第二十一話:銀髪の少女



 テレスことテレスティア・フィクシアは頭が悪いわけではない。

 事情や理由さえ知れば、きちんと理解してくれる。

 ただ、勘違いが先走ることがあるだけだ。


わたくしはっ……!」


 ずっと側にいると、友人でいてくれると思ってた。


 アリシア・ガーランド。

 赤髪の少女は、見たこともない金髪の少女を『友人』と、『友達』と呼んだ。

 彼女が自身を昼休みに呼んだ理由は分からない。

 ただ単に話がしたいのか、アリシアに関することなのか。


「もし、彼女を悪く言うのであれば――」


 私は貴女を許さないから。


 テレスはそう心に決めると、そのまま教室に戻った。


   ☆★☆   


「本当に銀髪なのね」


 赤毛の友人であるアリシアは素直にそう思った。

 昼休み。テレスより一足先にキソラの元へ訪れていたアリシアは、朝とは打って変わり銀髪碧眼となったキソラに驚いていた。


『気づかれないかもしれないから、先に言っておくけど、昼休みには銀髪碧眼になってるかもしれないから』


 休み時間、移動教室から戻ってきたキソラ本人とその友人二人、そのような話と学院中、というよりは普通科内で流れていた噂でまさかとは思っていたのだが、目の前でそんな事象を見せられると、否定は出来ない。

 最初見たときは一瞬、髪色と目、瞳の色のせいで見間違えたのかと思ったのだが、よく見れば、それは自身の知る友人だった。


「正直、半年に一度だから助かってる。満月の度なら、死んでるわ」


 キソラにしてみれば、半年に一度の頻度で満月の出る日にこの体質は表に現れる。

 この体質が満月の度に表に現れれば、今朝の出来事にも慣れたものだったのか、鬱陶しいと思ったのかは分からないが、キソラとしてはありがたかった。


「それは、ご愁傷様ね」


 アリシアとしては、こう答えるしかない。

 自分たちに関わることなら対処方法も一緒に考えたのだが、これはキソラだけの問題である。


「ちょっと、何で貴女がいるの!?」


 そこにやってきて、声を上げたのは休み時間にキソラに突っかかってきた人――テレスことテレスティア・フィクシアである。


「何でって、私は友達だからね。一緒にいてはダメなの?」

「別にダメでは……」


 苦笑しながら尋ねるアリシアに、どこか納得できなさそうなテレス。


「なら、良いわよね」

「……くっ」


 そんな二人をどこか遠い目で見るキソラと友人二人。

 だが、このままでは時間が無くなるため、キソラは告げる。


「お話し中悪いけど、呼んだの私だからね?」


 それを聞いたテレスから恨みがましい目を向けられるも、首を傾げられる。


「貴女が呼んだ……?」

「テレスティア。貴女、人の顔を覚える努力をした方が良いわよ。この子は髪色は違えど、貴女が声を掛けた子なんだから」


 テレスの言葉に、アリシアがフォローするも、違う気がする、と呟く彼女にアリシアは頭を抱えた。


「大体、貴女たち貴族は、平民をみんな同じようだと思っているみたいだけど、全然違うから。顔を覚えなくてもいいなんてこと、無いんだから」

「……」


 アリシアの言葉に、テレスは黙り込む。


「あの、テレスさん。呼んだ理由と用件だけ言いますから、耳だけは傾けておいてくださいね」


 二人がこの後移動教室だと困るので、そう前置きし、キソラは言う。


「呼んだ理由は、あることを伝えるためなんです」

「あること……?」

「明日の朝、またここへ来てください。本来の姿・・・・でこの姿の説明も、貴女の相手もしますから」

「……分かったわ」


 それを聞き、キソラは微笑んだ。


   ☆★☆   


 日が沈み始め、夕焼けと藍色がグラデーションを描く時間。


「でさー」

「はいはい」


 キソラの話に、アークは適当に返す。

 帰ってきたら愚痴を聞いてやるとは言ったが、そのほとんどが似たような内容な上に、同じ事を繰り返し言っていた。これではいくら聞くと言ったアークでも嫌になる。


「アークぅ……」

「あーもう!」


 いつも以上に面倒くさいパートナーに、アークは頭を抱えた。


「おい、キソラ。聞くとは言ったが、何度も同じ内容を話すのは止めろ」

「……」


 注意すれば、キソラは無言になり、アークは溜め息を吐いた。


(見た目が変わっただけで、あそこまで苦労するものか?)


 キソラを見ているとそう思えてくるのだが、キソラ本人としては、苦労の原因でしかないのだろう。

 それに――


(貴族の子息、か)


 黙ったままのキソラに目を向ける。

 キソラは黙っていれば(どちらかというと)美少女に入る部類の顔立ちをしている。金髪と銀髪のキソラを見たアークとしては、子息だけではなく、男子生徒が声を掛けたくなるのも分かる。分かるのだが――


(普段の言動のせいでイメージがなぁ)


 少なくとも、深窓の令嬢には見えない。反対にどちらかといえば戦闘が好きな戦闘狂バトルジャンキーに近い。


「キソラ」

「……何?」


 アークが呼べば、キソラは顔を上げる。


「出掛けるぞ」

「はい?」

「出掛けるって言ってんだ。早く用意しろ」

「う、うん」


 急かすアークに戸惑いながらも、出掛ける用意をするキソラだった。


   ☆★☆   


「それで、どこに行くの? あんまり帰りが遅くなるのは……」

「分かってる」


 そう言いながら、キソラの手を引き、転移魔法で移動を続けるアーク。

 おそらく、キソラに迷宮管理者としての能力を使ってもらった方が早いのだろうが、それを頼んで使わせるのは何か違うとアークは感じたので、転移魔法を繰り返し使って、場所を移動していた。


(それにしても――)


 とアークは思う。

 さすが迷宮管理者というべきか否か。何度も転移魔法を繰り返し使用しているのに、転移酔いしていない。

 念のために補足するが、キソラは自身に結界を張っているわけでもなければ、空間魔法を使っているわけでもない。


「ま、まだ着かないの?」


 本気で不安になってきたらしいキソラがアークに尋ねるが、


「まだ」


 とはっきり答えた。


「でもまあ、見えてきてはいるが」

「え?」


 キソラが正面に目を向ければ、完全に沈みそうな夕日が海を照らし、キラキラと輝いていた。


「……アーク」

「何だ」


 感謝の言葉一つでも聞けるかと思ったアークだが、やはりキソラはキソラらしい。


「だから、あんなハイペースで転移魔法を使っていたんだね」

「……ああ」


(何を期待していたんだか)


 地味に何故かダメージを受けながらも、いつも通りのキソラに戻ったことに喜ぶべきなのか。


「全く……。戻るときは私が使うからね」

「ああ」


 アークとしても、元からそのつもりだった。


   ☆★☆   


「あら、キソラじゃない」

「アリシア」


 周囲は暗くなり、街灯が寮への通り道を照らす。

 転移魔法で学生寮の近くへと戻ってきたキソラとアークは、偶然にも大きな袋を手にしたアリシアと会った。

 ちなみに、アークは『ゲーム』関係者知り合い以外には見られないように、キソラが視覚遮断の結界を張っている。


「貴女たち、何をしてるのよ」

「そっちこそ」


 アリシアの問いに、キソラは聞き返す。


「……私は、ギルバートの暇つぶし用に借りていた本を、全部返しに行ってたのよ」


 質問を質問で返してきたキソラに対して溜め息を吐くと、アリシアはそう言いながらも、「どこかの誰かさんたちのおかげで、別の暇つぶしが出来たみたいだけど」とアークを一瞥して付け加える。

 そんなアリシアに苦笑いするキソラとアーク。

 二人がギルバートを冒険者ギルドへ(巻き込んで)加入させたのは間違いないのだが、アリシアに知られていたとなると否定も肯定もしにくい。


「とにかく、これで本を借りる必要が無くなったし、貴女がパートナー経由でギルバートに渡してくれたらしい視覚遮断のペンダント、役に立ってるし」

「ああ、あれ……」


 アークが冒険者業に慣れてきた頃、油断大敵と念のためのお守りとして、キソラがアークとギルバート用に空間魔法の効果を付けて作り、ギルバートにはアークから渡すように頼んでおいたのだが――


(すっかり忘れていた)


 綺麗さっぱり記憶から抜け落ちていた。

 アリシアの言い方を聞く限りでは、どうやらアークはギルバートにちゃんと渡したらしい。


「忘れてたわね……?」


 アリシアに疑いの眼差しを向けられ、キソラは視線をそっと逸らす。


「しょ、しょうがないでしょ!」


 全部が全部、いくら空間魔導師でも覚えきれないわよ! と叫ぶ。


「はいはい、もう夜なんだから騒がないの」

「誰のせいよ……」


 よしよし、と自身を宥めだしたアリシアに、キソラは呆れた目を向ける。

 そこで、ふわりと風が吹き、木々の葉が舞う。


「風が出てきたわね」

「……そうだね」


 何気ないアリシアの言葉に、キソラは同意しながらも、ある方向を見つめる。


「でも、のんびり話すことは出来そうにないよ」

「まさか――」


 関係者なら、その言葉で気づかないはずがない。


「今回の、対戦相手のご登場だ」


   ☆★☆   


 上と下から睨み合う。


「あ? 何か聞いてた奴と違うな」

「あの言い方、やっぱり、あいつらが敵のようね」


 先に声を発したのは相手だった。

 アリシアに同意しながらも、キソラは相手を観察する。今回の相手は二人組のようだ。


(それに、聞いてた奴、って……)


 確かにそう言っていたのを、キソラは聞いていた。


(まあ、そのことについては後で聞くとして――)


「どうする?」

「そうだね……」


 アリシアの問いに、キソラは軽く思案する。


「出来れば、今日は戦いたくないけど……相手は違うみたいだしね」

「私も、避けたいわね。ギルバートいないし」


 二人の意見は一致したのだが、相手が逃がしてくれるかどうかが問題だった。


「……」


 キソラは再び思案する。

 そして、出した結論は――


「ん、よし。今回は逃げよう。私が囮兼前衛受け持つから」

「ちょっ、本気!?」


 一歩前に出たキソラに、冗談だよね? と止めようとしたアリシアだが、心配しなくていいと言われる。


「それに、あの二人が私を突破できるはずがない」

「いくらなんでも相手をめすぎだ」


 アークの言葉にも一理ある。


「あれ、知らないんだっけ。この時・・・の私は、“攻撃魔法”も使用できるし、時間稼ぎなんか朝飯前だよ」

「けどなぁ」


 納得できなさそうなアークに、息を吐いてキソラは言う。


「いざとなったら私も逃げるし、そもそも、こんな所で本気出せるわけ無いでしょ」


 空間魔導師であるキソラが本気を出せば、この辺り一帯は何もなくなり、更地になる可能性は否定できない。そのため、そういうことが起きないようにと、国からの制約と空間魔導師同士で能力使用に関する制約が決められた(なお、優先されるのは空間魔導師同士で決められた制約であり、個人の意志とは別に国家間での戦争などに利用されないための処置である)。

 余談だが、キソラは兄と母親に連れられて、他の空間魔導師と二回だけ会ったことがある。

 年齢や見た目は様々だが、その時は十代後半から三十代らしい男女が多かった、とキソラは記憶している。今では戦争などや他国や大陸を旅する者もいるので、それぞれの母国に住もうとする空間魔導師の人数も減りつつはあるのだが、一応、最年少の空間魔導師として把握されているキソラへは、時折様子を見に来る者や手紙を寄越す者もいた。


 まあ、そんな話はさておき。


「追い返すぐらいの気持ちで相手するつもりだし」


 そう言うキソラに、アークとアリシアは顔を見合わせる。


「ごちゃごちゃと――いつまで話してるつもりだ!」


 そう言いながら相手が放ったであろう降ってきた魔法を、苦もなくキソラは防ぐ。


「その程度の魔法で、私の防御を貫けると思うな」

「っ、」


 笑みを浮かべるキソラに、相手の二人は悔しそうな顔をする。


「それなら――」


 一人が漆黒の翼を出し、空を飛ぶ。


(あっちがアークたちみたいな飛行タイプか)


 でも――


「魔法は通さない」


 空中から放たれた魔法に、バチバチとキソラの結界が火花を散らす。

 その隙をついて、もう一人が剣で切りかかってくるが、「はい、残念」とばかりに、キソラは杖にも見える武器であっさりと防ぐ。


「さすが、言うだけあるわね」


 キンキン、と相手の剣と自身の武器がぶつかりながらも、キソラは余裕を崩さない。今回はそれだけ自信があるということか。


「ああ。しかも、魔力も剣技も威力が上がってる」


 相手に合わせて剣に切り替えてから、素早さも上がっている。


(ただ、問題は――)


 キソラの体力がどれだけ続くかだ。


   ☆★☆   


 銀の髪を風に靡かせ、碧の目が相手を逃がさない。


「くっ……! この女、強い!」


 思わず歯を食いしばる。

 最初、学院の学生寮付近を歩いているのだから、学院の生徒なのだろうと思って見ていれば、それは間違っていなかったらしい。近くにいた青年を見れば、『ゲーム』の参加者というのも理解した。

 たが、実質的に戦っているのは、目の前の銀髪の少女一人。相棒の魔法を防ぎきった上、自身の剣技まで上回っている。

 彼女の後ろにいる二人が完全に傍観を決め込んでいるのは、手出しするなと言われたからなのか、する必要がないと思ってるからなのか。

 どちらにしろめられてるのは理解しているが、彼女の実力は認めるしかない。


「戦っている最中に考え事っていうのは、感心しないわね」

「しまっ――」


 持っていた剣を弾き飛ばされ、首元に剣の切っ先を向けられる。


「テメェ――」

「バカっ、来るな!」


 どう状況を理解したのか、パートナーがこちらに突っ込んでくる。彼女の目がパートナーに向けられた時には焦ったが、それは別の意味で裏切られた。


「帰りが遅いから来てみれば、三人揃って、何やってんだ」


 それは彼女の仲間――四人目の登場だった。

 パートナーを横から蹴り飛ばした四人目は、銀髪の少女たちの元に下りていくのだが、傍観を決め込んでいた二人は何ともいえない目を、銀髪の彼女は頭を抱えていた。


「一応聞くけど、邪魔しに来たのか、空気をぶち壊しに来たのか、どっち?」

「分かってたが、助けに来たっていう選択肢は無いんだな」


 そのまま話し出す彼女と四人目。


「助けるなら、自分のパートナーぐらいにしておいてよ」

「だから、油断するな、って言っただろうが」


 銀髪の少女の言葉に、傍観を決め込んでいた青年がそうツッコむ。


(あ、あれ?)


 もしかして、忘れられてる? と思えば、少女がこちらを見て、


「とっととパートナー連れて帰りなよ。私たちは元々、今日は戦うつもりなかったし、起きられて騒がれたら面倒くさい」


 本気で面倒くさそうに、言ってきた。


「え? でも、『ゲーム』の参加者なんだよね?」

「参加者だからって、必ず戦闘行為をしないといけない、っていうルールは無かったと思うけど」

「それは……」

「だから、戦う必要がないなら戦わない。まあ、戦闘行為をしないといけないのなら、やるけどね」

「……」






 相手はそれを聞いて、反論も何もしなかった。

 ただ、パートナーを連れ帰り、キソラが言ったことを自分なりに頭の中で考えた。

 そして、去り際に言われた、


『最悪、死ぬ覚悟をしないといけない場合も出てくるだろうけど』


 という一言。下手をすれば、死人が出るかもしれないし、被害者に加害者、容疑者が現れるかもしれない。

 果たして、この『ゲーム』というものに出口はあるのだろうか。


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