第三十一話:迷宮に潜むモノたち


「見事なまでに、迷宮だな」


 中に入った一行は、暗く広がる内部を見て、似たような感想を思う。


(これが、未知の迷宮……?)


 キソラが感じたのは、妙な威圧感。


「すっごいね。空間魔導師ボクたちを察知してなのか、威圧してきてる」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、リリゼールは言う。

 キソラが冒険者たちを一瞥するが、彼らがこの威圧感を感じている気配はない。


「リリさん。私以外に防御壁を張っておいてください」

「別に良いけど、何するつもり?」


 冒険者たちが発動したたくさんの光球が上へと上がっていくのを見ながら、キソラはリリゼールに告げるも、彼女は尋ね返す。


「わざわざ威圧で出迎えてくれたんだ。こっちは感謝の印を示さないと」

「おい……」


 本気で何する気だよ、と言いたげなオーキンスに、リリゼールはキソラから顔を逸らして防御壁を展開する。


「この程度で引き下がると思うな」


 それが聞こえたのか否か。威圧感が微妙に強くなる。


「何余計に挑発してんだよ!」


 オーキンスが叫ぶが、冒険者たちの中には、何なんだ? と不思議そうにする者もいれば、この威圧感……、と警戒し出す者もいた。

 それを余所に、手を叩き、注目を集めたキソラは告げる。


「さて、皆さん。引き返すなら今のうちです。どうします?」


 互いの顔を見合わせる冒険者たち。


「調査とは言いましたが、ここは迷宮です。私も一人しかいませんし、全員の命を守れる保証がありません」


 さて、どうします? と再度尋ねるキソラに、ベテランであろう冒険者の一人が笑みを浮かべる。


「俺は退かねぇぞ。それに、そういうのは入る前に聞くもんだぜ?」


 この迷宮に入った時点で、退くのは許されないだろう。だが、もし退くつもりならこれはチャンスでもある。


「私も退かないわよ。ギルド長に文句言われたくないもの」


 女性冒険者の一人をそう告げる。

 冒険者たちに目を向ければ、退くというより、早く進みたいという意志が感じ取れる。


「分かりました。それでは進みましょう」


 キソラのその言葉で一行が移動し始めれば、上の光球たちも移動し始める。

 途中、モンスターの声らしきものが聞こえたが、面々は怯むことなく進んでいった。


「……モンスターも来ねぇし、普通の洞窟みたいだな」


 一瞬でも迷宮であることを忘れそうになる。


「キソラ、地図の方は出来そうか?」


 進みながらマッピングを続けるキソラに、アークが隣から尋ねる。


「どうだろう? ここは迷宮だから、当てにはならないかも」


 それが常時や入る度に変化するのなら、なおさら無意味に近くなる。


「おい、何か来るぞ!」


 オーキンスが声を上げる。


「あれは……」


 冒険者の誰かが呟く声が聞こえる。


「ひっ!」

「『ビッグ・スパイダー』だ!」


 女性冒険者のものだろうか。息を飲むような小さな悲鳴が上がり、姿を見せた大蜘蛛に、冒険者の一人がその名を叫ぶ。


「マジですか」


 顔が引きつるのを理解しながらも、キソラは下がらない。

 逆に効果抜群の火属性が洞窟という空間のせいで発動も出来ない。


(さて、どうすっかな)


 火属性以外の対処方法を考えるしかない。

 ここで下手に人数を減らすわけにもいかないため、頭を回転させる。


(どうするどうするどうする。リリさんの防御壁で……いや、素早さならビッグ・スパイダーの方が上だ。それに、いくらリリさんでも、この人数の防御壁は無理だ)


 次の瞬間、ぐいっと背後に引っ張られる。


「っ、アーク!?」

「馬鹿。考えててもいいが、敵の前だというのを忘れるな」


 アークがキソラの襟元から手を外しながら、そう注意する。


「ごめん。でも最初からあんな奴がご登場ってことは、あとに控えてる奴らは、かなりヤバい連中ってことか」


 むしろそう思っておいた方がいいのかもしれない。

 キソラも念のため、四聖精霊たちをすぐに呼び出せるように準備をする。


「おい、嬢ちゃん」

「何でしょう?」

「嬢ちゃんはあまり魔法を使うなよ」


 冒険者の一人に言われ、キソラは瞬きを繰り返す。


「嬢ちゃんには、この迷宮の最深部まで行ってもらわないといけないからな」


 にっと笑みを浮かべてそう言う冒険者に、分かりました、とキソラは返しつつ、


「出来るだけ、温存させてもらいます」


 冒険者の背後に近寄っていた大蜘蛛に向かって、キソラは小さな炎を放つ。


『ギャアアアアア!!!!』

「蜘蛛らしくもねぇ、声を上げんじゃねぇよ!」


 オーキンスが、ビッグ・スパイダーを重力で上から押さえつける。


『グググ……』

「小さな炎であれだけのダメージって、余程苦手なのねぇ」


 苦しそうなビッグ・スパイダーに、リリゼールがそんな感想を洩らす。


るなら今だな」


 隙ありとばかりに、ビッグ・スパイダーへ冒険者たちの火が降り掛かる。


『ギャアアアアア!!!!』


 ビッグ・スパイダーが悲鳴を上げる。

 すでにオーキンスは重力を解除していたが、ビッグ・スパイダーはその場から動くことなく、その身体を燃やしていた。


   ☆★☆   


 ビッグ・スパイダーが燃えきったのを確認した後、一行は迷宮の内部を進んでいた。


「分かれ道……?」


 だが、続いていた道は二つや三つどころか五つや六つ、と分岐していた。


「どうする? いくつかにの班に分かれる?」

「うーん……」


 下手に分かれるわけにもいかないが、全員で全てを回るとなると時間が掛かる。


「分けるなら、公平にくじ引きか?」


 それなら、不満はあっても、文句は言えなさそうだが。


「……あの、皆さんはどの道が通りたい、とかありますか?」


 通るなら安全が発覚している所を通りたいが、ここはキソラすら知らない迷宮の中である。キソラにも、どこが安全な場所に繋がっているのか、分からないのだ。


「いや、別にどこを通ろうと、危険は付き物だからな」

「くじ引きで班が決定するのなら、それはその人の運次第。文句は言えませんよ」


 どうやら、くじ引きでの班決めは決定事項らしい。


「はぁ、分かりました。それじゃあ、早めにくじ引きをしましょう」


 そして、せーの、という掛け声とともに、くじは引かれ、それぞれの班が決まる。


「私はアークと同じ班か」

「だな」


 一組目、キソラとアークの班。


「ふーん……どうやらボクたちは、何をやっても引き剥がされない運命のようだね」

「お前なぁ」


 二組目、オーキンスとリリゼールの班。


「……」


 そんな次々と決まっていく班のメンバーだが、キソラは思う。


 戦力が偏りすぎだと。


(オーキンスさんたちが離れられない以上、私とアークがバラバラになる必要があるけど……)


 くじ引きで決めたのだ。文句は言えない。


「あと、何かあってからでは大変なので、連絡はこまめに取り合うことにしましょう」


 それに面々が頷くのを確認し、キソラは告げる。


「それでは、皆さん。また後でお会いしましょう」


 それを聞き遂げ、面々は道へと散っていった。


「それじゃ、俺たちも――」


 行くか、とアークが声を掛けようとしたが、そこにキソラの姿はなく、周辺を見渡せば、彼女はオーキンスたちと何か話した後、アークの方へと戻る。


「何話してたんだ?」

「ちょっとね」


 そのままキソラは一人進んでいく。


「ちょっ、先に行くなって」


 そんな彼女を、アークは慌てて追いかけるのだった。


   ☆★☆   


 ぴちょん、と滴が落ちる。

 まるで鍾乳洞のような錯覚を起こさせるが、どこから光が入っているのか、氷柱のようなものに反射して、幻想的な風景を魅せている。


「それにしても、だ。どこまで続いてんだ? この道」


 歩けど歩けど広い場所どころか、分かれ道すらない。

 こんなところで罠の一つでも発動されたら、一巻の終わりだろう。


「でもさぁ、あの子も言ってたじゃん。大玉転がしのようなベタな罠が来たら、ぶっ壊して良いって」

「いや、確かに言ってたけど……」


 リリゼールの言葉に、オーキンスは困ったように同じ色が続く天井を見る。


「他の連中、無事だといいが……」


 そんなオーキンスの懸念を余所に、他の連中こと冒険者たちは、というと――


「いっやぁぁぁぁ!!!!」

「ビッグ・スパイダーのあとはジャイアント・スパイダーかよっ!」


 モンスターに遭遇していた。

 相手はビッグ・スパイダーの倍ぐらいある『ジャイアント・スパイダー』というモンスター。

 出会い頭に悲鳴を上げる女性冒険者に対し、一緒にいた男性冒険者が舌打ちする。


「おい」

「うぅ……大丈夫。驚いただけだから」


 声を掛けられ、女性冒険者は切り替えたのか、男性冒険者の隣に立つ。


「どうする? っちゃう?」

「どうすっかな……」


 確保できる空間が空間だけに、思い切った大立ち回りは出来ない。かといって、目の前の巨大蜘蛛の生態を考えれば、逃げきれるかどうかは不明である。

 つまり、二者択一。るか、られるか、だ。


「仕方ない。身を守るためだ」

「うっし、燃えてきた」


 出会い頭の悲鳴は何だったのか、と問いたくなるほど、る気満々な女性冒険者。


「それじゃ、行くぜ?」

「ええ!」


 二人とジャイアント・スパイダーの戦いが始まった。






「うぎゃあああ!!!!」

「っ、またトラップかよ!」


 転がってくる大玉に、冒険者たちが逃げまくる。

 彼らの言葉から分かる通り、この班が選んだ道には大量の罠が待ちかまえており、何とか避けたりしながら進んできたのだ。


「にしてもっ、大玉転がしとかっ、何てっベタな罠っ!」

「走りながら喋るな。舌噛むぞ!」


 同じ班になった男性冒険者に注意され、口を噤む。


 ああもう! どうすればいいんだよ!


 二人は心の中でそう叫んだ。






 キソラたちは薄暗い道が続く所を歩いていた。

 前方から射し込んでくる光に、眩しそうにしながらも、一行は足を進めていく。

 だが――


「キソラ? どうした?」


 光の射す場所へ出た途端、立ち止まったキソラに、アークが首を傾げる。

 別に足元は切り立った崖ではないため、立ち止まる必要はなかったのだが、キソラは立ち止まっていた。

 目の前に広がるのは、自然保護区に指定されそうなぐらいの風景。木々は並び立ち、花々は咲き誇っている。


「……嫌みか」


 ようやく口を開いたかと思えば、紡がれたのはたった四文字。


「嫌みじゃねーだろ。というか、何でそう思った?」


 アークがそう尋ねるが、キソラは答えない。逆に、ある一点を睨みつけていた。


『うふふふふ……』


 どこからか笑い声が聞こえてきた。


「何だ……?」


 アークは驚かなかったが、一瞬、ほんの一瞬だけ、戸惑った。何せアークが感じたのは、薄ら寒く感じるほどの恐怖。鳥肌が立ったのが、その証拠。


「っ、」


 隣から聞こえてきたガシャンという音で我に返るが、どうやらキソラが背丈以上の柄の長い鎌を出した音だったらしい。


(キソラ……?)


「この空間を壊されたくなければ、姿を見せたらどう?」


 バチバチと刃の部分が火花を散らす。どうやら普通の鎌ではなく、魔鎌だったらしい。


『うふふふふ……』


 だが、声を出すだけで、やはり姿は見せない。


「あっそう……」


 そっちがその気なら、とキソラは魔鎌を一閃しようとすれば、木々や花々の空間は音を立てて崩壊していく。

 その光景に、チッと舌打ちするキソラ。


『うふふふふ、ようこそ。我が邸宅へ』

「随分とまあ、内部の空間を歪めたわね」


 キソラは周囲に気を配りながら、そう告げる。

 空間魔導師として言うのなら、能力が無いにも関わらず、ここまで作り上げたのは見事としか言いようがない。

 だが、迷宮管理者として言うのなら、中級~上級モンスターに罠、有り得ない空間と微妙に詰め込みすぎである。


『貴女がたに言われたくないわね』

「だからって、今の貴女に言われても、説得力無いわよ?」


 相変わらず聞こえてくるだけの声に、あくまでも挑戦的な言い方をする。


「なぁ、キソラ。まさか知り合いか?」

「んなわけないでしょ。初対面よ。……いや、まだ対面してないから、初対面は変か」

「どっちでもいいよ……」


 キソラの言葉にやれやれと思いつつ、声が聞こえてくる方へと目を向ける。


「もう一度、言うわ。そろそろ姿を見せてもらえない? 私としては、面と向かって話したいんだけど」


 姿を見せなきゃ、この空間をぶっ壊す。

 暗にそう告げるキソラに、声の主はくすくすと笑いながら告げる。


『うふふふふ……そんな物騒な言い方をすると、モテないわよ?』

「大きなお世話よ」

『でも……迷宮管理者だけではなく、空間魔導師まで来るのは想定外……いや、貴女が来る時点で、空間魔導師も来るというのは当たり前か』


 ふむ、とそう告げる声の主に、再度舌打ちしたくなるキソラ。


『そうね。ここの最下層に来なさい。そこで待っててあげる』

「なら、何で今声を掛けたの」


 その問いに、声の主はそりゃあ、と答える。


『話してみたかったから、かしら』


 それ以降、声はしなくなり、キソラも魔鎌を通常形態の杖に戻す。

 しばし互いが無言になった後、アークがぽつりと呟く。


「……なぁ、キソラ」

「……何」

「空間魔導師って、何だ?」


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