第十話:vs生徒会役員・風紀委員Ⅱ(風の谷のシルフィード)

   ☆★☆   


 バトルを再開するにしても、この強風の中ではまともに戦えない。

 アルンの言葉を信じるにしても、それまでの手段が無い限り、無意味である。


「一応聞きますけど、風を切り裂いて、攻撃するタイプのものですか?」


 キソラの問いに、アルンは首を横に振る。


「いや、違う。近づいたら、気絶させて強制終了させるつもりだ」

「まあ大体、そんなとこですよねぇ」


 術者をどうにかするのなら、その方が手っ取り早い。


「僕まで吹っ飛ばすつもり!?」


 先程から叫ぶ少年――生徒会庶務であるアンリ・フーユリルと、上空から叫ぶアンリのパートナーらしき男の口論は止まらない。

 そんな彼らに目を向けつつ、アリシアに少し離れるように言う。


「ちょっと、離れてて」

「何をするつもり?」


 剣を構え、ゆっくりと息を吐き出せば、剣の形状は変化し、大剣へと変化した。


「え、本当に何するつもり?」


 何となく分かっているのか、嘘であって欲しいという意味も込めて、確認するアリシア。


「風を切り裂いて、止められないかと」

「いやいやいや、無理でしょ」


 やっぱりか、と思いつつ見ていれば、片足を引き、完全にやるつもりのキソラに、アリシアは距離を取る。


「まあ、いいじゃない。やるだけやらせてよ」


 そう言うキソラに、渋るアリシア。


「これで止まればいい方でしょ」

「そりゃそうだけど……」


 アークたちも理解したのか、距離を取っていた。

 ただ単に、近づけないだけかもしれないが。


「せぇえの!」


 掛け声を掛け、大剣を横に一閃し、剣風を暴風に当てる。

 風同士がぶつかるものの、変化は見られないというより、威力の問題か、圧されている。


「……」

「あ、少しマズいかも」


 無言で見つめていた地上側に、キソラがそう言えば、ぶわっ、と地上の面々を襲い吹き飛ばす。


「きゃああああ!」

「アリシア!」


 二人も当然飛ばされ、互いに手を伸ばすが届かない。


「キソラ!」

「アリシア!」


 アークとギルバートが二人を助けようと、猛スピードで飛ばされた方に向かう。

 一方で、かなり巻き上げられた地上戦の面々は重力によって、下降していた。

 もちろん、先に飛ばされたマーシャも一緒に。

 アークたちが猛スピードで来ていることは理解していたキソラだが、明らかに落ちるスピードの方が早い。


「っ、迷ってる場合じゃないか」


 風には風を当てる。

 取り出した透明な宝石が緑色に光り出す。


「『契約規約第五条――』」


 今からやるのは、結界を張ったり、転移するよりも負担が掛かるもの。


「『管理者、キソラ・エターナルが命じる』」


 次に迷宮とその名・・・べば、


「『開け迷宮 “風の谷”より来たれし守護者――シルフィード』!」


 宙に浮かぶ緑色の魔法陣から、薄緑の髪を持つ少女が現れる。


『キッソラちゃーん、喚んだ?』

「喚んだわよ! いいから、この暴風をどうにかして!」


 現れた少女――シルフィードに叫びながらそう言えば、首を傾げられる。


『助けなくても大丈夫?』

「必要ない」


 シルフィードの問いにキソラは即答する。


『あい、分かった。じゃあ、ボクは自分の仕事をやるよ』


 そう頷き、シルフィードは笑みを浮かべる。


『ボクの目の前で風を操るなんて、随分余裕だね』


 ぶわっ、とシルフィードは暴風に風をぶつける。


「何だ? お前」


 上空から暴風を出していた男は、突然現れたシルフィードに目を細める。


『ボクの……ボクたち・・マスターに手を出したこと、後悔させてあげる』


 男の問いに答えず、悪い笑みを浮かべ、シルフィードは風の威力を上げる。

 そんな彼女を見ながら、キソラは溜め息を吐いた。


「全く、誰が誰のマスターだ」


 そう言いながら、やれやれ、と右手を頬に当て、やや恥ずかしそうに首を傾げる。

 ああ言いながらも、やることはきちんとやる上に、あの性格だから、見捨てようにも見捨てられないのだ。


(それに、あそこまで想ってくれて、嫌な気はしない)


 思わず笑みが浮かぶ。

 ちなみに、キソラはふわふわとその場に浮いている。

 シルフィードが仕事やることをちゃんとしながらも、キソラだけでなく、アリシアたちも助けたのだ。


「くっ――」


 徐々にシルフィードが圧し始め、男は顔を歪ませる。

 地に足を付けたキソラは、それを見て人選は間違ってなかったか、と思う。

 最初はスカイスクレイパーでも喚ぶつもりだったのだが、この前の件もあるので、今回は遠慮したのだ。


(それに、相手が風を使うなら、牽制にちょうどいい)


 シルフィードはその名の通り、風を操る。


『さぁ、降参するなら、今のうちだよ!』


 シルフィードの降参を促す言葉に、男は悔しそうな顔をする。

 キソラは苦笑いしながらも、彼女たちを見上げていれば、その隣にアークが立つ。


「もしかして、もしかしなくても、守護者か」

「うん。性格に問題あるけどね」


 アークの問いに、目を逸らしながら答えるキソラ。


『さあ、どうするの?』

「するわけないだろ」


 相手も相手で諦めが悪い。


「どうしよっかな。シルフィ以外だと……」


 キソラは、風属性をメインとする守護者たちを、順番に頭に浮かべる。


『キソラちゃん。こいつ、結界外に出しちゃダメ?』

「ダメに決まってんでしょうが」


 上にいるシルフィードの問いに、何を言ってるんだ、とキソラはそう返す。


『だって、あいつ、ボクでもダメなんだよ?』

「涙目でごまかすな。本気出してないくせに、どの口が言う」

『でも、ボクが本気だしたら、迷宮あそこ以外は無事で済まないことぐらい知ってるでしょ?』


 シルフィードの態度に、キソラは思案する。

 結界がシルフィードの本気に耐えられないのは、そういう仕組みにしてないからだ。

 というより、


「対暴風なら、シルフィ喚ぶ必要無いし」


 自分たちでどうにかできたはずだ。


「キソラっ!」


 アリシアがギルバートと共に駆けてくる。

 一方のシルフィードは、会話していても手は抜いてないらしく、キソラたちに当たらないように、完全に防いでいる。


「ん、初めての名前呼びだね。アリシア」

「そ、それはどうでもいいのよ!」


 アリシアも恥ずかしかったらしく、顔を逸らしながら、そう返す。

 それより、とアリシアは尋ねる。


あれ・・は何? 前に見たのと同じモノ?」


 あれ・・とは、シルフィードの事なのだろう。

 そして、前に見たのと同じモノというのは、おそらくスカイスクレイパーのこと。


「そうよ」


 キソラがそう答えれば、アークが話して大丈夫なのか、と言いたそうな視線を向ける。


「といっても、彼女は前に会ったのとは違う」


 見た目も能力も違う。

 共通点は『迷宮の守護者』というところのみ。

 ぶつかり合う風でキソラたちの髪が靡く。


「シルフィード」

『何?』

「本気出していいよ」


 そう告げれば、シルフィードは目を見開いた。

 指の部分がない黒いロング手袋を付け、腕を上げる。


「『“結界組み替え:対風属性:最大”』」


 次の瞬間、ピキピキ、と音がし、結界が一瞬だけ緑色に染まる。


「はい、『設定』の一部を変えたから、もう大丈夫」

『相変わらず、反則だよね。その能力』


 腕を下ろしたキソラの言葉に、シルフィードは笑う。


『でも、大丈夫ならやるよ』


 そして、軽く息を整え、相手を見据える。


『風たち、ボクに力を貸して』


 その場に吹いていた風が、シルフィードに集まる。


『“エア・ドライブ”』


 シルフィードがそう呟けば、風は先程よりも強く吹き荒れる。


「っ、」


 キソラたちも吹き飛ばされそうになる。

 シルフィードの放った風は、男の風も巻き込み、渦を作る。


「何か駆けつけたら、超展開になっていたんだが」


 何とも言えない言葉に、顔を引きつらせるキソラ。

 アリシアがこちらに来た時点で気づくべきだった。


『打ち消せぇ!』


 シルフィードがそう叫べば、風の渦は加速し、消える。


「終わった、のよね……?」


 確認を取るアリシアに、多分、と返すキソラ。

 一方で、くるり、とシルフィードはキソラを見る。


『キーちゃん、終わったよー!』

「抱きつくな」


 上空から飛び降り、抱きついてきたシルフィードに、彼女を剥がそうとするキソラ。

 だが、シルフィードの目は、褒めて褒めて、と訴えているのを見て、溜め息を吐き、キソラはシルフィードの頭を撫でる。


「ご苦労様、シルフィ。ありがとうね」

『えへへ……』


 キソラに頭を撫でられ、嬉しそうにするシルフィード。


「……」

「同い年にやるつもりは無いわよ」


 アリシアがどこか羨ましそうに見ていたので、そう告げれば、


「べ、別に羨ましくはないわよ!」


 アリシアは違うと訴える。

 シルフィードは、といえば、キソラに未だ抱きついたままだ。


「離れてくれない?」

『キーちゃんだー』


 会話が成立していない。


「シルフィ、離して。強制送還するよ」

『えー』

「えー、じゃない」


 そう言いながらも、シルフィードはキソラから離れると、男を見る。


『もし次、また暴走させたら許さないから』


 ビシッ、と指を指して言うと、シルフィードは再度キソラの方を見る。


『じゃ、ボク帰るよ』

「ん、分かった」

『今度、デートしよう』

「しないから。絶対に。しかも、私にそんな趣味はない」


 どさくさ紛れにそんな事を言うため、キソラはしっかりお断りした。

 冗談でもお断りだ。


『あと、ノームがまた引きこもったから』

「今いらねーよ、そんな情報」


 思わぬ情報に、キソラはそう言うが、このタイミングで言われても困る。

 “地下迷宮アンダーグラウンド”同様、地下にある迷宮を守護している守護者がいる。

 名前はノーム。

 物作りが趣味らしい彼は、一度作り始めると没頭し、引きこもる癖がある。

 そんな彼を外に出すとなれば、あるじであるキソラも大変なのだ。

 だから、キソラも非常時以外は喚ばないようにしているし、大抵の問題がそれ以外の面々で片づいてしまうため、守護者たちの中では、彼が存在しているということを忘れている者もいる。


「というか、いつだっけ? 前に引きこもったのは」

『十年前だよ』


 尋ねれば、シルフィードはそう答える。

 十年前といえば、キソラが迷宮管理者になるかならないかの時期だ。


「で、また引きこもったの?」

『引きこもったの』


 確認も込めて、再度聞いてみれば、シルフィードは頷いた。

 キソラが聞いたところによると、十年前より以前は十五年くらい引きこもっていた事があったらしい。

 それを聞いたとき、それでもよく付き合えたな、と思ったキソラだが、当時を知る守護者たち曰く、


『いや、俺たちも、あいつぐらいしか昔話できないし』

『今の若いもんは、昔の出来事なんか興味ないし』

『昔のことは知っておいた方がいいぞ? 今の便利な世の中があるのは、昔の奴らが頑張ったからなんだからな』


 らしく、ガハハハ! と笑いながら、キソラにそう話していた。

 キソラとしても、先代の迷宮管理者である母親について、一番話してくれそうなのが古参組の守護者たちなので、彼らの昔話に耳を向ければ、どういう人物だったのか理解できる。

 なお、キソラが母親の友人ではなく、守護者たちに聞いたのは、話を聞いた当時の彼女が人見知りだったのもある。

 一時期、守護者たちの間で、『キソラの人見知りを治そう』というゲームのようなものがあり、次々と守護者たちがキソラに話しかけてきたのだ。

 悪乗りしていたのもいたが、それでも、キソラの人見知りが治まったのは、彼女以外の面々が理解していた。


 さて、この話は横に置きつつ、近いうちに様子を見に行くか、と決めるキソラ。


『じゃ、ノーくんにもよろしく』

「……本人いたらぶっ飛ばされていたわよ。その呼び方」


 じゃあ、帰るから、と片手を上げたシルフィードに、二重の意味で気を付けなよ、と含みながら、キソラも軽く手を挙げる。


『あ、そうだ』


 シルフィードが言い忘れた、というように、男性陣を見る。


『キソラちゃんに手を出したら許さないから』


 そう告げられ、固まる男性陣に対し、キソラは頭を抱えた。


『あと、キソラちゃん』

「まだあるの?」


 再びキソラの方を向き、シルフィードは言う。


『イフリートたちも時々喚んであげてね。特にイフリート』


 迷宮“火の山”の守護者、イフリート。

 火属性をメインとする守護者だ。

 相性と場所の都合上、喚ぶことが少なく、基本的に戦闘面で喚ぶ率が高い。

 見た目から、護衛にも適している。


「分かってる。……あんまりやってもらうこと無さそうだけど」

『だよねー』


 キソラの言葉に分かっていたのか、シルフィードが笑う。

 護衛云々に関しては、キソラが一人で大抵はどうにかしてしまう上に、今ではアークも側にいるから、必要無くなってしまったのだ。


『じゃあ、本当の本当にさようなら』

「はいはい」


 ぞんざいに言いながらも、それに微笑み、緑の光に包まれ、シルフィードは帰って行った。

 それを見送り、キソラはアルンら生徒会・風紀委員会の面々に目を向ける。


「それじゃあ、この後はバトル再開でもしますか? 先輩方」


 それに息を吐き、アルンが代表して答える。


「ああ、そうだな。決着は付けたいしな」


 それに対し、キソラは苦笑いする。

 アリシアたちに掛けた魔法は、まだ解けていないし、解いてもいない。


「じゃあ、勝利条件として、帽子取ってくれない?」

「嫌です」


 フィールの言葉に、キソラは即答で拒否を示す。


「パートナーの交換はぁ?」

「嫌です」


 マーシャの問いにも、キソラは即答した。

 キソラとしては、アークに迷宮管理者としての話を少しとはいえ、してしまったので、信じてないわけではないが、もしパートナー解消して、新たなパートナーに話されたりされても困る。

 それに、と思う。


(アークより、まともそうなのが居なさそうだし)


 生徒会・風紀委員会の面々のパートナーを見れば、明らかに面倒くさそうなキャラをしていそうだ。

 特に、キソラとしては、マーシャのパートナーだけはお断りだ。

 そんな嫌悪感を放つキソラに、ふぅん、と呟くマーシャ。

 そこで、何か思いついたのか、アルンが口を開くが――


「なら、フェルゼ――」

「嫌です」


 言い終わらないうちに断られ、眉を顰めるアルン。


「私は、生徒会長にも、風紀委員長にも会うつもりはありませんから」


 アルンに返しつつ、アオイにも言っておく。

 雰囲気的に言うつもりだったらしいが、キソラとしては、そんな条件はお断りである。


「全部言った覚えは無いんだが?」

「言いたいことは大体、分かりますから、全部聞かなくても問題ありません」


 アルンにキソラはそう返す。


「うっわー、先輩たち不憫ー」

「お前は少し黙れ」


 アルンに言われ、フィールは黙る。


「じゃ、じゃあ、さっきの女の子、紹介してください!」

「一体どうした?」


 思わぬアンリの言葉に、怪訝する生徒会の面々だが、


「ああ、惚れたのか」

「ち、違います!」


 なるほど、というフィールの言葉にアンリは反論する。

 キソラの事だから、これもダメなのだろう、と目を向ければ、何やら考えていた。


「お、おい、キソラ?」


 まさか、会わせたりしないよな? と思いながら、アークが尋ねれば、何かを決めたらしいキソラ。


「いいよ」

「え」

紹介・・してあげる」


 驚くアンリに、笑顔でキソラは付け加える。


「私たちに勝ったら、ね」


 と――


   ☆★☆   


 さて、何故か生徒会・風紀委員会側は生徒会庶務のアンリ・フーユリルから提示された『勝ったら、シルフィードをアンリに紹介する』と言うことを条件に、キソラ側は特に発生する問題もないので、条件は無しとなり(単に生徒会・風紀委員会側に対し、キソラたちが何か要望があったわけでもない)、バトルは再開されることになった。


「アリシア、私から少し離れて」


 アリシアが小さく頷き、キソラから距離を取る。

 それを確認して、剣を横に一振りすれば、剣の形は元に戻る。シルフィードが去ってから、剣を元に戻してなかったので、今戻したのだ。


「チッ、やっぱり空中戦あっちでも苦戦中か」


 空を見上げ、苦戦するアークたちを見て、軽く舌打ちするキソラ。


「『風よ、彼の者たちに疾風の速さを』」

「な、何だ? 身体が軽い……?」


 先に戦闘を再開し、空中戦を繰り広げていたアークたちに補助魔法を掛ければ、二人の攻撃する速度や避ける速度は更に上がる。


「『身体強化』に、『速度上昇』。これこそ、後方支援らしい魔法よね!」

「言ってる場合か?」


 どこか感動しているキソラに、そう声が掛かる。


「わっ!」


 慌てて避ければ、地面にはアオイによって振り下ろされた剣があり、キソラは顔を引きつらせる。

 どうやら、二人を別々にするための行為だったようで、アリシアの方にはアルン、フィール、マーシャの三人が彼女と対峙している。


(ってことは――)


 残りの一人を思い浮かべれば、アオイがその名を呼ぶ。


「アンリ!」

「分かってます!」


 アオイに呼ばれ、背後から頷く様な声がする。

 ハッ、としてキソラが背後を振り向くが遅かった。


「“落雷サンダーボルト”!」


 キソラに向かって、雷が放たれる。

 結界の設定を元に戻したとはいえ、さすがに何もない場所でも雷が落ちるのはマズいということで、魔法による落雷らくらいは見えないようにしてある。

 まあ、そんなわけで誰かに見られる心配は無いのだろうが、この状況はどうにもできないな、と目を見開きながらも、どこか呑気なキソラは、何かに襟が引っ張られる。


「全く、少し様子を見ていればこのざまか」

「げほっげほっ、だからって、襟を引っ張って、退避させないでくださいよ」


 キソラを見下ろしながら言う引っ張った主に、少しせながら、キソラは反論する。


「助けてやったんだから、文句言われる筋合いはないと思うけど?」


 そう返され、キソラは詰まる。

 一方で、キソラを助けた人物を見て、アオイは苦々しそうな顔をしていた。


「どういうことか、教えてもらえますか? フェクトリア先輩」


 アオイにその名を呼ばれ、キソラを助けた人物――フェクトリアは微笑む。


「どうもこうも、明らかに不利な方へ、加勢しに来たんだよ」

「加勢って……」


 フェクトリアの説明に、キソラは立ち上がりながらも、何とも言えない顔をする。


「十対四で勝てると思った? 過信しすぎは良くない」

「だからって……」


 フェクトリアの言葉にキソラは困った顔をするが、それは予想済みだったのか、フェクトリアはキソラを見る。


「僕たち・・が加わったことで、少しはまともになったんじゃない? 総計で十対六になったんだから」


 そう言われ、キソラは黙り込む。

 それに、とフェクトリアは言う。


「空はイーヴィルが加勢した」


 フェクトリアが空を指したので、キソラが見上げれば、アークとギルバートを援護するように、イーヴィルが飛び回っていた。


「私としては」


 キソラは呟きながら、未だ身に着けていた手袋を軽く引っ張る。


「アリシアの方へ加勢してもらいたかったです」


 そう言いながら、キソラは一歩出る。


「二対一より、三対一の方が不利ですから」


 対戦相手が相手だけに、という意味を含めつつ、キソラが言えば、フェクトリアが溜め息混じりに尋ねる。


「邪魔って、言いたいの?」

「はい、邪魔です」


 そう返せば、そうかよ、と言って、フェクトリアはアリシアの方へと加勢しに行く。

 確かに、生徒会や風紀委員を対戦相手にするのは大変で、その中でも、それぞれの長であるフェルゼナートやラスティーゼを除けば、厄介なのは副会長であり、三年生であるアルンだろうが、二年生とはいえ、風紀副委員長であるアオイ相手に苦戦しないわけがない。

 とはいえ、人数的問題でいえば、アリシアの方が不利だ。

 彼女が相手しているのは、副会長であるアルン、書記であるフィール、風紀委員であるマーシャの三人であり、中でも、書記であるフィールは厄介だとキソラは思う。

 たとえキソラがアルン副会長アオイ風紀副委員長を相手にしたとしても、フィールをどうにかしない限り、キソラたちに勝ち目はない。


「いいのか?」

「何が」


 アオイの問いにキソラは聞き返すが、おそらくフェクトリアのことだろうと理解する。


「せっかく助けてくれそうな空気だったのに、自分から無駄にしたか」


 キソラは二人に気づかれないように視線を逸らす。


「理由は二人も聞いてたでしょ」


 人数の問題だと、キソラは説明した。


「ああ、聞いてた。だが――」


 アオイはそこで一度切り、そして告げた。


「アリシア・ガーランドに、加勢は必要ない。そう考えていないか?」

「まさか。副会長もいるのに、それはさすがに無いよ」


 アオイには有り得ないと返しながらも、キソラはどこかで納得できてなかった。


「後方支援よりも、前衛への加勢。後ろの援護が無くなれば、前線がつのも時間の問題だ」

「……」


 アオイの意見を反論することなく、キソラは黙って聞いている。


「今、お前は何を考えている? キソラ・エターナル」


 アオイの問いに、キソラは答えない。その代わりに、溜め息を吐く。


「本当、敵に回したくない人物だね。フィオーレ君」

「アオイでいい。姓で呼ばれるのは好きじゃない」


 苦笑いするキソラに、アオイは訂正する。

 それに対し、キソラは「じゃあ、アオイ君で」と返す。


「私のことはキソラでいいよ。みんなそう呼ぶし、第一、姓だと主に兄さんが呼ばれてるからね」

「そうか」


 アオイの返事にキソラは苦笑する。

 実際に呼ぶかどうかは本人次第だが、キソラ自身、おかしな呼び方をされない限りは呼称について文句言うつもりはない(なお、守護者たちの『きーちゃん』はからかって呼んでいるのがほとんどである)。


「あ、あの僕は……」

「好きなように呼んでくれて構わないから」


 戸惑うアンリにも、一応そう返しておく。


「それと、さっきの質問だけど……」


 キソラはアオイに目を向ける。


「私は何も考えていない。私の場合、自衛が精一杯だし、前衛についてはアリシア向こうがよく知ってるはずだからね」

「……」


 だから、とキソラが続けようとすれば、アオイは目を細める。


「私が前衛について、何か言う必要も無ければ、口出しするつもりもないよ」


 本人からの申し出が無い限り、キソラがするのはサポートのみだ。

 そして、いつの間に近づいてきたのか、アオイが剣を振り上げ――キソラの真上から振り下ろした。






 フェクトリアがアリシアの方へ辿り着けば、三対一で対峙する面々がいた。


「とりあえず、気づいてもらうか」


 フェクトリアは近くにいたマーシャに攻撃する。


「きゃっ!」


 じりじり、と互いにタイミングを見計らっていた四人だが、マーシャの小さい悲鳴に三人は彼女に目を向ける。


「助っ人参上」

「……」


 よっ、と声を掛けながら、フェクトリアが言えば、ぽかんとする四人。


「フェクトリア? 何で居る?」


 アルンに尋ねられ、また、その説明か、と思いながら、フェクトリアは説明する。

 アリシアもキソラと同じように、空を見上げる。


(先輩がいるなら、そのパートナーも居るはずよね)


 軽く捜せば、あっさりと見つかった。


「それで、先輩はどちらの助っ人なんですか?」


 アリシアが尋ねれば、フェクトリアは答える。


「君たち」

「……そうですか。キソラあの子は知ってるんですか?」


 アリシアを示すフェクトリアに分かりました、と返しながら、アリシアは再度問う。


「邪魔って言われた」


 そして、フェクトリアはあることに気づいた。

 キソラにはっきり邪魔と言われたことが、思った以上にダメージを受けていたらしい。

 地味に凹みながら言うフェクトリアに、何故か罪悪感を感じるアリシア。


「容赦ないわね、あの子」


 相手は仮にも先輩なのに、その容赦無さは何なのか。

 というか、今更のような気がするが、バトルに入る度に豹変するのには驚かされる。

 こればかりは慣れるしかないのだろうが。

 キソラの方は心配だが、フェクトリアの援護はありがたい。


(さっさと終わらせて、援護してあーげよっ)


 そう思うアリシアだが――






 黒混じりの紺色の髪が宙を舞い、頬を掠ったのか、つぅ、と血が出る。


「……」


 アオイの剣を横に移動し、回避したキソラは頬の傷を指でなぞり、血が出ているのを確認すると、無言で剣を構え直し、アオイとアンリに目を向け、互いに対峙する。

 そんな二人に注意しつつ、キソラはアリシアたちを一瞥する。


(早く終わらせて、アリシアたちの援護に行かないと……)


 まさか、キソラも同じことを思っているなど、アリシアが知る由もない。


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