第二十三話:兄妹


「よっ、と」


 道を歩く中で、様々な店が建ち並び、様々な人々や種族が行き交う。


「久々に来たけど、やっぱり人多いなー」


 休日に入り、キソラは一人、その手にバスケットを持って、王都に来ていた。

 本当は、転移魔法で目的地に直行しても良かったのだが、キソラ自身、街の様子を見ておきたかったというのもあり、街の郊外に転移して、王都まで歩いてきたのだ。


「さて、それじゃあ城に向かいますか」


 キソラはある程度、街の様子を見ると、その場を後にした。






「おー、キソラちゃんじゃん」

「お久しぶりです。イアンさん、レオンさん」


 城に入り、キソラがまず向かったのは、多くの騎士たちが在籍する騎士団棟。今は訓練中なのか、訓練場から離れたキソラがいるこの場所まで声が響いてくる。

 少し中を歩いていれば、偶然にもキソラに気づいた兄であるノークの友人たちが声を掛けてくる。


「うん、久しぶり。にしても、見ない間にまた美人になったねー」

「気のせいですよ」


 これはいつものことなので、キソラはスルーする。

 なお、キソラがこの二人と会うのは、兄であるノークよりも一~二回少ない(理由としては、三人が騎士団に入ったため、個人の事情も含めて会う時間が減った、というのものである)。


「それって、いつもの手土産?」

「はい」


 持っていたバスケットを指され、キソラは頷く。


「ところで、兄さんの居場所、知りませんか?」

「あー……」


 二人は目を逸らしながら、気まずそうにする。


「団長に呼ばれてたから、なぁ……」

「そうなんですか」


 特に疑問に思うことなく、キソラはそう返す。

 ちなみに、キソラが疑問に思わなかったのは、ノークが何かミスするとは思えないという色眼鏡によるものである。


「とりあえず、団長室の方まで行ってみますね」

「え、ちょっ、キソラちゃん?」


 二人の制止虚しく、キソラは行ってしまった。


「なぁ、レオン」

「何だ?」

「今の、無かったことに出来ないか?」

「無理だな」


 レオンにはっきりと言われ、項垂れるイアンだった。


   ☆★☆   


 王城騎士団団長室。

 そこでは厳つい顔をした男性と優男にも見える青年が相対していた。


「お前も知っているだろうが、帝国が最近妙な行動をしているらしい」


 厳つい顔をした男性に青年は何も返さない。


「おそらく、という仮定だが、近いうちに戦争になる」


 それを聞き、青年は驚くのではなく、顔を顰めた。


「つまり、空間魔導師でもある俺に、出陣命令がくだるかもしれない、と団長はお考えなのですね」

「ああ、それもあるが、私としては君の妹も呼ばれないかが心配なのだよ。ノーク・エターナル」


 青年ことノークは目の前の男性の言葉を訝しんだ。

 妹であるキソラへの出陣命令についての話があることも予想済みだったのだが、そこが厳つい顔した男性こと騎士団長の懸念らしい。


「実は、王弟殿下を筆頭に王族の者たちもそのことを心配されていた」

「妹が学生だから、ですか?」


 本当の理由は違うのだろうが、表向きはそうなのだろう。


「ああ、もちろんそれもある。だが、我が国にも洩らすことができない情報などものもあるのだよ」


 現在、この国には空間魔導師が二人いる(言わなくとも分かると思うが、キソラとノークのことである)。

 もちろん、他国の中には知っている所もある。

 だが、キソラについての懸念はそこではない。

 問題はキソラの能力についてだ。

 冒険者であり迷宮管理者でもあるキソラは、兄であるノークよりも空間魔導師としての能力は高い(本人は自覚してないが)。もし、それが運悪く帝国に知られれば、彼女が目を付けられ、狙われる可能性も出てくる。

 それを、王族や騎士団長は懸念していたのだ。


「出来れば、彼女には大人しくしていてもらいたいのだが……」

「無理でしょうね。暇になる度に、ギルドの方へ顔を出しに行ってたぐらいですから」


 キソラは、大人しくしていろと言ったところで、大人しくしているようなタイプではない。

 それをよく分かっているのはノークである。

 ノークが騎士団に入った時、ギルドに加え、王城の騎士団棟に顔を出すようになったが、今ではそれも減って、少なくなっている(主な理由としては、キソラが冒険者たちのランクアップ試験やアークと会い、『ゲーム』の関係で顔が出せていないのだが、そんなことをノークが知る由もない)。


「いっそのこと、放置しておきます? その方が上手く行くと思うんですが」


 ギルドにはギルド長を筆頭に凄腕の冒険者たちもいるし、学院には学院長を筆頭とした凄腕の教師たちや優秀な生徒もいるだろう。


(それに、守護者や四聖精霊たちもいる)


 そして、最後の砦は、キソラ本人が張った物理も特殊も通さない超防御結界だ。


「変に動きを制限するより、良いと思いますよ。清々しいぐらいに守りが堅いですから」

「ふむ……」


 確かに、その方が良いのかもしれない、と団長は思案する。


「それに、あいつは襲われても返り討ちにできるぐらいの実力も持ってますから、相手が相当な実力者でない限り、大丈夫だとは思いますよ」


 キソラの使う空間魔法を除く魔法のバリエーションや剣技の技術面を考えると、少なくとも騎士団員(団長や隊長格を除く)やAランク冒険者とは戦えるだろう。

 不意打ちもあり得るが、全方位にアンテナを張り巡らせてるようなキソラに、完全にとは行かなくとも、避けきれないことはないだろう。


「とにもかくにも、いくらあいつに実力があったとして、俺が戦争への出陣はさせません」

「出来るのか? 一隊員であるだけのお前に」


 ノークの言葉に団長は尋ねる。

 彼は自分のような地位にいるわけではない。そんな彼に、妹を守れるのだろうか。


「出来る出来ないじゃありません。やるんです。妹一人ぐらい守れないと、兄としては頼りないですからね」


 肩を竦め、苦笑するノークはそのまま続ける。


「団長、知ってますか? この城や国を覆う結界を張っているのって、あいつなんですよ?」


 それはもう、どこか悲しそうに、ノークは告げた。

 彼女が無理をしているのではないか、と思ったこともある。キソラが母親から迷宮管理者という仕事を幼い時に継ぎ、その上で冒険者もしているが、政治などの面から見れば、空間魔導師という特殊な立場のためにいろいろと利用されようとしている。

 ノークも人の事を言えないが、それでも、今はまだ学生であるキソラが心配なのだ。


「それじゃあ、俺は行きます。俺は団員の一員なので出陣命令があれば行きますが、あいつは絶対に出陣させませんから、その点は安心してください」


 団長に背を向け、ノークは団長室を出て行く。


「それでも、彼女の負担が減るわけじゃないんだろうがな」


 いくら宮廷魔導師がいるとはいえ、キソラがこの国の結界をほぼ一人で張っているようなものだが、反対にその苦労も増えるんじゃないのか。

 団長はそっと溜め息を吐いた。


「ノーク・エターナルとキソラ・エターナル、か。どうやら、あの兄妹はこれから先、いろいろと振り回されるんだろうな」


 誰に、とは言わない。

 だが、あの二人にとっては、過酷で数奇な出来事が待っているのでは無いのだろうか。


   ☆★☆   


「やっほー、兄さん。来ちゃった」


 ノークが団長室を出て、歩いていれば、少し離れた場所からそう言って、キソラがひらひらと手を振るのが見えた。


「来ちゃった、って……」

「いいじゃん、別に。話が聞こえない位置で待ってたんだから」

「……」


 別にそういう問題ではないのだが、それだけキソラが気を使ったということなのだろう。


「で、また・・持ってきたのか」

「うん、久しぶりでしょ」


 ノークの目は、キソラがその手に持っていたもの――バスケットを見て、顔を引きつらせるノークだが、キソラの言う通り、久しぶりなので文句は言わない。


「まあ、いい。どうせ俺たちに持ってきたんだろ? 先に受け取っておく」

「あ、うん」


 キソラははい、とノークにバスケットを手渡す。別に先程会ったイアンたちに渡しても良かったのだが、何となく、キソラはノークに渡したかった。


「それにしても、最近は以前まえのような頻度で来なくなったよな? 何かあったのか?」

「え? あ、ううん、何もないよ? 進級したし、授業内容も難しくなってきたから、いろいろと、ね……」


 ノークの問いに、やや目を逸らしながらそう答えるキソラ。

 だが、ノークはキソラの反応から違うと理解したため、「ふーん……」と返す。


(う、疑ってる……)


「な、何もないから! 本当に何もないからね!」

「はいはい、分かってるよ。お前に彼氏が出来たとしても、驚かない」

「絶対、分かってない! 彼氏なんていないし、授業内容が難しくなってきたのは嘘じゃないから!」


 やや言い訳みたいになったが、キソラが反論すれば、ノークは「はいはい」とスルーする。

 実際、内容は難しく、成績が一年の時と比べて下降気味なのは、キソラも自覚している。その上、『ゲーム』やギルド関係の問題もあるため、ストレスも感じても良さそうだが、キソラとしては慣れてきたせいか、ストレスとして感じなくなってきていた。

 そのままギャーギャー騒ぎながら進んでいれば、お、と二人に気づいたらしいイアンとレオンが「おーい」と手を振ってくる。


「行き違いにならずに会えて良かったな」

「はい」


 イアンの言葉に、頷くキソラ。


「ほら持て」

「え」

「良いから」


 ぐいぐいとキソラから受け取ったバスケットをイアンに押し付けるノーク。


「いいから持て」

「……はい」


 背後からゴゴゴという音が聞こえそうなノークに、イアンはそっとバスケットを受け取る。

 そんな二人を見て、レオンが何かあったのか? と視線を向けたため、ノークは後で言うと視線で返す。


(どうやら、キソラちゃんの前じゃ、言いにくそうなことらしいな)


 レオンはそう判断する。

 いくらキソラが空間魔導師であり、ノークの妹であろうと軍人ではなく、一般人だ。団長がノークを呼んだ理由もキソラというより、空間魔導師関連なのだろう。


「それで、今日はいつまでいるんだ?」

「あー……、あんまり行きたくないけど、神殿の方にも行かないといけないから」

「そうか」


 キソラの言葉に、ノークは頷く。


「それじゃあ、渡すもの渡したし、私、行くね」

「ああ」


 そのまま神殿方面に足を向けるキソラを三人は見送った。






「で、団長は何だって?」

「俺はともかく、キソラに出陣命令がくだる可能性もあるから、覚悟しとけって言われた」

「マジか」


 ノークの話を聞き、二人は呆れ混じりにそう返す。


「クソっ、何を考えてんだ。上の連中は……!」

「あの子を、戦争の道具にするつもりか?」


 壁に拳をぶつけるイアンに、レオンはノークに問い掛ける。


「団長もそのことを心配していた。話を聞く限りだと、王弟殿下たち王族側も同じらしいが……」

「問題は貴族連中か」


 そう、問題は貴族である。貴族の大半がキソラの出陣を促せば、王族側も決断せざるを得ないし、参謀もそれを元に作戦を立てなくてはならない。


「自分たちでは何も出来ないくせに、口だけは達者だもんな。あいつら」

「イアン。誰が聞いているのか分からないんだから、口の利き方には気をつけろ」


 レオンにそう言われ、溜め息を吐くイアン。


「仮にあの子を出陣させたとして、言い方は悪いが、負けでもすれば、この国は本当に終わるぞ」


 彼女の結界があるから、この国はまだ平和でいられるのだ。だがもし、その守り手である彼女がいなくなれば、この国は少なくとも戦禍に呑まれる。


「お前のことだから、大丈夫だとは思うが、させないよな?」

「当たり前だ」


 レオンの問いに、当たり前のことを聞くな、と返す。


「何があっても、あいつは守るって決めたし、約束したからな」


 たった一人・・・・・の妹だから。

 今更で遅いだろうが、やはり国の揉め事なんかに関わらせるわけにはいかない。


(何があろうと、守ってやるからな)


 今のノークに出来るのはそれだけだ。


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