。


(兄さんのあれ・・は、やっぱり本気っぽいんだよなぁ)


 そう思いながら思い出すのは、墓参りの帰路での会話。


「私っ、明日っ、私の管理してない迷宮というかっ、未知の迷宮に行くからっ!」


 散々悩んだにも関わらず、好機とばかりに勢いだけで言ってしまった。


「……は?」


 だから、ノークのこの反応は間違ってない。


「いや、だからっ……」

「はぁ……二度も言おうとしなくていい。で、何? 未知の迷宮?」


 もう一度言おうとしたキソラを宥めつつ、ノークは確認を取る。


「う、うん。冒険者の人たちが帰る途中で見たって。だからって、分からないまま放置するわけにもいかないし、生きてたら生きてたで別問題になるし……」


 確かに、前者はともかく、後者は面倒事にしかなりかねない。

 しかも、キソラは母親譲りの迷宮管理者である。それも相俟あいまって、見過ごせないのだろう。


(ただ、問題は――)


 キソラの管理外の迷宮だということ。

 何があるのか分からない上に、入った瞬間から危険だということだ。両親のようになる可能性も低くはない。


「っ、ギルド長は反対しなかったのか?」

「反対、というか、心配はしていた。でも、みんながちゃんと帰ってくれば何も言わないとは言っていたけど……」


 キソラもギルド長が、両親のようになるのではないか、と心配していることは理解していた。


「そうか。話は分かった」


 やっぱり駄目なんだろうな、と思いながら、キソラはノークの次の言葉を待つ。


「行きたければ行って、確認してこい」

「え……」


 まさかの『行ってこい』である。


「明日は登城しないといけないから、俺は一緒に行けないが、あの人が大丈夫だと判断したなら、大丈夫なんだろ」

「え、あの……」

「仮に、俺が反対したとしても無駄だろ? お前のことだから、ギルドの奴らと行くって決めてるっぽいし」

「うっ……」


 全てを見通していたかのように言うノーク。


「よ、よく分かったね」

「あのなぁ、二人だけの家族だぞ。お前の考えそうなことが分からないとでも思ったか」


 確かに、そう言われると、と納得しそうになるキソラ。


「あと、いくら許可したとはいえ、絶対に帰ってこいよ」

「当たり前。兄さんを一人にするつもりもないし」


 ――それじゃ、気をつけて行ってこい。


 ああ言われたら、必ず帰ってくるしかないではないか。


「……」


 一度息を吐き、切り替える。


 待ち合わせ時間まで後少し。


   ☆★☆   


「皆さん揃ったようなので、そろそろ行ってきます」


 完全に仕事モードに切り替えたキソラはそう告げる。


「キソラちゃん。本当に学院は大丈夫なの?」

「はい。念のためにと休学届も出してありますし、あと二日は有効ですから、大丈夫です」


 なら良いんだけど、とマーサは返すが、やはり心配らしい。


「それに、迷宮については俺たちも一緒だから、大丈夫だ」


 鎧を身に着け、腰の剣に手を添えながら、集まった冒険者の一人がそう告げる。


「あのねぇ、この子はあんたたちと違って、いろいろと微妙で大変な地位ところにいるの。この子がいなくなれば、国は荒れるわよ?」


 やや誇大ではあるが、言っていることは間違ってはいない。

 迷宮管理者であり空間魔導師であるキソラは、本当に微妙な場所に立っている。


「そ、そうなのか?」

「さすがにそこまでは……」


 確認の目を向ける冒険者に、キソラは苦笑いする。


「キソラさん、そろそろ時間ですよ」

「あ、そうですね」


 ギルド長に促され、自分の荷物を手にすると、キソラは待っていた冒険者たちに、それでは出発しましょう、と声を掛ける。

 そして、ぞろぞろとギルドを出て行く面々の背中を見ながら、ギルド長は呟く。


「絶対に、帰ってきてくださいね」


   ☆★☆   


 さて、ギルドを出た一行は、案内されながらも目的の場所まではそう時間は掛からずに到着した。


「うわぁ、思ってた以上にデカいなぁ」


 目的の迷宮の真下まで来た面々はどのくらいあるんだ、と見上げていた。


「何してんの?」


 案内をしていた一人である女性冒険者は、右手を地面に左手を壁に向け、魔法陣を展開していたキソラに首を傾げる。


「ああ、これですか? これは確認作業ですよ」

「確認? 何の?」


 相手が未知であり見知らぬ迷宮の場合、入る前にいくつか調べることがある。


「まず、外装の大きさ。中はともかく、外からの見た目は把握しておく必要がありますので」


 そして、その分のスペースをこの迷宮が奪っているということになるのだが。


「次にこれは重要です。生きているかどうか」

「もし、仮に生きていたらどうするの?」

「対処する必要があります。厄介ですから」


 油断してると、成長して周りに被害が出かねない。下手をすれば、騎士団や宮廷魔導師たちも動くことになる。もちろん、空間魔導師であるキソラとノークも駆り出されることだろう。


「それで、ここは――……」

「少なくとも、生きてるタイプではなさそうなので、大丈夫ですよ。私としては、内部の仕組みと生息しているであろうモンスターたちが気になりますが」


 生きてはないと告げられ、安堵する女性冒険者だが、内部のモンスターと聞き、顔を顰める。


「仕組み次第では、こちらが不利になる可能性もあれば、出来てからの期間が分からないため、地の利がある分、あちらが有利でしょうね」

「確かに、それは同意だな」

「いくら専門家がいるとはいえ、地の利が有るのと無いのとじゃ全然違うもんねー」


 話を聞いていたのか、オーキンスとリリゼールが口を挟んでくる。


「それよりも、キソラが一番気にしてるのは、わなの類でしょ」

「……」


 キソラは答えないが、当たりか、とリリゼールは理解した。

 罠一つで迷宮に慣れていたはずの母親を失ったのだから、気にして当たり前である。


「でも、キソラ。本当に知らなかったのか? こんなにも近かったのに」

「知ってたら、今来てませんよ。近くにある管理下の守護者たちからも聞いたことも無いし。もし仮に、ここに守護者がいるのなら、他の守護者たちが気付くはずですし」


 侵入者が現れただけで報告してくる守護者もいるぐらいである。そんな守護者たちが周囲の異変に気づかないはずがない。


「まあ、ここに足を踏み入れてからが勝負でしょうね」


 内部の仕組みもモンスターも、そして、罠も。全員揃って帰還できるかどうかも。


(全ては、足を踏み入れてからだ)


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