第九話:vs生徒会役員・風紀委員Ⅰ(チーム戦)


「はぁっ!?」


 翌日、学院に向かう途中で、アリシアと会ったキソラは、昨晩のことを話した。

 それを聞いたアリシアの反応が、今の叫び声である。

 その声に反応したのか、周囲の生徒たちが注目したが、キソラが笑ってごまかせば、生徒たちは再び学院に向かって歩き出す。

 その事に息を吐きつつ、二人も歩き出す。


「どういうことよ? 一体、何でそうなったのよ」

「私のミスです」


 アリシアの問いに、キソラは肩を落とし、そう返す。

 これは、見つからないと思っていたキソラのミスだ。


「説明になってないわよ」

「うん、そうだね。でも、全体的な流れはさっき言った通りだよ」


 アリシアと分かれた後、もっと詳しく調べようとしたのがマズかったのか、視線を向けられただけで焦ったなんて、笑い物である。


(というか、よくよく考えると、焦っていたとはいえ、ちゃんと確認してなかったんだよなぁ)


 あの時の視線は、あり得ないものを見るような目ではない。

 見つかるとは思わず、キソラの視線に驚いて、彼女の方を見ただけだ。


 二人して、昇降口に向かう。

 途中で昨日さくじつ同様、登校してきた生徒会と風紀委員会の面々に、女子生徒たちが憧れの眼差しを向けていたが、二人は気にすることなく、足を進める。


「相変わらずだねぇ、あの子も」

「だが、約束だからな」


 フェルゼナート生徒会長ラスティーゼ風紀委員長がそう話しているとも知らずに――


   ☆★☆   


 さて、そんなこんなで、日没後。


 コツ、と四つの影が姿を見せる。

 帽子を被った少女にツインテールの少女、漆黒の青年に、同じく漆黒と銀を持つ青年。

 四人は夕食を済ませた後、帽子を被った少女が“空間結界”で特定の者には見えないようにする。

 いつもなら、結界など張らないのだが、今回は事情が違う。

 時間が時間のため、目撃者が現れる可能性もある上に、相手の数が多い。目撃者を出さないため、そして、『ゲーム』参加者の加勢を期待した、言わば『ゲーム』参加者にしか見えない仕様の結界だ。

 後者の『ゲーム』参加者云々については、本当に一か八かの賭けでしかないのだが。

 もちろん、これを全てやったのは、帽子の少女――キソラである。

 そして、少し待てば、相手は現れた。

 見上げる彼女たちを見るのは十人。


「生徒会、役員……?」


 眉を顰めて言うアリシアに、キソラは横から告げる。


「それだけじゃない」


 生徒会役員の隣にいた面々をキソラは睨みつける。


「風紀委員会も一緒よ」


 りにってこいつらか。

 そう言えば、相手は口を開く。


「本当にぃ、学院にいたんだぁ」


 十人のうちの一人である女がそう言えば、もう一人の女が口を開く。


「そりゃあ、まだいるでしょう? まあ、私たちが勝つに決まってるけどぉ」


 自信満々なその台詞に、キソラは目を細める。


「俺たちより先にいたって事は、昨日俺たちを見ていたのはお前たちか」


 十人のうちの一人であるリーダー格らしい男の問いに、キソラは答える。


「間違ってはいません。でも、見ていたのは私だけ」

「そうか」


 そして、男は続ける。


「なら、倒すのみ」


 マジか、と顔を引きつかせながらも、目を逸らさない。

 フェクトリアよりたちが悪そうなのは気のせいか。


「こちらもそのつもりですよ――」


 帽子の隙間から、キソラは上に立つ十人のリーダー格らしい男に目を向ける。


「副会長殿?」


 こうして、キソラたちは生徒会と風紀委員会の面々と喜ばしくない対峙をするのだった。


   ☆★☆   


「まさか、生徒会の人と当たるなんて……」


 驚いた、という全く驚いてない口調で言うアリシアに、キソラは頷く。


「全くよ。しかも、生徒会三人と風紀二人で五人。それに――それぞれのパートナーを入れて、計十人。まだ序盤なのに、結構な確率で仕掛けてくるなぁ」


 面倒くさい、と言いたげなキソラに、アリシアは尋ねる。

 実はアリシア、フェクトリアと来て、戦闘をしてきたキソラたちだが、実は他にも対戦相手が一人いたのだが、そんな大げさなものではないので、試合風景は無しとさせてもらう。


「どうするの?」

「総計で四対十。地上戦と空中戦に分かれても、五対二。かなりきついし、本当にどうしようか……」

「ちょっと!」


 頼りないキソラの言葉に、アリシアが叫ぶ。


「な、なら、先輩の時みたいに、貴女が契約者たちを抑えれば良いじゃない」

「そうね……。それも良いかもしれないけど……全員は無理よ? 限度ってモノがあるんだから」


 それなら、とアリシアは提案するも、思案するキソラ。

 確かにアリシアの作戦なら上手く行くかもしれないが、人数と男女の体力差はどうしても埋められない。


(それに――)


 キソラは内心で舌打ちしながらも思案する。

 地上戦でも前線で、かつメインで戦闘するのはアリシアだ。

 キソラの攻撃手段は剣と魔法、迷宮トラップである。

 アリシアと空中戦をするであろうアークたちの援護、自身も護身するとなれば――


「ったく……」


 そう呟けば、アリシアが何か思いついたの!? と視線を向ける。


「アリシア」

「何よ」

「防御も回復も私がする。だから、攻撃に集中。できる?」


 キソラの言葉に驚き、目を見開くアリシアだが、フッと笑みを浮かべる。


「信じてもいいのよね?」

「アークたちの援護も護身も私が一手に引き受ける」


 それを聞き、再度目を見開くアリシアだが、ぷはっ、と噴き出す。


「これまた、思いきったことを言ってくれたわね」


 それでも、キソラを信じないわけではない。

 彼女たちが自分たち以外に倒されるのが嫌だから、共闘しているだけだ。


「アーク!」

「ギルバート!」


 二人が名を呼びながら、振り返る。


「大丈夫、ちゃんと聞いていた」


 任せろ、というギルバートだが、アークはどこか心配そうにしていた。


「キソラ」

「私は大丈夫」


 アークを安心させるようにキソラは言う。


「私が心配なら早く終わらせて」


 風でキソラの髪が靡く。


「空中戦は任せた」


 そういうキソラに、アリシアが付け加える。


「地上戦は私たちがどうにかするわ」

「ああ」


 その言葉に頷くアークとギルバート。


「相手は剣を得意とする生徒会と風紀のペア」

「私たちに勝ち目が無くても、やるしかないのね」


 相手が相手だけに、覚悟を決めるしかない。

 キソラは再度帽子の隙間から、対戦相手を見上げる。


「どうやら、作戦は決まったみたいだね」


 笑みを浮かべる生徒会及び風紀委員に、キソラたちは目を向ける。


「私たちは負けるつもりはありませんから」


 そんなキソラたちに男は口を開く。


「そっか、なら戦闘開始バトルスタートだ」


 冷酷な笑みを浮かべながら、そう言った。


   ☆★☆   


 はっきり言って、キソラたちは圧倒的に不利だった。

 人数の問題もそうだが、生徒会副会長、アルン・ハルディアスを筆頭に、キソラたちと実力の差もあったのだろう。

 地上戦では、防御や回復に加え、攻撃力アップの援護をし、空中戦でも同じように、攻撃力アップなどの援護をキソラはしていた。


 が――


(マズいな……)


 汗を拭う。

 キソラたちにとって、完全に不利な状況である。

 それでも、必死に応戦しているのを見ると、弱音を言っている場合ではない。


「……っ、」


 気配を察知し、慌てて避ける。


「ざーんねん。気づかれちゃった」


 先程からあまり動かずに援護ばかりしていたためか、キソラは狙われたらしい。

 かといって、場所を移動して、援護が出来なくなるわけではない。


「そろそろ素顔を見せてくれないかな? 俺たちは見せてるのに卑怯じゃない?」


 そういう攻撃してきた男に、キソラは息を吐いた。


「卑怯? 私にとって、それはありがたい褒め言葉ね」


 キソラが分からないように、笑みを浮かべれば、男は眉を顰めた。


「私、こう見えて人見知りだから、許してもらえませんか? 生徒会の書記さん?」


 キソラがそう言えば、男――生徒会書記ことフィール・ノルディークは溜め息を吐き、笑顔で言い放った。


「無理」


 と。

 それに対し、チッと舌打ちするキソラ。


(このっ、チャラ男が……!)


 キソラが苦手とするうちの一つが、このタイプの男だ。


「理由は?」

「声から見て、美少女と見た!」


 試しに理由を聞いてみれば、何ともいえない答えを返される。


「あ、引かないでよ」


 分かりやすいぐらい距離を取ったキソラに、フィールが近づこうとするが――


「あっぶなー……」


 背後からの攻撃に気づいたキソラが避けたことで、


「おわっ!?」


 フィールに向かって、横薙ぎの風圧が当たる。


「本当に、気配察知は鋭いようだな」

「相変わらず、相手のデータは頭に入っているようですね。風紀の副委員長さん」


 背後からの攻撃主――風紀委員会副委員長、アオイ・フィオーレに、顔を引きつらせ、そう返す。


(というか、アリシアは何やって――って、一人で副会長たちの相手はマズい……!)


 アリシアのピンチを察し、駆けつけようとすれば、二人が前に立ちはだかる。


「ダーメ」

「行かせると思うか?」


 目の前に立つフィールとアオイに、キソラは顔を歪ませる。

 アリシアが相手しているのは、アルンと生徒会庶務のアンリ・フーユリル、風紀委員であり、地上戦側の対戦相手である紅一点の契約者、マーシャ・エンキュレス。

 それぞれ、アルンが三年生、アンリが一年生、マーシャが二年生である。

 空を見れば、アークたちも圧されているらしい。


「ほらほらどうする? お友達が大変だよ?」


 挑発のつもりか、フィールはそう言うが、キソラは対人戦時の冒険者たちの挑発に慣れているので、反対に無表情になる。


「全く……」

「ん?」


 そっと呟けば、首を傾げられる。

 キソラが右腕を軽く挙げると、何やらピキピキと音がする。


「な、何の音……?」


 さすがに動揺したらしく、全員の手が一斉に止まる。

 そんな状況の中、キソラはまだ続ける。


「何をした!?」


 アオイの問いに、キソラは答えないが、アリシア、アーク、ギルバートの足元に魔法陣が現れる。


「な、何!?」


 アリシアたちは新たな状況に、動揺する。


「『防御:回復:火力上昇:身体能力上昇』」

「キソラ?」


 そう言うキソラに対し、上空からアークが首を傾げる。


「アーク、様子を見て来い」

「でも……」


 ギルバートの言葉にアークは吃る。


「契約者だろうが」


 そう言われ、アークはハッとすると、キソラの方に向かう。

 その際、俺は大丈夫だ、とギルバートが叫ぶのをアークはしっかりと聞いていた。


「え――」


 着地しようとしていたアークだが、上手く着地できずに、キソラの背後に転げ落ちる。


「っつ……」

「大丈夫?」


 あまりにも派手に転んだためか、対戦相手である面々から同情的な視線を受けるアークに、キソラは驚きながらも首を傾げる。


「ん? ああ……」


 そこで、ふと気づく。

 キソラの様子はやはりおかしい。


「とりあえず、立ちなよ」

「あ、ああ……」


 そう促され、アークは立ち上がる。

 今はもうキソラは腕を下げており、ピキピキという音もしない。


「さっきの音はお前の仕業か?」


 一応、確認のためにアークは尋ねる。


「さあね」


 どっちともとれない返事をされる。

 迷宮管理者であるキソラなら、今みたいな振動を与えるぐらい造作も無いことなのだろう。

 それでも、アークはキソラの様子がおかしいと思うのだ。

 一週間もあれば、一緒にいる相手の性格や好みは大体把握できる。

 だから、アークは気づいた。

 キソラが放つ気は、異常なものだと。


「それより、ギルバートが苦戦中だよ」


 キソラに言われ、空を見れば、いつの間に戦闘再開したのか、ギルバートは圧されていた。

 やはり、五対一はきついらしい。


「でも……」

地上戦こっちは大丈夫。もうどうにかしたから」


 淡々というキソラに、アークは心配そうな視線を向ける。

 そんなアークにキソラは溜め息を吐き、苦笑いしながらも告げる。


「大丈夫大丈夫。あっさりとやられたりしないからさ」


 戦闘力が低くても、どうにかするすべをキソラは持っている。


「分かった」


 前回のように約束は守ってくれるはずだ。

 アークはギルバートの元へと飛んでいく。


「やれやれ、本当に心配性な契約者だなぁ」


 アークを見ながらそう言うと、キソラはフィールとアオイに目を向ける。

 先にこの二人をどうにかしないと、アリシアを助けるのは難しいらしい。


(とか言いながら、あんまり心配してないんだけど)


 そう、心配はしていない。

 防御と回復、攻撃力アップに加え、身体能力上昇もアリシアだけではなく、アークとギルバートにも掛けた。

 少なくとも、アリシアの場合、アルンに一撃くらいは与えられるだろう。

 キソラは剣を取り出す。

 自身がどれだけ出来るのかは、分かっている。

 援護はした。

 防御も回復も自動で発動する仕様にしたので、少しぐらい目を離しても大丈夫なはずだ。


「やっと、やる気になってくれた?」


 剣を出したキソラを見て、フィールがどこか嬉しそうに微笑む。

 一方で、アオイは顔を顰める。


「てっきり、後方支援だけかと思っていたが、やっぱり攻撃系も出来るんだな」


 その言葉に、キソラは首を傾げる。


「あれ? 気配察知云々を言っていたから、私が誰か気づいて言っているのかと思ったんですが」

「ああ、気づいていたさ。その髪色で気配察知に鋭いといえば、答えは自ずと出てくる」


 寮への通り道のせいか、等間隔に並ぶ街灯からの光で照らされた黒混じりの紺色の髪。

 学院に通う生徒の髪色は主に金髪系であり、キソラのような黒に近い髪色の生徒は珍しい。

 だから、気づいた。


「黒混じりの紺色の髪で気配に敏感。しかも、俺たちと同い年にして、兄は昨年の総合首席」


 情報を挙げるアオイに、キソラは笑みを浮かべ、フィールが目を見開く。


「二ーAのキソラ・エターナルだよな?」


 アオイの問いに、キソラは微笑み、返答をする。


「ご名答だよ、風紀副委員長さん」


 よく分かったね、とキソラが返せば――


「きゃっ!」


 アリシアが飛んでくる。


「ちょっ、大丈夫?」


 アークの次はアリシアかよ、と思いながら、キソラは声を掛ける。


「私は大丈夫よ」


 何とか起きあがったアリシアに安堵しつつ、防御と回復は作動しているらしい。

 アリシアが吹っ飛ばされたせいか、アルンたちもキソラたちの方に来る。


「あれぇ? まさかぁ、もう終わりじゃないわよねぇ?」


 マーシャの話し方に、キソラは面倒くさそうな視線を向けつつ、アリシアを一瞥する。

 頷く彼女に、溜め息を吐く。


「面倒くさい状況になってきたなぁ」


 キソラの呟きに、マーシャは言う。


「面倒くさい状況ぉ? それには同意ねぇ。それよりぃ、確認したいんだけどぉ」


 面々はマーシャに目を向ける。


「防御から回復までぇ、すべてやったのはぁ、貴女なのかしらぁ?」


 その問いに、キソラは答えない。

 別に答えても良かったのだが、彼女に教えるのだけはどうにも嫌だった。

 というよりも、見ていたなら分かるだろ、というのが本音である。


「というかぁ、貴女しかいないわよねぇ?」


 キソラとアリシアは内心ウザいと思った。

 というか、誰も指摘しないのか、と思えば、自分たちが言うしかない。


「それで、何が言いたいの? 援護したらダメというルールは無いはずなんだけど」

「ええ、無いわよぉ」


 キソラの言葉に、マーシャは肯定する。

 というよりも、この『ゲーム』について、契約者云々以外の説明は無く、ルールがあるのかすら不明な上に怪しい。

 キソラとアリシアの場合、バトルは夜にし、朝日が昇る前に撤退するというのが、暗黙のルールのようになっているが、バトルをするのが夜になるのは、アークたちの存在を隠すためであり、キソラとアーク、アリシアとギルバートというような異性ペアの場合は特に、だ。

 それに比べ、同性ペアである生徒会と風紀は、存在を隠しても、出入りに気を使うこともない。

 いざとなれば、契約者側アルンたちが友人だと言って、誤魔化せばいいだけなのだから。


「それともう一つ」

「何かしらぁ?」


 マーシャは首を傾げる。


「その話し方、止めてください。私たちに向かって言われても、気持ち悪いだけですから」

「そうそう。媚び売ってるみたいよ?」

「なっ……!」


 キソラにアリシアが便乗して、話し方を注意すれば、顔を赤くし、怒るマーシャ。

 男性陣は、といえば、目を逸らしていた。

 やっぱり、思ってたのか、と内心で思う二人だが、その事に気づいていないのか、怒っているマーシャは二人に向かって魔法を放つ。


「やれやれ」


 そう言いながら、アリシアより少し前に出ると、キソラは防御壁を出現させる。


「そんな物で防げると思わないで!」


 キソラの防御壁をマーシャの魔法が突き破ろうとする。

 魔法の先端が防御壁を破り始めたのを見て、アリシアが本当に大丈夫なのか、と目を向けるが、キソラは表情を変えずに呟く。


「“防壁分離:三重魔法陣”」


 一つの防御壁が三つに分かれ、真っ直ぐに並ぶ。


「無駄よ! 薄くなった魔法陣なんか――」

「薄くなんてしてない」


 マーシャに最後まで言わせず、キソラはそう言う。


「大きさも厚さもみんな同じ」


 つまり、防御壁が三枚重なった状態だ。


「マジかよ……」


 フィールが呟き、アオイは目を細める。


「さすが、昨年の総合首席の妹というだけはあるか」


 隣に立ったアルンに、アオイは横目で見る。


「知ってたんですね」

「当たり前だ。フェルゼナートあいつの隣に何年いたと思ってる」


 お前のとこの委員長も同じだろ? とアルンに視線を向けられれば、アオイは黙る。

 現生徒会長であるフェルゼナートは、昨年の総合首席であるノーク・エターナルとは知り合いであり、もちろん妹であるキソラとも知り合いなのだが、ノークに何を言われたのか、キソラを見る目が普通と違うのだ。

 もちろん、風紀委員会委員長であるラスティーゼも同じである。

 補佐をする二人が、そのことに気づかないわけがない。

 キソラの様子から、視線には気づいていても、理由については分かっていないのだろう。


「全く、不憫だよな。あの二人は」


 アルンの台詞に、苦笑いするアオイ。


「だが、今はそれとは関係ない」


 そう言いながら、アルンは攻撃を仕掛ける。

 それに気づいたアリシアが、キソラに向かって放たれた魔法の軌道を逸らす。

 キソラも自身で逸らすつもりだったのか、防御壁を張る手と剣を持っていた手が逆になっている。


「防ぐ気だったらしいな」


 アオイがそう言えば、防御を張っていたキソラが言う。


「私に不意打ちしたければ、完全に気配を消すことをお勧めしますよ」


 そこまでしないといけないのか、と思いつつ、彼女たちを見ていれば、マーシャの魔法が二つ目の魔方陣に到達しようとしていた。


「ふふ、後二枚……」


 一枚目を破り、笑みを浮かべるマーシャだが、


「破れるといいね」


 キソラはまだ余裕なようで、それを見たマーシャは歯を食いしばる。

 三枚の防御壁を破るため、魔力を魔法として放出しっぱなしのマーシャを見たキソラは、口を開く。


「そのくらいにしないと、魔力が無くなるよ?」

「っ、」


 キソラの忠告に、マーシャは悔しそうな顔をする。

 確かに、このままでは魔力を無駄に消費するだけだ。

 とはいうものの、ここでめたらマーシャのプライドが許さない。


(でも……!)


 後のことを考え、マーシャは魔法を放つのをめると、魔法が消え始め、キソラも防御壁を解除する。


「何なのよっ、今の堅さは!」


 叫ぶマーシャに、キソラはあっさりと種明かしをする。


「ただ単に、防御力を普通の防御壁より上げただけですよ」

「それだけで、あんな堅さになるの?」


 アリシアの問いに、うん、と頷くキソラ。


「といっても、兄さんからの受け売りだけどね」


 キソラはそう言うが、それを言ったのはノークだけではない。

 ギルド長や短期間だが、王宮魔術師から教えられたことでもある。


 防御力を上げれば、上げた分だけの堅さを得た防御壁が出来る。

 だが、その分、そのかんの攻撃力は減る。

 バランスが良いのが、一番良いのだが、それが出来るのは限られた人のみ。


『だからね、キソラ。ちゃんと状況を見極めること。間違えたりしたら、相手によっては死ぬ可能性もあるから』


 そう教えられたから、過去での出来事を含め、キソラは周囲の状況にさとくなった。


「それを聞いたら、久々に会いたくなってきたな」


 笑みを浮かべ、アルンはそう言うが、攻撃態勢は解いてない。


「それには同意ですね。私も会っていませんし」

「そうなの?」

「連絡は取れても、会うのは大変だから」


 キソラの言葉に、アリシアが首を傾げたので、キソラはそう返す。


 学院とノークがいる王宮はかなり離れている。

 王都に行けば、会えないこともないが、学院から馬車で移動すれば、何日掛かるか分からない。

 とはいえ、学院が田舎町にあるわけではなく、王都と並ぶ大都会的な街にあるのだが、王都まで行くのに距離が長い。

 だから、キソラは学院を気にせず、長くいられる長期休暇とすぐに場所を移れる“転移魔法”を利用している。


 そんな話をしていると、ひらり、と黒い羽根が落ちてくる。

 上を見上げれば、空中戦が繰り広げられていた。

 剣や魔法がぶつかり合う。


「そう言えば、戦闘中だったわよね」


 思い出したらしいアリシアがそう呟けば、そうだった、とキソラも思う。

 そこで背後からの気配に、キソラが振り返れば、両手を中途半端に上げた状態のフィールと目が合う。


「……」

「……」


 どうやら、こっそり帽子を取ろうとしたらしい。


「あ、はは……」

「……」


 笑ってごまかすフィールに、何ともいえない視線を向けるキソラ。


「これならどう!?」


 マーシャのパートナーであろう女がそう言いながら、アークたちに攻撃する。

 それに対し、アークたちは空中で次々と躱していく。


「こっちも忘れてもらっちゃ、困るな!」


 女の隣にいた男が叫び、突風を発生させる。

 その風はどんどん強くなり、暴風となる。


「ちょっ、これマズいんじゃないの?」


 アリシアが焦ったように、キソラに尋ねる。


「そうねぇ……」


 帽子を押さえ、キソラは思案する。

 キソラが張った結界は、自然現象全てを封じない仕組みになっている(最初の方でも言ったが、本当に視覚だけに作用している)。


「きゃあああ!」


 悲鳴が聞こえたので、振り返ればマーシャが吹き飛ばされていた。


「少し、勢いを弱めろ!」


 吹き飛ばされたマーシャを見て、風の発生源である男のパートナーであろう少年――生徒会庶務のアンリが下から大声で叫ぶ。


「手加減なんかするつもりはない」

「誰が手加減って言った!? 風の威力を下げろって、言ってるんだ!」


 どうやら、威力を下げる=手加減すると解釈されたらしく、ギャーギャーと言い合っている。


「……」


 思案していれば、吹き飛ばされたマーシャは張っていた結界の上部にぶつかったらしく、軽く結界が震える。

 風が弱まる気配はない。

 それを確認し、キソラはとりあえず、一定の風力を結界の外へ出していく。


「これじゃ、まだ足りないか」


 全方位で風を放出しているが、暴風は収まらない。


「術者をどうにかしないと――」


 アリシアが上空を見上げながら呟き、キソラも見上げる。


(どこか迷宮に移る? いや、この状況じゃ……)


 時間を確認すれば十時を回っていた。

 アリシアは術者をどうにかすることを考えているらしいが、あそこまでどうやって行くのか、また近づけば近づくほど、風は強くなるので、その対策も考える必要がある。


「本当に、どうしようかしら」


 さすがに、今回はお手上げ状態だ。


「せめて、近くまでいけるなら、どうにか出来るんだがな」


 その台詞に、振り返る。


「え、どうにかなるんですか?」

「行ければな」


 キソラが尋ねれば、出来ないことはない、とアルンは頷く。


「でも、手段はどうするの?」

「それは今から考えるけど……って、アリシアさん? 何でくっついているのかな?」


 アリシアの問いに答えつつ、キソラは腕にしがみついている彼女に尋ねる。


「飛ばされないように」

「私、飛ばされたら、巻き添えだよね?」


 理由を聞き、そう言えば、首を傾げられる。


「大丈夫! 飛ばされたら、俺が二人を助けるから」


 二人の会話を聞いていたのか、フィールの台詞にキソラは目を向ける。


「助けはいらないし、自分たちでどうにかできるから」

「そんなこと言わないでよ」


 キソラの言葉に首を傾げつつ、フィールは遠慮するな、というが――


「いや、うちらのパートナーが機嫌悪くなるから」


 特に、アークは分かりやすいぐらいに機嫌が悪くなりそうだ、とキソラは思う。


「しかも、時間も時間だからね」


 付け加えられたアリシアの言葉に、キソラは溜め息を吐きつつ、上を見る。

 風は未だに吹いており、バトルはまだ終わらないらしい。


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