第十二話:vs生徒会役員・風紀委員Ⅳ(精神転身)
☆★☆
「……マジっすか」
キソラを知る面々の言葉と気持ちが見事に重なった。キソラが迷宮管理者だと知るアークとアリシアは特に、だ。
爆発的に湧いた魔力の方を見れば、姿と青い光を放つキソラがそこにいた。
「本当、毎度驚かしてくれるよな。お前のパートナー殿は」
これまた実感の籠もったギルバートの言葉に、アークは顔が引きつってないか心配だった。
シルフィードを喚んだだけでも驚かせたのに、今度は“精霊憑依”と来た。
しかも、見た目は先程まで側にいたウンディーネであり、キソラらしさは顔と魔力ぐらいだ。というか、ウンディーネを少し幼くしたような感じである。
「俺的には倒れないことを望むんだが、明らかに倒れるパターンだからな」
フェクトリアたちの時もそうだった。
「ま、大丈夫だろ」
お前がいるんだし、というギルバートに、アークは睨みつける。
「ふざけんな。毎回倒れられてたまるか」
他人事だと思って、というアークに、ギルバートは乾いた笑みを浮かべる。
だが、キソラの、あの状態の実力が分からないため、アークも手出しも出来ない。
「何よ、あれ。あんたのパートナー、勝てるの!?」
キソラのウンディーネモードを見て、メルディがチェルシーに叫ぶ。
うるさそうにしながらも、チェルシーはメルディに目を向けずに答える。
「どうだろうな」
「どうだろう、って……」
仮にも自分のパートナーでしょ、とメルディは思う。
そして、口調が素に戻っているが、本人は気づかない。
「メルディの言う通りだ。あの様子だと、形勢逆転されるかもな」
シューカが横目でチェルシーを見ながら言う。
「……」
だが、チェルシーは答えない。
「なら、少しばかり、ちょっかい出しても良いかしら?」
メルディが笑みを浮かべて、首を傾げる。
「それって、どれくらいのちょっかい? 大規模な被害が出る
結界があるのだから、被害はそれなりに抑えられるだろうが、限界もある。
「あら、そんなに大規模じゃないわよ。ただ、有利にするためよ」
「数では有利だけど?」
数では、ね、とメルディは返す。
「でも、彼女の相手は彼だけじゃないでしょ?」
メルディはキソラに向かって、“
そのことに気づいたのか、キソラは“
「きゃっ!」
バシャッ! と“水球”はメルディに当たる。彼女は濡れたのが分かり、キソラを睨みつけるが、当の本人はアオイと応戦中で気づいてもないらしい。
「悔しい悔しい悔しい~!」
悔しがるメルディだが、シューカやチェルシーには、どこに悔しがる要素があったのか分からない。
もちろん、アークたちも似たような気持ちなのだが、ただ思ったのは、
「容赦ねぇ」
ということだった。
そもそも、アークたちはかなり高い位置にいるのに、まさか同じ位置にいるメルディに当たるなど思わなかった。
「あんた!」
メルディにきっ、と睨まれ、何だよ、とアークは返す。
「自分のパートナーぐらい、ちゃんと見ておきなさいよ!」
「いや、バトルでなら無意味だろ」
うんうん、とシューカも頷く。
バトル時は基本的に地上戦と空中戦に分かれる。アークたちはやろうと思えば地上戦も可能だが、キソラたちの場合は地上戦一択だ。
それに、ともアークは思う。
(キソラに言っても無意味だろうし)
キソラがあっさり言うことを聞くとは思えない。
そもそもアークは、キソラの本気も、本来の実力も把握できていない。
(もし、あれが本気の――しかも、実力の一端だとすれば……)
キソラは強いのかもしれない。
それも、自分たちの思っている以上に――
☆★☆
「先輩、大丈夫ですか?」
アンリが尋ねれば、キソラは大丈夫、と返す。
空中からの攻撃には驚いたが、有り得ないわけではない。
「っ、」
戦闘装束モードのウンディーネの姿を借りているとはいえ、防御全てが万能ではないし、かといって攻撃を得意としているわけでもない。
『一斉に終わらせますか? この状態でなら可能ですが』
ウンディーネが思念で尋ねてくる。
(そうねぇ……)
キソラは考える。
確かに、その方が楽かもしれないが――……
(これ以上の能力バレはヤバいし、隠していた意味も無くなる。非常に……)
非常に――
「厄介だ」
そう呟く。
アンリは不思議そうにしていたが仕方ない。
(というか、不思議そうにしてばっかだな)
ウンディーネの思念はキソラ以外には聞こえないため仕方ないし、第一、迷宮管理者なことと空間属性持ちだと知られれば、やはり厄介だ。
生徒会・風紀側が勝てば、嫌でもバレそうだが。
はぁ、と溜め息を吐く。
「ウンディーネ」
『“精神転身”の術とは、珍しいものを見せてくれるな、
ウンディーネに返事しようとすれば、横から、声を掛けられる。
『その声……ノームか。引きこもったんじゃないの?』
『……シルフィードか。全く』
やれやれ、と言いたそうな声に、キソラは顔を顰める。
一応、アンリたちから見れば、キソラは百面相をしているだろう。というか、キソラは自分が百面相していると思われている自信はある。
『で、“精神転身”だが――』
『気づいてたけど、せっかく無視して、気づいてない振りしてたのに、掘り返すな!』
『え、気づいてたんですか!?』
キソラの言葉に、「絶対、マスターは気づいてないと思ってました」とウンディーネは言う。
『気づいていたなら、誰と入れ替わったのか、分かってるんじゃないのか?』
『一応、それらしいのは分かってますよ』
キソラは空にいるチェルシーを一瞥する。おそらく、アオイのパートナーであろう。
『じゃあ、対処法も分かっとるじゃろ?』
『“精神転身”の術者に攻撃、ですよね』
『ああ、そうだ』
(うわっ、面倒っ)
寄りによって相手は飛行可能者。
「……」
どうやら、選択肢は元から少なかったようだ。
防御しながら、アオイの攻撃を防ぐ。
「とりあえず、一斉に終わらせようか」
もしこの場に、キソラのことを
キソラにしては珍しく、笑顔――目は笑っていなかったが――を浮かべていた。
☆★☆
雨が降る。
当分の間、止む気配はない。
アリシアたちへは、キソラが雨を防いでおり、アンリたちはそれぞれが降雨対策をしている。
「……」
キソラとウンディーネは目の前にいるアオイ――いや、術者であろうチェルシーに無言で目を向ける。
一方で、同じように無言で攻撃を仕掛けてくるチェルシーに、魔法で作り出した水の刃で応戦する。
(攻撃力が上がってる……?)
いや、防御力や素早さも上がってる様に見える。
キソラたちの戦闘を見ていたアンリは、そう判断する。
キソラが左の
「無理」
「っ、」
次々と噴き出す水に、避けようとするチェルシーだが、避けても避けても追ってくる噴き出す水に、チェルシーはアルンたちの方へ走って行く。
『
ウンディーネが叫ぶ。
このままでは、アリシアやフェクトリアに当たりかねない。
「落ち着きなさい。水ならコントロールできる」
ウンディーネを宥め、左手を軽く振れば、アリシアたちを躱すように、水はチェルシーだけを追い掛ける。
「……あっぶなー」
唐突な背後からの攻撃に、間一髪で避ける。
『パートナーが危ないと感じて、降りてきたんですかね?』
ウンディーネの言葉に、どうでしょう? とキソラは返す。
(でも、おそらくこっちがアオイ君本人かな?)
見た目の違いと背後に翼があるせいで、中身が入れ替わっているということに、微妙な違和感を感じる。
剣を構え、対峙する
「っ、何だ、これっ!?」
「何で降りてきたの?」
気持ち悪いのか、水から脱出しようとすれば、逃げ回るチェルシーに顔を向けながらも、キソラは視線だけアオイに向け、尋ねる。
その問いに動きを止めたアオイに、キソラは言う。
「降りてこなければ、捕まることもなかったのに」
「……」
アオイは答えない。
確かに、キソラの言う通り、降りてこなければ捕まらなかったかもしれない。
(でも、パートナーだから、放っておけなかった)
『ゲーム』でパートナーとなった者同士は、ほとんど運命共同体の状態だ。
もし、どちらかが足を引っ張れば、そのパートナーは巻き込まれ、『ゲーム』の対価を取られ、被害者となりかねない。
「でもまあ、放っておけないよね」
逃げ回るチェルシーに目を向け、キソラはそう言う。
いつパートナーになったのかは知らないが、キソラだって、アークが危ないと判断すれば助けようとするのだろう。
「ねえ、もし君たちが“精神転身”してるなら、君の意志で戻ることは出来ないの?」
「無駄だ。“
キソラの問いに、アオイはそう返す。
いきなり“精神転身”させられた時は驚いたが、今ではこの身体でも慣れてしまっている。
「それにしても、いつから気づいていた? “精神転身”したことに」
「自然そうに見えて、いきなりだったからすぐに分かったわよ。“精神転身”については戦っているうちに、そうじゃないかな、って感じだけど」
本当にいきなりだ。
目を細めたかと思えば、次の瞬間には攻撃されていたんだから。
そこで、ふと思う。
(仮に、彼に能力があるとして、もしその能力が“精神転身”なら、アークたちにも似たような能力があるわけよね? なら、その能力って何?)
アークだけでなく、ギルバートやイーヴィルたちが飛んでいるのを見ると、飛行系でないことは確かであろう。
(異世界転移の影響で、何らかの能力を得たってこと? それなら一応の納得は出来なくもないけど……)
だが、キソラには、その事に触れない方がいいと、本能が警告を告げているような気がした。
もし、知ろうとして手を出せば、ただでさえ危険な状態なのに、余計に危険な状態になり、命も危なくなる可能性もある。
(それだけは避けたいわね)
でも、『ゲーム』に参加した以上、嫌でも彼らの能力を知ることになりそうだ。
(それ以前にやらないといけないこともあるし)
軽く息を吐き、キソラは一度アリシアたちを見て、チェルシーに視線を戻す。
「そろそろ終わらせようか、ウンディーネ」
『はい』
キソラの言葉にウンディーネは微笑んだ。
☆★☆
青い光が現れたかと思えば、次の瞬間、現れたのは青髪の少女。そして、その後の上空からの攻撃。
(何なのよ、全く!)
アリシアは頭を抱え、溜め息を吐きたくなった。
青髪の少女はおそらく、いや、十中八九キソラなのだろうが。
上空からの攻撃に関しては、上で行われている(今は行われていないが)戦闘で何らかの影響があってもおかしくはない。
(メインは水属性か。雷属性が来たらどうするつもりなのかしら?)
「――ッツ!」
考え事をしていたためか、アリシアはマーシャからの攻撃を受けそうになる。
「あーらぁ、考え事なんて随分と余裕ねぇ」
人を小馬鹿にしたような言い方をするマーシャに、先程からの言い分を含め、アリシアの中で何かが爆発した。
「ハッ、三人じゃないと強がれないあんたに言われたくないわよ」
「なっ……」
アリシアが思いっきり鼻で笑ってやれば、マーシャは顔を赤くする。
「貴女こそぉ、先輩にぃ助けてもらってぇやっとじゃないのぉ」
「あーら、私は友人の厚意を受けとったまでなだけで、別に苦戦してたわけじゃないわ」
だが、これ以降の言い合いは、まさに嫌み合戦である。
お嬢様とは思えない罵倒の嵐で、上空では、それを聞いていたギルバートとメルディが恥ずかしそうにしながらも、頭を抱えており、アークもアークで、キソラが相手を罵倒する姿を想像してみたが、何故だろうか。相手に笑顔で毒を吐くイメージしか出来なかった。
そんな地上にいる女性二人のやりとりを見ていた男三人は、というと――
「先輩、女って怖いですね」
「言うな……」
「見なかったことにしろ」
女の恐怖を知ったであろう
☆★☆
軽く手を振れば、逃げ回っていたチェルシーの足元の水が上に向かって浮かび始め、背後からその水は覆い被さる。それは“
(息が……っ)
苦しさからチェルシーは空気を逃がさないように、口に手を当てる。
意識が奪われそうになる中で、チェルシーはこの状況になるまでの出来事を思い出す。
最初は興味半分で、
だが、彼女は気づいていながら、アンリには何も言わず、『アオイだから』と、傷つけないような戦い方をし始め、アオイはアオイで傍観しているつもりらしく、ずっと空からこちらを眺めていた。
(あいつは、もう少し自分の意見を言ったりした方がいい)
だから、こうも簡単にパートナーとはいえ“精神転身”されるんだ、と思う。
出来るだけ攻撃を仕掛け、彼女も応戦はしてきたが、ぶつかって分かったのは、彼女が強かった、ということだ。後方支援としてもそうだが、見ている限りでは前線も可能じゃないのか、とも思った。
能力を借りているせいもあるとは思うのだが、彼女に本気を出されていたらどうなっていたか。
そんなことを思いながら、チェルシーはキソラの背後にいたアオイに気付く。
(何で
その結果、捕まってたら意味がない。
(もう、限界か……)
さすがに殺すことはしないだろうが、とチェルシーが思っていたら、彼とアオイを拘束し、覆っていた水が解除される。
「げほっ、げほっ……」
「チェルシー!」
チェルシーが噎せていれば、アオイが駆け寄る。
「大丈夫か?」
「ああ……」
あれだけ降り続いていた雨も止んでいた。
「このタイミングで、魔力切れ……?」
『みたい、ですね……』
手を開いたり閉じたりしながら、元の姿に戻ったキソラは自身の異常を確認すれば、憑依時とは違い、青いドレスを着たウンディーネも一度迷宮に戻り、再び現れたのか、キソラを見ながら頷く。
「やっぱり、いつも以上に力を使いすぎたか。今、異常が無いってことは、後で出てくるってことかな」
『私もセーブするべきでした。いくらマスターでも限りがあるのに……』
異常が出るならウンディーネがいるときがいいな、と暗に言うキソラに、ウンディーネは申し訳ありません、と頭を下げる。
「問題は、一時間目までに少しでも回復するかどうか、なんだけどね」
一時間目までに少しでも回復すれば、魔法を使う三時間目までは回復に努められる(一時間目と二時間目は座学)。
『でも、私は残念です』
「ん?」
『結局は
落ち込むウンディーネの言葉に、ああ、とキソラは納得する。
ウンディーネの言う
以前、一度だけシルフィードとの“精霊憑依”でその姿になったことがあるキソラだが、その時のことは意識が飛んでいたためか、シルフィード本人の話とウンディーネが見せた“水映像”とノームから
ただ、いくつかある発動条件のうち、本当に打つ手無しの場合のみ発動する、というものがあるのだが、威力が威力なだけに、術者の魔力の大半が失われる。
「結構、切羽詰まってたんだけどね」
どうやら、今回はその条件が満たされなかったらしい。
キソラたちも条件を全て把握しているわけではないため、何が足りて何が足らないのかが分からないのだ。
「私がそんなに大変だと感じてなかったせいかな?」
『そう言いながら、追いつめられていたじゃないですか』
それを聞き、キソラは苦笑いする。
一方で、“精神転身”を解除し、元に戻ったアオイとチェルシーは固まっていた。
「向こうの魔力切れは嬉しい誤算だったが……」
「切り札は出してない、か」
二人して顔を見合わせる。
キソラたちに切り札を出されていたら、アオイたちは完全に負けていただろう。
「ん?」
アオイたちがキソラたちに視線を戻していたためか、目が合った。
「あー……ごめん、やりすぎた」
謝るキソラに訳が分からない、と表情で示すアオイたち。
『相手に謝ってどうするんですか……』
呆れるウンディーネだが、それよりも、とキソラに言う。
『ところで、結界はどうするつもりですか? 確か、魔力無ければ解除できませんでしたよね』
「……」
『忘れてましたね?』
「…………」
『わ・す・れ・て・ま・し・た・ね?』
尋ねても視線を横にずらし、無言で返すキソラに、ウンディーネは笑顔で迫る。その笑顔から放たれる妙な威圧感に、キソラは顔を引きつらせる。
「そーですよ! 忘れてました!」
『開き直ってないで、どうするか考えてください』
開き直って白状するキソラに、ウンディーネは本当にどうするんですか、と肩を竦める。
「……
キソラたちの会話を聞いていたアオイがそんな感想を言う。
言うまでもなく、キソラが娘でウンディーネが母親だ。
「あの、先輩方? 僕のこと、忘れてませんよね?」
「…………うん、覚えてるよ」
「何ですか、今の間は」
様子を見ていたらしいアンリが話しかけてくるが、その存在を丸っと忘れていたキソラは何とか思い出して返すも、疑いの眼差しを向けられる。
「忘れてたんですね。分かってますよ。自分の影が薄いことくらい」
暗いオーラを放つアンリにどうしよう、とキソラはアオイに目を向ける。それに対し、溜め息を吐くと、近づいてきたアオイは「借りだからな」と言って、アンリの方へと歩いて行き、何やら話し始めた。ちらちらとキソラを見るので、どうやら自分も関係してるらしいな、と予想する。
(まあ、悪口言ってたらシメるがな)
とキソラが内心で思っていたら、隣にチェルシーが立つ。
「……名前」
「ん?」
キソラは何か言った? と目を向ける。
「名前、何だ?」
その問いに、ああ、と頷き、キソラは名乗る。
「私はキソラ。キソラ・エターナル。君は?」
「チェルシー。アオイのパートナーだ」
そっか、と返しながら、横からの光に、キソラは眩しそうにしながらも振り向く。
「朝が、来た……」
『ですね』
「だな」
キソラの呟きに、両隣にいたウンディーネとチェルシーが同意する。
「……?」
ふと思い、キソラは軽く手を開いたり閉じたりしてみる。
(あ……)
そして、そっと笑みを浮かべた。
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