十一等星「現在」
次に目が覚めた時、そこは深い森の中でした。
何があったのかを思い出すことができなかった私は、ただその時決められていた家の門限を思い出し、そこを抜けようと思いました。
歩いている内に、開けた場所に出ました。
そこで私は、初めて人の死体というものを見ました。
その人間は形状は小さく、手入れのなされている髪を持っていることからすると、人間の少女の様でした。
しかし、その顔からはそれを判断する事は到底不可能で、赤いか、もしくは何か目をそらしたくなるような赤を含んだ管状の物体が、ただそこから見えるだけでした。
衣服は雑巾を絞ったように薄灰く汚れていて……それこそ、血を吸った雑巾の様に赤く染まっていました。
あるはずの物がないという事は、少したってから気づきました。
よく見ると右腕がありませんでした。右足がありませんでした。両耳がありませんでした。
皆、そのほかを染める粘体の赤黒い物体にとけこみ、その不自然を不自然を持って塗り替えていましたが、それに気づいたときの焦燥は、今まで見てきたものを超える物でした。
彼女はある存在に抱きかかえられていました。
それは、人間というにはあまりに不格好で、腐臭をまき散らしながら、数本のピンクの管(後で聞いた所、これは舌らしい)を動かし、わざわざ形容するならばそれこそ個人存在や個人価値観を美の圧倒的逆をもって破壊しながら進む冒涜的でファンタジックに生きるリアル趣味の象であり、それを言葉で言い表せば言い表すほどにそれを言い表したと遠ざける存在でした。
後から得た知識を使うと、それはゴブリンデーモンという名を冠する存在でした。
私はそれでも呆けていました。このような時何をもって自己を保つかを、私はその時知りませんでしたし、教えてもらえもしませんでした。
ソレはこちらに気付くと、彼女を土の上へと乱暴に放り投げ、こちらへ近づいてきました。
そしてソレは、私に向かって言葉を発しました。
「おい」
「……」
「人間の娘」
「……なに」
「こっちにこい」
「……はい」
私は、ソレについていくことになりました。
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そして私は、魔王城の地下牢にとらえられました。
別段に何の感傷も存在しませんでした。
私の心はその時、流れる時間に身を任せてただただ朽ちるだけの廃人となっていました。
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やがて牢に入って一か月ほどが経った時、あることが行われました。
私の処刑でした。
私は手足を縄で縛られ、十字架に張り付けられました。
いくつもの人間の捕虜が、私の事を見ていました。
やがて炎が付けられました。私はただ身を任せて正しい死を待ちました。
ふと、私の眼に一人の人間が目に入りました。
赤子でした。
その赤子は、やつれた若い女性に抱きかかえられながら、私にともる炎を見て、残酷に、そして何も刃にかけぬようにただ、笑っていました。
私は奥底の疑念を思い出しました。
人間がその個人たるのはいつなのかの答えを、私は目前に見ることができたのです。
私はそれまでの廃人のような心から、一瞬にして輝きをもった偉人の心となったのです。
私は一気に死を受け入れがたくなりました。
そして、始めて自分を縛り付ける縄に力を込めました。
炎はもう膝を焼いていました。
縄は驚くほど簡単に私を縛り付けるのをやめました。
驚き抑えようとする魔物に対して、私は一つ力を入れました。
向かってきた魔物は、処刑場の壁に思いっきり叩きつけられました。
私は、そこで初めて、自分がこの世界に来て、力を得ていたことに気付きました。
人々は沸き立ちました。魔物も興奮して、私にさらに多くの力を使おうとしました。やがて、それを見ていたある者が言いました。
「止めろ」
その声で、魔物たちはいっせいに止まり、人間たちも、水を差された蜘蛛のように静かになりました。
私はその声の主……魔王をじっと見つめました。
すると突然、激しい眠気が私を襲いました。
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気が付くと、また牢屋にいました。
私は気づいた力を使って、牢をこじ開けて外に出ました。
夜の様で、人々は寝静まっていました。
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城の中を歩いているうちに、後ろから聞き覚えのある声が掛かりました。魔王でした。
「おい、娘よ」
「なに」
私は返事をしました。
「お前の処刑は延期された」
「そう」
「……」
沈黙が流れました。
「お前、好きな物はあるか」
「星が好き」
元より、私は星が好きでした。
輝いていて、手の届かない位置にあるからです。また、星に対して何か言いしれない、言い表すことの必要のない浪漫を持っていました。
「では、お前に天体観測室を貸してやろう」
魔王は言いました。
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それから、私は天体観測をするようになりました。
あの時、私を変えた赤子には、いまだ出会えていません。
そしてもう、二度と会うことは無いのでしょう。
おそらくそれが、一番良い選択なのですから。
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