ジャジャムのとき
いときね そろ(旧:まつか松果)
1 いちご
ハナミズキの白い花は、いつの間にか散ってしまった。
通学路の両脇にはツツジの花が、どうだどうだと咲き競っている。
「今日持ってきてくれるって言ったよね」
その日カンナはぶつぶつ独り言を言いながら真っ直ぐ家に向かった。いつもなら乾物屋の柴犬をしばらく構ってから帰るのだが、今日はそれどころじゃない。
家に着くなり通学鞄を玄関に放り込むとそのまま勝手口に回った。
「やほー、来てる来てる」
戸を開けた途端に、ほわりと甘い香がする。流し台の上には粒の揃っていない苺が、二つの箱に分けられてドンと置かれていた。
毎年五月中旬になると、こういう規格外の苺が家に届く。どうせシーズンの終わりになるとお店に卸しても安いから、と農家のハタさんが持ってきてくれるのだ。
「あんたハタさんに会ったらちゃんとお礼言いなさいよ。規格外ったって作る手間は同じはずなんやから」
洗濯物を取り込みながら声をかける母にハイハイと適当に返事をしておいて、苺を早速一粒、口に放り込む。
「ん、おいしっ」
「ちゃんと
「洗った洗った。あ、そうだお母ちゃん、ねえねえねえ」
取り込んだ洗濯物を抱えたままの母の肩に、カンナは甘えるようにひっついて歩いた。
「ちょっとやめなさい。なに、おねだり?」
「ケータイよケータイ。いつ買うてくれるん?」
「あほらしい、部活や塾で遅うなるんならともかく、『帰宅部』にケータイなんか要りますかい」
「えー、そんなあ。友達は……」
「みんな持ってる、とか言うつもりやろ。その手は古いで、お嬢っちゃん。うちはまだ買わん。買わんちゅうたら買わん。ハイハイ手伝わんならどいて」
知らん顔で家の奥に引っ込む母に思い切りイーッとして、カンナは二階に駆け上がった。
着替えを済ませて台所を覗くと、苺の甘い香りに誘われてお腹がくくぅと鳴る。腹立ち紛れに何粒かをつかみ、ヘタをむしっては口に放り込みながら、カンナは急に顔を明るくした。
「あ、そうだ。こんなことしてる場合じゃなかった」
早速流し台の扉を開けて、うきうきとザルやら片手鍋やらを引っ張り出す。
「まーたジャム作るつもり?」
いつの間にか母が様子を見に来ていた。
「そうよ、せっかくこんなにあるんやもん」
「ほー。ならお砂糖入れにおっきく『さ・と・う』って書いとかないかんな」
ニヤニヤ笑いながら、母は廊下に向かいかけてヒョイとまた顔を突き出した。
「お嬢っちゃーん、手伝い要りませんかね?」
「いらんわ!」
母に言われるまでもない。カンナだってもう中学生なんだから、一人で大丈夫。
……と、思う。
「何よう。去年のアレはお母ちゃんが悪いんやん」
白いホーローの片手鍋を見ていると、去年のジャム作りを思い出す。
煮詰めても、煮詰めても、一向にジャムらしくならない苺の粒。なんだか匂いまでおかしかった。
初めてのジャム作りで、まさか砂糖と塩を間違えるなんてベタな失敗を自分がすることになるとは思わなかった。それだって、前日に母が砂糖入れと塩入れを安物の密閉容器に変えたのがいけないのだ。
「じーぶんのしーっぱいを人のせいにすなっ」
鍋をじゃぶじゃぶと洗って、念入りに水分を拭き取りながら、カンナはぶつくさ言った。
今年は新しい砂糖を一袋、ジャム用に確保したから間違えようがない。母が特売日に買ったまま戸棚の中で忘れ去られようとしていたやつだから、文句を言われる筋合いもない。(もちろん賞味期限は確かめた!)
苺も洗って、これは一つ一つペティナイフでヘタを取り、ザルに広げる。木ベラに、秤に、計量カップを用意。手順は全て、頭の中に入っている。カンペキだ。
「ふふん、見てなっさい」
カンナは自信満々で明日の朝食を思い浮かべた。ルビーのような手作りジャムをドドンと置いてみせて、母に今日の言葉を撤回させてやるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます