十二等星「裏路地」
町は祝勝の活気に包まれて、驚きと喜びの感情が入り混じった声が、ただただ騒がしく響いていました。
私は裏路地にて、今日の晩御飯を探していました。
ゴミ箱を開けて、中身を見ます。食べられそうなのは入っていませんでした。
何処からか声がしました。
「おーい」
私は、それが自分に向けられたものだと気づいていませんでした。
「そこの娘さんやーい」
二言目で、初めて自分に声がかけられていると私は気づきました。
「……なに」
「あなた、乞食だよね」
「そうだけど」
「良かった! 仲間だ!」
私に話しかけてきた人間は、一人の少女でした。
みすぼらしい、所々に穴の開いた茶色の服を身にまとう少女でした。茶色の服には、ピンクの糸で刺繍がなされていました。
「わたしはマリー。あなたと同じように乞食なの」
「それで、なにか用事?」
「いや、見かけない顔だなあって思って話しかけただけ。それと……」
マリーと名を名乗った少女は裏路地の向こうを指さしました。
「向こうの方に、優しいパン屋があるよ。行ってみたら?」
マリーは微笑みました。
「……ありがとう」
「どういたしまして、ただ……」
「ただ?」
「お返しに、あなたのお話を教えてよ!」
マリーの笑みに暗部はありませんでした。
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私はこれまでの事を簡単に話しました。
ただし、自分が別の世界にいた時の事は隠して話しました。
その話を聞いた少女は目を輝かせながら言いました。
「すごい! いろんな人に会って来たけど、ここまでの経験をしてる人を見たのは初めてだよ!」
「そうなんだ……」
私は戸惑いました。
彼女が私に向ける視線は、今まで感じたことのない物でした。
しかし、どこか居心地の良い様な雰囲気も、その視線からは感じられました。
「あなたはどうしてここにいるの」
私は問いました。
「私? 私はまあ……端的にいえば、没落した貴族かな」
マリーは続けました。
「昔は結構大きい家だったんだけど、親父がね……。悪い金貸しに騙されちゃって、莫大な借金が流れ込んできて、家がとられちゃったの」
「ふーん」
私は疑問に思った事を言ってみました。
「ねえ」
「なに?」
「親父さんは憎い?」
「憎い? 憎いねぇ……うーん」
マリーは少し考えた後、明るい声で言いました。
「いや、そんなふうに思ったことは無いかな。親父も、私たちを養いたい一心でやったことだっていってたし」
「へえ、そう言ってたの」
「うん!」
彼女は明瞭に言いました。
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「ねえ」
「なに?」
私は問いました。
「あなたは信じてるの?」
「信じてる? だれを?」
「人間を」
「人間を?」
「うん。あなたは親父さんに対して憎しみがないと言った。そして、あなたは親父さんの言葉を理由にした」
「うん」
「普通さ、信じられないんだよ。自分に不幸を与えた人間は」
「……」
「親父さんだけじゃない。あなたは一人でいるようだから……たぶん、お母さんに対しても、もしかしたら、それ以外の人たちにも疑念や不信をもったはずなの」
「……それで?」
「今のあなたには、それが見えないの。まるで光の届かない星みたいに、確かにあるはずなのに、見えないの。そこにある砂は見えるのに」
私は問いました。
「だから、あなたは人間を信じているの?」
マリーはまたも少し考えました。
そして、答えました。
「うん、信じてるよ」
またもマリーは、曇りなき笑顔をしていました。
しかし、違和感が確かにそこに存在しました。
「私はいかに人間を信じることが難しいかを知っている」
「ふーん、そうなんだ!」
「ねえ、だから教えてよ」
「……だからなにを」
「お返しに、さ」
私は問いました。
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「え? うん? ちょっとまって、それって何に対するお返し?」
「二日前の」
「ふ……二日前……ちょっとまって、ちょっとまってね……」
マリーはひどく動揺したように、目線を宙に浮かせました。
記憶の糸を引っ張り出しているようでした。
「ねえ、どうしたの」
私は聞きました。
マリーは言いました。
「な……何を言ってるの? 私とあなたは今日会ったばかりじゃない」
「マリー・アラカルト。どうしたの?」
私は、服に刺繍されていた文字を読みました。
「なんで本名を」
『なんでこいつは本名を知っている?』
彼女は興奮したように言います。
「わからない」
『思い出せ』
「しらない」
『いや、思い出したぞ!』
「なんで」
『なんでこいつは私にそうした?』
「だますため?」
『そうか』
「人間は素晴らしい!」
『騙すためだ! あいつは汚い人間だ!』
「彼女はやさしい人間だ」
『汚い人間だ。最もまともな人間は、自分の盲に気づかず嘲笑う人間だというのに、あいつは馬鹿だ。死ねばいい。鳥になった夢をみて、その感覚が忘れられず死ねばいいのに』
「あ」
彼女は気づいたように私に目を向けました。
「……あなたと私は、今日会ったばかりじゃない!」
「……」
私は黙りました。
『あれ、ん?』
私は彼女が一人でいる理由を理解しました。私に話しかけた理由も理解しました。
「そうか、あなたは本当に人を信じているんだね」
私はこれを、一つの答えだと思う事にしました。
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「今日はありがとう」
「うん! 私も楽しかったよ!」
私はマリーに別れを告げて、パン屋を目指しました。
「そうだ、娘さん」
「なに」
「あなたにお客さんが来てるわ」
マリーが指差した裏路地の向こうには、見覚えのある魔物が居ました。
「ずっと、あなたの事を呼んでいたけど」
「……今日はありがとう」
私は歩き出しました。
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「ああ、娘様!」
「もう、あなたしかいないのです!」
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