summer-完全思いつき小説-(仮)

文月

第1話 in this summer-過去と名前と缶ビールとマルボロ-

結局、俺らは何も成し得なかったのだ。

それに気がついたのは、10年後の春。桜の花が舞うのみで心はちっとも明るくなんかならない。

飲めるようになったばかりの缶ビールをすすりながら、マルボロと呼ばれる煙草に火をつけ、一口吸っただけで激しく咳き込む。

柔らかく暖かい風だけが、僕を許してくれているような気がした。

「何してんのさ、●●」

誰かが呼ぶ声。声からして俺と同じ20代だろう。相手は僕のことをよく知っているような口ぶりだが、なぜだか僕は何も思い出せなかった。

遠い記憶。見えない未来。聞き覚えのない声に、なぜだが懐かしさを覚える名前。

思い出せない、否、思い出さなくて正解だ。

確かに10年前、彼らは死んでしまったのだから。


「登場人物の死で感動させるような小説なんて二流以下じゃね?」

そう演説をぶっていたのは友達のヤスヒロだった。読書好きを公言している割には国語の成績は低く、「にわか読書好き」のレッテルを陰で貼られていることを知らないのは本人のみ。

「そうだね。エロ小説でもやってるシーンじゃなくてその前の段階で興奮させるのが真の小説家さ」

ヤスヒロの言葉のボールをフライで返したのはシンジ。ヤスヒロと同じ読書家ではあるものの、決して自分から吹聴することはなく、おまけに全ての教科の成績がトップクラスという秀才。おまけにイケメン。

「何いってんのさあんたたち。京極夏彦先生ばりの専門知識で読者を圧倒するのが小説家でしょ」

勝気で有名なショウコが言葉をつなげる。女子ベースボール部に所属する彼女とこの前喧嘩して負けたのは二人だけの秘密である。

「みんな違ってみんないい、と思うな。小説それぞれにそれぞれの解釈があっていいんじゃない?」

そう話す彼女はユカ。正真正銘のお嬢様で、ヴィオラ(バイオリンとどう違うのかはわからない)を習っている今時珍しいおっとりした女の子だ。

「お前はどう思うんだよ?」

ヤスヒロが俺に話を振る。俺はどちらかというと小説というより実話系怪談が好きなタイプなので、返事に窮する。

「そうだねえ……うん、俺はやっぱり奈須きのこ派かな」

「なすきのこ?野菜?」

キョトンとしているユカを見て、やっぱり知るわけもないか、と少しだけ後悔。

「まあ俺はいいじゃん。それより、本題に戻ろうぜ」

俺たちは夏休みの旅行先を空き教室で相談しあっている最中だった。

薬市小学校。俺らの通っている風変わりな名前の学校は夏休み真っ最中で、構内には俺らしかいない。

職員室で拝借してきた扇風機を回しながら、ああでもないこうでもないと案を出し合う。

半袖短パンという小学生スタイルな格好をしているのは俺だけで、ヤスヒロはシャツに七部丈のジーパン、シンジはなぜかツナギを着ていた。

キャラ的には逆じゃねえのというツッコミは無粋であろう。

「やっぱ山でしょ。やまやま」

「ショウコちゃん、山好きなんだ。私はやっぱ海かなあ」

「どっちにしても肝試しは必須だよな」

「え、肝試し……僕は苦手だなあ」

盛り上がる4人を尻目に、俺は別のことを考えていた。

小学生最後の夏。ここ薬士市にの頃のは俺とヤスヒロだけで、他の4人は別の土地の中学校に進学することが決まっていた。

シンジとユカはここから少し離れた私立の学校、ショウコは親の仕事の都合で卒業後県外に引っ越すことになっている。

みんな口にはしないけど、これが4人で過ごせる最後の夏休みになることをどこかで感じていた。

「どうした?なんか元気ないじゃん」

ショウコが俺の目を覗き込む。普段こそ男勝りだが、大きい瞳に長いまつげ、小さい顔を持つこいつはなかなかに可愛い。……直接は言わないけど。

「悪い悪い。どこに行こうか考えてただけ」

そういって俺も会話に参加する。蝉のこえがだんだんと大きくなって来た。

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