異世界騎士はヤマモトハナコを探してます。

5A

第1話

 お金が無い。いわゆる金欠。理由は明らか。収入と支出が見合ってないのだ。

 一袋19円がおつとめ品で5円まで値下がりしたもやしを右手に持ち、私は一人激安スーパーの前にある横断歩道で信号待ちをしていた。

 

 1日6時間、週3日のアルバイトだけではネトゲの世界で神を名乗るのは相当難しい。収入の殆どをアイテム課金につぎ込んでやっとランキング上位に食い込む事ができる。少しでも気を抜いてしまうと順位の真ん中あたりに下がったりしてそんな日は悔しさのあまり更に課金をしてしまう最悪のループに飲み込まれる。

 

 この社会での一般的に掲げられる適齢期を過ぎた私の趣味は主にネトゲ、外出する時は一週間着続けたスウェットの上からリサイクルショップで買った一着900円のテカテカなファーフードつきダウンジャケットを羽織り、美容室なんていつ行ったっけ?なボサボサの髪を隠すためにニューエラのキャップを深く被って、昼飯がおつとめ品のもやしだけという完璧な喪女だけど、それでも私は今の自堕落だけど時間に余裕のある有意義な生活にとても満足している。

 

 以前の私は前職のオーバーワークに振り回されて趣味の時間はおろか、ろくに食事も睡眠もとれず目の前の仕事をなんとかミスせずに片付ける事で精一杯だった。

 必死の頑張りが結果に繋がり業績も同期の中でトップ。もちろん評価もされた。周りからもその仕事ぶりに『神』とか呼ばれて崇められたりもしていたけど全然実感沸かないし、神って呼ばれるのはなんかちょっとバカにしてない?と思ったりもしたけど女の一番大事な時期を全部仕事につぎ込んで自分なりに一生懸命仕事をしていた。

 

 でもふと他の人間を見ていると、自分とは?人生とは?みたいな今更モラトリアム状態に入っちゃいまして、仕事とか家とか家族とか全部放り捨てて新しい土地からはじめよう!私の物語を!ゼロから!神なんてクソ食らえ!っていう訳で今に至る。

 

 最初は貯金をやりくりしていたがそれも長くは続かなかった。お金は無限ではない。

 さらに今月は課金につぎ込みすぎた。

 今日はもやしに焼肉のタレをかけておかずにしよう。主食ももやしだけど。

 神様だってもやしぐらい食べますよー。はーお金欲しい。あと友達とか。

 

 

 そんな事を考えながら信号機が歩行者のターンになるのを待つ。

 身体を震わせ白い息を吐きながらクネクネ身体を揺らす。こうすると寒さが凌げる気がする。

 横断歩道の先には野が広がっており、もっと奥には白い山々が連なりその中に1つだけ大きくそびえる山がある。この町では有名な山だ。大きいから有名なのだ。とくに理由は無い。

 信号が青に変わるまでの間、ネトゲのやりすぎで疲れ果てた目でその巨大な山を見つめていた。遠くを見るのは目の休憩になってとても良いのだそうな。

 

 

 あれ、山が二つになってる?

 私の視力はネトゲをやり始めてからドンドンと落ちていた。遠くのものほどぼやけたり二重になって形がしっかり捉えられない。これはメガネが必要なレベルなのだろうけど、今は課金のため余計なものは買わないようにしている。

 

 でもあれは山じゃないわね……なんだろ、ぼやけて全然分からない。

「そう、あれこそ私が追い求めていた最悪にして最強の幻獣、ミッドナイトドラゴン』私はアレを倒すためにこの世界へやってきたが……なんということだ。この世界には魔力の源であるエリオンが存在しないのか。それでは精霊との契約を交わせぬではないか。一刻も早く彼女を見つけなければ……」


 うわー。なんか隣から痛い独り言が聞こえてくるなぁと思って横を振り向くといつの間にか私の隣に女の子がいた。

 女の子はこの世界のものとは思えない白銀の甲冑を身に纏い、真紅の長いポニーテールをなびかせている。どっかのイベントのコスプレ帰りか?赤ポニの女騎士なんて今期のアニメであったかな。というか今日ハロウィンだっけ?


 瞬間、さっきまで増えた山だと思っていたものが咆哮し、この世界では聞いた事のないような生物の鳴き声が響き渡った。空気が振動し何かとてつもない危機感を覚える。

 やっべー本物のドラゴンじゃん。

 

「質問に答えてくれ。この世界に『ヤマモトハナコ』という女神はいるか?」

 私のほう見てからキリッとした表情で話しかけてきた女騎士。うわーそして話しかけられちゃったよ。めんどくさい事にならなければ良いなぁ社会的な意味で。

 

 ていうかヤマモトハナコなんて日本に沢山いるだろ。私もその内の一人だし、そもそもかなり偽名っぽい。

 

「私もヤマモトハナコって言いますけど……」


 探している人ではないと思うけど一応伝えてみた。するとこの女騎士様は一瞬こちらを睨んできたがすぐに無邪気な子どものようにぱぁあっと表所を明るくして私をハグしだした。


「あなたがヤマモトハナコでしたか! こんなに早く出会えるとはこれも神の思し召しか!」

「ぎゃああああ痛い痛い痛い! 鎧が痛いってば!」

「おお、これはすまない」

 女騎士様は力強く抱きしめるもんだから鎧の角っちょが私の胸に当たってすごく痛かった。ノリがアメリカ人か!


「では早速、女神ヤマモトハナコよ、あのミッドナイトドラゴンを倒すための力をこのアリシア・ヴィスタークに与えてくれたまへ」


 そう言っていきなり腰に差してた鞘から大剣を抜き出して自分の胸の前に掲げた。人通りの多い横断歩道の手前でだ。激安スーパーへ買い物に来た奥様方の視線が痛い!私は慌ててこのアリシアとかいう子に静かに抗議した。

 

「なにやってんすかこんな所で! 危ないからしまってしまって!!」

「む、何をしているのですヤマモトハナコよ。はやく私に祈りと力を捧げてください」

「いや、確かに私はヤマモトハナコですがあなたの探しているヤマモトハナコでは無いと言うか、そもそもヤマモトハナコって同姓同名が結構多いと思うし私は確かに神って呼ばれてたけどもう神様じゃないって言うか……」

「でも、あなたは先程自分で仰っていたではありませんか。神様だってモヤシ?を食べますよ。とか」


 心の声が口に出てしまっていたのか。というか、いつから居たんだこの人は。


「とにかく、私はあなたの探している神様じゃないんです!」


 はっきり言ってやった。もう、なんで私の事そんなに神って呼びたいかなぁ。

 アリシアは一瞬驚いた表情を見せたかと思いきや、怪訝そうな顔でじろじろと私の身体をチェックすように見回した。

 

「失礼した。貴様が私の探しているヤマダハナコではないということが分かった。よくよく見てみると神らしからぬ貧相な体つきと風貌。美しさのかけらも感じられぬな。私はどうやら焦っていたらしい。同じ名だなんて紛らわしいヤツだな。おいお前、他にヤマモトハナコに心当たりはないか?知っている事を全部教えろ」


 こんのクソアマ、私じゃないと分かった途端、急に態度変えてきた。貧相な体つきとか気にしてる事ずばずば言いやがって。 

 典型的な脳筋で高慢ちきなキャラのセリフだ。最前線の壁役として酷使してやろうか!?


「ノウキン、がどういう意味の言葉か知らぬが、最前線の壁役など私にとって容易いことだ。ただ、私のような勇者級の魔法騎士をただの壁役だけで終わらせるなど愚の骨頂だがな。それよりもヤマモトハナコについて何も知らないのか?同じヤマモトハナコとして情けないと思わないのか」

「……ヤマモトハナコって言うのはこの世界ではよく使われる名前で、そういう名前の人もいれば公的な書類を書くときの例で使われる名前もヤマモトハナコなんです」


 アリシアの頭上に?マークが沢山浮かんでいる。


「簡単に言うとすごく有り触れた名前なので一人を特定するのは困難です。あとこの世界の神様は仏陀とかお釈迦様とかキリストと言って、下界の人たちに力を与えてくれないことで有名なんです。だから神のご加護?とか求めても多分無理ですよ」

 まぁお察しするにこの世界とはシステムが全然ちがう異世界の住人なんだろう。

 こちとらラノベとかゲームとか読みまくってるからアリシアが異世界から来た騎士で、神のご加護で能力使ったりする系の魔法騎士なんだろうな多分。

 

 アリシアは跪いてうな垂れていた。多分私の言っている事がほぼ正解で所謂詰み状態なんだろう。お察しします。

 

「そんな……せっかくここまで追い詰めたのに、ヤツを倒すことができない上にこの世界までも滅んでしまうのか……クソッ!!」

 アリシアは地面に拳を突きたてた。横断歩道に印刷された『気をつけて渡ろう』のパンダちゃんが粉々になった。パンダちゃん可哀想。

 

 ちょっと待て。この世界も滅ぶ?なんだそれ、聞いてないぞ。

「ミッドナイトドラゴンは異世界を渡る破滅の竜だ。ひとつの世界を滅ぼした後、次の世界に渡りまた滅ぼす最悪の竜……私の世界も半分は滅ぼされた。なんとか追いやった先がこの世界だ。残念ながらここもすぐに滅んでしまうだろう」

「ええええええええええっ!!! ちょっ、なんてもの連れて来たんだよアリシアさんよぉ! どぉーすんだよ! 連れて帰れよ! ペットの持ち込み禁止! フンは残さず持ち帰りましょう!!!」


「貴様、本当にヤマモトハナコを知らないのか!?この異世界への道を辿っていると頭の中へ直接声が響いたのだ。ヤマモトハナコを探し出せと。少しの情報でもよい、教えてくれたらそれ相応の礼はする。なにかないのか?」

「なんちゅーあいまいなお告げだこと。残念だけど、私がここへ来たのはつい最近だから全然分からないの……ごめんなさい」


 アリシアは深いため息をついた。そして覚悟を決めたかのようにまた胸の辺りで剣を掲げた。あのドラゴンの所へ行くつもりだ。


「もうよい。大丈夫だ。私が何とかしよう」

「何とかって、アリシアさん、この世界じゃ魔法使えないんでしょう。どうやって戦うの?」

「私の命を使えばこの世界ではない何処かにヤツを追いやる事ができるかもしれない。本来であれば倒すべき相手だが今の私にはそれはできない。」


 命って、マジか。そこまでしなきゃいけないのか。なんで見ず知らずの世界にそんな事できるの。

 アリシアは私を見ると悲しく笑った。

 

「この世界を私のいた世界と同じ目に合わすことはしたくない。ハナコも世界が滅ぶのは嫌だろう?もしかしたら他の世界では私より強い者がヤツを倒してくれるかもしれない。他人任せになってしまうのは不恰好だが仕方あるまい」


「そうだけどさ、でも死ぬのはダメじゃん。どこの世界にも復活の魔法も蘇生アイテムも無いし、天国も地獄も無いんだよ? 死んだら終わりなんだよ?」

 

 私は必死に引きとめようとした。こんな世界が滅びそうな状況なんだからもしかしたらこの世界の神様が何か奇跡を起こしてくれるかもしれない。でも、そんな都合の良い事はある訳無いのは理解している分、悔しさが残る。

 

「それでも、私はやらねばならない。どの世界でも最後まで、勇者として、人々の平和を守り続けるために」


 アリシアの身体が光に包まれた。地面が揺れ大気が震え、この世界の少しだけ存在していた僅かなエネルギーが彼女の身体に吸い込まれていく。そして彼女は祈った。

 

 

「我が故郷の神エアリスよ。私に力を与えたまえ……」


 ん?

 エアリス?

 あー……エアリスか。なるほどねー。そうかー。うーん、アリシアの世界の神様ってエアリスだったのね。そっかー。


 

「行くぞッ! ハッ!! ぐえっ!!!」

 神速に近い速さで飛び立ったアリシアのポニーテールを掴んで引き止める。アリシアの首からゴキっと鈍い音がした。

 

「なにをするかーーーー!!!」

「ちょいまち ちょいまち。アリシアの神様ってエアリスなのね?」

「そうだが……それが貴様に何の関係があるというのか」

「あーあんた死ななくていいわ。ちょっと待っててすぐ終わるから」


 本当は連絡したくなかったんだけど……この世界はちょっと気に入ってるから仕方ないか。

 私はポケットからスマホを取り出した。LINEを開いて『えあちょむ』とかかれたパステルカラーのアイコンを選び通話アイコンをタップした。

 

「もしもーし、エアリース?」

『うそっ! お姉ちゃん!? 今どこにいんの!?』

「地球。あんた管轄の世界を滅ぼしたドラゴンが私んところに来てるんだけど、どうにかしてくんない?」

『やだ、ミッドナイトドラゴンそっちにいんの? もー!ちょっと目を放した隙に檻から逃げ出しててさー。ていうか何で姉ちゃん地球にいるの! はやくこっち戻ってきてよ、お父さんカンカンだよ。引継ぎぐらいしてから辞めろって。』

「わかったわかった。とりあえずドラゴン頼むわー。」

『お姉ちゃんやりなよ』

「私は神様辞めたの。離神届けも出したし力もないし。自由に慎ましく生きるの」

『もう、わかったよ。たまにはこっち帰ってきてよね』


 そのうち。って答えてから通話を切った。

 そしてすぐに雷鳴が鳴り響き、天から巨大な神の手が降りてミッドナイトドラゴンを鷲掴みにした。

 目を丸くして慌てふためくミッドナイトドラゴンはそのまま何処かへ連れ去られた。多分エアリスの元にだろう。

 

 さっきまで漂ってた世界の終焉を匂わす雰囲気は綺麗さっぱり無くなった。空気が美味い。

 なんたって妹の手をかりたけど結果的にこの世界を救った私なのだから。これは今日のガチャ運よさそうじゃない?

 

「終わったー。 あー、なんかウチの妹が迷惑かけてごめんね。エアリスってばっけこうおっちょこちょいでさー、多分逃げたって言ってるけど、ドラゴンの身体洗ってた時に滑らして排水溝に流しちゃったんじゃないかな」

 エアリスは尻餅をついて呆けている。まぁ仕方ないか。自分の世界を半分滅ぼした原因は、自分が崇める神様のおっちょこちょいなんだから。神は気まぐれって言うけどエアリスの場合は凡ミスだ。

 

「ところでアリシア君、あなた言ってた神ヤマモトハナコは見つからなかったけどある程度は私のお陰でミッドナイトドラゴンをどうにかできましたよね? そしてあなたはこう言った。できる限りのお礼はする、と」

「……ああ、確かに言った。いや、言いました。私は何をすればいいでしょうか」

「そうだなぁ……」


 わたしはアリシアの手をとり彼女を立たせた。彼女は私の事をまるで伝説の存在を実物で目の当たりにしたかのようなよくわからん感情で見つめている。

 

「ハナコ……様」


 そんなに緊張しなくていいんだよ。私もう神様じゃないんだから様なんていらないよ。今の私はあなたと同じ人間で神関係にちょっと太いパイプがあるだけ。ホラ、ウチって一族経営だから。なんて、慈しみのある笑顔を彼女に向けて握っていた手を両手で包み、元、神らしくありがたい言葉を伝えてあげた。


 

「とりあえず、履歴書書こうか」

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