八等星「月光」
ここは、魔王城の音楽室。
綺麗なピアノが流れています。
「ねえ、魔王」
「……」
「その音楽は何」
「……まて」
「わかった」
--------------------------------------
静かです。
「……で、今のは?」
「今のは、ドビュッシーの「月の光」という曲だ」
「へえ」
「美しかったろう」
「うん」
--------------------------------------
ここは、魔王城の天体観測室です。
「ねえ魔王」
「どうした、娘よ」
「あれが月だよね」
「そうだ」
「月の光でもある」
「うむ」
「ねえ、なんでその人はこの「月の光」から、あんな曲を作ったの?」
「あんな曲とはなんだい」
「月の光」
「月の光を思わせる、美しい曲じゃないか」
「うん、だからね、なんであれがあれになったんだろうって、不思議なの」
「不思議もなにも、月の光が見えただろう」
「だから」
「だから?」
「月の光でない物まで表現されてるの。あれは。月の光では表現できないやつが」
「言葉は万能ではない」
「知ってる。だけど表現できてる」
「曲と言葉では違うんだろう」
「その表現がわからない。魔王、教えて」
娘は問いました。
「美だよ」
「美?」
「言ったじゃないか。あれは美しいと。だから、それを形容する一番手っ取り早いのは美だ」
「よくわかんない」
「わからんか、そうか」
魔王はコーヒーを淹れ始めました。
「言葉では表現できなくて……その物の、つまり暗部が美なの?」
「そんなわけはない。暗部には不純物もよく混じる。そこから濾しとったのが美だと私は認識している」
「それは大体汚いけれど」
「それもまた一つの美さ……価値は張らないがね」
「じゃあ、暗部の深層が美なの?」
「濾しとれるものは、ただ暗部のみから濾しとれるとも限らない」
「むぅ……」
「美というものはそう難しく考える物でもない」
「……」
「思った。感じ取った。全てにおいて使える便利な言葉。それが美さ」
「……」
「深く考え抜かれた末に感じ取られる美というものは、また美とは違う物だが」
「……」
「似たようなものだ」
娘はその言葉を聞くと、うつむきながら、部屋の隅にある木の椅子に手を伸ばしました。
そして、その椅子は、魔王に向かって投げ飛ばされました。
「おい」
魔王は片手で椅子を壊すと、驚いたように娘の方を見ました。
「どうした」
「わからないの!」
娘は声を荒げて答えました。
「魔王の言ってる美っていうものがわからないの! 何時もは親切に聞こえる魔王の言葉が、なぜか今日だけは薄っぺらい音楽に聞こえるの!」
「……」
「あれは私を蝕むの! 唯一それをもってしか形容のできない摩訶不思議なあの概念が、解いてみろ、解いてみろ、って私に言うのよ!」
「あれはなんなの? 私に教えてよ。何時もみたいに、疑問に答えてよ」
魔王は手に持ったままのコーヒーを机に置きました。
「魔王……美しいっていったい何なの?」
魔王は答えました。
「実はな……私にもよくわからないんだ。その美というものが」
「……え」
「私だって存在だ。解らないものの方が多い」
「……」
「私だってそれについては多くの日を巡って考えたさ。でも答えは見つからなかった」
「……そうなんだ」
「多分、我々にはまだ早いものだ。もしかしたら、それについてはお前の方が早いのかもしれない」
「そうなの」
「ああ」
「……わかんない」
「まあ、そうだろう」
魔王はコーヒーをもう一度手にもって言いました。
「流石にお前にそれは重荷だろう。一つの答えをやろうか」
「頂戴」
「「芸術とは、最も美しい嘘のことである」……らしいぞ?」
「かっこいい」
「だろう。ドビュッシーの言葉だ」
「でも、やっぱり」
娘は魔王を見つめながら言いました。
「よくわかんないや」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます